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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第49話 降雪

「い、いくら婚約したからって、そういうのはよくないわ」

 クロエの体にべたべた触る俺に、アメリアがそんなことを言った。
 だが俺はそれどころではない。

「おまえ成長してるのか……」

「うむ。だから人間だと言うておるだろう」

 そんなばかな。
 いや、俺だって神様に飛ばされてこの世界に来たのだ。
 もしかしたら、ファンタジー世界ではそういうことも起こり得るのか?

「そんな、何かの見間違いでしょ?」

 俺の言葉にアメリアも驚いた。
 だけどクロエの体は確かに成長しているように見える。
 成長期と言えなくもない年齢なのだから、生きてるのならおかしなことではない。

「いや、ただ太っただけかもな」

「かもしれぬ」

「ねえ、どうしてそんな風に自然に体に触ったりできるのよ。私の知らないところで、そんな関係になってたの?」

「ち、違うって。別に何もないよ。今のはちょっと驚いたからさ」

「そうだ。我々は夫婦として当然のことしかしておらん」

「………………」

 ぴしりと空気の割れる音を聞いた気がした。
 俺はダレンのようにハーレムを作る気など毛頭ないのだ。
 最初から最後までアメリア一筋である。

 これまでちっとも女にもてなかったのに、どうしてこうなるのだ。
 それとも精霊というのは、どいつもこいつもめんどくさいものなのだろうか。

「ねえアメリア。このあと二人で散歩にでも行かない?」

「……行かない」

「いや、ちょっと誤解があってさ、そのことを話したいんだよ」

「誤解なんてないわ。浮気者のろくでなしなのよ」

 まるでリリーみたいに毒のあることをアメリアは言った。
 なんだか本気で機嫌を悪くしてる感じがして俺は焦った。

「ち、違うって、誤解もいいとこだよ」

 しかしアメリアはつんとすまして、もう聞いてもくれなくなった。
 クロエも面倒なことをしてくれる。
 せっかく彼女ができたというのに、どうしてこうなるのだ。

「それではそろそろ風呂にでも入るとしようか、カエデ」

「……おまえ、絶対にわざとやってるだろ」

「なんのことやら。ほれ、行くぞ」

 やばい。
 こんな事でアメリアを失いたくはない。
 アメリアは額に青筋を浮かべて、わざとこちらを見ないようにしている。

 俺がアメリアの肩をつかむと、それでやっと俺のことを見てくれた。
 本気でアメリアを失いたくなかった俺はかなり真剣だった。

「アメリア、世界で一番君を愛してる。本気だよ」

 俺がそう言っても、アメリアは何も言わずに俺を見返してくるだけだった。
 気持ちは伝わってくれただろうか。
 見つめ合ってるのが恥ずかしくなって、俺は立ち上がって家のドアに向かった。

 そしたら今度は感情が抜け落ちたような顔のクロエが目の前に立っていた。
 あまりのめんどくささに目眩がする。

「妾に愛の言葉はないのか?」

「風呂場で考えるよ。ほら行こうぜ」

「考える? そのようなものは自然とわき出てくるのではないか? これから考えるとはどういうことだ」

「世界で一番感謝してるよ」

「ふむ、まあよい」

「ねえねえ私は?」

「やかましいわ!」

 俺がリリーを怒鳴りつけると、彼女はしょげたような顔をしてうなだれてしまった。
 どいつもこいつも本当にめんどくさい。

「いや、リリーは世界で一番、そうだな、手強い奴だと思ってるよ。これでいいか」

「まあいいわ」

 いいのかよ。
 それでやっと俺はその場から解放されて家を出た。
 外に出た俺は、クロエと一緒に風呂に入る。

 今まで恥ずかしくてあまり見ていなかったが、今日はしっかりと確認した。
 うーん、確かに成長しているような気がするんだよな。

「おまえはどうやって自分が人間だって証明するつもりなんだ?」

「今考えておるところだ。この体はもうそれほど成長するわけではないからの。とは言え、あと2年もしたら自ずと証明されるであろう。しかし成長はほとんど終わっているので劇的に変化するとも限らぬ。さて、どうしたものか」

 まさかノープランとは思わなかった。
 まあ、それならそれで都合がいい。
 とりあえず俺はアメリアに嫌われない事だけ考えよう。

「証明できるまでは、ただの精霊でたのむぞ。アメリアをあんな風に刺激するのはやめてくれよな」

 その言葉にクロエは何も返事をしない。
 まあ、クロエがアメリアと仲良くしようとしてくれるのはいいことだ。
 ただ話をこじらせて自分の都合のいいようにしようとされるのはたまらない。

「本当に頼むよ。お前のことも好きだし、感謝もしてるけど、本当にアメリアを失いたくないんだよ」

「しょうがないの」

 それを聞いて俺はやっと安心した。
 しかしクロエの表情はかなり不満があるように見える。
 召喚するときの俺があまりに人恋しい気持ちだったからこんなことになったのだろうか。

 俺はそのまま不満顔のクロエに体を洗われ、いつものように溜まっていたものをはき出させられた。
 今になって初めて気がついたが、それをしている時のクロエは顔を紅潮させている。
 その興奮しているのか恥ずかしがっているのかわからない表情がいかにも人間らしく見えた。

 その様子が厄介事に思えてしまって、俺は罪悪感を持った。
 これほど俺の味方になってくれて支えてくれた存在など婆ちゃん以外でいた記憶がない。
 その婆ちゃんにも、孝行をする前に死なれてしまった後悔がある。

 それにもし精霊じゃなくてアメリアもいなかったら本気で惚れていただろうなとも思う。
 俺は重い気持ちで風呂場をあとにした。
 家に入ると出ていった時の体勢のままアメリアが固まっていた。

「どうしたの?」

「えっ、あっ、な、なんでもないわ」

 アメリアはそのままそそくさと部屋に入って行った。
 しょうがないので俺も部屋に入る。
 今日は夕ご飯が早かったので、まだ夕方くらいの時間だ。

 このまま横になっていても寝られるとも思えない。
 最近はもう作るものもなく、アメリアに教えるようなこともなくて非常に暇である。
 そういえば、明日はまだ監視業務があるのだろうか。

 もしなければ冬の間に蓄えが尽きてしまう。
 俺は面倒だと感じながらもギルドに飛んで受付で確認をした。
 そしたら監視業務は今日が最終日だという。

 おかげさまで今年も死者を出さずに無事終えましたという定型の挨拶を聞きながら、俺は途方に暮れた。

「ギルドで素材の買い取り価格が戻るのはいつ頃なんですか?」

「えーと、例年通りであれば雪が溶ける頃には戻ると思われます。お金にお困りなのでしょうか。もし素材を売りたいのであれば、低層で出るものでしたら通常の価格で買い取ることになっていますよ。そうしないと出稼ぎで来た方が、次の年から来てくれなくなってしまいますので、無理をしてでも通常価格で買い取ることになっています。大きな魔石や結晶石に関しては、そのうち買い取れなくなってしまうでしょう」

「冬の間に何か依頼はありますかね」

「残念ながら、もう予約がいっぱいで、今から申し込んでも受けられるのは春になってからになると思われます」

 おいおい、これは詰んでないか?
 俺が青くなっていると、受付の人が小声で言った。

「どうしてもお金が御入り用でしたら、闇市で売るというのも手ですよ。もしばれますと冒険者資格剥奪ということになってますが、見つかってそうなったという話は聞いたことがありません」

 なるほど。
 そんな手があるならそれで行こう。
 ギルドだって働き手を失いたくないのだから多少のお目こぼしはあるのだ。

 俺は家に帰って横になった。
 この時期ならどうせ闇市の方でも買いたたかれるだろうから、少しだけ売ることにしようと考える。
 それなりの冒険者になったつもりでいたのに、このすきま風が冷たい極貧生活はまだまだ続くらしい。

 やけに冷え込むので、窓から外を見たら雪が降り出していた。
 子供の頃は雪がうれしかったのに、今となっては気が重くなるだけだ。
 俺はクロエを正面に抱え込むようにして、この日は眠りについた。
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