世界に広げよう “ホンモノ和食”
2月4日 19時15分
海外旅行に出かけて無性に和食を食べたくなり、飛び込んだ日本料理店。
見たこともないユニークな料理が出て意外にもおいしかった経験、また逆に味がなにかもの足りないなと感じた経験ありませんか?。
和食レストランは世界におよそ5万5000店ありますが、実はその90%以上は日本人以外の人が手がけています。
いろんな文化にもまれて独創的な和食が広がっていくのも楽しみですが、ホンモノの和食をどう世界に伝え、広げていくのかという課題も大事な気がします。
和食ビジネスの拡大について、経済部・農林水産省担当の中野陽介記者が解説します。
“ホンモノ”を世界へ
「かぶ」に「かに真丈」を詰めた料理。
蒸した里芋をそばに見立てた創作メニュー。
どちらも1月30日に京都で開かれた和食コンテストで、外国人の料理人が作りだしました。
コンテストを主催したのは農林水産省。
趣旨は、一流の外国人料理人の腕をさらに磨いて、世界に本格的な和食、いわば“ホンモノ和食”を広げるきっかけにしたいというものでした。
和食は今、世界中で人気を集めています。
多様な食材を使い、四季のうつろいを料理に込められること、そしてカロリーが低く、健康にやさしいことなどが人々の心をとらえているようです。
一方、豊富な食材を使いこなして絶妙な味のバランスを生み出せるようになるには相当な熟練が必要です。
海外では現地流の和食も広がっていますが、中にはしょうゆのかわりにソース、みそのかわりにマヨネーズを使うなど、日本ならではの食材を使わない料理も誕生しています。
農林水産省としては、“ホンモノ和食”を広めることで、日本の農産物の輸出拡大につなげたいという本音が見え隠れします。
「すしポリス」騒動
実は和食の世界発信では、国は苦い経験をしています。
8年前、“ホンモノ和食”を広めようと、農林水産省は和食の認証制度を計画しました。
海外の和食レストランに、国がいわば「お墨付き」を与える制度です。
しかし、これをアメリカの大手メディアが批判。
現地流の“ニセモノ”扱いや、価値観の押しつけのように思われたことが原因でした。
その結果、「日本からすしポリスがやってくる」などと伝えられ、認証制度は実施できなくなったのです。
「認証」から「育成」へ
和食の世界発信について、戦略の転換を迫られた農林水産省。
たどり着いた答えが「人を育てること」でした。
日本の調理師専門学校の留学生に、和食の技術を身につけてもらい、母国で広めてもらう。
これなら、反発を受けることなく、効果的に“ホンモノ和食”を伝えられます。
そこで去年、法務省にかけあってビザの要件を緩和。
これまで留学生は卒業後に日本料理店で働くことができませんでしたが、日本にとどまって修業することが認められるようになりました。
必要なのは、修業を受け入れてくれる店を見つけ、国に修業計画を提出すること。
そして最も大切な条件は、「帰国後、世界に和食を広める意思があること」です。
修業制度には課題も
日本で修業する道がひらかれたことは大きな一歩ですが、課題もあります。
実は、ビザの有効期間は最長でも2年。
期限がきたら帰国しなければなりません。
基本を何度も繰り返し、体で覚えなければならない料理の世界で一人前になるには短すぎるという指摘が料理のプロから出ています。
私は福岡市のすし店で働いている修業制度の第1期生の韓国人男性、パク・スンホさんを取材しました。
パクさんが今担当しているのは料理の盛りつけと下ごしらえ。
まだ、客の前できちんとすしを握れる段階にはたどり着いていません。
ビザの期限も切れるため、ことし夏には帰国の予定です。
「基本を覚えるだけでも、4〜5年はかかるのに」と、残念そうでした。
現場では、客の好みに合わせた調理や、彩りのよい盛りつけなどから、日本ならではの「おもてなしの心」を学べると、生き生きと語ってくれた彼。
基本を覚えきらないうちに帰国させてしまっては、“ホンモノ和食”を広めることにもつながらず、「もったいない」と感じました。
フランス料理に学べ
さらに世界で“ホンモノ和食”を普及させるためには、海外でも日本料理を学べるようにすることが大切です。
そのお手本になるのがフランス料理です。
本格的な味を世界各地で楽しめるのは、1冊の本のおかげだと言われています。
その名も、「ル・ギッド・キュリネール」(=料理ガイド)。
オムレツやシチューなど5000以上のレシピを掲載した、ぶ厚い料理の本です。
100年以上も前にフランス料理のエッセンスをまとめたこの本が、世界中でフランス料理を学ぶことを可能にしたのです。
それが功を奏してフランス料理は同じ作り方で世界中に広がっています。
日本でフランス料理を食べるときのことを想像してみてください。
ワインやバター、チーズ、エスカルゴ、フォアグラなどフランス産の食材を使っています。
では、和食はどうか。
海外で学べるのは、日本人の料理人がいる高級店など、ごく限られた店だけです。
学ぶ手段がほとんどない=現地流になる=日本の農産物輸出になかなかつながらないということになります。
料理人たちの挑戦
そうした問題意識をもとに、新たな動きが始まっています。
京都の老舗料亭の主人、村田吉弘さんは、ほかの一流料亭や和食の研究者と協力して、和食の基本を網羅した本の制作を始めました。
だしのとり方や、包丁のひき方など、料亭や地域ごとにばらばらだった和食のノウハウを体系的にまとめようとしています。
まずは春ごろに英語版を発売する予定で、イタリア語版やフランス語版の出版も検討しています。
村田さんは「『日本人しか作れない』という料理にしたのでは、和食が世界の料理にならない。
世界中の料理人に和食を伝えたい」と話していました。
和食は「世界食」になれるか
「見て盗む」ものとされ、広めることより守ることに重きが置かれてきた、和食づくりのワザ。
これからは、日本で修業した料理人が帰国後に人気シェフとして活躍したり、WASHOKUの本を片手に、海外の人たちが和食を作ったりする日が来るかもしれません。
“ホンモノ和食”が世界に広がり、日本の高品質な農産物を世界の人たちが味わう、そうすることで日本を知ってもらい、日本を訪れてみたいと思う人が増える、こうした「食の好循環」が起きれば新たなビジネスチャンスが生まれるような気がしています。