FILE89  カタクリ  Erythronium japonicum Decne. 
               (Liliaceae ユリ科)

 スプリングエフェメラル(解説はここで)の代表格「カタクリ」いよいよ登場です。
 南千島・北海道〜九州、朝鮮・中国・樺太に分布するが、四国や九州では稀だとのことです。温帯性夏緑林の林床に生える多年草であるカタクリの一生は、7〜8年の1枚葉の時期を経た後、2枚葉の個体となりやっと開花します。
 石川県では、標高の違いによって多少のずれはありますが、早いものでは落葉樹が葉を展開する前の3月中旬から葉を出し、若葉が茂り林床に十分日光が射さなくなる5月になると地上部が枯れだし、翌年の春までの休眠に入ります。

図1 カタクリ(2003年4月16日)

図2 カタクリの実生 (2002年5月3日)

 春、カタクリ生育地を訪れると、緑色の細い紐のような実生を見ることができます(図2)。中には種皮をかぶったまま伸びているのもあります(図3)。これが登山道にはみ出して生育しており、踏まずに歩くのが困難な状態だったので、一部掘り上げてみたところすでに小さな球根(鱗茎)が育ちはじめていました(図4・5)。近くをよく見ると2年目らしい植物体も見られたので掘ってみると、さすがに先輩らしい鱗茎になっていました(図4・5)。こうやって育ちながら数年間栄養を貯え、ある年、葉を2枚出し、花を付けます(図1)。

図3 種皮をかぶったままの実生苗(2003年4月16日) 図4 鱗茎のアップ  当年もの(左)、 2年目(右)

図5 当年ものカタクリ(上)、 2年目のカタク(下)。 すでに地上部がかなり枯れだしている点に注意。        (2002年5月3日)
   

図6 2002年5月3日、早いものではもう葉(地上部)が枯れ始めている。枯れ葉になるのではなく、溶けるようになくなるのがスプリングエフェメラルの特徴。

図7 金沢市国見山の群落。畑の横で咲き乱れるカタクリ。(2003年4月16日

 石川県では、加賀地方の山地へ入るとほとんどどこへ行っても見ることができ、各所で大群落を作ります。大きく目立つ花なので摘まれることは多いのですが、鱗茎は地中深くて、道具が無くては掘り取ることができないので、山野草の中では採取されにくい方に属します。 フィールドウォッチング(田中肇.北隆館)によれば、「カタクリの花は、周囲の気温が10℃を越えるころから花被が開きはじめる。気温が上昇し17℃から20℃を過ぎる頃、花被はそりかえり、かがり火のような美しい満開時の姿となる。」とあります。
 狭い蕾(つぼみ)の中に閉じこめられていた雄しべ雌しべが、開花に伴い、伸び伸びと展開していく様子を次の画像でご覧下さい。最終的には、雌しべは雄しべよりも伸びて飛び出し、自分の花粉が柱頭に付かないようにし、雄しべも3本ずつの2段構えになって、広い範囲で昆虫に花粉を付けようとします。

図8 つぼみ 図9 開きかけ。雌しべは雄しべに囲まれていて外からは見えない。
図10 平開 図11 満開。はじめ短かった雌しべが伸びてきていることに注目。
図12 葯の開き始め(基部の方から開いていく)。このころの雌しべはまだ雄しべと同じくらいの長さである。
図13 花粉 図14 3分岐した柱頭の内側にだけ花粉を受け取るための突起が付いている。

花の構造
 カタクリの花は花弁と萼片の区別がつきにくいので、まとめて花被片といいますが、外側には萼片に相当する3枚の外花被片、内側には花弁に相当する3枚の内花被片の計6枚の花被片からなります。さらに、柱頭が3つに分かれた雌しべと、それを取り囲む6本の雄しべからなっています。
 雄しべの葯は、基部の方からはじけるように開きます(図12)。 また、花被の基部には不思議なW字型の模様がありますが、何か訪花昆虫の目印にでもなるのでしょうか。

蜜を貯める仕掛け
 花の奥には蜜のたまる隙間があります。それぞれの花被片の基部にへこみがあって、蜜が貯められています(図16)。加えて、下向きの花で蜜がこぼれないように特別の仕掛けが用意されています。花被片の基部のへこみの先に土手があるのです。3枚の内花被片の土手で子房をすっぽりと包み、蜜がこぼれないようにしています(図15)。さらに外側で、3枚の外花被片の土手(内花被片の土手ほど立派ではない)が内花被片のつなぎ部分をカバーしています(図15)。
 雄しべは花被片の基部に付いているので、花糸の部分がこの土手に挟まれる格好となり窮屈そうです(図17)。
図15 3枚の内花被片の土手で子房をすっぽりと完全に包んで蜜がこぼれないようにしている。左の外花被片を無理に反らせたので、隠れていた外花被片の土手も見えてきた。

図16 外花被片を1枚はずしたところ。内花被片の土手に囲まれた部屋(くぼみ)に蜜が貯まっているのが分かる。 緑色のものは雌しべの子房。

図17 内外の花被片を同時にはがしたところ。蜜が光って見える。左:内花被片、右:外花被片。
それぞれの花被片の基部に雄しべが付いている。
図18 外花被片の土手は小型だ
図19 内花被片の土手は大型だ

図20 こんなふうに蜜を吸われると、蜜だけ取られて、花粉は運んでもらえない。

種子
 果実が熟すると、種子が顔をのぞかせます。長さ2mmほどの黄褐色の種子の一端には少し色の薄いエライオソーム(ここを参照)(図23)と呼ばれる付属体が付いています。アリの好む物質が含まれているので、アリが種子を巣へ運び込み(図24)、分散されると考えられています。このような植物をアリ散布植物といいます。

図21 裂開を始めた果実(2002年5月28日) 図22 種子をこぼす果実(2002年6月3日)

図23 種子の顕微鏡写真。エライオソームが付いている。スケールの最小の目盛りは0.1mm。(2002年6月3日) 図24 種子を引っ張るアリ(2002年6月3日)

 カタクリは古く万葉集(19巻4143大伴家持)にも詠み込まれ、

   もののふの八十娘子らが汲みまがふ
        寺井の上の堅香子(かたかご)の花

で詠われる堅香子がカタクリであるというのが定説になっています。
 
 カタクリの語源は、日本の野生植物(平凡社)によれば、「鱗茎からデンプンが採れ、かたくり粉といって食べた。しかし、今のかたくり粉はジャガイモのデンプンである。古名の「かたかご」が「かたこゆり」になり、さらに転じて「かたくり」になったと言われる。」となっています。それでは古名の「カタカゴ」の由来はと言うと、「傾いた籠」すなわち籠状の花が下向きに傾いて付いているところから名付けられたと言われています。

 これに対し、前川文夫さんの堅香子=コバイモ説もあります。その根拠の一つとして「コバイモは鱗茎が大きく、しかも地下浅くにあって採取しやすい」ということがあげられていますが、「カタクリの開花段階に至った鱗茎はコバイモのそれよりははるかに大きいし、何らかの道具で土を掘り返して採取するのであれば、コバイモよりは深いかも知れないが、そう困難なことではない」から、コバイモ説にはうなずけません。(栽培目的で地上部を付けたまま鱗茎を掘り出そうとするのはかなり大変ですが。)  

 私は学生時代(40年以上前)に金沢近郊の山中でカタクリ畑を見た記憶があります。そこは山土で作った畑で、一面のカタクリ密集地でした。根掘りをちょっと差し込むだけでさくさくと簡単に鱗茎ごと採集できました。採集して悪かったと思いますが、木の根もなければ他の雑草も生えていなかったので、いまでもそれは畑だったとの思いが強いのです。山採りでなく、畑のようにして栽培してあれば、収穫はもっとたやすいはずです。

 コバイモ説の詳しいことは、前川文夫( 1981)をご覧下さい。

注意
 
スプリングエフェメラルあるいは春植物というのは、特別な植物を指す用語であり、単に「春に花が咲く植物」とは大違いなので、誤解の無いようお願いいたします。どんなに素晴らしい春の花でもスハマソウやミズバショウはスプリングエフェメラルではありません。
詳しくは、当HPの用語解説でご覧下さい。

文献
田中  肇. 1991. フィールドウォッチングB早春の季節を歩く. pp18-23. 北隆館.
佐竹義輔. 1999. 日本の野生植物 草本T 単子葉類. 平凡社.
前川文夫. 1981. 植物の名前の話. 八坂書房.



花模様