第86話 休日
俺が取りあえずの危険が去ったことをサスケに告げると、サスケはそれを島中に知らせて回り、隠れていた島民が外に出てきた。
そして魔物から逃げてきた魚が、大量に浜辺に打ち上がっているのを見つけて大喜びする。
そのたくましさに呆れる俺の前で、島民たちは大量の塩と樽を持ち出して魚を保存食に加工し始めた。
浜に落ちていた魔石の類いも全部拾われてしまった。
俺は村長のところに行って、このあたりの海は活性化していて危険だから島を放棄するように勧める。
村長は渋々ながらも了承してくれた。
この島は手放しがたいだろうが、魔物で海が染まるほどの光景を見ては残る選択肢はないだろう。
三日以内にはカースイユへ全員を移動させると約束してくれた。
魔石と大量の魚の干物は、ちょうどいい島民の引っ越し費用になるはずだ。
そして俺は島から漕ぎ手を1人借りて、その日のうちにオズワルド伯のもとに戻った。
まずは、みんなに俺の身に起こった事のあらましを説明する。
やはり、いきなりいなくなってしまったことで、かなりの混乱を与えていたようだ。
残されたみんなも、朝早くから魔物の対応に追われたらしく疲れ果てた様子である。
オズワルド伯の方にも、話せる範囲で島で俺の身に起こったことを報告した。
そのおかげでオズワルド伯にはたいそう感謝されることになった。
それでもう2日、こちらに逗留させてくれる約束を取り付けた。
俺は徹夜明けだったので、そのまま一直線でベッドに入って着替えもせずに爆睡した。
目を覚ましたのは、次の日の昼ごろになってからだった。
起き出して、いまだ雨の臭いがする寝間着をやっと普段着に着替える。
そしたら昨日の今日で、なぜか元気なルーファウスが部屋にやって来た。
「ちょっと相談があるんだ。カエデがいない間に2人と話す機会があったんだけどね。セシリアはあれだけの才能があるのに、魔法が使えないことに劣等感を抱えてるんだ。キャロルの方は魔法を使うとすぐに動けなくなっちゃうことに、どこかで引け目があるみたいなんだよね。まあキャロルの方は根が明るいから、そんな感じはあまりないんだけど、セシリアの方は結構気にしてるんだ」
「ま、2人揃えば魔法が使えるんだし、別にいいんじゃないか」
俺は鼻毛を引っこ抜きながら適当に答える。
何度も海を渡ったから日焼けという名の火傷で全身がひりひりする。
しかもゲートが開いてから、やたらと蒸し暑くなって全身がけだるい。
「せっかく才能があるのに、2人で一つの才能でしかないんだ。それを認めないと、その才能も生かせないのに、どうして引け目を感じる必要があるのかな」
青い空を見上げながら、どうしてだろうなあとぼんやり考える。
才能と言えばエドだってとてつもないものを持っている。
エドの魔力を俺が使えるあの状態なら、何か凄いことが出来るような気がする。
もといた世界に帰るというようなことさえ、出来るのではないかという気がした。
それが無理でも、あの膨大な魔力に何か使い道があるのは間違いない。
エドも自分で攻撃魔法が使えるようにならなければ、宝の持ち腐れである。
それにしたってキャロルもセシリアもエドも、まだ子供なのだから、そんなに急ぐ必要は何もない。
「ま、時間が解決するだろ。それで、今回の運命の人とは上手くいきそうなのか」
「カエデが考えたルーズベルトが僕の代わりに喋る奴をやって見せたら、凄く喜んでくれたよ。馬鹿馬鹿しくて面白いって。それで仲良くなったんだよね」
立案者の俺はジョークの類いとして考えたわけではない。
あんな子供にまで馬鹿にされるとは面白くない。
いや、見た目が子供なだけで、本当はどのくらいの歳なのか想像も出来ないのだ。
今度の相手はアニーほど手強くなさそうなので、俺の助けも必要ないだろう。
俺はルーファウスの相談を適当なところで切り上げて、アメリアの部屋に遊びに行った。
「あら、こんな時間になって起きたのね」
「そうだよ。徹夜開けで事後処理したんだからね」
アメリアは窓際で椅子に座り、短いスカートを風になびかせていた。
今日も白いスカートがまぶしく光っている。
肌が綺麗だなと思っていたら、視線に気がつかれてアメリアはスカートの裾を正した。
「いやらしいわ」
これを言ったのは、アメリアの膝の上でくつろいでいたリリーだ。
最近はルーファウスをいびるのが楽しいようで、俺は難を逃れている。
「下に行って、ネズミでも捕ってきたらどうだ」
「いやよ。疲れてるのに、そんな気分のわけないじゃない。気を利かせて貴方が捕ってきたらどうなの」
「それで、なにか用があって来たの?」
「どうせまたおっぱいを触りに来たのよ」
「いや別に」
俺はリリーに図星をつかれて、何でも無い風を装って返す。
暇だったから揉みにきたなんて口が裂けても言えない。
アメリアに促されてベッドの上で横になると、日焼けのあとに治癒魔法をかけてくれた。
それで、ひりひりした熱さがだいぶ遠のいた。
俺は怪我をしたという意識はなかったが、たしかに火傷なのだから魔法で直してしまえばよかったのだ。
そしたら、まだ治りきらない俺の背中の上にリリーが飛び乗った。
「いつまでここにいられるの。出来ることなら、私はここに住みたいわ。毎日のように馬車に揺られる悪夢を見るの。もう一度あれに乗るなんて、考えただけでも息苦しくなってきちゃうの。ストレスで毛玉を吐く量も、日に日に増えているのよ」
「海に魔力が集まりすぎて、オズワルド伯も困ってるみたいなんだよね。300年間も、この地を任されてきたオズワルド家にも、昨日あらわれたゲートの規模は記録にないそうだよ。それで、これからよくないことが起こるんだって大騒ぎしてるんだ。だから、そのことを一刻も早く王様に伝えて欲しいんだってさ。それで、昨日のゲートから出てきた敵は、俺が一人で倒しちゃったみたいに勘違いしてるから、報告が終わったら戻ってきてくれって」
俺の言葉を聞いた途端に、リリーが全身の毛を逆立てた。
馬車での移動を、もう三度繰り返すなんて考えられないほどの苦痛だろう。
しかし、あの規模の敵が現れると、この領地に対応できる兵士がいないのだ。
俺だってエドの力を借りなければ、大物相手は二体が限度という相手である。
エドに魔法を覚えてもらうのが一番な気もするが、年齢的に魔法のイメージを覚えるのは無理だとオズワルド伯に言われてしまった。
魔法を作り出す才能は、若いうちの方が発想も柔軟で向いているが、既存の魔法を覚えるには常識や知識の方が重要なのだ。
たしかに科学の知識で早く覚えられたのだから、それも納得できる話だった。
「なら、戻ってくるときは貴方だけ戻ってきなさいよ。私はもう嫌だわ。馬車はもうこりごりなの。あっ、報告を他の人に任せたらどうかしら」
「作戦の指揮官が報告しないなんて話があるか。そのこともちゃんと話してあるよ。何かあったら、エドが俺だけ呼んでくれる手はずになったんだ。だからリリーが馬車に揺られるのは帰りの一回だけで済むんだよ」
「よかったわ。もう少しで新しい契約者を探すとこだったの」
「なんてこと言うのよ」
アメリアにヒゲを引っ張られて、リリーの口がカパッと変な音をたてて開いた。
「まあ、もうちょっと性格がいいのに乗り換えたいよな」
リリーが私って不幸でしょという顔を俺に向ける。
だけど全面的に自業自得だから同情は出来ない。
俺の冗談に、アメリアも怖い顔をこちらに向けている。
「やっぱり似てるとこあるよね。それで、今日は1日休んで明日には王都に戻ろうと思う。それまでに、こっちで何かやりたいことでもある?」
「特に思いつかないわ。リリーは何かやりたいことがある?」
「ねえねえアメリア聞いて聞いて、魚釣りなんて面白いんじゃないかしら。だって、お魚が美味しいって話なのに、私はまだ食べたことがないのよ」
「ふふっ、それならカエデが一緒に行ってくれるんじゃないの」
リリーに期待するような目で見られて、俺は仕方なく腰を上げた。
アメリアとイチャイチャするだけの予定だったのに、この暑い中、釣りに行くことになった。
アメリアは来る気が無いようなので、俺はクロエを誘ってから屋敷のメイドに釣り竿を借りて外に出た。
馬の尻尾の毛を束ねたものに、鉄の針が付いたような道具なので釣果には期待できない。
クロエは海に合わせたのか紺のスカートをはいている。
髪も伸びて、少し落ち着いた雰囲気になってきたように感じる。
俺はメイドに聞いた、下水の流れ込んでいない綺麗な海がある場所にワープゲートを開いた。
釣りをしていると、島から避難してきた人たちを乗せた船の一団が町の方に入ってくるのが見えた。
半日経って干物が出来あがり、やっと島から出る気になったらしい。
オズワルド伯は彼らのために、城壁の内側に土地まで用意してくれると約束してくれた。
それにあれほどの量の魔石まであるのだから、家どころか、しばらく食うにも困らないだろう。
町に入ってきた船団が、島に向かってもう一度出て行く頃になってキャロルとセシリアがやって来て、岩場で遊び始める。
海が綺麗な場所だから、この2人も遊び場にしているのだろう。
そしたらルーファウスまでやって来て、俺の横で釣り糸を垂れ始める。
「あの2人をつけ回してるのね」
「物好きよのう」
「変な言いがかりはやめてくれないか。僕はカエデと釣りがしたくて出てきたんだ。それに、まだ魔物が出るかもしれないんだからね。僕がいた方がいいだろ」
「あの2人ならそんな心配もあるまいに。それにカエデと妾もおるのだぞ」
クロエも一緒になって釣り糸を垂れている。
しかし、まったく釣れる気配はない。
潮通しもいいし、餌も間違ってないはずなのにおかしい。
日も暮れかかる時間になって、なぜかあたり一つ無い。
そろそろ諦めるかと考えていたら、キャロルとセシリアが岩場で遊ぶのをやめてこちらにやって来た。
「貴族の方が揃って釣りだなんて珍しいですね」
「ここのお魚、私たちが取っちゃってもいいかな」
そう言って、キャロルが返事も待たずに精霊魔法を海に放つと、立派な魚が腹を見せながら浮いてきた。
釣りをしていた俺たちの間に、なんとも気まずい空気が流れる。
衝撃でも電撃でも、いくらでも方法はあったはずなのに気がつかなかった。
釣れなかったのは、この2人がいつもここで乱獲しているからだろう。
よく見れば2人は遊んでいたわけではなく、他にも食べられそうなものを沢山集めていた。
そこで捕れた魚は、その日の夜に食卓に並んだ。
たしかに、これまで食べてきたどの魚よりも美味しかった。
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