モチベーションが高まることと行動を起こすことは違う

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昨日(2015/01/31)やまもとさをんさんと「マインドマップセミナー」を開催いたしました。お集まりいただきましたみなさまありがとうございました。

マインドマップなど描けもしない私の役割は「理想の姿」を洗い出した後に、必要な行動を実行するための方法論を提供することでした。

こういう時、必ず一度は話題に上るキーワードが「モチベーション」です。

率直に言われるところによれば、私の言うことはネガティブで、景気が悪いのです。この日も「理想の姿にフォーカスするとテンションが上がってモチベーションに火がつく一方で、佐々木さんが言うように不満にフォーカスしたのでは、モチベーションが高まらない」という指摘をいただきました。

モチベーションが高まっても行動が起こらない

私は毎週欠かさずと言っていいくらい、テニスに出かけています。かつて実家に居た頃もそうでしたがそれを妹が、皮肉交じりに評しました。

「おまえはやる気がない人間のくせに、テニスだけは欠かさず行くんだな」

なるほど!と思いました。そう言えばそうだ。しかしなぜだろう・・・。

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その瞬間の自分の心理状態を正直に検討してみると、決してテニスに行く直前の自分は、意欲的でも、テンションが高まっているわけでもないことが、よくわかりました。テンションは、いつもとまったく変わってないのです。実はこの点が、かなり大事です。

私がずっと大昔、もう高校生くらいの頃、実はテニススクールに通いつつ、それを非常に嫌がっていたことを思い出しました。特に誰に強制されたわけでもなかったのですが、いちおうスクールに通っていました。たぶん流行とか健康作りとかが理由だったのでしょうが、すごくつまらなかったのです。

しかしその時は、テニスに行く直前のテンションは、変に高まっていました。緊張していたのです。そういうことは、よくあることだと思います。いやなことでも、いやだと思うからやめる、というわけにはなかなかいかないことは、あるものです。強制されたことでなくても、そうです。

そういうときには知らず知らずのうちにテンションが高まります。葛藤があるせいです。高校生くらいだと特に「いくと決めたことだからいかなくちゃ」とか「いけば楽しいかも」とか、今なら笑ってしまうようなことを考えています。そんなにしっかりと考えていないつもりでも、心のどこかでは考えます。

親との関係もあります。スクールを休むとすれば、電話しなければなりません。(電話が嫌いでした)。あれやこれや、同時に連想することがやけに多いのです。当時はまた自転車で通っていました。真冬の道は暗く、ひどく寒かった記憶があります。スクールは遠い。

そんなこんなを連想するうちに、テンションがグッと高まってしまう。すると、そのテンションがテニスを遠ざけるのです。いくために必要なテンション以上のテンションは、障害にしかならないのです。

Fotolia 49695465 XS

ただでさえやりにくいことに「ワクワク感」を持ち込むのは、私には危ういやり方と思われます。この頃の私がかりに「テニスの楽しさ」を付け加えても、それによってスクールに行ける率を高められはしたでしょうが、今ほど確実に実行できるようにはならなかったでしょう。

変なたとえですが、この心理にワクワク感を持ち込むのは、ごった煮にシャンパンを注ぎ込むようなものです。

今、「やる気がない人間のくせにテニスには欠かさずいく」のは、トイレに行くように、テニスにいけるからです。トイレに行けるのは、尿意が軽く不快なだけだからです。そのように、軽い不快感を小さな原動力にすれば、小さな行動を起こすのにワクワク感などいらないと思うのです。