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 格差解消の処方箋として「富裕層の資産や所得に対する累進課税」などを提唱し、一世を風靡した仏パリ経済学校のトマ・ピケティ教授。1月末に来日するや連日の講演や取材に追われ、「経済学界のロックスター」とも称される人気ぶりを見せつけた。伝統的な経済理論を身に付けたトップクラスの経済学者でありながら、20世紀フランス現代歴史学のアナール派における巨匠リュシアン・フェーヴルやフェルナン・ブローデルらの思想を受け継ぐ、フランス流エリートだ。

 アナール派は、民衆の文化生活や経済などの社会的背景を重視、歴史を言語学、経済学、統計学、地理学など他の学問の知見を取り入れながら分析し、歴史学に革命を起こした学派だ。それまでの歴史研究で主流だった、政治史や事件史、人物の研究が中心になる手法とは異なり、おびただしい数の数値や事実を集め、地球的な規模で学際的な分析を重視する。

 ピケティ教授はそうしたフランス発の手法を、経済学に生かした。「経済学は、もっとほかの社会科学の手法もとりいれるべきだ」と訴え、いわば経済学のフランス革命を起こそうとする気鋭の研究者が、日本を代表する経済学者である吉川洋・東京大学教授と対談し、近著『21世紀の資本』で明らかにした「格差」の正体や、日本経済の行方について議論した。

トマ・ピケティ(Thomas Piketty)氏
1971年、フランス・クリシー生まれ。仏パリ経済学校経済学教授。社会科学高等研究院(EHESS)経済学教授。EHESSとロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で博士号を取得後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で教鞭をとる。2000年からEHESS教授。2007年からパリ経済学校教授。「American Economic Review」をはじめ多数の世界的な経済学術誌に論文を掲載。著書多数。経済発展と所得分配の相互作用に関する歴史的・理論的研究に携わる。邦訳書に『21世紀の資本』(みすず書房)、『トマ・ピケティの新・資本論』(日経BP)。(写真:菅野勝男、以下同)

吉川:あなたは、まえがきで「経済学は、歴史を含めた社会科学であるべきだ」と言っています。とても大胆な発言で、歴史と経済理論の間にある種の緊張感をもたらそうとしていますね。私は日本経済を研究し続けてきたマクロ経済学者です。私も、制度的背景や過去の歴史に立ち返ることなく、マクロ経済分析に取り組むことはできないと考えてきました。

 格差は、日本でも関心の高い話題です。読者は「高所得層が富の大半を保有している」という点に注目しているようですが…。

ピケティ:いえ、私はどちらかと言えば、低所得層の方に注意を払っています。高所得層には正直、あまり関心がありません。重要なのは、富のうちどのくらいのシェアが、低所得層のものになるのかです。『21世紀の資本』でも、実は高所得層についてはとりたてて詳しく論じてはいません。

低所得層がますます困窮していることが問題

吉川:なるほど。

ピケティ:私は、高所得層の富のシェアがどの程度増えるかより、低所得層のシェアが減っていくことの方を問題視しています。これが日本だけでなく世界中で起こっています。米国でも最低賃金が大きな問題になっています。現在の米国の最低賃金では、50年前と比べて購買力がかなり小さくなっています。低所得層がますます困窮していることこそが問題なのです。


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