第72話 ウルサル
夜になるとシャノンは自分の部屋から出てこなくなった。
というか出てこれないのだろう。
夜になって、風呂上がりのアメリアとクロエに持ってこられた服はかなり透けている。
だからアメリアも上から服を羽織っているのだが、それでもかなりの部分が透けてしまっている。
アメリアはその服を嫌がったが、メイドは仕来たりですの一点張りで引かない。
城内は古くからある決まり事と慣例がかなり多い。
しかし、この服のおかげで俺たちは水入らずの時間を過ごすことが出来ている。
俺はやっとゆったりできる時間を迎えて、落ち着いた気分で過ごせていた。
そうすると色々なことが頭の中に浮かんでくる。
「今まで住んでた家はどうしようか」
「そのままにしておけばよい。なにも売ったり壊したりする必要はない」
「領地の方にも家を建てろって、お金までもらったんだよね」
「やっと石造りの家が持てるの。今から楽しみだ」
「そんな贅沢していいのかなあ。とりあえず、現地に行ってみないことには、どうにもならないよね。明日あたり出発しようと思うんだけどどうだろ。現地でシャノンが言ってたように、王都までワープ出来る魔術師を何人か雇えば戻ってくるのは簡単だと思うんだ」
「石造りの家は長持ちで、贅沢ってわけでもないそうよ。それにしても生活が変わりすぎて、なんだか変な感じね」
「王様も困ったもんだよな。何でもかんでも気まぐれにやり過ぎだ」
せめてシャノンに裁判所と警察くらいは作ってもらいたい。
それに王様の権威をしめす為だとしても、この贅沢は度が過ぎている。
俺にぽんと何十万も渡すところから見ても、使い方に計画性もなさそうだ。
「そんなこと言って、聞かれてたら怖いわよ」
「何も怖いことなどないわ。2人とも、なんと軟弱な事よ」
翌日は、まずルーファウスにマントを返そうと思って隊長室へと行った。
隊長室ではアルダがルーファウスに詰め寄っていた。
ルーファウスは未だに魂が抜けたような顔でそれを受けている。
「一体どうしたんです」
「それがな。今日になって、こいつが旅に出たいとか言い出して困ってるんだ。こっちだって遊んでるわけじゃない。こいつが抜けた穴を埋めなきゃならないんだ。だけどどうしても旅に出るって言って聞かないんだよ」
「自分探しの旅にでも出るのか?」
「嫁探しの旅だよ。ドラゴンと2人で戦うという経験をして、僕も色々と思うところがあったのさ。カエデほどの腕があっても、あの戦いは本当にぎりぎりだったんだよ。ドラゴンに噛みつかれただろう? あの時、もしもドラゴンの胴体がまだ繋がっていたら、噛まれた瞬間にカエデは骨だけになっていたよ。そんなのを見て、思い残すことのないように生きようと決めたのさ」
「それは結構だけどさ。俺は魔法があるから、ドラゴンの息くらいじゃ燃えたりしないぞ」
「へっ、信じられないね」
「昨日から、ずっとこの調子で、人の話など聞こうともしないんだ」
「なるほどな。これからウルサルまで行くんだけど、それに付いてくるか?」
「ありがたい。ご一緒させてもらおう」
「おい、私はまだ納得したわけじゃないんぞ。何を2人で勝手に決めてるんだ。せめてもう少し後にしてくれ」
「大隊長が訓練にかまけてないで、ちゃんと仕事をすれば僕がいなくても回せるはずです。半年以内には戻ってきますから、安心してください」
「お前みたいなボンボンが、外の世界で半年も生きてられるわけがないだろう。どうか考え直してくれないか」
ルーファウスは厳かに首を横に振った。
そのあと俺もアルダの説得を試みるが、最後まで意見を変えることは出来なかった。
しかし日が昇る前には、俺たちを乗せた王家の馬車はウルサルに向けて出発してしまう。
エレストリア王国は大陸から三角にせり出した場所にある。
俺たちを乗せた馬車は、北西に国境の手前付近を目指して進んでいた。
二時間もすると、馬車から見える景色は森だけになった。
アメリアは馬車の窓から、その景色を楽しそうに見ている。
俺は退屈で仕方がない。
アメリアは森を見て何が楽しいのだろう。
森を見るとエルフの血が騒いだりするのだろうか。
俺はエルフをウサギと山菜の鍋ばかり食べるマタギのように勝手にイメージしているが、それは正しいのだろうか。
アメリアの横顔はかわいくて、ついつい見とれてしまう。
俺の視線を知ってか知らずかアメリアは楽しそうに窓の外を眺めていた。
クロエは足を組んで退屈そうにしながら、俺に寄りかかっている。
なぜかクロエのそういう大人びた仕草は格好良く見える。
反対側の窓では、ルーファウスがリリーに評判がよくないわよなどと言われていた。
夕方になって、やっと今夜泊まるという街に着いた。
御者はいかにも執事と言った感じの老人である。
宿の手配からなにから、全てその執事の人がやってくれた。
一日中、リリーの毒舌にさらされていたルーファウスはぐったりしている。
翌日、俺は馬車の中にも飽きていたので、御者台で執事の人と話をしながら半日を過ごした。
老人は戦争孤児から奴隷としてこの国に売られてきて、王家に使えるまでの半生を語ってくれた。
王家の使用人は貴族からの贈り物のような形で入ってくるそうだ。
中央に近い貴族の元で30年以上勤めていたらしい。
午後になって、リリーがもう馬車は嫌だと言い出したので御者台を譲ってやる。
俺は暇だったので、山賊でも出ないかなとそんなことばかり考えていた。
結局、まる二日近くかかって、ウルサル地区にある最大の街に到着した。
ちょうど戦争中の二国に領地が接しているのだが、かなり深い森に阻まれて何もない土地である。
領地が広いだけあって、そのほとんどが何もない森林地帯ばかりである。
海にも面しているので、そちらの方が人口密度が高い。
人口1000人を超える街は、ここウルサルだけである。
農業と漁業しかなく、交通の便も悪い典型的な田舎だった。
ただし海があるので、食べ物はそこそこあるといったところだろうか。
街に入ってすぐに、ルーファウスに酒場へと誘われた。
しばらくお別れになるから、最後に話がしたいということだ。
酒場には昼間から酒を飲んでいるガラの悪い男が数人いた。
なぜこんな田舎に、こんな奴らがいるのだろうか。
領主としては、かなり不穏なものを感じる。
俺たちは目を合わせないように、カウンターへと行って果実酒を注文した。
そしたら獣人族の男が、アメリアに姉ちゃん金を恵んでくれやと絡んできた。
「あんでえ、無視すんなや。高そうな服着て、金は持ってるんだろぉ。ええ、このひょろいのが護衛かあ? こんなの連れて安心してると痛い目見るぞ」
アメリアはシャノンにもらった仕立てのいい服を着ている。
俺はメイドに着させられたやたらと高そうな服だ。
唯一、ルーファウスだけが腰に剣を帯びているので、護衛だと認識したのだろう。
魔法しか使えないルーファウスを護衛にするのは無理がある。
酒で濁った目をしているが、この距離ならルーファウスの魔法は怖くないと計算しているのだろう。
俺たちがなんとも言えずにいると、その男はいきなり剣を抜いた。
「おう、俺の話を聞いてんのか。すかしてると、ぶった切るぞ」
それでも俺たちが無視を決め込んでいたら、あろう事か、その男はアメリアに向かって剣を振り下ろした。
その剣はアメリアの折れてしまいそうなほど細い腕で受け止められた。
オーラは動体視力もよくなるので、こんな程度の攻撃ならアメリアでも指でつまむ事が出来る。
俺とクロエの手も、同時にその剣を掴んでいる。
それを見た獣人の男は、なんともわかりやすい表情になる。
酔った勢いでとんでもない奴に絡んでしまった、こんなつまらないことで俺は殺されるのだ、そんな風に考えているのがありありとわかる表情だった。
しかしこの男は絡んだのがアメリアで運がよかったのだろう。
アメリアがその小さい顎を、酒場の出口に向かってしゃくった。
わかりやすい獣人の男は心底ほっとした顔を見せて、足早に酒場から出て行った。
アメリアは許したようだが、俺は頭にきていたので、その男が酒場から出たところで風魔法で吹き飛ばして死なない程度に煉瓦の壁に叩きつけた。
「なんだか今のアメリアの態度、すごく手慣れてる感じがして、かっこよかったよ」
「うむ、カエデよりも貫禄があったぞ」
「そんなんじゃないわ。怖くて何も言えなくなってたの。どうして2人は何も言ってくれないのよ」
「どうして剣の攻撃を素手で受け止められるのかな……。君たちの間ではそれが当たり前みたいなんだけど……」
「ルーファウスも旅をするなら、もうちょっと安っぽい格好にした方がいいぜ。今みたいに絡まれたらどうするんだ。剣は使えないんだろ」
「あのくらい、小金を渡しさえすれば丸く収まるからいいんだよ」
そんなことをルーファウスは当たり前のように言った。
「こっからどうするんだ。港はあるようだけど船は出てるのかな」
「そこら辺の漁師にでも乗せてもらって、ノアトンの港にでもいってもらうよ。ここからなら、そう遠くはないからね」
「ノアトン?」
「いやね。私が住んでた国の名前よ。知らなかったの?」
「しらなかった。そう言えば、ここはアメリアの住んでたところに近いのかな」
「遠いわよ。馬で何日もかかるわ」
それにしても漁船なんかで隣の国に行けるものだろうか。
この世界の常識を知らないので、俺にはなんとも言えないが、この生粋のお坊ちゃんが世間知らずという可能性はないのだろうか。
どうもそっちの方の可能性が高いように思える。
「本当に漁船なんかで行けるのか? ちゃんと調べてあるのかよ」
「ふっ、旅に安易な旅などないんだよ。僕への心配は無用さ。それよりカエデはこの田舎で何が出来るか心配したらいいのさ」
気取った態度でルーファウスがそんなことを言った。
どうも俺には、やけばちになっているようにしか見えない。
本当に大丈夫かと、もう一度聞いたが、多少の試練は人生の糧だとかなんとか吹かしていて取り合おうともしない。
ハードボイルドを気取ってはいるが、こいつは好みのロリータを探す旅に出るのだ。
その事実一つで、心配をするなと言う方が無理な話だ。
「馬鹿に旅は、いい薬になると思うわ。頑張ってね」
リリーのその一言が、そこでルーファウスにかけられた最後の言葉だった。
あいつは精霊に嫌われる何かがあるのかなと、遠ざかる背中を見ながら思った。
大空にでっかい鳥を携えて、ルーファウスは港の方へと降りていった。
俺たちは取りあえずブランドンの屋敷に行ってみようと話し合った。
屋敷はきっと俺が好きにしてしまっていはずだ。
まだどうするか決めきれないが、ブランドンの住んでいた家に住むというのは取りあえず考えていなかった。
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