第52話 開眼
「何を言うておるのだ。全部、妾の教えた足運びではないか。それに態度がさっきからおかしいぞ」
「ねえ、カエデ、ちょっとおかしいわよ。言ってることの意味がわからないわ。どこかで変なものでも食べた?」
「凄いけど、もう付き合いきれないわ。あんなスピードで振り回されたら死んじゃうわよ!」
二人と一匹からの突っ込みで俺は現実の世界に戻ってきた。
なぜこんな馬鹿馬鹿しいことで倒せてしまうのだ。
自分でやっといてなんだが、ふざけすぎてるだろ。
「だけど、なんかつかんだような気がするんだよね。つまり集中力と思い込みなんだ。世界と一体になったような感じでやればいいんだ」
映画の登場人物と言うよりは、映画内の物理法則と一体になった感じだ。
映画の中に入って、その世界と一体になるようなイメージは、まさに仕切りを取り払って世界に身を任せるような感覚に似ていた。
「そうだ。そういう感じでやればよいのだ」
俺はリリーをフードから出してアメリアに渡した。
もう俺に精霊の力は必要ないように感じる。
「アメリアはオーラの使い方、わかってきた?」
アメリアはまだ様子のおかしくなった俺に心配そうな目を向けている。
さっきまでの俺はそんなにおかしかっただろうか。
「クロエのおかげでやっとわかってきたわ。それにしてもカエデは凄いわね。走るだけで地面の形が変わってるわよ」
そう言ってアメリアが笑った。
確かに俺が戦ったところは馬が走ったみたいにぼこぼこになっていた。
地面はそんなに柔らかくはないどころか普通より堅いくらいだ。
なんだか前に見た、クロエの常識外れな力にだいぶ近づいた気がする。
今ならディアウルフぐらい蹴り倒せるんじゃないだろうか。
強くなっている実感がうれしくて、それを表現するために俺はアメリアに抱きついた。
「きゃあ! 汗かいてるんだから、そんなことしたら駄目よ。もう!」
すぐに逃げられてしまったが、それは匂いを嗅いだあとだった。
なんだかムラムラするような匂がしたのはエルフだからだろうか。
しかしそんなことには気を止めずに、俺はせっかく掴みかけたイメージを固めるために、すぐに探索を開始する。
まだいまいち感覚がなれないので、映画の中と外を行ったり来たりしながら戦った。
後ろからは父親の仇はもう討たんでもいいのかとか、親の仇はもう終わったのかとか、色々と冷やかしが入るが俺は気にとめない。
夕方頃になってやっと俺は新しい魔力の使い方に慣れてきた。
今日のアメリアは朝からクロエの力を借りているので、夕方を過ぎてもまだ動ける。
なので俺は夜までかかってなんとか新しい力に意識を慣らした。
なんだか魔法の瞬間的な発動ですら出来そうな気がして、ファイアーボールで試した。
疲れて朦朧としていたからか、出来るような気がしていたら本当に成功してしまった。
まるで自由自在に魔法を使えるような気がしてくる。
疲れているはずなのに戦うことが楽しくて止められずにいたらリリーに怒られた。
見ればアメリアはぐったりしていた。
俺はアメリアに謝ってから家へのゲートを開いた。
そして風呂を沸かしてアメリアたちに先に入ってもらう。
その間に街で夕食のおかずを買ってきて、アメリアたちが出てきたら俺とクロエも風呂に入った。
風呂から出ても、アメリアたちは夕食を食べずに待っていてくれた。
それで3人と1匹で夕食を食べる。
夕食のあとはアメリアの部屋で寝るまでの時間を過ごすことになった。
「最近のカエデは凄いわね。今日も怖いくらい集中してたわ。それでお父さんのことは、まだ思い出してしまうの?」
「怖いくらい情緒が不安定だったわよ」
「俺の親父なら定年退職して釣りに夢中だよ。今頃、コタツでぬくぬくしながらミカンでも食べてるさ」
「そ、そうなの? つらい記憶を思い出して苦しんでるのかと思って、すっごく心配したのよ」
「全然そんなんじゃないから大丈夫だよ」
「それならそうと言えばよいではないか。なぜ狂人のふりをする」
「…………あのさ、二人きりにしてくれるとありがたいんだけど」
「酷いわ」
「酷いのう」
「ほらほら、よい子はもう寝る時間だよ」
俺はリリーとクロエの首根っこをひっつかんで俺の部屋へと運んだ。
そのままベッドの上に並べて毛布を掛けてからアメリアの部屋に戻った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「はははは……」
「へへへ……」
まだ二人きりになると、どうしてもギクシャクしてしまう。
これまでは全然そんなことなかったのに、婚約してからはどうも気恥ずかしい。
このアメリアと結婚するのだと考えると、まだ信じられないような感じがする。
この子が俺のものになるのだ。
もっと言えばこの身体が、と考えてアメリアのかわいく膨らんだ胸と、ピンク色の太ももが視界の中に入って心臓が跳ねた。
すぐに視線を逸らすが、動悸が速くなりすぎてうまく息が出来ない。
どうしたの、とアメリアの瞳が俺のことを覗き込んだ。
優しさを含んだ暖かいまなざしを見ていたら動悸は収まった。
キスをしよう、と俺は思った。
肩をつかんで顔を近づけようとするが、アメリアは目をつぶってくれない。
どうしようと思っていたらアメリアの細い指が俺の唇にふれた。
「その前に、クロエのことをどう思ってるのか聞かせて」
俺はうっ、と言葉に詰まった。
俺は誤魔化さずに本当のことを言った。
「そうね。クロエにはものすごく感謝してて、どうしても悲しませたくないんだ。それでなぜか俺のことを好きみたいな感じだから、どうしていいのかわからないんだよね」
「浮気者」
アメリアの目が急に細くなった。
どうしてもクロエが切り捨てられない俺は、やっぱりアメリアとつきあえないのかと怖くなる。
しかしアメリアの瞳にはいたずらっぽい感じと、どこかしら余裕のようなものがあった。
「それって好きってことじゃないの。でも相手は精霊なのよ。きっと魅力的な見た目に惑わされてるんだわ。感謝する気持ちと混ざっちゃってるんじゃないの?」
「でもそれだと、俺はアメリアの魅力にも惑わされてることになるよ」
アメリアにも命を助けられているのだ。
そのせいで家とか思い出の詰まったものとか、たくさん失わせてしまった。
そうなる可能性があったにも関わらず助けてくれて、それでも俺を気遣ってくれた優しさに惚れたようなものだ。
「そうかもしれないわね」
と、アメリアはいたずらと余裕の混じった表情のまま言った。
だけど魅力的と言われて少し照れている。
「でも、もしカエデがクロエのことを本当に好きなら、もう一人くらい奥さんがいても私はいいわよ」
「マジ?」
「まじよ。だってしょうがないじゃない。もう私はカエデと離れるなんて考えられないわ。だからクロエを選ぶなんて言ったら許さないからね」
二人と結婚する未来を想像したら夢みたいな生活だと思えた。
だけどアメリアは本当にそれでいいのだろうか。
アメリアはそれも普通のことみたいな感じで話している。
「それじゃ、ついでにリリーとも結婚してみる?」
その冗談に俺は笑ってしまった。
そんなことになったら俺は間違いなく心労で死んでしまう。
俺はアメリアの手を握った。
アメリアが何かの魔法を使ったような気がした。
何の魔法かはわからない。
俺は気にせずにアメリアにキスをした。
アメリアの肩は小さく震えている。
口を離したあともしばらく見つめ合っていたら、アメリアが何かに気がついた。
俺も釣られてそっちを見ると、いつの間にか部屋のドアが開いていて、笑顔の猫と不機嫌な顔の少女がそこに立っていた。
俺はもう一度キスをしてからアメリアの部屋をあとにする。
そして自分の部屋に入った。
「妾とも婚約したのだぞ」
「そうだな」
それで俺はクロエともキスをしたのだ。
一緒に寝る時に、今までは勇気が出なくて触れなかった胸も触った。
そしたらこういう風に触ってほしいと注文が入るので、その通りに触っていたら喘ぎ始めたのには閉口した。
いくらアメリアのお許しが出たとは言っても、本格的なことになるのは気が引ける。
それで俺は触るのを止めたのにクロエの手がズボンの中に入ってきて、俺は下着を汚すことになった。
その下着は次の日の朝にクロエが洗ってくれた。
そして朝食の時間になったら、二人とも納得しているはずなのに、俺の両隣に座ったクロエとアメリアがなぜか火花を散らし始めるのだからたまらない。
二人が顔を合わせていてもおとなしいのは迷宮の中だけだ。
クロエはしょせん相手は小娘だと思っているし、アメリアはしょせん精霊と思っている節がある。
俺は小さくため息をついた。
俺の想像した夢のような生活とはほど遠い。
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