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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第84話 任務終了、魔物の到来

 日陰に入り込んで休んでいた怠け者の3人と2匹を呼びに行き、砂浜まで引っ張り出した。
 そしてエドを含む5人を並べて、その前でこれから魔法を使ってみる旨を告げる。

「だけど召喚って、ワープゲートのようなものよね。だから、この土地ではゲートを開けなくて失敗したんじゃないのかしら。あんたが使っても同じ事なんじゃないの」

「そうでもないの。この少年の考え出した魔法は異空間の力を使っておらん」

 確かに異空間ゲートを使って対象を呼び出すものではない。
 以前に俺も一度は考えた、消滅と再生によって対象を呼び出す魔法だ。
 そう考えると、こんな魔法で呼び出されるのはあまりぞっとしない話である。

 しかし、まるでプログラムのように組み立てられた魔法には、あらゆる場面に備えられた措置が施してある。
 だから何重にも安全が担保されているのだが、それでも失敗はゼロではないだろう。
 複雑すぎるが故に、エドの想定しなかった現象が起これば魔法が成功しないだけではなく、何が起こるかわからない。

 俺は魔法が成功しなくなって落ち込んでいるエドを見て、改めて感心した。
 とても10歳やそこらの少年が作り出せるような魔法ではない。
 俺でも一回唱えるのがやっと、というほどコストが重い魔法を、この少年は何度も使ってみせた。

 その高度な魔法を使うために、俺はクロエを招き寄せた。
 複雑な魔法なので、クロエの力なしでは成功させる自信もない。

「ところで、この魔法に名前はあるのか?」

「名前ですか。特に決めていません」

「じゃあノーネームサーモニングを略してノグと呼ぼう。今から、それを使うからな」

 俺の命名に一部からブーイングが起こるが気にしない。
 魔力を発動させるタイミングを取るために掛け声が欲しいだで名前は問題ではない。
 俺はクロエを自分に抱きつかせるようにして、何もない砂浜に向けて両手を突き出し、魔法のイメージを頭の中に作り出した。

 そして、決めたばかりの魔法の名前を叫んだ。
 叫ぶと同時に、さっきエドが見せたような極大の魔方陣が俺の足下に現れる。
 魔方陣の中央から光があふれ出し、やがてそれが消えたところに居たのはどこかで見たことがある姿だった。

 呼び出された物体は、真っ直ぐにエドのもとへと這いずり寄った。

「まだ、おばえがよ゛~。ぼう、おでのことば、よびだざないげっていっだじゃんがぁ」

 それはいつかのヘドロスライムだった。

「いえ、今回呼び出したのは僕じゃなくて、あちらの方ですよ」

「お~、おばえば~、びざじぶりだな~~」

 俺は軽く手を上げて、そのヘドロに挨拶した。

「さて、脅威がないことも確認できたし、そろそろ帰りましょうか。まったく、とんだ無駄足だったわよ。私はお城で出るおやつが急に恋しくなってきちゃったわ。もう、あまり人騒がせなことは言わないでね」

「そうですか。わかってもらえて何よりです」

 アニーとエドが勝手に話をまとめようとしている。
 その会話に俺が割って入った。

「待ってくれよ。本当にこれが最強の助っ人なのか? これは、ただの精霊じゃないか。いざって時に、島を守れるようには見えないぞ」

「精霊だなんてとんでもない。彼は精霊だとか妖精だとかいった言葉の範囲に収まるような存在ではありません。その存在はまさに奇跡の化身ですよ」

「この汚らわしい水たまりが?」

「こ、言葉を慎んでください」

「僕にもたいした存在のように見えないんだけど、彼はいったい何者なのかな」

「そ、それは……」

「おでば、ずごいんだぞ~」

「そうですよ。だって彼は一国の軍隊すら滅ぼせる、あの──」

 そこでエドの言葉が止まった。
 その言葉を引き継いだのはクロエだった。

「ルシファーだのう」

 その名前を聞いて、アニーとルーファウスの表情が固まる。
 俺もその名を、ルーファウスが話してくれた昔話で一度だけ聞いたことがある。

「だけどルシファーって、獣人と人間のハーフに乗り移ったんじゃなかったか」

「そうです。昔話にあるとおり、彼は国によって迫害され、殺されてしまった女性の体に乗り移りました。だから彼は、その身体が気に入って、今でも彼女の体を構成していた物質だけを体としているのです」

 長い年月で体の方はとうに死んでしまって、それでもさらにゾンビのように動かし続けているうちに、その体はヘドロのようになってしまったと言うことだろうか。
 魔力の力だけでそんなものを体に出来るのなら、何かに乗り移る必要などあるのだろうか。

「と、とんでもない話だわ。それが本当なら禁呪どころの話じゃないわよ」

「彼に悪意はないんです。軍隊を滅ぼしたときも、彼は契約に従って力を貸しただけなんです」

「どうするのさ。こんな事態になったら治めようがないよ」

 アニーとルーファウスが慌てふためく中、地面を這う物体は俺の足下にやって来た。

「おばえもげいやづじでよ~」

 ヘドロスライムは俺の足下で、なにやら訳のわからないことを言い出す。
 俺が困った顔をしていると、エドが翻訳してくれた。

「どうやら彼は貴方の体が気に入ったようです。貴方が死んだときに、その身体をくれるのなら力を貸すから、契約をしてやろうと言ってます」

「いやだよ! 死んでからも、こんな酷使されるなんて冗談じゃない」

「え゛え゛~」

「あれ? それって、ひょっとして一番丸く収まるんじゃないかな」

「はあ? そんなことしたらカエデは悪魔と契約した犯罪者になっちゃうじゃない」

「いや、ルシファーを呼び出したなんて報告しただけで二人とも縛り首だよ」

「そ、それは駄目よ」

「だからルシファーには名前を変えてもらうんだ。それでカエデの精霊にしておけばエドが勝手に呼び出したとしても、カエデにはそれがわかるし、カエデとの契約があればエドが敵に回っても安心じゃないか。一応それで危険を取り除くという任務も果たしたことになるし」

「僕は王国の兵士を敵に回したりしません。将来はお父さんと魚取りで一発当てて、お金持ちになって、お屋敷に住むようになるんです。今は魚を捕るための魔法作りを、父と一緒に進めています」

「あの親父さんは、子供にそんなことを吹き込んでるのか……」

「僕も納得した上での話ですよ。そのために、この土地までやって来たのですが、ノグの魔法が使えなくなってしまったので困っています」

「じゃあ、もうそれでいいわ。とっとと契約しちゃいなさいよ」

「ん゛? げいやぐじでぐれるの?」

 クロエとは別に精霊としての契約をしているわけではない。
 今では、彼女の言う人間になったという話も信じている。
 となれば、ここでこのヘドロスライムと契約してもいいような気もした。

「だけど、死んだ後に死体を引きずり回されるのは気分が悪いよ。死体遺棄が殺人並の重犯罪なのが頷ける話だ」

「さっさと決めなさいよ。愚図ね」

 口の悪い根暗少女に急かされて、俺はよく考えもせずにルシファーと契約することにしてしまった。
 水たまりから水の角が伸びて、俺がそれを握手するみたいに握ると、その場所が光って契約成立となる。
 その途端、かなりごっそりとマナを持って行かれた。

 本来の精霊との契約が、これほどのものだとは思わなかった。
 それでも、あとはこいつの名前さえ決めれたら事件解決になる。

「名前はどうするかな。ヘドロだからドロシーなんてどうだろうな」

「最低の名前ね。ルーシでいいじゃない」

「ルージがい゛い゛」

 本人の意向を汲んでルーシという名前になった。

「とりあえず色々あったけど、これで一件落着ということにしよう」

 俺がそう提案すると、みんな俺の意見に賛成してくれた。
 みんなも半分くらいは、この仕事が面倒になってきているのだ。
 そのあとは俺がエドを家まで送り届ける。

 家ではサスケから、エドが魔法を使えなくなったことを村人には言わないよう口止めされた。
 エドはまだ落ち込んだままだ。
 しかし責任感の強い少年なのだろう、島を放棄した方がいいと父親を説得している。

 しかしサスケは、近頃は魔物も出ないんだから何も心配することはないと楽天的だ。
 このあたりの事情もわからない俺には何も言うことが出来ない。

「それじゃ、俺たちは帰らせてもらうよ。ルーシは必要になったらいつでも呼び出してくれていいからな」

 不安そうにしているエドが少し気になったが、あれだけの魔力があれば大丈夫だろう。
 少しくらいの魔物ならば普通の魔法だけでもなんとかなるはずだ。
 俺は最初に来た浜辺に戻って船に乗り込んだ。

 そして来たときと同じようにひたすらオールを漕いで陸地へと戻ってきた。
 オズワルド伯に、もう一泊させてもらえるように頼んでから夕食をごちそうになった。
 夕食を取っているうちに嵐がやって来て、大粒の雨が屋敷の屋根を叩き始める。

 やたらとルーファウスがキャロルとセシリアに話しかけている。
 しかし双子は食事に夢中だった。
 雷の音が鳴り響くたびに、双子が揃っておびえたような顔をするのが面白い。

 食事を終えてから風呂に入って、俺は自分の部屋に戻った。
 雨音を聞きながら心地のいい眠りに落ちようとしていると、にわかに屋敷の中が騒がしくなる。
 俺の部屋にもメイドがやって来て、魔物が大量に現れると教えてくれた。

 俺はすぐに飛び起きると、留め金を外すのももどかしく思いながらベランダへの扉を開け放った。
 扉を開けると、風雨が部屋の中に吹き込んできた。
 遠くの空にあった歪みが、ガラスに血液を垂らしたようにまがまがしい色の光に変わっている。

 あれは間違いなく魔物が現れるゲートにちがいない。
 俺が寝間着のままで一階の広場に飛び降りると、オズワルド伯が部下に指示を飛ばしているところだった。

「ちょうどよかった。君たちがいてくれたおかげで、この事態にも対応が出来る。データスの隊に加わってくれないか。このままでは街にも被害が出るかもしれない」

「島の方はどうなるんです? 何か向こうに行く手立てはないんですか?」

「それは無理だ。海がここまで荒れていては島に渡る手段などない。もうゲートは開きかかっているのだ。止める手立てもない。これほど大きなゲートは見たことがない。ゲートは今にも開くだろうが、海を渡って魔物が来るのは朝方になってからだ。それまでは部屋でしっかりと体を休めておいてくれ」

「さあ、部屋に戻ってください。ここで心配していても事態が改善するわけじゃない。休めるときに休んでおくのも重要です」

 データスが俺たちに、部屋に戻るように促す。
 同じくこの場に出てきていたアメリアたちも表情が暗く、その場から動けなかった。
 俺は無理に引っ張ってみんなを部屋に戻した。

 そして、急いでルーシを探すと階段の影で寝ているのを見つけた。

「お前なら海を渡れるんじゃないのか?」

「むりだよ゛~」

「エドに呼ばれるような気配はないか?」

「ないよ゛」

 その時、外からゲートが開いたという兵士の叫びが聞こえた。
 それでもルーシに召喚されるような様子はない。
 どうしたものかとじりじりしていたら、俺の頭の中にエドの声が響いた。

 エドの召喚魔法によって島に呼ばれたのはルーシではなく俺だった。
 気がついたら俺は、昼間にいた砂浜で魔方陣の上に立っていた。

「そうか、魔法が使えなくなってたわけじゃなかったんだ。あの時も魔法は成功していたんだ」

「……」

 丸腰に寝間着姿で、俺は呆然と浜辺に立ち尽くした。
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