第66話 サボタージュ
俺はガスを連れて村を出た。
昨日のウエアウルフたちが逃げた方に行って、ガスに臭いをたどってもらう。
ウエアウルフが昼間に何をしているのか知らないが、寝ていれば一網打尽にしてしまえばいい。
「まったくよう、真っ昼間から地べたの匂なんか嗅がされるのなんてたまらねえよ。おめえも人から地面の臭い嗅いでみろ、なんて言われたら正気の沙汰じゃねえって思うだろ。俺だって同じだよ」
「そりゃ人間が地面の臭いなんか嗅いだって何もないもの。だけどガスにはわかるんだろ。だったら何もおかしくないじゃないか」
「フガッ、チキショウ! バッタか何かが鼻に入り込みやがった。こりゃ一筋縄じゃ行かねえぞ!」
俺は仕方なく、暴れ回るガスの鼻から昆虫を引き抜いてやった。
まったくよそ見をしながらやってるからこういうことになるのだ。
「おー、いってえ。こうなってくると俺も洒落や酔狂じゃいられねえや」
何がどうして、こんなでかい昆虫が鼻に入り込んだりするのか。
どれだけ強く嗅いでたら、こんなのをを吸い込むのだろう。
そんな事を数時間続けて、やっと俺たちは魔獣のすみかを見つけた。
「俺はここで待ってるから、一人でやってきな」
そう言って、ガスは地面に座り込んだ。
俺はエリアセンスを展開しながら体勢を低くして近づき、一塊になっている魔獣に向けてロアフレイムを放った。
同じ魔法を三つ同時に放って広範囲を蒸発させてしまう。
一匹も取り逃す事無く、駆除は無事に終わった。
俺は居眠りを始めようとしているガスを起こした。
「嫌になるなあ。間抜け面してやがるくせに、やけにあっさり終わらせちまうんだな。相当に腕が立ちやがる。そんなに張り切らなくたっていいんだぜ」
「まあね。だけど終わったんだ。さっさと帰ろう」
俺たちが村に着いたのは夜になってからだった。
残っていた晩飯を食べて、俺が泊まる家に行くと昨日の女の人はいなかった。
近くの村人に聞くと、バリーが連れて行ってしまったらしい。
それで、俺は仕方なく一人で眠りについたのだ。
昨日も途中でやめているので悶々とするが我慢するよりない。
次の日は朝早くからバリーを起こして、食べ物だけもらって村を出た。
そして夕方頃になって、やっと城まで戻ってきた。
俺が馬に揺られすぎたせいで具合が悪くなって木陰で休んでいると、アルダとジャックがやってきた。
「おう、新入り。ずいぶんと張り切ってるらしいな」
「ああ、バリーから聞いたぞ。本当に頑張ったそうじゃないか。長官にもちゃんと話しておいたからな。あの数を二日で倒すとはさすがだぞ。これでお前も隊長になれるかもな」
「まあガスのおかげですよ。ところで長官ってのは誰です」
「トンビ長官だ。ただのしがない地方長官だったのが、最近は仕事に精を出して参謀にまで上り詰めた人だよ。迫力のある頼もしいお方さ。お前の事もちゃんと報告しておいたから、期待して待っていろ」
「それが最近になって、文官が付いたとかいう職ですか」
「そうだ。元々は貴族院派の貴族だがな。最近では派閥の分け隔てなく面倒をみてくれるんだ。お前の事もしっかり売り込んでおいたからな」
「そりゃどうも。城では何もありませんでしたよね」
「ああ、怪我人一人出てない」
それはよかったと思いながら俺は家に帰る事にした。
この3日、何よりも悪路を馬で一日走るというのが一番疲れた。
アルダに挨拶して、俺は家に帰った。
家の中が騒がしいので、おそらくアニーが来ているんだろうと思って扉を開けると、確かにアニーがいた。
すぐにクロエが駆け寄ってきて抱きついてくる。
それで求められて俺はクロエにキスすると、アニーがきゃーとか言って騒いだ。
対抗してアメリアも寄ってきたので抱きしめてキスをする。
それにしてもアメリアたちは、アニーとずいぶん仲良くなったものだ。
アニーの方が年上らしいのに、全然そんな感じがしない。
「ちょっと、見せつけないでよ。それにしても早かったじゃない。ウエアウルフの討伐なんて、そんなに早く終わる物でもないでしょ」
「ああ、こっちのことが心配で早く帰ってきたんだよ」
「これでカエデも、トンビ長官に気に入られたら隊長かもね。それでもまだ私の方が立場は上なんだから、覗きなんかしたら地方に飛ばすわよ」
「あら、そんなに活躍したの?」
椅子に腰掛けると、リリーがやってきて膝の上に乗った。
なんだか家は落ち着くな。
「早く帰りたくて、急いで片づけたんだよ。あのくらいじゃ活躍とは言えないかな。それよりも二日も留守にしたけど、二人はケンカとかしなかったの?」
「カエデがいないときは、二人とも仲がいいのよ」
とリリーが言った。
そうなのか。
それは、ものすごく残念だ。
「それじゃ私はお風呂を借りて帰るわ。覗かないでよね」
「それよりもさ、トンビ長官ってのは名前なのか? 珍しい名前だよな」
アニーが出て行こうとしたので、俺は気になっていた事を聞いた。
そしたらアニーは意味ありげな笑みを浮かべる。
「それはシャノンがつけたあだ名よ。会ってみれば意味がわかるわ」
それだけ言って、アニーは出て行ってしまった。
姫様が貴族にあだ名をつけるなんて事はよくある事なのだろうか。
俺は不思議に思いながら、アメリアが用意してくれた夕食を食べた。
次の日、登城した俺はアルダとルーファウスに呼び出される。
呼ばれた場所に行くと、2人は真剣な表情で何か言い合っている。
少し不穏な空気に、俺は何事かと構えた。
「今回のお前の働きと、私を含めた隊長たちの推薦もあったのだが、どうも昇進はなくなってしまったらしい。お前は何か心当たりがあるか」
「いえ、まったく」
「どうも、報告が握りつぶされている感じなんだよね。どうしてなのかな」
「最近は国境のあたりで不穏な動きもあるし、その関係で報告が流れてしまったのかもな。まあ、お前ならそんなに焦る事もないだろう。私は会議に呼ばれているので、これで失礼する。今日の特訓はなしだ。ルーファウスと城の中の見回りでもしていてくれ」
それだけ言い残してアルダは行ってしまった。
それにしても俺は推薦までもらっていたのか。
軍部はかなりの実力主義のようである。
地方を治めている貴族たちが占める文官は世襲がメインで、実力など関係ないただの金持ちの集まりだ。
だから文官たちは自分たちの方が武官よりも立場が上だと思っている。
しかも戦争がないから、それが武官の立場の低さを助長していた。
「それじゃ僕らはどうしようか。特にやることもないし暇なんだよね。食堂にでも行こうか。なっちゃんが最近になって親の手伝いで、給仕の仕事も任されるようになったんだ」
どうもルーファウスと一緒にいると大学生あたりのノリになってしまう。
かわいいウエイトレスがいるファミレス行こうぜみたいなノリだ。
それにしても隊長というのはここまで暇なのか。
俺はルーファウスに連れられて喫茶店のような店までやってきた。
あまり城から離れてしまうとエリアセンスの範囲を広げなければならないから近場で助かった。
そこで俺は飲み物をはしから注文して試す事にする。
ついでに気になっていた事を聞いた。
「国境で不穏な空気ってのは具体的にどういうことだ?」
「戦争だよ。───なっちゃんも立派になったね。そのエプロンもとっても似合ってるよ。僕はいつもの奴ね」
「俺はここにある飲み物を上から三つ頼む。戦争って、この国は戦争がないんじゃなかったか」
「そうだよ。シャノンが戦争に大反対だから、戦争になる事はまずないね。王様もシャノンには頭が上がらないのさ。その代わりに、王国では迷宮から出る素材を他国に安く卸してバランスをとってるんだ。王国の国土にはまだ発見されてない迷宮がいくつもあるって言われててね。まあ見つかっても危なすぎて近寄れないんだけどね。つまり資源は多いってわけだ。だけど地方貴族たちは安く売ってる事に反対なのさ。そんな弱腰になる必要がどこにあるってわけ」
「その話が今回の事にどうつながってくるんだ?」
「王国に陸続きの国家は二つしかないんだ。その二国が戦争中なんだけど、どっちも王国には借りがあって、普通は攻めてきたりしないんだ。だけど戦況が悪化しているセスルームニルが物資を求めて、この国に攻めてくるかもしれないと最近では言われている。今回の話は、そことの国境周辺で怪しい奴が目撃されたって情報だね」
「じゃあ、戦争の可能性があるってのか」
「ないよ。戦争で疲弊した国が、豊かな土地を占領している国家を攻め落とせると思うかい。まず普通に考えてある話じゃないね」
「じゃあ、どうしてそんな噂が広まってるんだ。セスルームニルが攻めてくるかもしれないなんて話はどこから出てきたんだ」
「それを言い出したのは文官たちだね。──あ、なっちゃんありがとう。いつもおいしいよ。文官たちはなし崩し的に戦争にでも巻き込まれればいいって考えてるから、そんな話が出てくるのさ」
「じゃあ本当に戦争はないって考えてもいいんだな?」
「どうだろうね。アルダなんかは、どちらかの国に肩入れしてでも、今の戦争を早く終わらせた方がいいと考えているし、シャノンは戦争に関わる事自体が国の平和を脅かすと考えてる」
「アルダはずいぶんと好戦的だな」
「そういうわけじゃないよ。戦争が長引いてくると、どうしても負けてる方は禁呪だとか、悪魔を呼び出すだとか、そういう危険思想が出てくるんだ。そんなものがもし完成してしまうと、それこそ王国にとって危機になるだろ。魔法ってのは特に危険だから、厳しく管理されているんだよ。それに昔話の中じゃ、国が滅びるなんてのは悪魔なんかに滅ぼされるのが一番多いからね」
確かにクロエくらい力のある悪魔かなんかが出てきた日には国くらい滅ぶかもしれない。
そう言えば、クロエに教えてもらった魔法でも国くらい滅ぼせるような事を言ってた。
だけどそれは、昔話の中に出てくる数百人規模の国の話なんじゃないだろうか。
こんな数千人規模の国が、そうそう簡単に滅ぶとも思えない。
それにしても、戦争なんかに駆り出されるのはまっぴらだ。
とは言っても、知り合いが増えてしまった俺だって、戦争が起これば逃げるわけにも行かなくなってくる。
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