文芸・カルチャー
【坂本真綾さんインタビュー】『満腹論』 1200文字に込めた美味なる日々
坂本真綾さん
坂本真綾という人は、実に困った人だ。まず紹介が難しい。音楽、舞台、声優、ラジオパーソナリティ、執筆…どれも五ツ星の仕事ぶりで、本業なんて言葉でくくれない。
その上に、満を持して発売された最新刊『満腹論』(坂本真綾/KADOKAWA 角川書店BC)である。『月刊Newtype』で2008年に始まり、現在も好評を博し続いている連載をまとめた“7年モノ”のエッセイ集…なのだが。これにはもっと困っている。内容も文章も文句ナシの五ツ星で、坂本さんを知る人にも、知らない人にも、純粋に「面白いエッセイ」としてオススメできる!
なのに表紙ときたら! マレーシアの屋台街で美味しそうな料理に囲まれた坂本さんの写真。「世界を食べつくせ」の自筆文字。「満腹論」のロゴ。おまけにイラストは「劇団イヌカレー」さん。誰がどう見てもグルメ本と思うでしょうに!
違うってことを…この本の魅力をどう伝えればいい!? いっそ本人に教えてもらおう! というわけで、坂本さんにお話を伺った。
──『満腹論』というタイトルはどのようにして決まったのでしょうか?
「連載が始まった頃の私は、今よりも食に対して前のめりで、“一食たりとも無駄にしたくない!”みたいな気持ちで生きてて(笑)。食べるということは、人生を豊かにする最もシンプルな方法なんじゃないか? 食べることをハッピーにしたら、他のことももっとハッピーになるんじゃないかな? そんなことを考えて『満腹論』になりました」
──本文にある「食べ方は生き方」の精神ですね。それにしても、本書収録分だけで81本のエッセイ。7年がかりとはいえ、これだけのネタを見つけるだけでも大変では?
「常に頭のどこかでネタ探しをしながら生きてきたこの7年間ですね(笑)。アンテナを張って、取材するような気持ちでどんどん新しいお店に行ったりしますし、海外に行っても貪欲になってるかも。その一方で、昔の記憶をたぐり寄せてネタにすることもあるんですけど、案外“食”にまつわる印象的なことがあって…けっこう覚えてるものだなって思ったりします」
──エピソードは、1200文字に濃縮されていながら、さらりとした口当たり。この絶妙なバランスと心地良い文章のリズムを生み出すのは簡単じゃないですよね?
「1200字という制約の中で、テーマやオチを落とし込むのが最初は難しくて。でも、そのハードルが段々気持ち良くなってきて(笑)。原稿を音読したり、ギリッギリまで何度も細かい所まで直したりするので、時間がかかるんですけど、7年やってきて1200字に対するアプローチはかなり攻略しつつあるんじゃないでしょうか(笑)」
──内容についてのこだわりも感じます。『満腹論』の世界観がありますよね。
「手探りで書き続けて、連載を始めて一年過ぎた頃から、書き口とかテーマとか“『満腹論』らしさ”が私の中で定まってきた感があって、そこからはグラグラせずに自然に書けてますね。私、根が真面目なもので…放っておくと重い話ばっかり書いちゃうんですよね。だから、意識してライトで明るいことを書くようにして時事ネタなんかも当初は入れてたんですけど、本になっちゃうかもと思ってからは、普遍性のある話にシフトしました。読み返すと最初の頃のはちょっと恥ずかしいですね」
──「満腹。」で終わるスタイルも“らしさ”の一つだと思いますが、何度か「満腹。」で終わらない回があります。何か深い意味が?
「細かいところまでよく読んでますね(笑)…でも、ないんです(爆笑)。当初、とにかくどんな内容でも“満腹”で終わらせようと思って書き始めたんですけど、どうしても“満腹”で〆られないときがあって…気分次第というか。時には、明るさを演じたくないこともありました。明るさを演じきれない心理状況だったのかもしれませんね(笑)」
──#006「レバニラ事件」の頃は、まさにそういう状況だったのでは?
「実は絶不調の時期でしたね。あの頃、食べ物の味がわからなくなるという大事件が起きたんですよ。30歳という節目を前にして、自分でも意識しないうちにいろいろ考え過ぎていた部分があったんでしょうね。自分の不調や限界を知らせるきっかけが“味”ってところが、私の食べ物に対するこだわりの強さを表していると思うんですけど(笑)。そんな状況でも、毎月〆切が来て、自分の明るい部分だけを抽出して書くというのは、すごく良かったなって思います」
──味がわからなくなった話は今回、あとがきで書かれてますよね。
「ずっと言えなかったんですけど、いつかこのことを言えるようになったら、私はもう大丈夫だな、って思っていたので、書けてとてもスッキリしました」
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