第51話 困窮
ギルドで値段を確認してから闇市があるスラム街へと行った。
スラムと行ってもたいしたことはない。
そこで値段を聞いて、適当に魔石などをいくつか売った。
その金を持って衣料品を売っている高級店へと入る。
そこで冬用の防寒着を買う予定であった。
「妾も服がほしい。着飾ればきっとお主の気持ちも変わるに違いない」
「マジかよ。今は金がないんだぜ。あんまり高いのは勘弁してくれよ」
「あら、私には買ってくれないの?」
クロエに対抗してかアメリアまでもそんなことを言い出した。
さっき闇市では通常の半額くらいでの買い取りだった。
だからなるべく売らないでいたのだ。
「まあ、少しくらいなら平気だけど。あとクロエの下着も見てやってくれないかな。それと布団も羽毛の入った暖かそうな奴を買おう」
「わかったわ。それじゃ、私たちの買い物が済むまで、カエデはどこかで時間をつぶしてきて」
「俺は別にここで待っててもいいけど」
「下着とかも買うのよ」
睨まれてしまったので、俺は仕方なくリリーと外に出る。
それで鍛冶屋に行って刀に自動修復の機能を取り付けてもらった。
もう敵の魔法攻撃を気にする必要がないので、どうせ訓練するなら最終的に使う武器の方がいいと思ったからだ。
土の精霊石という特殊な石を取り付けるだけで機能を付与することが出来る。
きっと特殊な石が、魔力によって意思を持ったとかそんなとこだろう。
剣と盾を売ったら、そのお金だけで何とかなった。
それで一時間ほど経ったので、屋台で食べ物を買ってからアメリアたちのもとに戻った。
それでもまだ二人の買い物は済んでいなかった。
あれやこれやと品物を手にまだ棚をあさっている。
俺は懐が心配になって、もう一度闇市へと行って、追加で素材を売った。
それで戻ってきたらやっと会計ということになる。
店主の言った1125シールの値段に一瞬聞き間違いかと耳を疑った。
俺が持っていた金だけでは足りずに、アメリアに渡してあったお金も合わせて何とか支払った。
二人は文句を言われることを恐れているのか、俺と目を合わせようともしない。
俺は家に帰ってから二人と一匹を呼び出して緊急会議を行った。
「もまったく今の状況をわかってないよ。ギルドでの買い取りがないのに、お金がなくなっちゃったじゃないか。どうしてそんなに高い服が必要なのさ」
「お主の浮気癖のせいで、妾も色々と大変なのだ。どうせ特訓のために迷宮へ行くのだから少しくらいのお金はいいではないか」
「なんだか世帯じみてきたわね。昔のカエデはもっと楽天的だったわ」
「私なんか、何も買ってもらってないわ。どうして私まで怒られるのかしら」
「確かに、リリーは悪くないね」
「リリーが欲しがっていたソファー付きの椅子も、クロエと一緒に選んで買ってきたのよ。何も買わないわけないじゃない」
「そうだ。単品ではそれが一番高かった」
「じゃあ、全員仲良く無駄遣いしたわけだ。そのせいでかなり厳しいことになったんだからね。とにかく、明日からは本気で稼ぐことになるから、そのつもりでいてくれよ」
俺がそう言っても二人と一匹に緊張感はなかった。
思わず、俺の口からため息が漏れる。
せっかく彼女ができたのだから、冬の間は迷宮などに行かずにイチャイチャしていたかったのだ。
それなのに今日の買い物のせいで、その夢は露と消えてしまった。
それでがっくりと肩を落として、屋台で買ってきた物を夕ご飯にしようと包みから取り出していたら、アメリアが毛布と同じ生地でできた暖かそうなコートを俺に差し出してきた。
そう言えば俺は自分の防寒着のことを忘れていた。
そしたらクロエもズボンとシャツを俺に寄越した。
なんだかそんなことが非常にうれしい。
それでご飯を食べて新しく買ってきた布団をベッドの上に広げた。
どっちが言い出してこれにしたのか知らないが、かなりの贅沢品である。
家具はもうだいぶ揃ってきたから、次はこのぼろ家を何とかしたい。
だけどそれは、どうしても春になってからと言うことになるだろう。
もしかしたら冬の間に出した戦利品で煉瓦造りの家を買えるかもしれない。
布団を敷き終えたら、昼間に手をつなぐクロエとアメリアを見て以来、かなりムラムラしていたのでクロエを風呂に誘った。
風呂釜に火を入れて、お湯が沸くよりも先に風呂場に入った。
風呂から上がったら体がぐったりしていたので、そのまま布団の上で横になる。
ボロい天井を見上げていたら、貧乏長屋に住む浪人になったような心地がした。
妻一人、子一人、ペット一匹で慎ましく暮らしているような浪人だ。
そんな妄想をしていたらアメリアとクロエが部屋の中に入ってくる。
クロエはベッドの上に、アメリアはベッドの端に座った。
二人が揃うと妙に威圧感があるのは何でだろう。
「ふたりして何かな。できればもうちょっと仲良くしてほしいんだけど」
「いつ仲が悪いことがあった。妾はお主が浮気したおかげで第一夫人に取り入ろうと必死なのだ。これ以上ないくらい仲良くしようとしておるわ」
「そ、そうかしらね。でも私だっていきなり現れた精霊に、カエデが惑わされるとは思わなかったわ。どうしてそんなに気が多いのかしらね」
「それが男というものだ。しかし、妾の方が本命で、小娘の方が浮気と言うことも考えられる。それでは、そろそろ寝るとしようか」
そう言ってクロエは、まるで当たり前のように俺にキスしてから布団に潜り込んだ。
俺が怖くてアメリアの方を見れずにいたらアメリアが言った。
「最初はクロエの混乱がよくなるまでって話だったのに、そんなことまでして本当にひどいわ。私にはしてくれないの?」
俺はアメリアの方に向き直った。
その美貌に気後れしながらも、俺はアメリアの唇に吸いついた。
朝とは違い、今度はアメリアの唾液にしっかりと唇が触れる。
やはりなんの味もしない。
ただアメリアの甘い匂が心地よかった。
次の日も迷宮の地下18階で過ごす。
俺はアイスランスにクラウソナスを重ねる練習を始めた。
魔法の一連の動作の中に割り込ませるので難しい。
だけどクロエの言う瞬間的な魔法の発動が出来るのなら成功するはずなのだ。
それを、今日は最初から俺のフードに入っているリリーに手伝ってもらって練習する。
半日練習しても一度も成功しなかった。
昼飯時に何かコツはないかとクロエに詳しく聞いてみる。
しかし自分の魔力を信用しろだとか、頭の中の仕切りを取っ払えだとか、どうも具体性に欠ける。
「よいか。頭の中で考えていることが魔力に制限を与えるのだ。誰でも自分とそれ以外のものに境界を持っているであろう。そういったもの全てが枷になって本来の力を妨げる。あるがままを、ただあるがままに見て、そのあるがままの姿を受け入れよ。そうすれば自ずと手足のように使いこなせるようになる」
「なんだか哲学みたいな話になってきたな。もうちょっとコツのようなものはないのかよ」
「色々試して、今やっておる非効率を捨てて行けばよい。少し遠回りだがの。魔法を使う時に、もっと己の魔力の動きに目を向けるのだ。お主の心は、お主の体と魔力を使って起こしたい現象を作り上げるのだ。普通なら自分の体だけでやっていると思えることも、魔力は力を及ぼしている。慎重にならず、自信を持って、出来るのだと心から信じることだ」
「つまり考えるな、感じろ、ってことじゃないか」
「そうとも言う」
つまり映画の中で見たような戦い方を、出来ると思い込めばいいのだ。
昔スパイ小説で、プライベートな時間まで演技を続けてはいけないという下りがあった。
演技を続けてしまうと、演技している人格に乗っ取られてしまうそうだ。
ならば映画の登場人物のように演技していればいいことにならないだろうか。
それなら簡単なことではないか。
「次に出てきたオームは、父さんから使うことを禁じられた酔拳を使って俺が倒す!」
何か間違ってるような気がする。
しっかりとポーズまでつけたことが少し恥ずかしい。
「おもしろい。そのような技を覚えておったか。ではその酔拳とやらで倒してみよ」
そんな無茶な、と思うが演技は続けなきゃいけないんだよな。
どんなキャラだったかと思い出してみる。
「すごいわ。是非やってみなさいよ」
「すごいじゃない。そんなこともできるのね。私も見てみたいわ」
リリーとアメリアまでなぜか信じている。
思わず突っ込みそうになるが、それを我慢して演技を続ける。
「こうしちゃいられない。さあ行くぞ!」
「いやよ。私はもうちょっと休みたいわ」
軟弱なことを言うリリーを俺はフードの中に叩き込んだ。
そしてアメリアとクロエの手を引いて立たせる。
俺は敵がいそうな方へと走り出した。
そしてすぐに敵と向き合うことになった。
馬鹿なことをして死んだらどうしようとか、素手で倒せるわけがないとか、酒もないのにどうやって酔拳だとか、そういう余計なことを押さえ込んで、自分には出来ると言い聞かせる。
「ハイヤァーーーーーアッ!」
俺はかけ声とともに飛び出した。
練習してきた千鳥足を使って、間合いを計りながら最初の一撃を後ろにのけぞってかわす。
その不自然な体勢を狙ってきた敵にカウンターの蹴りを放った。
オーラに強化された体が、その無茶な動きを可能にする。
蹴りは当たったがダメージを与えてる感じがまったくしない。
そのまま起き上がって相手の胴体に連続で拳を叩き込む。
自分の声とも思えない甲高い奇声をあげていた。
上手くいっていることに自信を深めた俺は、どんどん映画の登場人物に入り込む。
そして靴に発生させたクラウソナスで、オームの足を刈り取る。
全力で踏み込むと足下の土が深く陥没する。
それがまるでアニメや映画のようでさらに俺をその気にさせた。
思い切りしたから蹴り上げてオームの体が浮いたところに、俺はとどめとばかりに踵落としを入れた。
「ホワァタァアーーーー!」
オームの体は二つに裂けて力なく横たわり、それは塵へと帰っていった。
俺は戦いのあとのむなしさを抱えながら、その姿を見下ろした。
「父さん、カタキは討ったよ……」
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