2012-01-24 グアテマラ アメリカ人体実験
グアテマラ人体実験とは、かつて中米のグアテマラで1940年代後半、アメリカ政府がグアテマラ政府の協力を得て、主にグアテマラ先住民族などに対して実施していた性病の大規模な人体実験のこと。資料を発見したアメリカの歴史学者が2010年5月に学会で発表して公にされた。オバマ米大統領が2010年10月、グアテマラのコロン大統領に謝罪。両国に調査委員会が設置されて、実態解明が進められてきた。
先月7日に発表されたグアテマラ政府の報告書によると、アメリカ公衆衛生局やアメリカ国立衛生研究所は46年7月〜48年12月に受刑者、兵士、売春婦、孤児など少なくとも約1160人に梅毒スピロヘータや淋菌を接種するなどした。グアテマラ政府は自国と米国に残された資料を照合し、6人を「生存被害者」と認定した。米国では32〜72年に南部アラバマ州で貧困層の黒人約400人に対する性病の人体実験が実施されていた例がある。
<グアテマラ>「無知を利用」アメリカ人体実験の兵士が証言
毎日新聞 1月21日(土)
「人体実験のモルモットにされた」と訴える元兵士のフェデリコ・ラモスさん(右)。長男ベンハミン・ラモスさん(左)も感染の可能性がある
1940年代後半に米政府公衆衛生局の医師らによって故意に梅毒や淋病(りんびょう)に感染させられた中米グアテマラの元兵士らが、毎日新聞の取材に「風邪の注射だと思った」「無知を利用され、モルモットにされた」と人体実験の実態を証言した。実験は第二次大戦で米兵に急増した性病のまん延を防ぐため、米国の強い影響下にあったグアテマラで、開発されたばかりの抗生物質ペニシリンの効能を試すのが目的だった。オバマ米大統領が10年秋に謝罪し、両国政府は「生存被害者」と認定された6人の賠償問題などの解決を目指し、外交交渉を開始する見通しだが、非認定被害者が米政府に賠償を請求する動きも出始めている。【エスカレラ(グアテマラ中部)】
グアテマラ:アメリカの人体実験 貧しい先住民が標的
グアテマラ中部アカサグアストランから北へ9キロ。人里離れたエスカレラ村で元グアテマラ軍兵士のフェデリコ・ラモスさん(86)は電気、水道、ガスのない土壁造りの家に暮らす。48年に徴兵され、49年に軍病院で注射を4回受けたという。
「何の説明もなかった。最初の注射を受けた後に排尿痛が始まり、軍医に性器から菌が検出されたと言われた」。排尿痛は淋病の主症状の一つだ。「米国の人体実験のモルモットにされた」と憤る。
性病の売春婦を受刑者や兵士と性交渉させる実験も行われた。マヌエル・グディエルさんは昨年6月、87歳で亡くなった。息子のマテオさん(57)は「父は47年に入隊し、上官に15日おきに売春宿に通うよう命令された。翌日に検査を受けたと聞いた」と明かす。
検査で血液を採取する「報酬」として、たばこやせっけんが与えられることもあった。だが、ペニシリンによる治療は一部にしか施されず、手当てされずに放置された者もいた。被害者約1160人のうち51年までに少なくとも69人が死亡した。
グアテマラのエスパダ前副大統領によると、両国政府は生存被害者6人の賠償問題などについて外交交渉を始めるという。だが、グアテマラ人権委員会には15家族から被害の訴えが寄せられ、米政府に賠償を求める集団には非認定被害者約50家族が参加している。フェデリコ・ラモスさんも非認定被害者だ。
スペイン語で「階段」を意味するエスカレラ村はトウモロコシと豆による自給自足の暮らしだ。小学校が建ったのは56年前。中学校と病院は今もない。読み書きができないラモスさんは「米国は私たちの無知を利用したのだ。賠償してほしい」と訴えている。
グアテマラ:アメリカの人体実験 貧しい先住民が標的
中米グアテマラで米国人医師による受刑者や兵士への性病人体実験が実施されたきっかけは、米国に留学したグアテマラ人白人医師が「グアテマラには先住民が大勢おり、実験に適している」と米国側に提案したことだった。
当時、グアテマラでは少数派の白人が、先住民マヤ族と、白人と先住民の間に生まれた「ラディーノ」から成る多数派を支配していた。人体実験に徴用された受刑者や兵士の多くはマヤ族や貧しいラディーノだった。グアテマラでは売春は合法で、政府も人体実験を承認していた。
被害者に人体実験の意図や感染の事実は知らされず、家族に2次感染した恐れもある。元兵士のフェデリコ・ラモスさん(86)の長男と長女は幼い頃から排尿痛に苦しんだ。長女のマリア・コンスエロさん(60)は「卵液を染み込ませた布を腰に巻いて耐えた。痛みに効くと信じられていたからだ」と語る。
受刑者や兵士だけでなく、孤児院の子どもや精神科病院の入院患者も実験台にされた。孤児院にいたマルタ・オレジャナさん(73)は「48年に梅毒スピロヘータを接種された」と主張している。最近、受けた血液検査でも「陽性」の結果が出た。
被害を訴える住民は社会の底辺で生きており、これまで、自力で被害を訴えるすべはなかった。グアテマラ人雑誌記者のマルタ・サンドバールさんは「米国は教育レベルが低く貧しいグアテマラを人体実験の場所に選んだのだ」と指摘する。
グアテマラのパブロ・ウェルネル検察官も「(人体実験の)被害者は何も知らされなかった。(米国による)明らかな人権侵害だ」と糾弾する。その一方、「実験に協力した当時のグアテマラ政府も責任がある」と語る。
世界銀行の09年統計でグアテマラ国民の54.8%は1日2ドル以下、29.1%は1ドル以下の暮らし。在米グアテマラ人約160万人の送金が国内総生産(GDP)の11%を占めている。人体実験から半世紀以上たっても「グアテマラの米国依存」(サンドバールさん)は変わっていない。
◇「資料が不完全」調査委座長のエスパダ前副大統領
グアテマラの受刑者や兵士らを意図的に性病に感染させていた人体実験について、グアテマラ側の調査委員会の座長を務めたエスパダ前副大統領に聞いた。
−−米国が人体実験をした理由は何か。
◆当時の米国は国の安全を守るためなら原爆さえ落とした。当時、米国男性の1割が梅毒、6割が淋病(りんびょう)に感染していたとされ、性病は米軍にとって深刻な問題だったのだ。
−−グアテマラ政府が受け取った見返りは?
◆たばこ、映写機、抗生物質のペニシリンを冷やす冷蔵庫などだ。
−−人体実験の被害者数は?
◆米国で見つかった資料には5128人の名前があったが、血清検査を受けた子どもなども含んでおり、実際に病原体を接種されたのは約1300人とみられた。グアテマラの公文書館に残っていた資料と照合し、被害者は約1160人と判断した。うち生存者は6人。6人には米国とグアテマラが共同で賠償する。
−−6人以外に「実験台にされた」と訴える人がいる。
◆米国側の名簿に名前がないので証明するすべがない。グアテマラの資料は不完全だ。カルテは患者に返還されるため、メモしか残らない。
−−グアテマラ政府は米国を相手取り訴訟を起こすか。
◆提訴はしない。米国を訴えたら決着までに10〜20年かかる。米国より罪が浅いとはいえ、(実験に協力した)グアテマラ政府にも責任がある。問題は外交で解決する。私としては、外国製薬会社がグアテマラで行う実験を管理する国立科学技術医療倫理研究所を米国の援助で設立することを提案している。
毎日新聞 2012年1月21日