01
「どうしたの?」
幼馴染を見つめてぼんやりとしていたら、心配そうに顔を覗き込まれた。
「もしかして具合悪い? まだ熱が下がったばかりだったからね」
天上の女神もかくやという美貌に憂いを滲ませた表情は、きっと見る者すべてを陶然とさせるに違いない。
抜けるように白い陶器の如き肌、けぶるような金の睫毛、どこまでも澄んだ海のように美しい、ロイヤルブルーの瞳。鼻筋はすっと通っていて、色をさしていないのに赤い唇は形良い。
万人が平伏したくなる清らかな美貌に、ふとした瞬間に覗かせる色気が破壊力満点の――私の奇麗で可愛い幼馴染。
「ちょっと熱を測るね」
そう言って額をこつんと合わせられる。自分のわずかに灰色がかったくすんだ金髪とは違い、奇麗な淡い金髪が混じり合う。
「うーん……熱はないね」
ぬくもりが離れ、ほっとしたように吐息をつく。
「大丈夫。ちょっと考え事をしていただけ」
「そうなの? でも無理をしてはいけないよ。ジュリアは身体が弱いんだから」
こくりと小首を傾げ、眉根を下げて注意してくる幼馴染に、私は微笑んだ。
「うん」
麗しの幼馴染を愛でながら、私は先日の高熱で蘇った記憶を振り返った。
ここは、あの伝説と化した女性向け恋愛ゲームに似た世界である。
共通ルートを終えるのにぶっ通しで丸三日かかり、個人ルートを終えるのにぶっ通しで丸三日かかる超大作。
癖が強くトラウマ持ちの攻略対象者達とベストエンドを迎えたとき、涙なしには見られないと絶賛され、この作り込み具合でこの値段なんて申し訳ない、スタッフの方々に敬意を表してぜひ売り上げに貢献させてくれ! と三枚も四枚も買うファンが続出した女性向け恋愛ゲーム史上最高傑作の――幻のBLゲームなのだと。
私は主人公に恋をしている幼馴染で、彼に惹かれる攻略対象者達にとっては邪魔な存在。物語上では当て馬ポジションなのである。
けれどこの少女はひたむきで健気で、本当に主人公のことを大切に思っているのだ。そしてどのルートに行っても、彼女は悲惨な結末を辿ってしまう。
世の乙女達は号泣して「どうか彼女に幸せな結末を!」と会社に多くの嘆願が寄せられたことでも有名だ。
そう、私の幼馴染はこの世界において非常に重要な人物――物語の主人公、ヒロインとも言うべき存在なのである。ルートによってはヒーローかもしれないが。
私はこのゲームを実際にやったことはないが、同い年の従姉妹がものすごくハマり、色々と話してくれたから知っている。
この世界は女性が生まれにくい世界で、女児は大切に慈しまれて育つ。
私も例外ではなく、蝶よ花よと掌中の珠の如く大事に育てられている。
私達が過ごしているのは聖王が収める北の大国フォルテュナの、名もなき辺境の村里。この国は神の加護があるためか女児が生まれやすく、女性が多い。
南の軍事国家が女性を略奪するため戦争を始めたところから彼の――アルセーヌの物語は幕を開ける。
事態が動き始めるのは確かアルセーヌが二十歳になった時だったはず。私は現在十歳、三つ上のアルセーヌは十三歳。ゲームが始まるまで後七年ある。
私は現実逃避したい気持ちを抑え、何とか平穏に過ごすため努力しようと決意した。
「私、頑張るね」
「うん? 頑張って健康になろうね」
アルセーヌはきょとんとした後、ふわりと微笑んだ。
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