第73話 領主と砂浜
ブランドンのあり得ないほど大きな屋敷の庭先に馬車を止めると、庭に生えていた木にゲイツとローが縛り付けられていた。
そしてアルダに頼んで送ってもらった兵士2人が、見張りなのかそのそばに立っている。
俺が近くに行って話を聞こうとすると、木に縛り付けられた2人から酷い臭いがした。
「いったい何があったんですか」
俺に気がつくと2人の兵士は急に気を付けの姿勢になった。
そう言えば俺は貴族になったんだったかと、ここで初めて実感する。
そして兵士がアルダに報告するような態度になった。
「はっ! 屋敷に来て、大隊長に言われたとおり屋敷の地下を調べたのですが、そこで牢屋のような物を見つけました! この2人がそこで腰まで糞尿に浸かりながら鎖につながれていたのです! 最初はなんの真似だろうと不思議に思ったのですが、どうやら食事だけを与えられて監禁されていた事までわかりました。どうやらマナの生成を抑える食事を無理矢理とらされていたようです。しかし監禁に携わっていたと思われる屋敷の住人は、すでに逃亡した後でした」
「酷い臭いで、地下に置いといたら見張りもままなりません。ですから、こうして外に縛り付けてあります。魔法も使えそうなため見張っていました。あまり近づかないでください。少しでも触ったりすると、臭いが取れなくて酷い目に遭います」
兵士2人は顔をしかめながら、遠巻きに2人を取り囲んでいる。
ゲイツとローは憔悴しきっていて、俺のことに気がついてもいない。
2人は体に糞尿がこびりついて、もはや別の生き物のようになっている。
ウルトラマンに出てくる怪獣で、こんなのがいたかなと俺は思った。
ブランドンの奴は、このまま糞尿の中で2人をくたばらせるつもりだったのだろうか。
俺は別人のようになってしまった2人に、恐る恐る声をかけた。
「お、おい。俺がわかるか」
「駄目ですよ。憔悴のせいか、まったく反応しません」
「おい、クロエ。例の洗脳を2人にもかけてやってくれないか」
俺は面倒になったので、クロエにそう頼んだ。
遠巻きに見ていたクロエは嫌そうに近寄ってきて、触れないよう慎重に例の光を2人の頭に向けた。
それでも2人に変化はなかった。
「それじゃ、海にでも行って洗ってから、この屋敷の中に連れてきてくれませんか。後で俺がなんとかしますよ」
兵士はわかりましたと言って、2人にかけた縄を引っ張って屋敷の庭から出ていった。
2人が出て行ったあとも、嫌な臭いは残っている。
地下室は使い物にならないだろうから、後で埋めておこう。
俺はブランドンの豪邸の中に入ってみた。
床は全て大理石のように光沢のある石で作られ、内装もやたらと派手なものが設えられている。
床の石には継ぎ目すら見つけられなかった。
二階はなく、一階は広めの玄関に訳のわからない飾り物が置いてある。
広い部屋がいくつもあって、ほとんどが使われていないか物置のようになっていた。
その中の一つにブランドンの書斎だと思われる部屋があった。
壁に掛けられた地図を見て、俺は初めて自分の領地の詳細な情報を得た。
三日月形の大きな海に接した、奥に細長い領地だった。
酒場で見たゴロツキは、大方ノアトンあたりから逃げてきた傭兵崩れだろう。
そんなのがいてもおかしくないような立地だった。
彼らの就ける仕事を用意できなければ、領内の治安は悪くなるだろう。
俺にはやってみたいことがいくつかあるので、そちらの方でなんとかするしかない。
ブランドンの書斎で使えそうな物が無いか探していると、ずる賢そうな男が俺を訪ねてやってきた。
「お初にお目にかかります、新領主様。御機嫌を伺いに参りました。私めは、この町で娼館を経営しておりますコヒと申します。前の領主様には、ずいぶん良くしていただきました。つきましては、次の領主様にもご贔屓にしていただきたく、お土産を持ってきた次第であります」
そう言って渡されたのは、金の入った袋だった。
意味がよくわからないが、この男は娼館の経営を独占的に許されてでもいるのだろうか。
俺が詳しい話を聞くと、独占なんて生やさしいものではなかった。
働いている娼婦はすべて奴隷やら何やらで連れてきて、その売り上げはブランドンと山分けしていたらしい。
娼婦には雀の涙ほどしか金を渡していないそうだ。
その男の話を聞いてるうちに、商人組合の者だとか、賭博場の経営だとかいったのが次々と挨拶にやってくる。
どれも独占的に利益を上げられる地位を、ブランドンに与えられていた者ばかりだった。
賭博場も娼館も必要だとは思うが、そこに競争原理が働かないのには違和感がある。
俺は状況を整理するために話だけ聞いて、ひとまず彼らを帰してしまった。
それが終わる頃には夜になっていたので、町にある宿に泊まった。
色々なことがありすぎて、頭の中で処理が追いついていかない。
ブランドンは金儲けのために、相当な縛りを作っていたことになる。
森に住む者と海沿いに住む者がいて、その物資のやりとりにすら仲介を挟む形で介入していた。
とりあえず、そういったものはすべて排除しなくてはならない。
「まず何から手を付けるべきかな」
「あまり張り切りすぎるな。それより妾は早く腰を落ち着けるところが欲しい」
「娼館なんて不健全だわ。そんなものなくした方がいいわよ」
「そんなこと言っても、男は身体の中に毒がたまるんだよ。だからそれを出すところが必要なのさ」
「まったくわからないわ」
「わからないだろうのう、小娘には」
また二人して私のことを馬鹿にしてる、とアメリアが怒り出しそうだったので俺は早めに寝てしまうことにした。
翌日は朝から忙しかった。
家の方はアメリアとクロエに任せて、俺はブランドンの屋敷で仕事に明け暮れる。
俺たちの家は地元の業者に頼んで、町外れの開いている土地に立てることが決まっている。
俺はブランドンの屋敷を役場のようなものとして使うことにした。
そして未だ放心状態のローとゲイツの2人もある計画に使うことにする。。
この2人はクロエに洗脳されて、朝から俺に恩を返したいと言ってうるさいのだ。
昨日、クロエに話を聞いて、ある計画を思いついたのだ。
だから2人には、そのための下準備を進めてもらうことにする。
早速、2人に仕事を始めるように言いつけた。
そして俺は役場で働いてもらうための人員を商業組合から借り出した。
ハルトとという青年と、ライラという女性だ。
そして娼館を仕切っているコヒを役場へと呼び出した。
「娼館の経営は、これまで通り認めることにします」
「へ、へえ、それはありがたい話です。お金を受け取ってくれないもんで、昨日は肝を冷やしましたよ。それで取り分の方は……」
「ですが、今までのようなやり方は禁止します。娼婦を無理矢理働かせるようなことは今後一切認めません。それと娼婦の稼ぎの7割は、娼婦本人に渡してください。たとえ奴隷であっても同じです。それが守れないとわかった時は、領主の権限で娼館ごと徴集しますからね」
「そ、そんな。7割となると、前の領主様に取られていた以上の出費です。娼館の経営にもお金がかかるんですよ。せめて、こちらも4割はいただかないと、干上がってしまいます」
俺はそういうものかと納得して、4割は娼館側の儲けとすることを認めた。
しかし、コヒは女の側に金を払うと言うことに、最後まで納得していないようであった。
それでも約束が果たされなければここに入ってもらうと、地下室をひと目見せただけで震え上がって何も言わなくなった。
そのあとで俺は、ハルトに地下室を全部埋めてくれるように頼んで、魔道士を雇うための金を渡した。
商人組合から借りたこの男は、年下にしか見えないであろう俺に、わかりましたと言ってすぐさまどこかに行ってしまった。
商人の元で働いていただけあって、色々な人物に人脈があるらしい。
それに頭も良く、お使いを命じられても、その内容に対して決して口を挟まない。
そして物事を解決するための方法がわからなければ、知っていそうな人のところに真っ先に聞きに行くのだ。
元いたところで、相当に仕込まれていたのだろう。
俺たちをここに連れてきてくれた御者の人も手伝いたいと申し出てくれたので、ブランドンの屋敷を改装する手伝いをしてもらった。
大きな部屋には椅子を買ってきて並べ、鉄板と軽石で簡易の黒板を作ってくれるように頼んだ。
そして事務室と会議室も急造で作ってもらった。
移動魔法が得意なライラには、役場会議を開きたいから各団体の代表者に集まるよう通達してくれと頼んだ。
今回は取り急ぎということになるが、できれば地方の村々からも代表者を集めて意見を聞きたいと思っている。
そして、とりあえず役場では教師と医者の育成をしなくてはならない。
俺が知っている知識で教育カリキュラムを作って、教師にそれを各地に行って教えてもらう。
そして人体や病気に対する知識などを教えて治療魔法士も育成するのだ。
多少の怪我であれば、こっちの人は魔法で治してしまうが、それ以外の病気となると科学的な知識がどうしても必要になる。
適正がありそうな人を集めて、その知識を教え込んだら俺が雇って村々に派遣する。
それと最初は商業関係だけを重点的にやって、それが終わったら農業の方の改善も進めていきたい。
せっかく海があり、輸出相手には困らない環境があるのだ。
出来れば簡素な作りでもいいので、船が停泊出来る港も欲しい。
陸路の方が何かと便利なのだが、森を切り開いて道を作るのは時間も金もかかる。
それよりは海路でまずは繋がっておく方が安上がりだと思うのだ。
俺がやろうとしていることにも色々間違いはあるだろうが、何でもやってみることが肝心だと思ってすべてやってみるつもりでいた。
駄目ならすぐに取りやめればいいのだ。
俺は街に出て、色々な人から話を聞くことで午後を過ごした。
夕方になってアメリアたちが帰ってきた。
一日会わなかっただけでずいぶんと変わり果てたアメリアの姿に俺は驚いた。
「ダークエルフになったの?」
「次にその呼び名を口にしたら許さないわよ」
「妾とアメリアで土地の整地をしたのだ。酷く疲れたわ」
「アメリアはどうしてそんな姿になったのさ」
「整地のために枯れ草を燃やしたら、急に風が吹いて灰がかかったのよ。もう、せっかく新しい服なのに滅茶苦茶よ」
「綺麗な砂浜を大工の親方に聞いてきた。そこに今から泳ぎに行こうと話しておった。お主も来るであろう?」
「いいね。ついでにバーベキューもしよう」
俺たちは買い出しをして、クロエに砂浜までのワープゲートを開いてもらった。
人里からは離れていて人も滅多に来ない場所らしいので、俺たちは裸になって泳いだ。
夕方だというのに日差しが強くて、俺とクロエは真っ赤に焼けてしまった。
アメリアだけは不健康なほど真っ白のままだ。
その後は宿に帰って、疲れていたこともあり、すぐに眠りについた。
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