第64話 アルダの忠告
訓練場で昨日と同じようにアルダの相手をしていると、風に乗ってアメリアの声が聞こえたような気がした。
辺りを見回すと、城の三階くらいの高さに開いた窓からアメリアとクロエとアニー、それともう一人の女の人がこちらを見ながら何か話しているのを見つけた。
あの女の人がシャノンだろうか。
遠くてあまりよく見えないが、身なりが派手なので多分そうなのだろう。
アメリアがこちらに手を振ったので、俺も手を振り返した。
そしたらきゃーという黄色い声が聞こえてくる。
こっちは砂にまみれてアルダの相手をしているというのに、ずいぶんと楽しそうである。
3人はこちらを指さしてなにやら話をしているようだ。
俺は悪口でも言ってるのかと思って、音の伝導率の高い空間を3人の元まで作った。
すると狙い通り向こうの声が聞こえてくる。
俺はアルダの相手をしながら、3人の話に聞き耳を立てた。
「あれがアメリアの旦那さんね。なかなか格好いいじゃない。それにアルダを相手に戦えるなんて凄いわ」
「そうでしょ」
「ふむ。確かに、女の話を盗み聞きするようなところがなければいい男かもしれんのう」
「あら、カエデはそんな事をしてるの」
やっぱりクロエにはバレてしまうか。
そりゃそうだよな。
「ほら、よそ見なんかしないで頑張って」
アメリアが声援を送ってきた。
当然その声はアルダにも聞こえている。
「勝って格好いいところを見せたらどうだ」
そう言って、急にアルダの木剣が鋭さを増した。
これは格好いいところを見せちゃおうかなという欲が起きる。
そこにアルダが大ぶりの一撃を放ってきたので、それを掻い潜り、絶好のチャンスとばかりに俺は木剣を振り下ろした。
しかし手応えはなく、俺の木剣は空を切って、思わずバランスが崩れる。
しまった誘われたと思うが時すでに遅く、アルダの突きが俺の鎧の隙間を縫って刺さった。
俺は突かれた痛みをこらえて、効いてない風を装いながら腰を落とした。
勝ったと思っているアルダには隙が生まれている。
俺は悔し紛れに木剣に左手を添えて、その左手を鞘代わりに居合いの一撃をアルダの胴体に放った。
その一撃は鎧に阻まれるが、アルダは大きく宙を舞って吹き飛ばされる。
「あら、勝ったみたいよ。凄いわね」
と、シャノンが感心する。
俺は突かれた痛みと左手の痛みをこらえながら背筋を伸ばした。
「ふむ。どちらかと言うと今のは、勝負に負けたのをうまく誤魔化しただけだの」
そんな風にクロエが解説した。
やはりクロエにはごまかしがきれなかった。
俺は吹き飛ばされて動かなくなったアルダに駆け寄った。
怪我をしているのかと思い、回復魔法を唱えようとしたら喉にアルダの木剣が突きつけられる。
アルダは大丈夫だと言って立ち上がった。
「甘すぎるな」
改まった態度でアルダがそんな風に言った。
俺は何か言いそうな雰囲気を察して、盗み聞きの魔法を止めた。
それで俺たちの周りにはまた静寂が訪れる。
「お前は確かに強い。ただ、どんなに強くとも、私はお前を怖いとは思わない。お前は私に怪我をさせる事も故意には出来ないだろう」
「だけど、それは……」
「だけど私も、あそこにいる二人に危害を加えるような真似は怖くて出来ないよ。アメリアに、クロエと言ったか。あの二人に危害があれば、お前はそれこそ国ごと滅ぼしたって不思議はない」
「いくらなんでも、無関係の人まで巻き込みませんよ……」
「そう言い切れるのか? 私はそうは思わないな。お前のように、人を殺すなんてもってのほかというやつは、自らハンデを背負って戦ってるようなものなんだ。だったらもっと貪欲に強さを目指さなくてどうする。私はお前の方に期待してアメリアを護衛に選んだんだぞ。護衛というのは姫様よりも先に命を狙われる可能性だってあるんだ」
言われて俺は、反射的にエリアセンスを展開した。
それも自分の精神に干渉して、城内全てをカバーするような特大のものだ。
クロエがいるから大丈夫と安易に考えていたのが、アルダの言葉に完全にびびってしまったのだ。
「そう、そのくらい真剣な顔をしてくれるとこちらとしてもありがたい」
確かに訓練も、アルダの訓練にはなっているが俺の訓練にはなっていなかった。
俺ももう少し真剣になった方がいい。
「どうする。アメリアたちの近くに居たいなら手配するぞ」
「その必要はありません。ここからでも十分です。それよりも訓練を続けましょう」
俺は自分のオーラの量を制限して続ける事にした。
オーラを使ってアルダの動きに対処するのはやめよう。
俺だって剣道をやっていたのだ。
剣の腕だけでも、そう簡単に負けるはずがない。
この世界じゃ何人殺してたって、相手にするのはいつも素人なのだ。
剣道のように相手も常に強くなり続けているわけじゃない。
俺は初めて木剣を中段に構えてアルダに対峙した。
今までは構えすらとらずに適当にやっていたのだ。
それを見てアルダがこちらに向かってくる。
俺は千鳥足の動きで、間合いをずらした。
オーラを押さえると、アルダの電撃はかなり厄介だった。
それでも戦えないということはない。
とりあえずは、オーラをアルダよりも押さえて攻撃をしのげるというところに目標を設定した。
こちらの攻撃は防具のあるところしか狙わないというのは変えない。
俺は剣道の癖で、攻撃が当たるあたりで木剣を止めるようにしている。
そうすると、かわされたとしても隙が生まれにくいのだ。
一時間もするとアルダもそれを真似てきて、隙がなくなってくる。
もともとアルダは攻撃が擦りさえすれば電撃で相手の動きを止められるのだ。
しかし、少しずつ手強くなるアルダにも俺はどこか余裕を感じている。
自分の精神に干渉する魔法のせいか、相手の動きがよく見えている。
城内の人の動きを全て処理しながら、アルダとも戦っていられるのだ。
アニーはお茶の飲み過ぎでよくトイレに立つなとか、クロエが兵士の足音に反応して身構えたなとか、そんな事が全てわかる。
目の前で疲れが見えてきたアルダの攻撃が大ぶりになってきたので、俺はアルダの木剣を下から軽く叩いた。
アルダの木剣はくるくると宙を舞って俺の手に収まる。
ちょうどそのあたりで昼飯時になった。
アルダに昼飯にしようといって、俺はボールを呼び出して開いた。
俺は昨日アメリアたちが食べなかったサンドイッチ二人分を出して食べ始める。
アルダは地面に寝転んで肩で息をしていた。
やはりマナの量がすこし少ないのかもしれない。
「おう、俺も腹減ったからチーズをわけてくれや」
と言うので、俺は今日もジャックにチーズをわけてやった。
実際はチーズなのか何なのかよくわからない、味が似ているというだけのものだ。
それにしても、リリーにびびってた割に俺に対しては態度が大きいな。
そんな事をしていたら、アニーがアルダに昼飯を届けに来た。
ついでに俺の分まで持ってきてくれたようだ。
「トイレに行ってちゃんと手を洗ったのか? お茶ばっかり飲んでるから、そんなにトイレに行きたくなるんだぜ」
「どうして私がトイレに行った事を知ってるのよ」
そう聞かれて俺は返答に戸惑った。
行動を監視していたなんて思われるのは嫌なので誤魔化しておこう。
「上着の袖がぬれてるだろ。つまり何度もトイレに行って手を洗ったってことじゃないか。簡単な推理だよ」
「ふーん、いらないなら持って帰るけど」
「いや、いるよ」
俺は皿にのった、サラダの上に肉がのった食べ物とパンを受け取った。
サンドイッチだけじゃ足りないのでちょうどいい。
「本当は昼食が出るのは隊長クラスだけなんだからね」
そんな事を言いながらアニーは行ってしまった。
食べ終わった皿はどうすればいいのだろう。
パンも渡されたが、それは食べきれないのでジャックにあげた。
おいしいのでちまちま食べていたら、ルーファウスが走り寄ってきた。
そして、サク村のあたりでウエアウルフの群れが発見されたとアルダに告げる。
どうやら魔物発見の報告が届いたようだ。
「しょうがない。ルーファウス、カエデを借りるぞ。カエデはバリーと一緒にサク村に向かってくれ。馬は私のを貸そう」
「馬なんて乗った事ないですよ。ワープじゃいけないんですか?」
「ワープでいけるほど近くはない。賢い馬だから、乗った事がなくても大丈夫なはずだ。護衛の方は私が加わるから、お前は心配せずに行ってこい」
「おれじゃあ、馬小屋まで案内するから僕に付いてきてくれ」
「よう、ロリコン。今日もスカした笑顔が鼻につくな」
「やあ、ジャック。今は急いでるから、またあとでね」
なんと口の悪い精霊だろうと半ば感心しながら、俺はルーファウスについて馬小屋まで走った。
ルーファウスは馬小屋に着くとジャックについて愚痴り始めた。
しばらくしてバリーもやってくる。
俺は馬に乗るのを手伝ってもらって、バリーと一緒に城を出発した。
バリーは後ろにでっかい土佐犬のような犬を馬の後ろ乗せて走らせている。
何となく面白い光景だなと思ってみていたら、その犬と目が合った。
「何を珍しがってるんだ。べつに犬が馬に乗ったっておかしなことねえだろうが。こいつが俺をバカみたいにこき使って、バカみたいに背中に背負って戦うからって、俺までバカって訳じゃねえんだぜ。そこだけはよろしく頼むぜ」
「おい、ガス。もうちっと静かにしてくれ。こいつはちっとばかり小言が多いけど、そういう奴なんだ。気にしないでくれ」
「おめえ、気にしないでくれなんて気軽に言うけどよう。そんなわけにいくわけねえだろ。誰だって同情するだろうぜ。こんな風に使われてるのを見りゃあな。普通の神経なら気にしねえって訳にはいかねえよ。なあ」
「うーん」
「おどろいたな。こいつもバリーに負けず劣らず、ずぶてえ神経してやがるぜ。俺に同情しねえなんて奴あ、心がねえのさ。おめえもその手合いだね」
同情がどうこう言うより、俺はそのキャラの濃さにうなってしまっただけだ。
もしかして村に着くまでの間、ずっとこれが続くんだろうか。
そんな不安を抱えながら、俺は馬が走るにまかせて背中の上で揺られていた。
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