第85話 空のゲート
短パンにシャツ一枚で雨の中に立たされて、俺は一瞬で乾いてる部分がなくなった。
濡れた服が体に引っ付いてかなり気持ち悪い。
目の前では、今まさに空に浮かんだ赤黒い線が左右に開こうとしていた。
村の方を確認すると、人があちこち走り回っているのが見えた。
その様子から、まだ誰も被害には遭っていないようで安心する。
サスケが大声で指示を飛ばしながら、船小屋の中に老人と子供を集めているようだった。
俺はその船小屋に近寄って、何か武器になりそうなものはないか尋ねた。
「おや、貴族様じゃないですかい。まだ島に残っていたんですか。とっくに帰ったもんだと思ってましたよ」
「とっくに帰ってたのに、エドの魔法で呼び出されたんですよ」
「へえっ、てことは、今回の助っ人は貴族様なんで?」
「そうらしいですね。それよりも、なにか武器になりそうなものはありませんか。棒でも何でもいいですから、あるものをお願いします」
俺がそう言うと、老婆がおずおずと軽くて丈夫そうな木の杖を差し出してきたので受け取った。
どうせ魔法剣を使うのだから、こんなものでもいいのかもしれない。
「敵は海から上がってきます。なるべく海岸には近寄らないようにしてください。それと島民はなるべく近くに集めてください。敵がどこに出たかはわかりますが、それが遠すぎると助けにもいけませんから」
それだけ言って、俺はエドのいる砂浜へと戻る。
昼間に使いすぎて枯れたはずの魔力がなぜか体に戻っている。
一人で戦うには少し村人の安全が心許無いので、俺はノグの魔法を使いルーシを召喚した。
「あで? ごごばどご?」
魔法を使って、魔力を失った瞬間にエドから魔力が供給されるのを感じた。
ノグの魔法で呼び出されると、呼び出した者から魔力が供給されるようだ。
「ゲートが開きますよ」
エドに言われて空を見ると、すでに赤黒い線の間から魔物が大量にあふれ出しているところだった。
その中には迷宮の最深層で見たレッサーデーモンのシルエットすら見えている。
「おい、これはやばいぞ……」
「何を言ってるんですか。ルーシとカエデさんがいれば、何もやばいことなどありませんよ」
エドにしてみれば二人分の助っ人を得たように思っているのだろうが、あのレッサーデーモンを倒すとなれば、俺は持ってる魔力の半分以上は使うことになる。
それがすでに二体以上は見えているのだ。
それに小物が無数にゲートからあふれだして、海面に落ちる水しぶきがここからでも見える。
運の悪いことにゲートはこの島に向かって開かれていた。
だからゲートからあふれ出した魔物の大多数は、海を渡って真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
俺が逃げるべきか戦うべきか逡巡していると、魔物の群れの先頭が砂浜に上陸しだした。
「あでをだおぜばいいの?」
「そうです。お願いします」
ルーシが体の一部を棒のように伸ばして、そこにアーリマンブレードを発生させる。
そして伸ばした腕を回しながら、ヘリコプターのように宙に浮いた。
そのまま空を大きく跳ねて魔物の群れの中に突っ込んで行く。
その伸ばした細い腕で、ルーシは敵を斬り飛ばし始めた。
空からは隕石のようなルシファフレアが雨のように降り注ぎ始めた。
俺は恐ろしい勢いで魔力を吸い取られてるが、それと同じスピードでエドから魔力が供給されている。
最初のルシファフレアが空の亀裂めがけて降り注ぎ、そこからあふれ出す魔物にぶつかって激しく燃え上がった。
同じく海面にぶつかった火球が水蒸気爆発を引き起こして、海面にいた魔物が吹き飛ばされ宙を舞う。
俺も一緒になってゲートのあたり目掛けてルシファフレアを空から放った。
そして海岸に上陸した魔物に向かって斬りかかる。
エリアセンスを展開するが、敵はまだ俺たちがいる海岸にしか上陸していない。
このまま、ここで上がってくる敵を倒し続ければ、島の住民に被害は出なさそうだ。
問題は、空を飛んでこちらに近づいて来る敵がいることだ。
俺はその一帯にロアフレイムの炎を放って敵を焼いた。
この時点で俺は自分の容量を何倍も超えたマナを使っている。
それなのにエドから供給される魔力に陰りはない。
「まだマナは残ってるのか」
「お気遣い無用です。まだ全然残ってますから」
「おまえ本当に人間か? 悪魔かなんかの生まれ変わりじゃないのか?」
「よく言われます。どうなんでしょう」
その涼しい顔は嘘を言っているようには見えない。
一体どんな体の構造をしているのだろう。
俺はさらに遠慮なく魔法を放ちまくった。
俺とルーシの放つ魔法のせいで、空が真っ赤に染まっている。
巻き上がる爆発と炎が、海の上で燃え広がっていた。
その地獄絵図となった海の上を、一体のレッサーデモンがこちらに向かって飛んでくる。
小物はルーシにまかせて、俺が相手をすることにする。
昔、こいつと戦ったときよりも今の方がだいぶ戦い慣れしているが、あの時は3人がかりでなんとか倒したのだ。
今度は一人で、この化け物と戦わなくてはならない。
レッサーデーモンは悠々と空を飛んで、俺の前に静かに着地した。
俺は借り物の杖にクラウソナスを発動させて、目くらましのロアフレイムを放った。
同時に地面を蹴って全力で駆け、ロアフレイムが当たると同時に杖を振り下ろした。
その攻撃をレッサーデーモンは身をよじってかわす。
避けきれなかった背中の羽が斬り飛ばされて塵に帰る。
前回は俺の攻撃を力任せに止めに来たが、それは失敗だったと学んでいる。
レッサーデーモンはかわした体勢からこちらに一歩踏み込んできた。
そして恐ろしいほどの魔力を込めた腕で、横薙ぎに俺の胴体を払おうとする。
この攻撃はかわしきれない。
とっさにそう判断した俺は全身のオーラをすべて腕に集めて、それを受け止めた。
集めたオーラがすべてはじき飛ばされて、俺は何メートルも砂浜を転がる。
体を守る鎧がないから、今のは正直に言って賭だったが、なんとか折れることもなく俺の腕は残っていた。
吹き飛ばされて失った魔力はすぐにエドから供給される。
足下が砂なので、千鳥足のフェイントを使うとバランスを崩してしまう。
この条件ではクラウソナス分の有利しかついていない。
ルーシは浜辺に上がってくる敵の対応に忙しく飛び回っているので、助けは求められそうにない。
仕方がないので、このまま供給される魔力にものをいわせて削り合って勝つしかない。
そんなことを考えていたら、もう一体のレッサーデーモンがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「おい、エドは浜辺に上がってくる小物の相手をしてくれないか!」
「無理ですよ! 僕は魔法が使えないんです!」
そんな馬鹿なと思うが、やはり大きな力にはデメリットでもあるのだろうか。
それとも魔法を教わるようなチャンスがなかっただけか。
とにかく、ルーシの力を借りるのは無理になった。
そんなことを考えていると、ルーシが魔方陣を作り出して何かの魔法を使った。
突然、砂の上に引き締まった土が隆起してくる。
俺が足場に苦戦しているのを察して、なにか土に干渉する魔法を使ってくれたらしい。
俺は蹴りやすくなった地面を蹴って、目の前のレッサーデーモンに向かって駆けた。
駆けている途中に、オーラの出力を限界以上に引きあげる。
自分が持っていた全魔力よりも、さらに多くの魔力を体に纏った。
周りを流れる景色が目で追えないほどの加速をもって、俺はレッサーデーモンに斬りかかった。
クラウソナスを纏った杖を持つ腕に、耳鳴りがするほど魔力が集まっている。
すべての力を使いこなせていないのは自分でもわかるが、構わずにクラウソナスを振り抜いた。
その前に5回ほどフェントを挟んでいる。
その俺のフェイントに相手が翻弄されているのがはっきりとわかった。
レッサーデーモンの振り回す尻尾をかろうじてかわしながら、俺はその胴体に向かって杖が吸い込まれるの見た。
まるで鋼を斬るような手応えとともに、クラウソナスの一撃は敵を両断した。
レッサーデーモンは消え際にもう一度、悪あがきで尻尾を振るってくる。
しかし、それは左手だけで受け止めた。
倒したと思ったところに、次のレッサーデモンが空から降って来て俺の前に着地した。
これはエドの魔力が尽きたところで、国ごと滅ぶんじゃないかという気がしてくる。
こんな相手を倒せるのが、オズワルド伯のもとにいるのだろうか。
クロエですら、一体を相手に出来るかどうか怪しいくらいだ。
エドの魔法で呼ばれたのがクロエではなく俺なのだから、俺が苦戦するような相手にはクロエも厳しいだろう。
もしかしたらエドのいう正義の心とやらが無いから、クロエが呼ばれなかった可能性もある。
それでも今までの経験から五分の戦いすら難しいのは明らかだ。
それから俺は飛んでくるレッサーデモンを3体ほど倒した。
それより弱い魔物は海を渡ってくる前に、ルシファフレアの水蒸気爆発で効率よく倒せたからそれほど驚異ではなかった。
日が昇る頃になって、俺たちはやっとひと息をつくことができた。
「ま、魔力がつきましたよ……」
「ぎりぎりなんとかなったな。よく頑張った」
エドが青い顔で浜辺に座り込んでいる。
まだ浜辺には魔物が上がってくるが、村の男たちが相手をしてくれていた。
俺は疲れた体を投げ出して浜辺に大の字になった。
「陸の方にもだいぶ行ったと思うんですが、大丈夫だったのでしょうか」
その一言で俺は飛び起きた。
そういえばアメリアたちのことをすっかり忘れていた。
「陸に戻らなきゃならない。船はあるか?」
「ええ、漁船ならいくらでもあると思います」
俺はサスケが老人たちを集めていた船小屋に走った。
そこで借りていた杖を返す。
「お、終わったんですかい。む、息子はどうなりました」
「元気ですよ。それよりも陸地に帰りたいんです。船はありませんか」
それならば村一番の漕ぎ手に船を出させましょうとサスケが言った。
俺は取りあえず船を出してもらう約束を取り付けて、次は船を探すために島の中を走り回った。
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