第79話 出発
朝になって俺たちは城を出発した。
ルーファウスは片方の頬が腫れて、顔の形が変わっていた。
馬車は二台で、片方には俺たちが乗り、もう片方には半分の兵士が乗っている。
残りの兵士は馬に乗って、二台の馬車に併走していた。
サスペンションもない馬車に揺られること1時間、すでに俺は嫌気がさしていた。
「あとどのくらいかかるのかな。今日中に着くってわけにはいかないよな」
「何言ってるのよ。10日以上はかかるわよ」
アニーがさも当たり前のように言う。
俺は驚きのあまり言葉が出てこなくなった。
確認を求めるようにルーファウスの方を見ると、当然という感じの顔が目に入った。
「そのくらいだよ。なにせ国土の反対側まで行くんだからね」
「けっきょく死海ってのはなんなんだ? そんなもののために、わざわざ行く価値があるのかな。魔物が沢山いる危険な地域ってだけの事じゃないのか」
「迷宮の地上版って感じかしらね。魔力が集まっているから、色々と不思議なことが起こりやすいのよ。魔物は居るけど、お金になることが沢山転がっているから人が住んでいるの」
「そんなところに良く住めるよな」
「魔物が現れるゲートが開くときは兆候があるの。あまり大きいゲートだと、開くのが早くて危険だけど、それ以外なら対処のしようもあるわ。人が多いところから離れなければ、それほど危険はないの。私たちが向かっているのは、そこにある漁師の島だそうね」
「兵士のほとんどは、オズワルド泊の領内で監視業務に就いてるんだ。カエデが会ったことのない隊長たちも沢山居るよ」
「そんな重要なところに大隊長のアルダが居なくていいのか」
「アルダは対人に特化しすぎているからね。王様の周りにおいておく方がいいのさ。カエデだって本当は西に行った方がいいんだろうけど、王様は近くにおいておきたいらしいね」
「それにしても10日以上なんて、考えるだけで具合が悪くなってくるな」
「僕はハニーと一緒に居られれば、どんな時間も退屈に感じることなんてないけどね」
そう言ってルーファウスはアニーに向かってウインクする。
格好つけているが、肩の上にゆるキャラを乗せていては間抜けさの演出にしかなっていない。
アニーは口説かれることに慣れてないのか、挙動がおかしくなった。
クロエは10日と聞いて大きなため息を吐き、だるそうに窓の外を見ていた。
あいかわらず、足を組んでけだるげな感じが妙に様になっていて格好良い。
その姿が、ちょっと俺に対して怒っているようにも見える。
アメリアは背筋を伸ばして、姿勢正しく馬車に揺られていた。
マイナスの感情を微塵も感じさせない、実にさわやかな姿だ。
俺はすでに、この世の終わりのような気分になっているのに何が違うのだろう。
だいたい往復だけで一ヶ月近くを移動に使うなんてどうかしている。
どうやって耐えようか考えていると、何かが俺の膝の上に乗った。
視線を落とすと、小刻みに震えているリリーがそこにいた。
「10日なんて死んじゃうわ。今からでも、私だけ帰るわけにはいかないかしら」
「そんなこと言うなよ。仕事なんだから仕方がないだろ」
本当は俺もリリーと同じような心境なので、そのやられている姿に心細くなる。
俺は震えているリリーを抱え上げた。
そして少しでも気分を紛らわせようと、ルーファウスの方を見る。
「僕は知ってるんだよ。アニーは人知れず魔術士教会に通って魔法を習ってるんだよね。そういう努力家なところもすばらしいと思うよ」
「そ、そんなことするわけないじゃない。私は魔法が得意なのよ」
「精霊と契約しようと、毎月馬鹿にならない額を使ってるんだろう」
「な、なんのことかしら」
やはりルーファウスは期待を裏切らないで、実に面白いことをしている。
リリーも俺の腕の中で、2人の話に聞き入っていた。
普段はちょっと苦手なリリーも、こういうときだは気が合うらしい。
「魔法使いとして兵士になったからって、中級魔法が使えないくらいなんだって言うんだ。精霊が呼び出せないのは意味がわからないけど、きっと魔法使いの素質がないだけだよ。全然気にする必要なんかないね。自分のかわいげだと思っていればいいのさ。私は副大隊長なのよって、自信を持ってふんぞり返っていればいいんだよ」
「…………だ、黙りなさい!!」
得意気に話していたルーファウスの鼻面にアニーの正拳突きが刺さった。
その見事さに、観戦している俺とリリーの興奮も高まる。
俺がリリーを抱えている腕に力を込めると、俺の腕に噛みついているリリーの顎にも力が入る。
「い、いいかげんにしなさいよ! あることないこと好き勝手に……!」
「ち、違うんだ。だから僕が気休めに魔法を教えてあげようかなと」
その言葉に、根暗少女はうつむいて肩をふるわせ始める。
もう一発、アニーの正拳が出るかと思われたその時、空気の読めないリリーが口を挟んだ。
「あら、魔法ならカエデに教われば簡単に覚えられるわよ」
「だ、だから、私は魔法が得意なの!」
「あら、そうなの。だけどカエデは魔法を教えるのが本当に得意なのよ」
「必要ないわ。ルーファウスも、それ以上お喋りを続けるなら許さないわよ。あんたって本当に最低の下衆野郎ね」
ルーファウスはこれ以上ないくらい悲しそうな目でこっちを見た。
俺は静かに首を振ることしか出来ない。
こんな状況になってから助けを求められても困る。
その日の夜、俺の泊まる部屋にルーファウスがやって来た。
顔は酷く腫れ上がり、少しだけ肩に乗せているルーズベルトに似てきたような気がする。
「もしかしたら僕は失敗したのかもしれない」
「疑う余地もないだろ。なんでアニーの傷口をえぐるような真似をしたんだ。口説いてると言うより、ケンカを売ってるみたいだったぞ」
「弟子にしてください!」
そう言って、ルーファウスが俺に向かって頭を下げた。
肩に乗っていたルーズベルトがすっ飛んで床に激突し、変な悲鳴を上げる。
それをルーファウスは無言で拾って肩の上に乗せた。
「いやいや、俺だって弟子を取れるような経験はないよ」
「すでに2人も素敵な女性を手込めにしているじゃないか!」
少し単語のおかしいところがある。
それよりもシャノンが数に含まれていないところが気になった。
形だけの結婚だということは、アメリアとクロエ以外には言ってない。
無意識のうちにシャノンは女性としてカウントしていないのだ。
「我々だけでは、もうこれ以上の進展は見込めそうにない。ぜひ、ルーファウスのために一肌脱いでもらいたい」
少しよろけながら、ルーズベルトも頭を下げた。
「そう言われてもな。ツラもいいし、家は金持ちだし、身分は貴族だろ。人並みの常識を身につけるだけでいいと思うんだよな。だけど、それは一朝一夕でどうにかなるもんでもないだろうし」
どうしたものだろうか。
俺は一晩考えてみると言って、ルーファウスを部屋に帰した。
それで俺が、アメリアとクロエどっちの部屋に行こうか考えていたらアニーが俺のところにやって来た。
「そ、そのさ。あ、あれよ」
アニーは扉のところで立ち止まって、もごもごと喋っている。
部屋の中に入るのをためらっている様にも見える。
「ま、魔法が得意なんでしょ」
「魔法を教えるのが得意なんだ。教えて欲しいのか」
「ま、まあ、魔法の教え方を、教わってあげてもいいかなって……」
別に教えるのにやぶさかではないが、ルーファウスの思いを寄せてる女性と夜に同じ部屋でというのはいかがなものかと思う。
たとえそれが一時的な思い込みであったとしても、思い込んでる間くらいはやめておきたい。
そこで俺は別の方法を提案してみた。
「アメリアに教わっても同じ事だと思うけどな」
「そう、ならあんたに用はないわ。おやすみ」
バタンと扉を閉めて、アニーは行ってしまった。
よっぽど気にしていたのだろうなと、俺は少しだけ気の毒に思った。
そこをピンポイントで突けるルーファウスは大したものだ。
次の日、俺が夜中に考えたルーファウスへのアドバイスは、アニーの一言によって打ち砕かれる。
「馬鹿にしてるの?」
俺が考えたのは、ルーズベルトがルーファウスの声真似をして喋ったらどうかというものだった。
我が輩に任せておけと請け負ったルーズベルトによる腹話術は、あっさりとアニーに見破られた。
「何か僕の態度におかしいところがあるだろうか、アニーよ」
「…………それやってると、馬鹿に磨きがかかって見えるわよ」
鳥の中には声真似の上手いのが居るが、この鳥はそのたぐいではないらしい。
まるきり不自然な声で、ルーファウスの仕草ともあってない。
「ふふっ、なんの真似なのよ」
「馬鹿よのう。そんなのに騙されるわけなかろうに」
アメリアとクロエにまで馬鹿にされて、まるで発案者の俺が責められているようだ。
けっこう名案のような気がしただけに、俺も少し落ち込んだ。
こうなると、あとはルーファウスに常識を教え込むしかないが、思い込みだけで生きている様なこの男にそれを仕込むのは気の遠くなる作業である。
「貴方、やっぱりちょっと馬鹿よね。面白いと思ってやったのかしら」
リリーのその言葉に、俺とルーファウスは押し黙った。
俺のせいで責められているルーファウスが気の毒で、俺がリリーの口を塞いだら本気で噛みつかれた。
「お前って本当に人になつかないよな」
「なつくって何よ。私は飼われてる動物じゃないわ。ねえ、ルーファウスはどうして小さな女の子が好きなの? カエデにもそういうところあるわよね」
「まったくないよ。なに言ってんだ。アメリアもクロエもちゃんとした大人の女性じゃないか」
その途端、アニー、ルーファウス、リリー、それにルーズベルトまでもが冷め切った流し目で俺のことを見た。
その視線の冷たさに、アメリアとクロエの方に助け船を求めると、こっちはしらけたような目で俺のことを見ていた。
「はあ?」
「そういう趣味で、私のことを好きとか言ってたの」
「ほう、そういう趣味だったか。道理で妾になびかなかったわけだ」
「違うに決まってんじゃないか。何を言ってるんだよ、まったく」
「どうだかのう」
「大体、俺はどっちかって言えば、もっと胸の大きい────あっ」
俺はその場にいたルーズベルトとリリーを除く全員から罵声を浴びた。
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