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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第80話 狂人か天災か

 馬車に揺られるのが辛すぎて、いっそ外を走ったらどうかと思えてくる。
 そんな旅路も四日目に入っていた。

「今日は指南役の家に泊めてもらうことになるわ。王家の者がこの道を通るときは、泊めてもらうことになっているそうよ」

「なんの指南役だ」

「王家の剣術指南役でしょ。兵士も、そこで習った人は沢山いるわ。どうしてそんなことも知らないのかしらね。代々、剣豪を生み出してる凄い家系なんだから。失礼のないようにしなさいよね。まあ、あんたは身分だけはやたらと高いから、気にする必要もないかもしれないけど」

「俺は誰に対しても礼を欠いたことはないよ」

「どの口がそれを言うのよ。のぞき魔のくせに。だけど泊めてもらう立場なんだから、ちゃんと挨拶はしなさいよ。あんただけじゃ心配だから私もついていくわ。ルーファウスも来なさい」

 ルーファウスは片手をあげて、アニーの言葉に応えた。
 アニーへのアプローチがあまりにも上手くいかないので、すっかり意気消沈している。
 口説くのが上手くいかないというより、口説いていることに気づいてさえもらえないという悲惨さだ。

 そんなところで足踏みしていては、さすがのルーファウスも落ち込むのだろう。
 この日はまだ日が高いうちに指南役の家に着いた。
 いつもより早く馬車から解放されて、俺は心から喜びを感じた。

 小さな町の真ん中にある、大きな道場に隣接した豪邸だった。
 兵士たちは町に着くなり、小さな娼館の前に列を作りに行ってしまった。
 俺たちは屋敷の中に通され、指南役の奥さんと顔を合わせることになった。

「あら、シャノン様の旦那様はずいぶんといい男なのですね」

 その言葉にアニーが、そうなんですよと返した。
 謙遜しなくていいのかと俺は驚いた。
 もとの世界でも日本以外じゃそんなことしないかと思い当たる。

「兵士の方々の話では、たいそうお強いそうですね。若いのに大したものです。どうでしょう。うちの娘と手合わせをしてはもらえないでしょうか。娘にとってもいい経験になると思いますから。こう見えても、いまだに負けたことはないんですよ」

 そう言って、奥さんは隣に座っている長い黒髪の美人を振り返る。
 なんで同席しているのか疑問だったが、娘だったようだ。
 母親に似て、かなり気の強そうな顔立ちをしている。

「あら、面白そうですね。やってみたらどう?」

 アニーが無邪気にそんなことを言う。
 女相手はアルダで懲りている俺は、どうしてもそんな気になれない。
 俺が答えを渋っていると、奥さんがこんなことを言った。

「こんな見た目ですが、腕の方は歴代でもかなりのものなんです。自信がないのでしたら、やめておいた方がいいかもしれません。腕に覚えのある冒険者がやって来て何人か挑戦したのですが、あっさりとこの子が勝ってしまい驚いたものです」

 なぜか煽られているような気がする。
 確かに、魔物ばかり相手にしている冒険者では、試合に特化した道場剣術には勝てないだろう。
 向こうの提示するルールで戦っては、俺でも厳しいのかもしれない。

 だけど煽られて引き下がったのでは面白くない。
 そこで俺は何かを斬って、切れ味を比べましょうと提案した。
 これなら俺の土俵であるし、棒きれを持って戦うよりは遠慮なくやれる。

「はあ、考えましたね。ですけど、うちの流派は実践的ですから、剣の使い方もちゃんとしているんですよ。そのような勝負でも苦手ということはありません」

 どうにも、この奥さんの物言いはチクチクとしたものを感じる。
 しかし、この勝負なら万が一にも俺に負けはないだろう。
 俺は2人に先導されて、板張りの道場へと足を踏み入れた。

 爺ちゃんの道場を思い出して、俺は少しだけ懐かしくなった。
 今頃、爺ちゃんはどうしているだろうか。
 道場に入ってすぐに、藁をまとめたような束が二つ運ばれてきた。

 しかし、よく見ると藁ではなく、かなり堅い木の枝をまとめたような感触である。
 この世界の剣では、よっぽどの腕がないと刃が負けてしまうはずだ。
 こんなものを用意させて、あの娘は本当に斬ることが出来るのだろうか。

 対戦相手の事を心配している俺の前で、黒髪の娘は見事に枝の束を斬ってみせた。
 多少、力負けしている感じはあるが、その見事さには見入ってしまうものがあった。
 小さい頃から、かなり仕込まれてきたに違いない。

 それに続いて、俺もボールから取り出した刀で枝の束を斬り飛ばし、余裕があったので空中に浮いたものまで真っ二つにしてみせた。
 それを見て奥さんの表情が変わったのを俺は見逃さなかった。
 少しでも剣術に触れていれば、今のではっきりと実力がわかったはずだ。

 俺は勝ちを確信しながら刀を鞘に戻した。
 また場所を移して、俺たちはさっきよりも丁重にもてなされる。

「お見それしました。冒険者の中から、これほどの腕の方が現れるとなると、私どもの仕事も廃業の危機ですわね。あれほどのものを見せらたとあっては私も負けを認めざるを得ません。我が家の仕来たりに沿って、娘は貴方様の妻に差し出しましょう」

 なんの話だそれは。
 最近、俺の周りで流行っている悪質な女難の予感がする。
 まるで世界が俺たちの幸せな結婚生活を邪魔しているかのようだ。

「あの、申し出は嬉しいのですが妻はもう居ますので、それは承知しかねます。それに本人の意思が重要ではないですかね」

「そんな! 我が家では代々、生まれた娘は最初に負けた男のもとに嫁ぐ決まりなのです。武によって身を立ててきた一族にとって、より良い血を残すことに優先することなどありません。本人の気持など関係ないのです。もしそれを断られては、娘は自害しなければならないことになってしまいます。それにほら、本人は貴方様のことを気に入ったみたいですよ」

 そう言われて娘の方を見ると、気の強そうな瞳と目が合った。
 その途端、彼女は急に顔を赤らめて下を向いた。
 それにしても、この言ったもの勝ちみたいなルールはなんだろうか。

 自害しなければと言いつつ、目の前の2人に緊迫感などまるでない。
 むしろ、この奥さんは王家との繋がりを持ちたいだけではないかという疑惑が芽生える。
 というか目のギラつきを見るに、俺の妻という立場に娘を押し込みたいだけとしか思えない。

「この美貌に惚れて、何人もの男が娘に挑んだのですよ。そんなに邪険にされる理由はないように思いますが。それとも、この子を見殺しになさるおつもりですか」

 そんな風に言った者勝ちのルールを押しつけてくるというなら、こっちにも考えがある。
 そう簡単にハイそうですかと納得してたまるものか。

「いやあ、俺も剣の道に25年生きてきましたが、娘さんほどの腕の持ち主は見たことありませんよ。あの切り口を見ればわかります。俺の腕など娘さんには到底およばないでしょう。ものを斬る専門家である俺にははっきりとわかりましたよ。俺の負けです」

 そう言って、俺は頭を下げる。
 俺がいきなり負けを認めてしまったことで、奥さんの顔には狼狽が見えた。
 それを見て俺は、王家に娘を押し込みたかっただけだなと確信する。

「あんたって25年も生きてるの? てっきり年下だと思ってたわ」

 アニーが素朴な疑問を口にするが、面倒なので取り合わない。

「そ、そうでしょうかね。私にはあきらかに貴方様の勝ちのように見えましたが……。ですが専門家の貴方がそうおっしゃるのなら間違いないのでしょう。それでは娘に剣を教わってみてはいかがでしょうか。もしくは模擬戦をしてみるとか……」

「いえ、自分は魔法が専門なんです。剣はそれほど重視してないんですよ」

「さ、さっきは専門家だと……。いえ、若くしてドラゴンを倒すとなれば、色々と専門もお有りでしょう。それでは兵士として貴方様のそばに置いてはもらえないでしょうか」

「道場にとっても娘さんの存在は大事でしょう。おいそれと兵士などにしてはもったいないですよ」

 この食えない女との勝負に勝ったと確信し、俺は自信満々に言い放った。
 しかし道場は弟が継ぐので、娘は兵士にするつもりだったと食い下がる。
 腕の確かな貴方のもとで働かせてやって欲しい。

 ちょうどいいから連れて行って欲しい。
 そんなことを猛烈にまくし立てられて、俺は口を挟むことも出来ない。
 その俺の沈黙を、奥さんは無理矢理に肯定と受け取りましたと態度で表した。

 それで、もてなしの準備をしますのでと言って、娘を連れて俺たちの前から慌ただしく消えた。
 なんて強引なのだろうと呆れるしかない。

「あの娘を連れて行ったら、アメリア、怒るだろうなー。どのくらい怒るか楽しみよね」

 意地の悪い笑みでアニーが言った。
 こいつは終始ニヤニヤしながら事の成り行きを見守っているだけで、助け船の一つも出さなかったのだ。
 ルーファウスは大変だねと、まるで他人事のような感想を述べる。

「でも、あんたって変にモテるわよね」

 そんなわけあるかと思うが、心当たりがないわけではない。
 俺はこの世界に来るとき、神様に彼女が欲しいとスパムの様に繰り返したのだ。
 そんな俺に神様が試練を与えたのではないだろうかという考えが俺の中に起こった。

 もしかして、あの時、俺が彼女が欲しいと言った数だけ、女性から好かれるという試練が与えられたのではないだろうか。
 そんなことがあるわけないとも思うが、考えれば考えるほどそんな気がしてくる。
 俺はアニーを外に連れ出して問いただした。

「お前って俺のことを好きだったりしないよな」

「ばっ、ばっかじゃないの! 絶対にないわよっ! なっ、なにを言い出すわけ!? あ、あんまりふざけたこと言ってると──」

「いや、もういい。その態度でわかったから」

 まるで往年のラブコメ漫画に出てきそうなほどわかりやすい反応だった。

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよっ! 何がわかったのよ!」

 初対面で大切な蛇をぶつ切りにし、とどめとばかりに入浴まで覗いたアニーを虜にしてしまうとは、ますます試練の存在が確かなもののように感じられる。

「なんでもないって。それよりも明日は、あの奥さんが起きてこないうちに出発しようぜ」

「そんな……その場しのぎで誤魔化していいの。あの人は王家の剣術指南役なのよ。また会うことになるわ」

「ん? あの人の旦那さんが指南役じゃないのか?」

「違うわ。あの人が指南役のその人よ」

「じゃあ城にも来たりするのか?」

「当たり前でしょ」

 俺は大変だとばかりに、自分にかけられた呪いの大きさに驚愕する。
 神から与えられた試練は逃げようがないのだ。
 俺は怖くなって、思わずその場から駆けだしてしまった。

「ちょっと、私の話はまだ終わってないわよ!」

 それでアメリアたちのもとまで行って、事情を説明する。

「だから俺が平穏に生きるには、田舎に引きこもるしかないんだよ」

「ほう、ついにそこまで自惚れたことを言うようになったか」

「またそんなことを言って、カエデったら凄く感じ悪いわよ。誰でも自分のことを好きになるって思い込んでるのね。私はそんな訳のわからない力でカエデを好きになったんじゃないわ」

「そうじゃないんだよ! 本当に俺は女を虜にする呪いがかかってるんだって」

 俺の言葉に、2人はただただ、しらけたような目で俺を見るだけだった。
 そのあまりに冷たい反応に、俺は自分の頭を疑ってみる気になった。
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