第68話 ドラゴン退治
みな元気がなくて喋る者も居ない。
ルーファウスまで黙り込んで静かにしている。
かわいそうになったから、そろそろ教えてやろうという気になった。
「なあ、ルシファフレアって魔法を知らないか」
「うん、最大の禁呪だよね。その名前はあまり口にしない方がいいよ」
「そうなのか?」
「だって、昔このあたりにあった王国を滅ぼしたのが、ルシファーっていう悪魔なんだよ。正確にはルシファーと契約した女の人だったかな」
「その女の人は何で王国を滅ぼしたんだ」
「獣人と人間のハーフだったから迫害されてたと言われてるね。それで殺されそうになったところで、悪魔と契約して国を滅ぼしたと言われてるんだ。その時に女の人は死んでしまって、その身体に悪魔は乗り移り、どこかへ行ってしまったと言う話さ。それ以来、このあたりでは、そういった迫害には厳しい風習があるのさ」
「なるほどな」
「だからルシファーが使っていたと言われる、ルシファフレアは最大級の禁呪なんだよ。まあ使える者がいても、再現は不可能だと言われているけどね。隕石のような炎が天から降り注いで、空が真っ赤に染まったと言われてる」
なるほどそんな風に使うのかと俺は合点した。
どうもキネスで飛ばすのには無理があるなと思ったのだ。
だけど精霊魔法のようなものだから再現出来ないほどコストが重い魔法ではない。
「禁呪が使えると、というか、使ってるのがバレるとどうなるんだ」
「当然、極刑だよ。でもそんな魔法を使える魔術師を捕まえられそうなのが、アニーくらいしかいないんだけどね」
「ザル法だな」
はははと、ルーファウスが城を出てから初めて笑顔を見せた。
それにしても、そんな曰く付きの魔法なら兵士たちに見せるわけにはいかない。
「なあ、ドラゴンは俺たちだけで倒すってわけにはいかないかな。俺一人にしてくれるならドラゴンも倒してみせるぜ」
「そんなわけにはいかないよ。目を離した隙に新人を死なせたなんてことになったら、僕の名前が地に墜ちる。これから死ぬであろう僕に、そんな汚名を着せないでくれ」
「いや、そうじゃないんだ。しょうがないな。お前にだけは教えるけどさ、さっきの魔法が俺は使えるんだよ」
「ははは、慰めてくれようとしてるのかい」
「いや、マジだ」
俺は真面目な表情でそう答えた。
ルーファウスの目が真剣な輝きを帯びる。
どんな反応をされるのか、少しだけ不安がある。
「信じられないよ。それ以外に使える魔法は?」
「初級魔法とクラウソナスだ」
「クラウソナスね。それは物語に登場する剣の名前じゃないか。不敗の剣とも言われる光の剣だよ。架空の剣さ。その腰に差してるのが、その剣だってのかい?」
「いや、魔法剣だよ」
「ずいぶんな名前をつけたもんだね。物語の主人公である勇者が、神から授けられる剣の名前だよ。なかなかいいネーミングセンスだ。なにせ物語の中では、勇者は悪魔ですら倒すからね。本当に存在するという説もあるけど、僕は信じてないよ」
「まあ、そっちの方は適当な魔法かもしれないけど、ルシファフレアは本当なんだ。なんとなくその悪魔と契約出来ちゃってさ、精霊魔法みたいに使えるんだよ」
「今は、そんな妄言でも信じてみたい気になるね」
「だけど人前で使うわけにはいかないんだ」
「なら僕とカエデで様子見に行くと言って、抜け出すというのはどうだろう」
「俺は縛り首なんてまっぴらだぜ。ちゃんと采配してくれよ。バレたら二人が未亡人になっちまう」
「大丈夫だよ。全力で協力するからさ。って、アメリア以外とも結婚してるのかい?」
「いや──、一人だけかな。精霊が一人になっても未亡人とは言わないよな」
そりゃそうだよ、と言って笑い、ルーファウスは少しだけ明るい調子になった。
説明が面倒なので、クロエはまだしばらく精霊ということにしておこう。
しかし精霊と結婚したなんて噂が立つのは、どんな印象を与えるかわからないので嫌だな。
それで俺たちは、ひたすら馬に揺られる。
ちゃんとした街道があるので、馬の背に揺られるのも快適だ。
「もしこれで無事に帰れたら、僕もいい人を見つけたいね」
「ドワーフのいる国にでも旅行に行くか」
そんな話をしながらも、街道では俺たちの向かう方から逃げてくる人たちとすれ違う。
商人のような身軽な者が多いが、家族で逃げて来る人も少なくない。
そんなものを見ているからか、後ろをついてくる兵士たちの雰囲気はどんどん暗くなっていた。
「避難しているのは、ドラゴンが出た近くの村人かなんかなのかな」
「ドラゴンの移動速度は速いから、近くとは限らないよ。人が多い場所は危険も多いから一時的に避難する人もいるのさ。近づけばかなり遠くからでも見つけられて、戦いを避けることも難しい厄介な相手だよ。素早く陣形を整えて、戦いに入るのが常套手段だね」
「そんなのを、どうやって2人だけで抜け出して倒すんだ。後ろの奴らは、このあたりで待機させといた方がいいんじゃないのか」
「そんな怪しい動きをしたら、2人で逃げ出したと思われるのがオチさ。夜のうちに移動を済ませて、朝方2人で倒しに行けばいい。だから明日の朝までずっと移動しよう。夕方から暗くなるまでは休憩だね」
俺はその最悪な強行日程の提案を受け入れた。
それにしても王国のこんな近くにドラゴンが出るんじゃ、倒さざるを得なくて大変だ。
俺は馬にまかせて、適当に過ごした。
しかしアルダの馬ほどは賢くないので、なかなか気まぐれで大変だ。
途中で大きめの街を経由して、そこからしばらく行くと舗装された道がなくなった。
それでも坂道もなく、平坦な道なのでいくらか楽だ。
日差しの暑さが陰ってきたところで、昼間に移動できる範囲の外までたどり着いた。
そして、森の中に入り込んで、空に注意しながら大人しく過ごすことになる。
俺は腹が減っていたが、誰も何も作ろうとしなかった。
みんなうなだれる方に忙しいようで、俺は仕方なく食料係に頼んで干し肉とパンをもらった。
今回の作戦中は火が使えないから、これ以外の食べ物はないという。
作りがいい、保存が利きそうな干し肉はまるで親の仇のようにガッチガチに硬い。
それをしばらく、クッチャクッチャやっていたが、いい加減アゴが疲れて途中で食べるのを断念した。
そして一眠りしてから、ドラゴンが現れたという場所を目指して出発する。
朝の四時くらいだろうか、かなり明るくなってきた頃になって目的地が見えてきた。
そこでルーファウスは兵士たちに休憩を命じた。
俺と2人で偵察に行くと告げると、兵士たちは意外そうな顔をした。
いつも偵察を命じられるらしい者にも、今回は2人で行くと告げる。
ルーファウスが行こうと言うので、俺は後ろについて馬を走らせた。
「どうやって、ドラゴンを見つけるんだ?」
「ドラゴンは体温調節のため、活火山のそばを好むと言われてるんだ。だから一番冷え込むこの時間帯には、あそこに見える山に囲まれた窪地の中に、風を避けるために入ってるんじゃないかと思うんだよね。ちょうど風もあるし、かなりの確率でそこにいると思うよ」
確かに、足下には黒いとがった岩が増えて、周りの植物の種類が減っている。
活火山が近くにあるせいで、土が酸性になっているのだろう。
となれば、さらにドラゴンが居る可能性も上がることになる。
足場が悪くなってきたので馬を下りてゴツゴツした岩の転がる坂道を上っていると、突然当たりに咆哮が鳴り響いた。
ビリビリと地面まで揺れているかのような、すさまじいいものだ。
俺は思わず下腹に力が入った。
「あれがドラゴンの咆哮か」
「そうだね。この山の向こうにいるよ」
俺たちは急ぎ足で山道を登った。
今になって少しだけ怖くなってきている。
本当に戦って勝てるのだろうか。
今更びびっても始まらないので、なるようになるだろうと考えることにする。
山を越えると、ドーム球場くらいの窪地の中に、真っ赤な身体をしたドラゴンが横たわっていた。
その姿は美しくも見えるが、どちらかといえば巨大な生き物の感触に恐怖しかない。
「その魔法はすぐに使えるのかい?」
「ああ、あいつの上に作り出すよ。だけどもう少し近づく必要がある」
俺たちは音を立てないように、ドラゴンに近寄った。
近づくに連れて、その大きさが途方も無いものだとわかる。
あと100メートルというあたりまで近づいて、俺はルシファーと悪魔の名前を口にした。
ドラゴンの上に巨大な火の塊が生み出され、重力に引っ張られてドラゴンの方へ落ちていく。
もう少しで当たるというところで、ドラゴンの大きな瞳が見開かれてた。
そして俺の魔法を確認して、とっさに飛び上がろうとする。
しかし、その身体に火の玉が直撃する方が早い。
すさまじい熱が、爆風のように俺たちの元に向かってきた。
ルーファウスがとっさに腕に貯めていた魔力を展開して、魔法壁を作り出した。
すさまじい咆哮が辺りに響き渡る。
飛び上がろうとしていたドラゴンは腕の付け根から下を蒸発させた。
そのまま地面に上半身だけが落ちると、その長い首を振り回し、俺たちの方をにらみつけた。
俺とルーファウスは同時に短い悲鳴を上げる。
そして逃げ出すルーファウスとは逆に、俺は刀を抜いて前に出た。
腕だけで地面を走ってくるドラゴンに、俺は千鳥足でのフェイントを何重にもかけて、その首に刀を振り下ろす。
その首を斬り飛ばされながらも、ドラゴンは首だけで俺の太ももに噛みつき、その足ごと持って行った。
相手の動きに反応してオーラを強化していなかったら、下半身ごと持って行かれてただろう。
これでゼニスと同じ強さというのは無理がある。
攻撃力と知能と素早さ、全てにおいてバランスがよく、その戦い難さではゼニスなど足下にも及ばない。
ルーファウスが駆け寄ってきて、止血をしてから噛み飛ばされた片足を拾ってきてくれた。
そして回復魔法で足を元通りに治してもらう。
そしてルーファウスはドラゴンが残したドラゴンの血を凍らせると、それを運び出すために兵士を呼びに行った。
俺は力尽きたようにその場に倒れて天を仰いだ。
そしてぎりぎりの戦いだったなと振り返って、調子に乗っていた自分を蹴飛ばしてやりたい気分になった。
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