徳島お好み焼き事情
2006年調べによると、徳島には約284件のお好み焼き店があり、人口当たり10万人あたりに対しての店舗数では、全国で4位。 ちなみに第1位が広島、第2位が兵庫県、第3位大阪府となっております。
徳島県2012年度タウンページでは、222店舗が掲載され、その中の89店舗が徳島市に存在しております。
もちろん第1位は、広島県の広島焼き、2位3位は関西焼きとジャンルわけされますが、徳島はあえて第3のお好み文化『徳島焼き』という考え方もあります。
平成14〜16年 (平均)一世帯当たりの年間ソース購入量
出典:総務省統計局「家計調査年報」(平成13年)
| 1位 | 徳島市 2686ml | 4位 | 広島市 2473ml |
| 2位 | 大阪市 2541ml | 5位 | 岡山市 2202ml |
| 3位 | 神戸市 2501ml | 6位 | 京都市 2058ml |
全国お好み焼き事情 お好み焼き屋店舗数(人口100万人当たり)
出典:総務省統計局「事業所・企業統計調査 都道府県別集計結果」(平成13年)
| 1位 | 広島県 677.7 | 6位 | 岡山県 301.5 | 11位 | 奈良県 243.7 |
| 2位 | 兵庫県 507.8 | 7位 | 香川県 265.6 | 12位 | 愛知県 210.0 |
| 3位 | 大阪府 472.3 | 8位 | 高知県 258.0 | 13位 | 三重県 189.7 |
| 4位 | 徳島県 393.9 | 9位 | 和歌山県 254.7 | 14位 | 山口県 178.1 |
| 4位 | 京都府 360.6 | 9位 | 愛媛県 252.0 | 14位 | 岐阜県 157.8 |
お好み焼きと徳島の歴史
本来お好み焼きとは、鉄板焼き料理のひとつで水に溶いた小麦粉を円状に広げ、野菜、肉、魚介類などを具材とし、鉄板の上で焼き上げ、調味料をつけて食するものですが、焼き方や具材は地域によって様々のようです。代表的には「関西風お好み焼き」と「広島風お好み焼き」が有名ですが、徳島にも独特の焼き方が存在します。
徳島では小麦粉を水で溶き切ったキャベツに甘く煮た「金時豆」を入れて焼く「豆焼」、それに玉子を入れた「豆玉焼き」、その上に少量の小海老をカラッと揚げた「天ぷら」を入れた「豆天玉焼き」、これらは古くから徳島だけに受け継がれるお好み焼きの焼き方です。
徳島市東新町一丁目『いか十』の店主・谷口みさよさん(大阪出身)にお好み焼きのルーツについてお話を聞く事ができました。
谷口さんは、1967年(昭和42年)に、この地にご主人とお店を構えました。
戦争真っ只中の幼少の頃、お米の配給は一日一回、代わりに小麦粉(メリケン粉)を水でといて焼いて食べていました。それは代用食と呼ばれていましたが、メリケン粉を使う事から「用」が「洋」に変化し『代洋食』と呼ばれるようになったらしいです。その後『洋食焼き』と呼ばれる様になっていったらしいです。やがて戦争が終わると物が流通しはじめ、好きな食材が手に入るようになり、好きなものを入れて焼く事から、『お好み焼き』と呼ばれる様になったと言います。当時、日本経済は激的に変化しつづけて、谷口さんも青春時代の真っ只中、大阪の町には、『お好み焼き』の言葉が瞬く間に広がっていったらしいです。
1955年(昭和30年)前後まで関西の下町では、町内に一軒位の割合でお好み焼き屋があり、庶民の親しまれる日常の食べ物になっていきました。
関西との交流が盛んであった徳島にも戦前から『洋食焼き』の名で市内の中心部に伝わり、戦後の昭和30年代からは、お好み焼き屋として、はやし・白馬(現ニュー白馬)・あわっこ(すでに閉店)等が続々と開業、いか十の2年前に、たこ八(1965年開業)も開業しています。たこ八さんは、当時のご主人が冷凍食品会社に勤めていて、タコを使いたかったのとタコの足が8本であるという事で屋号を『たこ八』にしたらしく、それを聞いた谷口さんは、いかの足は10本で、『いか十』にしようと屋号を決定したとの事です。
「いか十」の特徴であるカウンターの前にお客様を座らせて、目の前の鉄板で焼くスタイルは、「いか十」が徳島初の事で一世風靡しました。開店当時のメニューと値段は、いか玉80円、えび玉80円 現在は400円です。大阪出身の谷口さんは、ある日不思議に思った事があります。「なんでマメ入れんの?」お客様のリクエストが多い事多い事、開店して直後はメニューにはしていなかったが、すぐに取り入れたそうです。マメや天ぷらを入れたルーツは解らないが、45年前の時点で既に徳島のお好み焼きにマメも天ぷらもあったそうです。
満面の笑顔で話す谷口さん、鉄板に向ってお好み焼きを焼く姿は45年前のあの日と変わらない。「いつまでも現役で!!」が合言葉。
谷口さんにとってお好み焼きとは『青春かな』とちょっと照れくさそうに言ってくれました。