第81話 カースイユ地区
城を出て8日目、朝からひたすら森の中を進んでいる。
道はあるのだが、木の根っこが道の方まで張り出してきているので、頭の形が変わりそうなほど体が跳ね上がる。
スキーのモーグルコースを馬車に乗って滑り降りるような気分を味わっている。
今も目の前でクロエの体が宙に浮いた。
人前では恥じらいもあるのか、ワンピースのスカートは魔法で押さえられている。
しかし、宙に浮く仏頂面はあきらかに俺のことを非難していた。
「帰りもこんな目に合わせられるのかと思うと、今から吐き気が止まらぬわ」
「僕はすでに吐き気と偏頭痛と関節の痛みが止まらないよ」
「私もだわ」
アニーとルーファウスは体を鍛えていないせいで、すでにゾンビのような顔になっている。
「こういう長距離を移動する魔法ってないのか?」
「あることはある。しかし人間に使えるのは呼び出す魔法くらいが限度だろう。これほどの大人数を呼び出す以外で移動させるとなると、とてつもない魔力が必要になる」
「あっ、村が見えてきたわよ」
青い顔で、窓から外を見ていたアメリアが叫んだ。
俺が窓から顔を出すと、確かに住人30人くらいの村が見えた。
村に着いたら旅人用に用意された馬止めを借りて、馬に水をやり餌を食べさせた。
それでしばらく村の中で休むことにした。
アメリアとクロエは木のそばに日陰を見つけて横になった。
ルーファウスとアニーは馬車にもたれかかり、そこから動く気力もないようだ。
兵士たちは1人が馬の世話をしているだけで、他は馬車から降りてくる様子もない。
俺は挨拶をしてこいといわれて、村の長老の家を探して村を歩いた。
一件目の家で場所を聞いて、まっすぐに教えられた家に向かう。
「これはこれは、こんなへんぴな場所にようこそおいでくださいました」
まさに長老という感じの老人が出迎えてくれた。
どこまで行くのですかと聞かれて、カースイユですと答えるとお急ぎですねと驚かれた。
本来はカースイユまで街道が通っているのだが、近道しようというアニーの提案によって森の中を通ることになったのだ。
魔物が出ても私たちなら大丈夫よという、今思えばかなり浅はかな提案だった。
一も二も無く賛成してしまったことが悔やまれる。
次の町に行けばそこからはまた街道に戻ることが出来る予定だった。
「さぞかし大変な道のりだったでしょう。この村によそから人が来たのは何年ぶりになりますかな。あの道は夜になれば訓練された者でない限り、1メートルに2回は捻挫すると言われていますよ。久しぶりの旅人が貴族の方だとは、長生きしてみるものですね」
「それにしても凄い道ですね。仲間はもう歩くのも嫌だというほどやられてますよ。何か精のつきそうな食べ物でもありませんかね。ここのところ昼飯が毎日のように保存食ばかりで、力が出ないんですよ」
せめて焼きたてのパンでもありはしないかと尋ねたのだが、こんな村に貴族様の口に合うものはないでしょうと断言されてしまった。
その代わりに、村に伝わる魔法の精力剤を差し上げますと老人が言った。
ユンケルみたいなものだろうくらいに考えて、俺はその精力剤の入った瓶をもらう。
俺は薬代と馬の飼料代に金貨一枚を払って馬車に戻った。
早速ルーファウスとアニーに飲ませてやろうと、瓶についていたホコリを払う。
瓶にはラベルが貼ってあり、確かに見た目はユンケルそっくりだ。
しかし俺は文字が読めないので、何と書いてあるのかわからない。
馬車の中で飲めばいいかと、俺は寝ていた4人を立たせて馬車の中に入らせた。
そして朦朧とした表情でふらふらと馬の世話をしていた兵士に出発を告げる。
すぐに馬車は森の中を走り出して、村は見えなくなった。
俺は荷物の中からコップを二つ取り出した。
そして厳重に封がしてある瓶のふたを開けにかかる。
栓を引き抜くと、ちょっとだけ甘い香りがした。
「なによそれ」
「お前たちに飲ませてやろうと思って貰ってきたんだ。体力がつくらしいぞ」
「私は絶対に飲まないわよ」
「なんでだよ」
「まあ、飲みたくないよね」
アニーとルーファウスが揃って、そんなことを言った。
俺はなにが気に入らないのかよくわからない。
よく見れば2人は瓶のラベルを見て、そういうことを言っているようだ。
「これには何て書いてあるんだ?」
「私に聞かないでよ」
アニーが嫌そうな顔をして瓶のラベルから目を背ける。
仕方がないので俺はルーファウスに瓶のラベルを向けた。
「そんなに近づけなくても見えるよ。勃鬼王って書いてあるね」
まるで安っぽい精力剤のような名前だ。
俺が栄養剤と言わなかったから上手く伝わらなかったのだろうか。
「だけどまあ、元気になるって意味では同じようなものだよな」
「果たしてそうかな。魔法の力を持つようなものには──」
「まあいいじゃん。飲んで見ろよ。ほらアニーも半分な」
「私はいらないわ」
「なんだよ、けっこうな金を払ったんだぞ。クロエとアメリアは?」
2人は揃って首を横に振った。
それならばと言うことで、俺とルーファウスが飲むことになる。
一口舐めただけで、体中がしびれるような感じがした。
これは効きそうだと、俺は一気に飲み干してみる。
ルーファウスもためらわずに飲み干した。
飲んだ瞬間にぐらんと視界が揺れて、俺はアメリアの上に倒れ込んだ。
ルーファウスも身体から力が抜けて床に座り込む。
クロエが薬の入っていた瓶を俺から取り上げて、そのラベルを読みはじめた。
その声が遠くの方で聞こえる。
「たいへん強力。1日にスプーンに一杯まで」
そんな声を聞きながら、俺の意識は完全な暗闇に落ちていった。
気がついたのは夕方の宿に着いてからだった。
俺とルーファウスは馬車から転げだして、宿の前の地面に座り込んだ。
まだ足がしびれていて上手く歩くことが出来ない。
「酷い夢を見たよ」
「俺もだ」
「いいわね。2人ともずっと楽しそうだったわ。私たちなんか、うんざりするほど馬車に揺られたのよ」
「なるほど、気絶していれば苦痛を感じなくて済むのう」
アメリアとクロエの言葉に、俺とルーファウスは揃って首を振った。
まだ夢の中にいるような心地がして少し気持が悪い。
「ピンク色のドラゴンに乗って、世界中を旅したよ。どこもかしこもピンクで、ピンクの雲の中を飛んでいたんだ。そしたら口から虹色の煙を吐きだしているルーズベルトが現れて僕に笑いかけたんだ。仕方がないから、僕も紫色の煙を吐きだして対抗したよ」
「俺なんかピンクの大名行列を見たぜ。その先頭で神輿を担いでたよ」
「楽しそうな夢ではないか」
俺とルーファウスは揃って、冗談じゃない、と言った。
悪夢以外の何物でもない。
しかも介抱もなく床に転がされていたものだから、俺もルーファウスも足跡だらけだ。
ショッキングピンク一色の壮絶な夢だった。
ルーファウスと一緒に夕涼みをしてから宿の中に入った。
そして夜にもまた同じ夢の続きを見た。
それから2日くらいずっと具合の悪い中過ごす。
具合が直る頃になって、俺たちはカースイユ地区に入った。
カースイユ地区は草だけがまばらに生えた平野がひたすら続いている。
その寒々しい景色をひたすら西に向かうと、オズワルド伯の住む港町が見えてきた。
町全体が物々しい塀で囲まれ、その塀の上には見張りの兵士が立っている。
俺はそこで兵士たちの泊まる宿をとって、そこで待機するように言った。
兵士たちは迷わずに娼館へと走って行ってしまった。
俺たちはオズワルド伯の屋敷に行くことにした。
町の中の少しだけ小高くなったところにオズワルド辺境伯の屋敷があった。
逗留する兵士が多いからか、相当に大きな屋敷だ。
屋敷に入ると執事が出迎えてくれる。
最前線というだけあって、執事までもが剣を腰に下げていた。
途中であった町の人も、みな冒険者のような格好をしていたから驚きはない。
通された部屋には鎧を着込んだ体格のいい男が、部下に指示を出しているところだった。
この人がオズワルド伯なのだろう。
「おや、アルダはいないのかな。久しぶりに会えると思ったのだが」
「アルダは休暇中です。代わりに俺が任務を任されました」
「ほう、見たことない顔だが、アルダの代わりというなら腕は立つらしいな。ここに居るものではちょっと心許無いので支援を要請したのだ。なにせ最強魔法をうたっておるからな」
「最強魔法?」
「そうだ。この界隈は昔から不思議なことが起こりやすい。それは生まれてくる者にも言える。突然、ものすごい天才が生まれたりもするのだ。だから最強魔法を編み出したと言うなら、本当にそれに近いことが起こっているはずだ。あまり見くびらずに事に挑んで貰いたい。それと、できれば穏やかな形で事を治めて貰えるかな。いきなり捕まえるとかいうようなことではなく、危険のないような形にしてもらえればいい。もし悪意がないようであれば私の下で働いてもらうことも考えている。私の部下の中にはそういう者も沢山おるのだ。まあ、込み入った話は夕食の時にでも話そう。取りあえずは旅の疲れを癒やすといい」
俺たちは部屋を貸してもらったので、休むことにした。
風呂もついていたので、遠慮なく使わせてもらう。
風呂から出てバルコニーに出ると、そこから見える景色は、町というより砦に近いものだった。
通りには商人と武装した出で立ちの者が行き交っている。
今まで見たことのない不思議な光景だった。
最前線という割には、こちらに来てから俺はまだ魔物を見ていない。
町と街道の魔物は排除されているからだろうか。
よく見れば海の色は少し紫がかって見えた。
空の色も少し青さが薄いように感じる。
海の向こうに空気のゆがみのようなものが見えたので屋敷の人に聞いてみたが、ゲートの前兆に似ているが、よくわからないという答えが返ってきた。
昨日までは、そんなものなかったらしい。
俺はなにが起こるのかわからない予感に、少しだけ手のひらが汗ばむのを感じた。
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