第47話 痴話喧嘩
酔いの回った頭で、アメリアの作り出したワープゲートをくぐって家に戻ってきた。
体が辛いから椅子に座っていたら、アメリアが隣に座ってきた。
「あのね、ちょっと話したいことがあるの。さっきエリスに、一緒にパーティーを組まないかって誘われたの」
エリスというのは、さっきアメリアが話していたエルフの男だ。
二人で何を話しているかと思えば、そんなことを話していたのか。
「それでね。最近は私がカエデのお荷物になってるでしょ。だから、その、迷惑になってるんじゃないかと思って、どうしようかなって」
「ま、まさかその話を受ける気じゃないよね。お荷物だなんて全然思ってないよ。どうしてそんなこと言い出すのさ」
「私にはそうは思えないわ。だから、私、その話を受けようかなって」
その言葉を聞いた途端、俺はショックで倒れてしまいそうになった。
どうして急にそんなことを言い出したのだろう。
もしかして積み重ねてきた失敗が、その男の言葉を引き金にしてアメリアの中でそういう考えを起こさせてしまったのだろうか。
俺は目の前が真っ暗になって、ひどい寒気を感じた。
アメリアがまだ何か言っているが、全く耳に入ってこない。
いや、聞きたくなくて俺がわざと意識をそらしていたのだ。
いくらなんでもアメリアの提案は一方的すぎる。
俺はアメリアとそれ以上一緒にいるのがつらくなって、その肩を押しのけて自分の部屋に入った。
涙があふれてきて、今までいろいろやってきたことが色々と馬鹿馬鹿しくなる。
でも、こんなことは今までにだって何度も経験してきたことだ。
どこかで自分はこうなることを知っていたような気さえする。
哀れなピエロになることを心のどこかでわかって、はしゃいでいたような気持ちだ。
これだから、もう一度人生をやり直すなんていやだったのだ。
それなのに魔力をくれたくらいで、どうにかなるとした神様を殺してやりたくなる。
そんなことを考えていたらクロエが布団の中に入ってきた。
いつもとは違って、慰めるように胸の中に抱きしめられる。
俺は考えるのをやめて、その暖かさに身をゆだねた。
次の日になっても相変わらず酷い気分で、何も変わっていなかった。
酔いが覚めたせいで余計に嫌な気分に支配される。
しばらくしてアメリアが部屋の中に入ってきたが、顔を見たくなかったので背中を向けた。
「もう起きてるの? そろそろ準備を……」
「今日は行かない」
「そ、そう、それじゃ私は返事をしないといけないからギルドに行ってくるわ」
俺は何も答えなかった。
結局、あんな男の方がいいのかと、つまらない考えが浮かぶ。
アメリアにはそんなつもりがないにしても、向こうには下心の一つや二つあるのだ。
つまらない男に惹かれているアメリアを見てると、アメリアまでつまらないものに思えてくるのは何でだろう。
アメリはあいつのものになるのかという考えが生まれる。
馬鹿なことを考えているなと自分でもわかっているのに、どうしてもそんなことしか考えられなかった。
本当ならアメリアを止めに行かなければならない。
なのに、どうしてもつまらない考えに支配されて行動が起こせなかった。
今までもそうだったのだ。
アメリアが他の男と一緒にいるところを想像しただけで嫌悪感がわいてくる。
その嫌悪感と好きという感情が心の中でせめぎ合って非常に苦しい。
正反対の感情が、どちらも一歩も引かずに俺の中で主張している。
こんな思いを、もう一度味わう日が来るとは思いもしなかった。
だけど折角もう一度チャンスが与えられたのだ。
今回は引き留めてみてみようかな、という考えが起こった。
どっちが正解なのかわからない。
だけど、一度くらい今までと変わったことをやってみるのもいい。
さっきアメリアが来てから一時間ほどの時間がたっていた。
そろそろ引き留めに行こうと考えていたら、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
アメリアが帰ってきたのだろうか。
引き留めるにしても、今さらとなるとさらに見苦しいことになりそうだ。
俺がぐずぐずしているとクロエが俺の代わりに扉を開けた。
「なんの用か」
「そ、その、カエデは……」
「お主の言葉に落ち込んでおる。しばらくそっとしておくがよい」
「ちょっと入れてもらえないかしら」
「ならん。こら、ならんと言うておるだろうに」
揉めてる雰囲気に振り返ると、ギルドに行くと言っていたアメリアが寝間着姿のままでクロエと揉めていた。
そのままクロエを押しのけてアメリアは部屋に入ってくる。
部屋に入ってきたアメリアはなぜか泣いていた。
そのまま縋り付くようにアメリアは俺の服をつかんだ。
あまりの剣幕が少し怖い。
「ごめんなさい。そんなにカエデが傷つくとは思わなかったの。カエデを傷つけるなんて、私ったら、なんてことしちゃったの……本当にごめんなさい」
いきなりそんな風にまくし立てられて、俺は圧倒されてしまう。
アメリアは涙の絡んだ声で本気で謝っている。
「本当は、ただ止めてほしかっただけなの」
アメリアが嗚咽まじりにそんなことを言った。
「止めてほしかったって言われても……」
「私はね」
涙を手でぬぐいながら、アメリアは必死でしゃべろうとしている。
だけど声がうまく出てこないようだった。
「カエデのことが好きなの。だから止めてくれたら、その時に言おうって思ってたの」
「なっ、え? でも、それなら言ってくれれば……」
「言おうと思ってたわ。だけど、最近は好きだって言ってくれなかったじゃない。この子とばかり話してるし。タイミングがなかったのよ」
そう言ってアメリアがクロエに振り返る。
クロエは仏頂面でそれを見ていた。
「い、いつからなの?」
「わ、私がカエデのことを好きになったのはね。ほ、ほとんど最初に会ったときからです……」
「なら、最初から言ってくれればいいじゃないか。どうして今頃になって言い出すのさ。全然そんな気ないんだと思ってたよ。酷いじゃないか」
「だって、カエデが好きって言ってくれるのは、いつも私が混乱して、何も言えなくなってるときだけなんだもん。それ以外だと冗談めかしてしか言ってくれなかったじゃない。言おうと思ってても、もう好きじゃないかもって思えて、どうしても言えなかったの」
俺はいきなりの急展開にうまく考えがまとまらない。
そういえばアメリアは自己評価が低いんだっけかと思い当たった。
それにしたって、いくらなんでもだ。
「それじゃ引き抜きの話は?」
「そんなの、昨日のうちに断ったわ」
「そんな。俺はめちゃくちゃ傷ついたんだよ」
「本当にごめんなさい」
いったい俺はなんのためにあんな思いを味わったのだ。
だけど、もしかして、この流れは、俺にも彼女ができるのではないだろうか。
もうとっくに諦めていたのに、この流れだとそうなる気がする。
「じゃ、じゃあ、アメリアは俺とつきあってくれる?」
「何につきあえばいいの?」
この世界につきあうとかそういう概念はないのだろうか。
14、15で結婚する世界ならそういうこともあるかもしれない。
しかし俺は彼女ができるということにこだわって言葉を選んだ。
「お、俺と、婚約してくれないかな」
「はい……」
「そんなの許さぬぞ!」
いきなりクロエの顔が目の前にあった。
せっかくこんな記念すべき時に、いったい何を言い出す気だ。
「妾の方が、こんな小娘よりもよっぽど美しくなるのだ。何を血迷っておる。絶対に許さぬぞ」
いきなり怒り出したのかと思っていたら、クロエは悲しそうな顔をしていた。
発作的に感情を爆発させたクロエを見て、アメリアは飛び上がるほど驚いた。
これは誤解を解いておかないと面倒なことになりそうだ。
だけどクロエを悲しませたくなかった俺はアメリアに耳打ちする。
「こいつちょっとさ、自分のことを人間だと思い込んでて、俺と結婚するつもりでいるんだよ。もとの体の持ち主と記憶がこんがらがってるんだと思う。そのうち良くなるかもしれないから、今だけ話を合わせておこう」
クロエに聞かれないようにアメリアの耳元でそう言った。
そのささやいた耳まで赤くなるアメリアがかわいい。
「わかったわかった。それじゃお前とも婚約してやるから、それでいいだろ」
「いやだいやだいやだいやだ! どうして妾がほかの女と一緒なのだ!」
クロエは泣きながら暴れ回る。
まるで小さい子供がだだをこねてるみたいだ。
いつもは尊大な態度をとるくせに、何をここまで取り乱すことがあるのだ。
せっかく俺に彼女ができた記念すべき日だというのに、どうしてこうなるのだろう。
うれしい気持ちを味わう暇もなく、面倒なことになった。
「私だって婚約者がもう一人いるなんて嫌だわ。だけど我慢するからクロエも我慢して」
「やかましいわ! この泥棒猫めが!」
本気でいきり立って、アメリアに掴みかかろうとするクロエを俺は何とか押しとどめた。
何をそんなに発狂することがあるというのだ。
だいたい会って10日も経ってないというのに、ずいぶんと思い込んだものだ。
「とにかく落ち着いてくれよ。そんなに暴れたら危ないって。婚約してやるって言ってるんだからそれでいいだろうが」
「口裏を合わせて、妾を誤魔化そうとしているだけではないか! 本気で婚約すると約束する気があるのか!? ならば本気で約束してみよ」
そう言ってクロエが手のひらをこちらに向ける。
例の契約を結ばせる気だ。
「う……」
アメリアに耳打ちしたことを聞かれていたのか。
俺としてはクロエには感謝してるから本気で悲しませたくないのだ。
さてどうしたものかとアメリアと顔を見合わせた。
アメリアの顔はまだ赤くなっている。
見慣れたその顔を見るのが妙に恥ずかしい。
こんなかわいい子が今日から彼女なのだと思ったらにやけるのが押さえられない。
俺とアメリアは同時にへへへと笑い声を漏らした。
それで油断した俺は、クロエの蹴りがアゴに刺さり気絶したのだった。
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