第50話 百合
朝になってアメリアに起こされた。
そのまま楽しそうなアメリアに連れ出されて外に出た。
外に出た途端に目の奥がずきりと痛んだ。
しばらくしてやっと目が慣れてきたと思ったら目の前には一面の銀世界が広がっていた。
15センチくらいに雪が積もっている。
「すごいわね。こんなに早い時期に雪が降ったのは初めて見たわ。昨日の夜も凄い寒さだったものね」
はしゃいでいるアメリアとは裏腹に、これは冬物の服がないとまずいかなと現実的な考えが浮かぶ。
迷宮内は地下だから一年中温度は一定だろうと思うが、地上にいる時はそうもいかない。
今朝などは凄い冷え込みで何度も目が覚めたのだ。
雪が降ってる間はそうでもなかったが、朝方の雪がやんだ頃の冷え込みはすごかった。
布団なども、もうちょっと値の張る物がないと本当に死んでしまいかねない。
金はかかるがそろえるより他にないだろう。
「寒いから中に入ろうよ」
「感動がないのね。お年寄りみたいだわ」
「ずいぶん今日は機嫌がいいんだね。俺は寒くて夜中に命の危険を感じたよ」
アメリアはまだ中に入る気がないようなので、俺は顔を洗って歯を磨いた。
寒くて顔が凍り付きそうだ。
タオルを出して顔を拭いたら、限界を感じたのでさすがに中に入りたくなった。
「ねえ、中に入ろうよ。こんな日に外にいたら死んじゃうよ」
そうね、と言って俺の横を通り過ぎようとするアメリアの肩をつかんだ。
自分でもどうしてそんなことをしたのかうまく理解していない。
アメリアの肩がビクッと震えて、その瞳が俺のことを見上げる。
何となくキスするチャンスじゃないかと思ったのだが、止めてしまってから急に緊張が押し寄せてきた。
引き下がれなくなってしまったと感じたので、アメリアに顔を近づけた。
アメリアが目を閉じたので、俺はその唇に自分の唇を重ねる。
本当に触れただけなので、少しだけ温かい事しかわからなかった。
「冷たいわー」
照れ隠しなのか、必要以上に明るい調子でアメリアが言った。
俺はなんと言っていいのかわからないので黙っている。
それで家の中に入ろうと視線だけでアメリアを促した。
「昨日の言葉、絶対に忘れちゃ駄目だからね」
不意にアメリアがそんなことを言った。
俺は何のことだかわからない。
何のことだろうと考えていたら、アメリアが目を細める。
「世界で一番って言ったでしょ。忘れちゃったの?」
「ああね。忘れないよ」
そう答えたらアメリアは機嫌良く家の中に入っていった。
俺もそれを追いかけて家の中に入る。
ストーブが真っ赤に焼けているのに、家の中も頼りない暖かさだった。
それで朝食を食べて、俺たちは地下12階へと降りた。
最初にクロエにロアフレイムをアメリアに教えてくれるよう頼んだ。
それで準備は万端とばかりに探索を開始したら、最初の3体がアメリアの魔法だけで蒸発してしまった。
これでは魔法や剣の練習にはならない。
仕方ないので、少しずつ下の階を目指すことにする。
これまた走りながらの移動である。
このところクロエを背負いながら戦っていたせいか、ものすごく体が軽い。
いつの間にかオーラの使い方に慣れていたようだ。
というか、地面が柔らかく感じられるのはどういうことだろう。
俺はペースを落としてアメリアに合わせることにした。
地下13階でも14階でも敵が簡単に倒せてしまったために、地下15階まで降りてきた。
そこで初めて現れたゴーレムがやっと魔法での先制攻撃に耐える。
赤く燃えるゴーレムに俺が斬りかかる。
口の中でクラウソナスと唱えて光の剣を振り下ろした。
動きはあまり速くない。
ゴーレムは一撃で真っ二つに崩れ落ちて塵になった。
「これじゃ全く練習にならないな」
「そのようだの」
俺たちは結局、地下18階まで降りることになった。
そこにはオームという蟹の化け物みたいな奴が出る。
足が長くて蜘蛛にも見える魔物だ。
魔法にやたらと高い耐性を持っている。
クラウソナスですら、一撃では足すら切ることができない。
アメリアがキネスオーブで殻を削って、そこを俺が斬ってなんとか倒した。
かなり手強い。
しかもハサミのついた両腕の動きは速く、油断していれば腕くらいは簡単に切り飛ばされてしまうかもしれない。
「こやつを相手に練習するのが良さそうだの。それでは走って次のを探すぞ」
「こんなのが何体も出てきたらやばいんじゃないか。いくらなんでも練習相手には辛い気がするんだけど」
「その剣を持って、そのような心配をする奴がおるか」
「確かに凄い魔法剣だけど、こいつらには通用しないじゃないか」
「それは使い方がわかっとらんのだ。もし危ない時は妾が倒すから心配はいらん」
滅茶苦茶な話だけど、こいつがそう言うなら多分そうなんだろうなと思えた。
そのままオーム狩りを続ける。
昼近くなっても俺にはそれほど疲れが出てこなかった。
そろそろ昼食にするかという頃、俺が相手しきれなかった一匹を後ろに逃してしまった。
そのオームにアメリアの横にいたクロエが飛びかかる。
気持ちの悪い動きで飛び出したクロエは、オームを蹴り上げて真っ二つにしてしまった。
伸び上がった綺麗な足にはアーリマンブレードの黒い霧が発生していた。
色々と言いたいことがあったが、俺は目の前の敵に集中した。
そして何とかそれを倒し終える。
どっと疲れた体でクロエのもとに歩み寄った。
「どうしてまた、下に何もはいてないんだよ」
「そんなところばかり見てるでない。ここには我々しかいないのだから別にいいではないか」
意外なことに、クロエは恥ずかしがっていた。
俺はボールの中から下着を出して、それをクロエにはかせようとした。
「ちょっと、その下着は私のじゃない……。どうしてカエデが持ってるのよ」
「いや、クロエが自分の異空間を出すのを嫌がるから、仕方なく俺が持ってるんだよ。しょうがないんだ」
アメリアに指摘されて、アメリアの下着を持っているのが急に恥ずかしくなった。
俺はそれをさっさとクロエにはかせる。
そして恥ずかしいのを誤魔化すためにクロエに質問した。
「どうしてクラウソナスより弱いはずのアーリマンブレードは一撃で倒せるんだよ。それに、その魔法は体に使っても大丈夫なのか?」
「あまり魔法に慣れないうちは真似してはいかん。それに使い方がわかっておらんから威力が出ないのだ。それも、おいおいわかってくるから今は焦らずともよい」
また出し惜しみをされているような気がしないでもないが、俺はそれで納得しておくことにした。
そして昼食を食べてからまたクロエの特訓が始まる。
午後になってちょっとするとアメリアが疲れてしまったので、精霊を交換することになった。
それで俺のマントのフードにはリリーが収まることになってしまって閉口する。
うるさくて練習に身が入らない。
それにしても、後ろで手をつないでいるアメリアとクロエを見ていると、なんだかドキドキするのは俺が変態だからだろうか。
「本当に変態ね」
可憐な美少女二人が手をつないでいるのだ。
リリーにはその情景を理解するだけの心が足りてないのだろう。
断じて俺は変態などではない。
しかもアメリアは息を切らして顔を火照らせているのである。
それを見て多少の興奮はしょうがない。
「最近は開き直った変態になったわね。底知れない感じがして、また貴方のことが怖くなってきたわ」
そんなリリーの心ない言葉を聞きながら俺は特訓に精を出した。
というか、独特の雰囲気を出している後ろの二人に、なんだか話しかけづらくてそうなってしまった。
そのせいで俺はリリーの暴言に心を痛めながらも敵を倒すしかなかったのだ。
探索が終わる頃には俺の千鳥足のせいで、リリーはすっかり車酔いみたいになっていた。
フードの外に吐いてくれたのがありがたい。
そんな状態でも音を上げなかったので、こいつもアメリアに似て頑張り屋なところがあるなと感心した。
そのあとは一応値段だけ確認しようと思ってギルドに行った。
そしたらいつもより早い時間だったからか、人が大勢いる。
さすが農閑期だけあるなと思っていたら、なぜか俺は注目されていた。
ひそひそと話しているその内容が漏れ聞こえてくるところによると、俺は子連れオオカミと噂されているようだった。
知っている出稼ぎ冒険者がいたので話を聞くと、どうやら監視業務に当たった冒険者はこうして噂されるのが毎年の通例らしい。
監視業務をやった中では、俺が一番腕がよかったので特に噂になっているそうだ。
確かに熟練冒険者なら蓄えもあるだろうし、普通は監視業務などやらないだろう。
蓄えもなく事情も知らずにいたので、俺は仕方なく依頼を受けたのだ。
しかもクロエを背負いながら戦っていたせいで格好の話のネタになったに違いない。
俺は逃げ出すようにしてギルドから出た。
最近はなるべく目立たないようにしていたのに、とんでもないことになった。
だけど今ではブランドンから刺客を差し向けられるくらいのことはあまり恐れていないのも事実である。
迷宮というのは地下20階までしかないのだ。
すでに18階の魔物ですら練習相手にしてしまっているのだから、ランクの高い冒険者くらい恐れる必要がない気がする。
それにクロエは全力を出したところすら、まだ見たことがないほどなのだ。
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