海保、辺野古4キロ沖で拘束者解放

2015年2月3日 05:41
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海上で抗議する赤色のカヌーに飛び乗り転覆させる海上保安庁の職員(中央)=2日午後2時56分、名護市・大浦湾(伊藤桃子撮影)

海上で抗議する赤色のカヌーに飛び乗り転覆させる海上保安庁の職員(中央)=2日午後2時56分、名護市・大浦湾(伊藤桃子撮影)

 【名護】米軍普天間飛行場の返還に伴う名護市辺野古の新基地建設に反対する市民の海上行動で2日、カヌーに乗って抗議する8人が一時海上保安庁の職員に拘束され、民間地の岸から約4キロ離れた沖合のリーフ外まで連れて行かれた上で解放された。これまでは拘束された場所か岸の近くで放されており、沖合では異例。けが人が続出していることに加え、海保が拘束の理由としていた「安全面」が疑問視される解放の仕方に市民からは反発が強まっている。

 午後3時ごろ、市民が乗るカヌー8隻が大浦湾に設置されているオイルフェンスを飛び越えようとすると、海保職員が飛び乗りカヌーを転覆させ、8人を拘束。海保のゴムボート8隻に乗せられた市民は約1時間後にリーフの外で放された。その後、リーフ外での解放を知った市民が船で岸まで運んだ。

 解放された午後4時半ごろのリーフ外の波は高さ1~1・5メートルだったという。

 第11管区海上保安本部は沖合での解放に対して「海上の安全と法令敢行の観点から、適切に警備を行っている」とコメントした。

 一方、防衛局によるコンクリートブロックの投入作業は2日も続き、少なくとも5個以上の数トン級ブロックが海に沈められた。

 
 

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 日米両政府は96年、宜野湾市の米軍普天間飛行場移設返還で合意、99年に名護市辺野古の沖合での代替滑走路建設を決めた。2006年、移設位置を陸側へ寄せ、岬の上でV字形に滑走路2本を建設する計画に変更された。しかしオスプレイの訓練激化や、ステルス最新鋭戦闘機F35の運用、軍港機能整備を米側が想定していることも判明。実態は代替施設ではなく機能強化した新基地の建設であり、米軍基地が沖縄に長く固定化される恐れがあるとして名護市や市民団体が強く反発している。

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