第70話 シャノン
大広間での騒ぎも収まって、俺たちは控えの間に通された。
急転直下の展開に、俺はまだ事態をうまく飲み込めていない。
アルダはどこかに行ってしまって、シャノンとアメリアたちが同じ部屋にいる。
「お父様はカエデの力を自分の手の内に入れておきたいのよ。国を治めていれば力のある戦士の存在は重要だもの。アメリアもそれをわかって」
「ねえ、アメリア。どうしてタマ取ったるぜみたいに剣を構えてるのかな。ちゃんと話し合おうよ。あの場はああするしかなかったんだ」
アメリアが腰だめに構えた剣は、黒い瘴気が纏わせ始めた。
あの魔法はクロエが教えたのだろうか。
「ほう、初めてその魔法が成功したのう」
「カエデは私だけを見てくれないのね。もう私だけのものにするには、この方法しかないの。カエデを殺して私も死にます」
「やめてやめて、マジでやめて。これは形だけの結婚なんだよ。何もないから。王様に言われて仕方なくなんだ。王様の命令に逆らったら縛り首になるかもしれないんだから仕方ないじゃないか」
「クロエの時もカエデは病気が良くなるまでって言ってたわ!」
「いや、それはそうなんだけどさ」
「情けない。国の一つや二つ敵に回すくらいの器量がなくてどうする。それだけの力がありながらどうして、妾たちのことを考えて戦ってくれないのだ」
「そんなアウトローな生き方が、この俺に出来ると思うのか」
俺は恐る恐る近寄ってアメリアの肩に腕を回した。
そしてなだめるように、構えた剣に手を添える。
「俺がアメリア以外の女に、その気になるわけないじゃん。アメリアの方が美人なんだから自信持ちなよ。今回は本当に形だけの結婚だからさ」
「本当?」
「当たり前じゃん。クロエはちょっと想定外だったんだよ」
「どう想定外だったのだ。アメリアよ。使わないなら、その剣を貸してもらっても良いか」
「いやいや、クロエのことももちろん愛してるよ。だけど二人だけだから。本当に生涯で二人だけだよ。2人ほどの美人は他にいないんだから、絶対に大丈夫だって」
「なんだか頭にくるわー。私だってこんな男に興味ないしぃー」
さっきまでは猫をかぶっていたらしく、控え室に入った途端、シャノンはだらけた様子で口調も変わっている。
ゴージャスな巻き髪とドレス姿で、椅子の上にあぐらをかいてる姿は不思議な光景だった。
意外とフランクで話しやすい雰囲気の姫様だ。
アメリアがやっと剣を下げてくれたので、俺は取り上げて彼女の腰の鞘に戻した。
王様の気まぐれな思いつき一つで串刺しになどされてはたまらない。
その様子を、アニーが遠巻きに眺めながらニヤニヤしている。
その様子が不快だったので、俺は手招きで呼び寄せてアニーの耳元でささやいた。
「俺とお前ってどっちの方が立場が上なのかな。それとアニーが飛ばされたくない地方の名前を教えてくれよ」
アニーの顔色が変わったのを確認して、俺はひとまず満足する。
それにしても、俺はブランドンの後釜で地方長官とかいう役職にもなったのだ。
それについても何も聞かされていないので、何をしたらいいのかわからない。
「そういえば、ブランドンが治めてた土地ってどこなのかな」
「とっても田舎よ」
とアニーが意地の悪い笑みで答えてくれた。
なかなか打たれてもめげない奴である。
「俺はもう兵士じゃなくなるのかな」
「どうかしらね。自動的に参謀長官の職になるんじゃないかしら。だってトンビ長官の職は引き継ぐようなことになってたじゃない。だけど、決定権はアルダと同格なのよ。立場としても私よりほんのちょっと上というだけだわ」
「それじゃアメリアはどうしようか。1番隊に残って護衛の仕事でもいいけど、俺はしばらく地方に行かされるみたいだし、出来れば貴族夫人としてそばにいて欲しいな」
「カエデがそうして欲しいならそうするわ」
話も纏まったところで、俺はアメリアとイチャイチャしていたら呼び出しをうけた。
メイドに案内されてついて行くと、ローブ姿の老人のもとまで案内される。
そこで引き継ぎの事について詳しい説明を受けた。
俺は今、どういう立場なのかを詳しく説明してもらう。
やはり兵士ではなくなって、参謀長の役職は交代があるまで引き継ぐらしい。
そして、しばらくはウルサル地区という任された地方で地盤固めをせよとのことだ。
それが終わったらシャノンと結婚式を挙げて、城と地方の往復が始まる。
こちらに居る時は城の中に住むことになって、すでに部屋も用意されている。
そして4階部分は王様の寝室などがある階だから決して近づくなと仰せつかった。
俺はエリアセンスによって、その理由をすでに知っている。
4階には王様の執務室があるくらいで、あとは若い后が幅をきかせているのだ。
王様はもう歳で女と夜を共にすることもないようだから、シャノンが唯一の子種である。
だからシャノンは次期に女王となるだろう。
最初はまだ本決まりではないだろうと高をくくっていたが、もう結婚の日時まで決まっていた。
一人娘の嫁ぎ先を簡単に決めてしまうとは、いくらなんでも王様も気まぐれすぎるだろう。
しかし、女王の相手には軍人からというのが古くからの習わしだそうで、そこに俺のドラゴン退治の騒ぎがあったから、わかる者にはわかることだったと目の前の老人は語った。
俺は支度金として20万シールをその老人から受け取る。
まるでオリンピックの金メダルのような大きな1万シール金貨20枚はかなりの迫力だった。
この金でまずは家を作らなければならないようである。
領地で自由に使える兵士はたった5人だけという話だった。
その後もレクチャーのようなものを受けてクタクタになった俺は、もうなされるがままになって城内に与えられた部屋へと案内された。
見たことはないが、一流ホテルのスイートルームというのが最初の感想だった。
大きなリビングのような部屋に、扉が5つ付いていて、その先には各自の寝室がある。
扉の1つはシャノンの部屋にもつながっている。
このリビングのような部屋は、アメリアたちが護衛の時によく過ごしていた部屋だ。
俺が鎧などを脱いで、ルーファウスにマントを返さなきゃなと思っていたら、メイドが着替えを持ってやってきた。
メイドが着替えを手伝おうとしたので、それを断って俺は自分で新しい服に着替えた。
ひらひらの付いたシャツに、コートのように長い上着、そしてなぜか短パンである。
俺は白タイツと短パンをメイドに渡して、長いズボンを頼んだ。
そしてメイドが出ていったら、入れ替わりでシャノンが部屋に入ってくる。
「その格好は一体何のつもり?」
「気にしないでくれ。ズボンがまだ来ないんだ。それよりシャノンって普段はどんなことをしてるんだ?」
「あら、もう夫気取りなのね。政治のことは私が任されてるから、こう見えて忙しいのよ。言っておきますけど、政治のことを素人から口出しされるのは迷惑よ」
俺はメイドから渡されたズボンをはきながら、シャノンの言葉に笑ってしまった。
確かに素人だが、もとの世界で詰め込まれた知識は過去の偉人たちの知恵が詰まったものだ。
疲れていたし何もする気になれないので、俺はシャノンが執務室に行くのに付いていった。
「あら、すてきな格好ね」
執務室に入るなりリリーが走り寄ってきてそんなことを言った。
執務室には護衛のためにアニーが居て、一緒にアメリアたちも居た。
「メイドが持ってきてくれたんだよ。なぜか俺の鎧が持って行かれちゃったんだけど、返してもらうにはどうしたらいいのかな」
「安物の鎧なんて使う必要はないでしょ。結婚式が終われば王家に伝わる品々を使えるようになるのよ。もう、お父様の命令は出てしまったのだから、今からでも誰かに頼めば持ってきてくれるんじゃないの」
俺は空いていた椅子にアメリアとクロエと一緒に腰掛けた。
そしたらシャノンは、さっき俺に貴族のあり方をレクチャーしてくれた爺さんたちと仕事を始める。
俺がアニーに説明を求めると、この2人の老人は枢密院の顧問官で、王様直属の行政組織として働いているらしい。
最近の商業活動の停滞について説明すると、2人の老人はどこかに行ってしまった。
老人たちは最後に、改善するための施策をお考えくださいと言い残している。
それを考えるところまでは一緒にやった方がいいのではないだろうかと思うのだが、顧問官の2人は全てをシャノンに任せるつもりらしかった。
「うーん、どうしたものかしらね。アニーはどう思う」
「そうねえ。最近、外国から入った粗悪な通貨が出回ってるとか言ってたわよねぇ。それが原因じゃないのかしら。商人ギルドに言って厳しく取り締まらせてみたらいいんじゃない」
お前は敬語も使わないんかいと突っ込みそうになったが、なんとかそれをこらえる。
姫様と護衛という間柄で、ずいぶんとフランクに会話ができるものだ。
「あら、名案だわ」
アニーの提案に、シャノンは笑顔で賛同した。
それを見て、俺は頭を抱えずには居られない。
人を素人呼ばわりしておいて、なぜアニーに助言を求めるのだ。
しかもアニーの、国内経済にとどめを刺すような案を採用しようとしている。
このままならシャノンは、間違いなく歴史に名を残す暗君となるだろう。
「あのさ、悪貨は良貨を駆逐するって言葉があるのね。通貨ってのは人の手から、人の手に渡るときに、サービスが生まれ、仕事が生まれて、資産が形成されるんだよ。信用のおけない通貨ってのは人の手に渡りやすいわけ、だから信用のある通貨よりも経済活動に貢献するんだ。それを取り締まったら、さらに景気は悪くなるよ」
「そんな言葉知らないし、意味がわからないわ」
「つまり、信用のある通貨と、ない通貨があって。両方あったら信用のない通貨を先に使おうとするでしょ。信用のある通貨は、その場に停滞して商業活動に貢献しないけど、信用のない通貨はなるべく早く使ってしまおうと、押しつけ会う形になって商業活動に貢献するって話だよ」
俺の言葉にシャノンはうーんとかわいらしく唸ってみせる。
そして、はたと俺の言葉の意味を理解したようだった。
「そ、そういうこともあるかもしれないわね。だ、だけど、口は出さないでって言ったじゃない! それに、貴方はどうしてそんなことを知っているのよ」
「どうしてだっていいだろ。だけど取り締まるなんてとんでもないことだぞ」
「お主もなかなかやるではないか。確かに今の意見には一理あるように聞こえる」
「まあな。それにしても最近になって、少し色っぽくなってきたんじゃないか。胸も大きくなってきた気がする」
「そうかのう。そんな風に言われてしまうと照れてしまうの」
「私もスカートを買おうかしら。買ってもいいわよね?」
「アメリアは今のままでも十分かわいいよ」
「カエデも、その格好すごく似合っててカッコイイわよ」
「仕事をしてるって言ってるじゃない! そんなことするなら、あっちの部屋に行ってなさいよ! アメリアも昼間からそんなのおかしいわよ」
「そ、そうよね」
シャノンの言葉にアメリアは背筋を伸ばす。
そしてクロエにまで、昼間からそんなのよくないわなどと言い出した。
もちろん俺だって遊んでる場合ではない。
俺はやらなければならないことの多さに、それについて考えるのも嫌になっている。
この様子だとシャノンも放っておけないし、新しい領地のこともあるし、新しい家のこともある。
古い家も放っておくわけにもいかない。
俺は久しぶりに大きなため息をついた。
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