全世界で150万部売れたベストセラー『21世紀の資本』の著者、トマ・ピケティ氏(パリ経済学院教授)が先週、来日した。日本でも13万部も売れ、私の『日本人のためのピケティ入門』も9万部売れた。日本語訳は、728ページで5940円。内容も決して読みやすいとはいえない本が、こんなに売れたのはなぜだろうか。
一つの原因は「格差が広がった」という不安だろう。これに便乗して「資本主義が格差を拡大する」という人々は、彼の本を読んだのだろうか。『21世紀の資本』には日本のことがほとんど書かれていないが、数少ないデータで見ても、次の図1(彼の本の図9-3)のように日本の所得格差はそれほど拡大していない。
格差の原因として、ピケティは「資本収益率rが成長率gより大きい」という不等式を示しているが、日本の資本収益率は大きく低下し、長期金利は0.2%を割った。成長率も低いが、r>gで不平等がどんどん拡大する状況にはない。彼は資本/所得比率βが上がると格差が拡大するというが、これも1980年代の7倍から現在は6倍に下がり、資本分配率αも下がった。
所得の極端な不平等化は主としてアメリカの現象であり、日本には当てはまらない。日本の格差の最大の原因は資本収益率でも資本畜積でもなく、以前の当コラムでも指摘したように、グローバル化である。
ピケティもグローバル化が不平等化の原因になることは認めたが、まだその影響は大きくないという。確かにヨーロッパは域内で経済統合が進んでいるが、賃金格差がそれほど大きくないので、グローバル化の影響が賃金に出ない。これに対して日本は、隣に中国という巨大な低賃金国があるので、単純労働の賃金は中国に引っ張られて下がる。
日本で行なわれた彼を中心とするシンポジウムでは、こういう中身についての質問はほとんど出ず、格差に関心が集中した。ピケティは「若い世代の低所得者の税率を下げ、トップの所得の税率を上げるべきだ」と提言したが、日本の上位所得者の不平等は上の図のように大きくない。
格差を問うなら、日本の最大の問題は世代間格差である。ピケティは「世代間格差より階層間格差のほうが大きい」というが、これは今までの話である。日本のように公的年金などの社会保険の受給額と保険料の差が大きいと、今後の世代間格差は拡大する。
上の図2(出所は産業構造審議会)のように、現在世代に対する将来世代の生涯負担を比べると、他の国に比べて日本が突出して大きく、超過負担が169%にも達する。将来世代の負担は、今の高齢者に比べて1億円近く多い。この原因はピケティのいう資本主義の矛盾ではなく、社会保障のゆがみを是正しない政治の貧困である。
日本経済の最大の問題は格差ではなく、みんな平等に貧しくなることだ。2014年の実質成長率はほぼゼロで、実質賃金は2.5%下がった。野党は「格差が拡大するから派遣労働を規制しろ」というが、規制を強化すると雇用が減るだけだ。安倍政権の「賃上げ要請」も、春闘に参加する大手企業の正社員の賃金だけを上げて非正社員との格差を拡大する。
ピケティの主張とは逆に、日本には資本主義が足りないのだ。日本の株主資本利益率は上場企業の平均でも5%程度で、アメリカの1/3、ヨーロッパに比べても半分である。最近で格差が縮小したのは、小泉政権で成長率が上がった2000年代なかばだった。成長がすべてを解決するわけではないが、成長しないで格差を解決することはできないのだ。
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