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■金融政策 私の視点

 ――若田部さんはデフレから脱する政策をとるよう日本銀行に長年求めてきました。日銀が実際にデフレ脱却を目指した大規模な金融緩和をはじめてもうすぐ2年。どう評価しますか。

 「日銀の金融緩和には基本的に賛成だ。日本経済によい影響をもたらしている。緩和でまず株や不動産といった資産価格が上昇する。人々が物価が上がると思うようになり、消費と投資が増える。そして輸出が増える。そうした経路が予想通りに来ている。就業者数が増えて、失業が減って、企業倒産件数が減っている。株高と円安は金融緩和の直接的な結果と言え、経済全体により影響を及ぼしている」

 「アベノミクス全体で見た場合、財政は3分の1、金融は3分の2を牽引(けんいん)していると思う。さすがに今、金融政策が効いていないというのは難しいだろう」

 ――日銀が掲げる2年程度で2%の物価上昇率を実現するという物価目標はどうご覧になっていますか。

 「達成するのはかなり怪しくなってきた。ただ、それは日銀自身だけではなく政府の問題が大きい。昨年4月の消費増税による景気低迷が大きな足かせになっているからだ。消費増税の影響で2015年度の成長率はマイナスになりそうだが、それがなければもっと良い数字になっていただろう」

 「13年の4月4日に掲げた『2年で2%』というのは合理的な目標だったと思うが、消費増税のおかげで難しくなった。現実的には、16年3月までの達成が一つの目安になるだろう。もし、それを超えて達成期間が3年になってしまったとしても、2%は目指すと言い続けた方がいい。達成できないことが明らかになったら、追加緩和をするしかないだろう」

 ――日銀の政策は人々の期待に働きかけています。達成時期が後ずれすればするほど、「物価が上がらないのでは」と人々が疑い始めてもおかしくありません。

 「本当にコミットメント(公約)を強めたいのならば、元々のアベノミクスの基本文書である政府と日銀の共同声明を強化して、具体的に法律にしてしまうのが一つの方法だ。その次は、年来の課題となっている日銀法に物価目標を正式に入れ込む改正をすることだ」

 「ただし、デフレ脱却には政府の責任が大きい。これらは安倍晋三首相が主導権を握って進めるべきだ。アベノミクスを再起動するときに、そういう『レジーム・チェンジ(体制転換)』的なことを強化する手立てが必要だ」

 ――物価が思うように伸びないのは、急激な原油安が原因です。

 「日銀は生鮮食品だけを除いた基準で物価上昇率を見ているが、エネルギー価格も除いて考えるのが世界標準だ。そういうやり方に変えるべきだ」

 ――消費増税による経済への打撃を金融緩和で打ち消すことはできなかったのでしょうか。

 「黒田東彦(はるひこ)総裁は原油価格の下落だけでなくて、消費増税による購買意欲の低下を理由にして追加緩和をしたと言っている。このうち消費税については予測は付いたはずで、4カ月前の6月ごろに追加緩和をしていてもよかったのではないかと思う。そこは日銀が消費増税の影響を過小評価する判断ミスをしたのだろう」

 「アベノミクスとはデフレ脱却を最優先して、そのもとで経済の再建と財政再建の両方を実現しようとするパッケージだ。結果として消費増税でアベノミクスが一番大事にしているデフレ脱却をゆるがせにしてしまったというのは問題があった」

 ――ただ、消費増税を延期せず予定通り実行すべきだという識者は今でも多くいます。

 「消費増税は最終的にはいつかやるという意見はありうると思う。ただ、消費者物価の前年比の伸び率を安定的にプラスに持っていくデフレ脱却を最重要目標に置く状況で、消費への課税を重くする消費増税はしてはいけなかった。政策とは内容も大事だが、結局の所はタイミングが全てだ」

 「アベノミクスが登場した時、非常に期待が高まった理由は、『経済成長を重視するんだ』、『日本は停滞から脱するのだ』という強いメッセージが、日銀の新体制や量的緩和、公共事業を中心とした財政政策で裏打ちされたからだ。だが、そのムードに逆らう消費増税の影響で、日本経済はほぼ振り出しに戻ってしまった。次はアベノミクスを再起動させるしかない」

 ――恩恵を受けている人々は一部にとどまるという改善すべき点もあります。アベノミクスを再起動させるには、所得再分配が必要とのご意見をお持ちです。

 「金融政策は基本的に資産価格に影響するので、どうしても所得再分配の側面が捉えられがちだ。ただ、金融緩和で最初に反応している所には時給が上がってブラック企業といわれる企業の収益が下がり、輸出中心の企業がもうかる実体面の効果もある。観光客が増え、旅館やホテルも潤っている。上から下に流れる『トリクルダウン』ではなくて、田んぼに水が広がるイメージだ」

 「現状では金融緩和の効果はまだら模様に出ていて、所得の再分配が必要だ。そして、これは政府の役割だ。手段としては税制が大きく、第2の矢をもう一度やることもできる。3・5兆円の経済対策が出たが、もっとできるのではないか。低所得者層の懐を暖めることをすべきだ。例えば、給付金や減税がよい。給付付き税額控除の導入や、社会保険料の徴収免除もありうる」

 ――大規模な緩和を「マネタイゼーション(財政の穴埋め)だ」と批判する声や、金融緩和をやめたときに金利が上がるリスクへの懸念は根強くあります。

 「いや、まだまだ日本国債に対する市場の需要は旺盛だ。市場関係者が日銀の政策を『けしからん』と言うのは、日銀が国債を買ってしまうので、商売にならないと考えているからだ。彼らは国債をほしがっているのだから、政府はもっと国債を発行した方が良いのではないかとすら思う」

 「金融緩和の『出口』で金利が上がるのは、景気が良くなっているから上がるのだ。そのときには税収が増えているので、思い煩う必要はあまりない」

 ――国内総生産(GDP)比240%の政府債務残高は重荷になります。

 「財政の話をするときに見過ごされている観点がある。日本政府が持っている資産から国債残高などの負債を差し引きすれば、純債務は13年度で490兆円。仮にこれまでと同じペースで増えたとすると、14年度は530兆円弱だ。もちろん政府資産は全部は売れないとしても、巨額だし、売却やリースが可能なものも多額に上る。そのうえで、政府と一体と考えられる日銀が持っている国債260兆円は国のバランスシートから落とせる。政府が利子を払う相手は日銀になるので、日銀はそれを納付金として国庫に納めるだけになる。そうすると負債は270兆円弱でGDPに対して57%ぐらいだ。だから、日本では財政破綻(はたん)が誇張されすぎている感じがする」

 ――そのような見方で市場は日本国債を信頼してくれるでしょうか。

 「市場には国債を取引する市場と、日本国債の信用力を示すクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)市場がある。先ほども言ったように、国債の取引市場はもっと国債を出してくれと言っている状態だ。CDS保証料率は昨年9月半ばから少々上がっているのは事実だが、今年の1月に入って下がってきている。1月30日時点で53・84ベーシスポイント(1ベーシスポイントは0・01%)。この数字は国が破綻する確率は185年に1回くらいという意味だから、楽観している」

 「ただ、今後ずっと財政が持続的に運営できるかはわからない。そのためにアベノミクスが必要だ。デフレ脱却を最優先し、その下で経済再生と財政再建を両立させるのは正しい。成長を求める中で財政の問題も解決していく。安倍さんみたいだが、『この道しかない』のではないか」

     ◇

 わかたべ・まさずみ 1965年生まれ。早大政経卒、同大経済学研究科、トロント大経済学大学院博士課程満期退学。ケンブリッジ大特別研究員などを経て、2005年から早大政治経済学術院教授。