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介護報酬引き下げ 現場で何が

2月3日 16時40分

上田真理子記者

超高齢社会を迎えた今、介護の問題はひと事ではありません。
介護保険制度がスタートしてから15年となるこの春、サービスを提供した事業者に支払われる「介護報酬」が9年ぶりに引き下げられます。
引き下げの割合は報酬全体で2.27%。
介護報酬の財源となる私たちの介護保険料も年々上昇するなか、費用の抑制とサービスの充実をどう両立させていくのか。
介護報酬の見直しを巡って今、介護の現場に波紋が広がっています。
社会部の上田真理子記者が解説します。

“特養”に入れない! 老老介護の現実

東京23区で高齢化率が最も高い東京・北区。
団地の一室を訪ねた私たちは“老老介護”の現実に直面しました。
この部屋に住む女性(67)は自宅で88歳の母親を介護しています。

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母親は認知症を患い、1人で歩くことはできません。
女性自身も足に障害があり、母親を支えるのは簡単ではありませんが、ほかに母親の介護を任せられる家族はいません。
日中は週4回、デイサービスを利用していますが、私たちの取材中にも母親が突然、誤ってティッシュを食べてしまいそうになるなど、母親が自宅にいる時は片ときも目が離せず気が休まることはないといいます。

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女性は母親を区内の特別養護老人ホームに入居させたいと希望していますが、すでに3年以上待たされています。

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女性は「自分だけで介護をするには限界がある。とにかく早く施設に入れるようにしてほしい」と訴えています。

相次ぐ施設の建設中止 介護現場で何が?!

高齢者だけの世帯や1人暮らしの高齢者が増えるなか、特別養護老人ホームの入居を希望する人は全国でおよそ52万人に上っています。
女性が住む東京・北区でも900人以上が入居を申し込んでいます。

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ニーズの高まりを受けて、区ではことし新たに3つの施設の建設が始まる計画でした。
しかし、区内最大・定員221名の施設の建設が、事業者の撤退で突然中止されたのです。
撤退の理由として事業者が挙げたのは人材確保の難しさと介護報酬の引き下げでした。

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これについて北区は「法人側からは採算がとれないとの説明を受けたが納得できない。区民も期待していたので大変残念だ」と話しています。
東京・北区のように施設の建設が中止されたケースは全国に広がっています。

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NHKが全国の都道府県にアンケート調査をしたところ、この3年間に建設ができなかった施設があると答えた自治体は半数以上に上りました。
理由は「応募する事業者がいない」が最も多く、背景には深刻な人手不足があるとみられます。

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アンケートでは「施設の受け入れを制限している」と答えた自治体も全体の4分の1近くに上り、人手不足はサービスに影響を及ぼすほど深刻な事態になっているのです。

介護現場 過酷な労働環境

介護現場の人手不足は現場で働く職員への負担をさらに重くしています。
介護福祉士の吉田信廣さん(25)は、4年前から東京・文京区にある特別養護老人ホームで正職員として働いています。

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私たちが施設に取材に訪れた日、吉田さんは夜7時から翌朝9時までの夜勤の勤務でした。
この時間帯、吉田さんは1人で25人のお年寄りを介護します。
「眠れない」。
「トイレに行きたい」。
深夜も吉田さんを呼ぶ声が相次ぎ休む間もありません。
高齢の祖父が介護を受ける姿を見て介護福祉士を志したという吉田さん。
お年寄りが心穏やかに過ごせるようできるかぎりのことをしたいと、やりがいを感じながら仕事に打ち込んでいるといいます。

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しかし、日勤に加えて週1度の夜勤。
過酷な勤務の一方で、介護の仕事の平均月給はほかの業種に比べて8万円余り低いのが実情です。

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夜勤を終えた吉田さんは「みんな頑張っているがもう限界を超えていると思う」と疲れた様子で話していました。
吉田さんが働く施設では離職者が相次ぎ、去年の秋にお年寄りを一時的に受け入れる「ショートステイ」のサービスを苦渋の決断の末に休止しました。

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本来なら10人のお年寄りを受け入れることができますが、ベッドはすべて空いたまま。
利用者はほかの施設を探さなければならなくなるなど影響を受けています。
この施設ではハローワークや求人誌に募集を出しているほか、近くの住宅に求人のチラシを投かんするなど採用に向けて手を尽くしていますが、欠員は補充できないままです。

報酬見直しで人手不足の解消は?

今回の介護報酬の見直しでは、報酬全体は引き下げられるものの介護の担い手を増やすため、非正規の職員を正規の職員に転換するなど、処遇の改善に取り組んだ施設には介護職員の月給を最大1万2000円程度上乗せできるよう加算するとしています。

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しかし、現場からはこうした対策では人手不足の解消には結びつかないのではないかという声が上がっています。
加算の対象になるのは介護職員だけです。

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介護の現場には、ほかにも看護師や給食、送迎のスタッフなどさまざまな職種の人が働いていますが、加算の対象にはなりません。
介護職員の分だけ加算されても、報酬そのものが引き下げられれば経営は厳しくなり、根本的な解決にはつながらないというのです。
また、支出を抑えるにも限界があるといいます。

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全国老人福祉施設協議会の調査によると介護報酬に占める人件費の割合は全国平均で63.7%。
人件費が高い都市部ではさらに高くなっていますが、職員の離職を防ぎサービスの質を保つためには人件費をこれ以上削ることはできないといいます。
さらに、夜勤などのシフトの厳しい勤務をしなければならない正職員には、そもそもなり手がいないという声も多く聞きました。

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一方では人材確保を求められ、一方では報酬が減る。
まるでやじろべえのようなぎりぎりの状態だという施設の関係者もいました。

介護報酬見直しの検証を

なぜ今回、国は介護報酬を引き下げることになったのでしょうか。

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いちばんのねらいは9兆円余りに上る介護費用の抑制です。
65歳以上が毎月支払う保険料も介護保険制度がスタートした15年前の1.7倍に上り、私たち市民の負担もどんどん重くなっています。
なかでも特別養護老人ホームは、収入から支出を差し引いた「収益率」が一般の中小企業を上回っているため、国は報酬を引き下げるとしています。
ただ、経営の実態は地域や施設によりさまざまです。
特に人件費の高い都市部を中心にサービスの質を保つため、厳しい経営の中でやりくりしている施設も少なくありません。

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財源が限られるなか、国は介護の必要性が高い人への支援を強化し、効率的にサービスを提供していきたいとしていますが、要介護度が重い人への介護には人手も必要となることから、ますます人材確保は厳しくなると考えられます。
今後さらに都市部を中心に介護が必要な人は増える一方です。
私の母も98歳と91歳になる両親を自宅で介護していて、問題は誰にとっても決してひと事ではないと感じます。
高齢者を社会で支える介護保険制度をこれからも維持していくためには、人材の確保は不可欠です。
今回、国が示した処遇の改善策が本当に実効性があるのか、検証していく必要があると思います。


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