NPO法人自然観察大学 学長 唐沢孝一
 
  20世紀後半は、地球規模で都市化が進みました。産業構造の変化に伴い、人口が農村から都市へと流入し、東京圏のような巨大な都市環境が出現しました。都市は、人が人の利便性や経済効率を追求してつくった人工環境です。政治、経済、文化、教育、交通などあらゆる機能が集中することにより、ますます人口の集中を招く結果となりました。都市化に伴い、多くの野生生物が生息場所を失いました。鳥類では、モズ、ホオジロ、ヒバリと言った村落耕地型の鳥類が姿を消してしまいました。ところが、その一方で、都市環境に適応したり、新たに都市に進出してくる鳥が現れました。スズメやカラスなどは元々都市でくらしていましたが、新たにキジバト、ヒヨドリ、ハクセキレイ、コゲラなどが都市に進出してきたのです。こうした都市環境適応型の鳥を都市鳥「URBAN BIRD」と呼んで、都市鳥研究会を中心にその生態が研究されてきました。
  「なぜ」、あるいは、「どのように」、鳥が都市環境に適応し、進出してきたのかは、鳥の種類によって異なります。ここでは「都会のカラス」を取り上げてみます。

カラスと言えば皆さんどんなイメージをお持ちでしょうか。「頭のいい賢い鳥」、「不気味で恐い鳥」、あるいは「ゴミを散らかして困った鳥」といった声が聞こえてきそうです。実際にはどんな鳥なのか、次にその生態的特徴をあげてみます。
カラスは雑食性の鳥です。生ゴミをはじめ、昆虫、トカゲ、小鳥の卵や雛など、何でも食べます。時にはドバトを襲うこともあります。また、動物の死骸や糞も食べることから、スカベンジャーscavenger とも呼ばれています。
食べきれない時には、秘密の場合に運んで隠し、後でとり出して食べます。これを「貯食行動」といいます。
 
s150202_01.png

 

 

 

 

 

 

カラスが優れているのは、どこに何を隠したのかを記憶していることです。傷みやすいものから先に食べ、クルミのような保存食は数カ月も後に食べます。「備えあれば憂いなし」といいますが、大雪や暴風雨などで食物が手に入らなくても生き延びることができます。
また、クルミのような固いものは、上空から落して割ります。仙台市では、信号待ちの車の前にクルミを置いて、クルミを車に割らせて食べるカラスが観察されたこともあります。
  子育ての時、木の枝を集めて大きな巣をつくりますが、使い捨ての針金のハンガーをよく利用します。
 
s150202_02_.jpg

 

 

 

 

 

 


我が家でもベランダに吊るしておいたハンガーをカラスに持っていかれたことがあます。紐で縛っておいたところ、朝の早い時間帯にやってきて嘴でその紐を解いてしまいました。
ニューカレドニアガラスは道具を作ることで知られています。小枝を加工して嘴でくわえ、朽木の中にいる昆虫の幼虫をとりだします。また、嘴で針金を曲げて道具をつくり、筒の中から食べものの入った容器をとりだすことにも成功している。
カラスの賢さは「遊び」でもわかります。電線にぶら下がったり、上空から小枝を落し、それを空中でとらえることもあります。広場に落ちていた赤いボールをくわえて上空から落して弾ませたり、滑り台や雪の斜面を滑るカラスも観察されています。

s150202_03_.jpg

 

 

 

 

 

 

オランダの歴史家であるホイジンガは、ヒトを「ホモ・ルーデンス」と言いました。ホモはヒト、ルーデンスは「遊ぶ」という意味です。「これは面白い」と思って遊ぶ行動は、それだけ脳が発達していることを意味します。ホイジンガの定義によれば、カラスは「ヒト」そのものです。
 
カラスの行動の特徴の一つに、群による行動があります。東京の都心には、カラスのライバルであるトビやノスリ、オオタカなどの猛禽類が飛来します。しかし、カラスは何十羽もの群で取り囲み、鳴き立てて追い払ってしまいます。
 
s150202_04_.jpg

 

 

 

 

 

 

都市生態系の頂点はヒトですが、もう一つの頂点にカラスが君臨している、と言っても過言ではありません。
 カラスは、図太い鳥のように見えますが、実は、とても神経質で警戒心の強い鳥です。夜は何百羽、あるいは何千羽もが集まって過ごします。これを集団ねぐらといい、東京の都心では明治神宮、自然教育園、豊島岡墓地などが有名です。いずれも鬱蒼とした森の中にあって、夜間には人の立入が禁止されているので、カラスにとっては安全な場所です。
また、集団ねぐらには「情報交換センター」の役割があると言われています。餌が「どこに」「どれくらいあるか」は、カラスの生存にとって重要な情報です。
 
s150202_05_.jpg

 

 

 

 

 

 


このように、確かにカラスは賢い動物です。しかし、「知能」という物差しだけで動物を評価するのは危険です。「知能」を基準にすると、「ヒトにどれほど近いか」、あるいは「似ているか」、を比較しかねません。野生生物と関わっていく上で重要なのは、人間中心の立場ではなく、生物の視点に立つことです。

  ところで、日本で普通に見られるカラスは、ハシブトガラスブトとハシボソガラスの2種類です。ハシブトは嘴が太く、南方系の鳥であり、見通しの悪いジャングルを起源にしています。それに対しハシボソは嘴が細く、北方系の鳥です。見通しのよい草原を起源にしています。東京では高層ビルが林立する都心部ではハシブトが、郊外の田園地帯にはハシボソが優占しています。熱帯のジャングル出身のハシブトにとって、コンクリートジャングルの都心は本来の生息環境に似ていて住みやすいのかもしれません。
 
 都市鳥研究会では、1985年から5年ごとに都心のカラスの数を調べてきました。
 
s150202_06_.jpg

 

 

 

 

 

 

1985年には6,227羽でしたが、25年後の2000年には約3倍の18,664羽に急増し、2000年をピークに減少に転じ、2010年には1985年の数に近づいてきました。生ゴミが大量に捨てられた時代には増加し、ゴミの減量やリサイクル、あるいはカラスネットの普及などにより数が減ってきました。東京駅でみつけた公共広告には、「生ゴミは、前の晩に出してほしいよね」「燃えるゴミの日、もう一日増えるといいのに」、とあります。カラスの立場からみた、「住みやすい街、東京」を実にうまく言い表しています。
2015年12月には7回目のカラス調査を予定していますが、どこまで減少しているのか、あるいは再び増加しているのか、注目されるところです。いずれにしてもカラスによるゴミ問題ではっきりしているのは、問題はカラスにあるのではなく、生ゴミを出している「人間側にある」ということです。
「数が増えれば害鳥になる」という事例は、トキにも当てはまります。江戸時代、トキは数が多く、水田を荒らす害鳥として駆除されていました。新潟には害鳥を追い払う「鳥追いの歌」が残っています。「にっくきトキを佐渡ケ島に追っ払ってしまえ」、という内容のものです。しかし、明治以降の乱獲や農薬などによって激減すると、「特別天然記念物」に指定されました。カラスも、数が増えれば害鳥となり、激減すれば天然記念物に指定されるかもしれません。
カラスもほどよい数になれば、童謡にも歌われ、日本サッカー協会の三本足のカラスの旗ように、「神の使い」として尊敬される時代がくるかもしれません。