2015年1月21日00時06分
昨年8月、千葉市の湯川遥菜さん(42)とみられる男性がイスラム過激派に拘束された事件は、思わぬ展開をみせた。
「いつかはこうなるんじゃないかと心配していた」
湯川さんが設立した民間軍事会社の顧問で元茨城県議の木本信男さん(70)は20日午後、水戸市の自宅でニュースを見ながらつぶやいた。オレンジ色の服装で荒野にひざまずき、傍らにはナイフを手にした黒ずくめ男……。木本さんの不安が現実となった。「何とか無事で帰って欲しい」
湯川さんは昨年1月、「日本の船を日本の会社で守りたい」と、軍事会社を立ち上げ、4月には一人でシリアへ。ここで出会ったのが、ジャーナリストの後藤健二さんだった。
当時、湯川さんは北部の街で反体制組織「自由シリア軍(FSA)」の拠点に留め置かれ、入国目的を聴かれていた。湯川さんは、FSAと交流のあった後藤さんに通訳を務めてもらい、「民間軍事会社として経験を積むために来た」と説明した。後藤さんは「紛争地で民間軍事会社を名乗ると敵と誤解される」と思ったという。
湯川さんは無事に帰国し、「現地で後藤さんと知り合い、『協力してあげる』と言われた」と木本さんに伝え、心強い援軍ができたと喜んでいた。現地の様子についても「銃を撃ってきた」などと興奮気味に話していたという。
ただ、会社はうまくいっていなかった。大手海運会社に営業に回っても「実績がない」と断られた。それでも、湯川さんは周囲に「自由シリア軍の将軍から、医療品、救急車が欲しいと頼まれた。ビジネスになるかも」と話し、再びシリアに行きたがっていたという。また、「外国で取材する時、護衛の組織がない」と言っていた後藤さんを護衛したいとも話していたという。
木本さんが「危ないから行くな」と言うと、湯川さんは「独りもんだから死んでも構わないんです」。昨年7月にシリアを再訪し、8月に拘束されたとみられる。その数日後、朝日新聞の取材に応じた後藤さんは湯川さんの経験不足を案じていたが、「(渡航を)止められなかった」と悔やんでいた。
フリージャーナリストの常岡浩介さん(45)によると、拘束情報があった8月、かつて取材で知り合った「イスラム国」の司令官を名乗る人物から、「湯川さんの裁判をやるから通訳になってくれ」と連絡があった。9月に現地に行くと、司令官から「湯川さんから身代金は取らない。見せしめの処刑もしない」と連絡を受けたが、その後、連絡が途絶え、湯川さんに会えないまま帰国した。アサド政権による空爆の影響とみられるという。
湯川さんの父正一さん(74)は20日夕、千葉市の自宅前で報道陣の問いかけに、「情報が錯綜(さくそう)しており、お答えすることは何もない」と話した。
■湯川遥菜さんの足取り(関係者の証言などによる)
2014年1月 民間軍事会社「ピーエムシー」を設立
4月 シリアへ渡航。渡航前に「紛争地域で何が起きているか全てを記録してきたい」とブログに書き込む
4月 シリアで、取材中の後藤健二さんと出会う。その後、帰国
7月21日 「再び、紛争地域の戦場へ」とブログを書き込み、以後、書き込みが途絶える
8月17日 外務省が、シリア北部で日本人とみられる人物が「イスラム国」に拘束された可能性があると明らかにする
同日ごろ 動画サイト「ユーチューブ」に「日本人への尋問」という動画が公開される。頭から流血した男性が尋問に対し、「ハルナ・ユカワ」と名乗る
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朝日新聞社会部
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