第44話 特訓
俺はギルドから家に帰り、晩ご飯を食べてから風呂に入った。
また昨日と同じようなことをされるが、クロエがしたいようにさせておいた。
契約を結ばされたというのならしょうがない。
ご飯を食べて風呂に入ったというのに、元の世界で言えば夜の18時くらいである。
やることもないので部屋でクロエと横になってダラダラと過ごしていた。
「ところでバンシーアーク以外の魔法はないのか」
「あったような気もするが、思い出せんのう。カエデが契約者としてふさわしい行動を取っておれば、いずれ思い出すかもしれんの」
「ずいぶんと都合のいい記憶をお持ちのようで」
俺の嫌味にもクロエはふふんっといった態度で気にした様子がない。
どうして魔法をケチるのだろうか。
俺はせっかく背中にクロエをひっつけているのだからとオーラの練習をすることにした。
身体の周りに魔力を纏わせる。
俺が上手く出来ていればクロエが貸してくれる力は弱まるし、上手く行かなくなると力を貸してくれる。
「お前も、元の身体の持ち主と混ざってて色々わかりにくいよな」
「わかりにくいことなど何にもありゃせん」
そう言って、クロエは俺に回した手に力を込める。
胸もけっこうあるから、そう引っ付かれると色々困る。
「なあ、明日からは、俺とアメリアに魔法とオーラの使い方を指導してくれよ。しばらくは地下12階で剣と魔法の練習をしたいんだ。迷宮で出たものが売れない間、時間を無駄にしたくないからさ」
「それならば戦い方も一緒に教えよう。お主たちの戦い方では、これより下に行った時に問題がありすぎる。特にカエデは覚えなければならんことが多すぎる」
「そうか?」
そんなことを言いながらも、俺はそれどころではない。
クロエの体温が生々しくて、変なことをしそうになる一歩手前だ。
俺は必死で、コイツは死体なのだと自分に言い聞かせながらそれに耐えた。
次の日からは通常の探索にクロエの指導が入るようになる。
「戦いというのは体力比べではないのだぞ。そんな直線的で馬鹿正直な動きでは駄目だ」
「はぁ、はぁ、いくらなんでもペースが速すぎるだろ。どうして走って敵を探す必要があるんだ。おかげで酸欠のまま戦うから、身体が重くてしょうがないぞ」
「オーラの練習には走るのが一番なのだ。だらしないのう」
だらしないと言われても、アメリアなどは付いてくるだけで精一杯で戦いに参加すらしていない。
いくらなんでも初日から飛ばしすぎだ。
俺もまだ午前中だというのに足元がふらふらする。
「それで、俺の動きのどこが馬鹿正直なんだ」
「同じ速度で動いているではないか。剣の軌道も、走り寄る道筋も、すべてが一直線で読みやすい。これは練習なのだから体力を惜しんではならん」
「一直線でない動きってどんなのだよ」
「こうだ」
クロエが俺の前で気持ち悪いとしか表現のしようがない動きをする。
気が付いた時には、クロエの足が俺の胸に向けられていた。
パンツが丸見えになっている。
「何度も言うが戦いというのは体力比べではない。戦術が必要になるのだ。なるべく相手の視覚外から攻撃をしようとしなくてはならん。そして視覚から逃れられないのであれば意識の外から攻撃をしなくてはならん。直線的な動きでは、いくら早くとも効果は半減だと肝に銘じよ」
確かに今の動きは、何をしようとしているのかすらわからなかった。
同じ動きで動くだろうと頭が予測してしまうから、それが崩されて追いきれない。
目で追えたとしても、意識では追うことが出来なかった。
「いつまでパンツを見せびらかしてるつもりだよ」
クロエはちょっと恥ずかしそうな様子で足を下げた。
そして俺の言葉にちょっと気を悪くした様子を見せる。
「茶化すのならもう教えてやらん」
「悪かったって。だけど魔物に対しても、その意識の死角から攻撃するってのは意味があるのか? あいつら、あんまり知恵が働くようには見えないぜ」
「このあたりにいるのはそうでもないがの。魔物にだって知恵が働くのはいくらでもおる。魔物と悪魔と呼ばれるものにも境界があるわけではない。頭のよい魔物もおるのだ」
「だけど、いくら魔物でも、あんまり知恵のある奴を殺すのは嫌だぞ」
「なにを言う。人間に害をなす意識しか持たないような存在だぞ。躊躇う必要などないわ。精霊とは正反対の存在なのだ」
「他にはなにかアドバイスがあるか」
「いきなり手の内を見せるでない。本命の攻撃は最後まで隠しておかねばならん。自分の切り札をいきなり見せるような真似は、最も慎まねばならん。魔法の発動が遅すぎるから、あらかじめ魔力を集めるようなことをしてしまうのだ。本来は、そんな必要などない。魔法というのは、その魔力の主が、心から必要とする時には一瞬で発動するものなのだ」
「そこに魔力もないのに、どうして魔法が発動するのさ」
「魔力には時空という力が備わっているではないか。そんなものを一々集める必要がどこにある」
クロエの言うことも理屈はわかるが、どれも発想が考えたこともないようなものばかりで、どうやるのかさっぱりわからない。
俺はその道のりの長さに気が遠くなった。
それでも、これほど教わる相手に恵まれたのだから活かさない手はない。
とりあえず今のところでわかっていることもいくつかある。
魔法というのは、理解を深めることが上達に最も必要だということ。
知識と使い方を覚えるだけでも格段に戦力は上がる。
そして剣術が基本を反復して覚えるものだということはすでに知っている。
これは爺ちゃんの道場に通っていた俺の経験からだ。
それにしてもクロエの提案する特訓方法は合理性に裏打ちされていて驚かされる。
道場での練習方法にも似ているところがある。
伝統とは革新の連続で、洗練を繰り返して生み出されたものだ。
それに近い練習方法を即興で考えられるというのはどういうことなのだろうか。
もっと言えば、クロエは技術を身につけるための最短の道筋を最初から知っているような雰囲気さえある。
一介の精霊にどうしてそんなことが知り得たのか不思議でしょうがない。
しかし、そういうことについてクロエは話そうとしなかった。
聞けば知らぬ存ぜぬでとぼけられてしまう。
しかし、そんなことにこだわってもしょうがない。
「まずは、その奇妙な動きからだな。一体どうしたらそんな動きが出来るようになるんだ」
「最初は早さと方向を一歩ごとに変えるだけでよい。それでは次にゆくぞ」
「だってさ。アメリア、立てる?」
「ええ、大丈夫。行きましょう」
アメリアの方も、その声に力がない。
真面目な彼女は、それでもまだ続ける意思を持っているようだが、その疲労の色は隠せない。
俺はその手を取って立たせてやった。
次の敵が現れるまで走ったら俺は本当に戦う気力もなくなっていた。
ふらふらと1体のディアウルフの前に進み出たが身体が動かない。
俺は魔法剣もなしに現れたディアウルフに斬りかかった。
剣に振動がないせいで何度斬りかかっても致命傷が与えられなかった。
泥仕合を繰り広げていたら、クロエが横から蹴り倒してくれた。
「もう限界かの」
「マジで無理」
それでやっと俺たちは休憩を与えられた。
俺もアメリアも疲れ切って喋る気力もない。
結局、その休憩が終わっても動く気になれず探索は午前中で切り上げることになった。
それでギルドに行って、少しだけでも換金しようと思っていたら、あまりに安くて断念することになる。
それで仕方なく、午後は農家の出稼ぎを見張る監視業務をすることになった。
日銭を稼ぐ必要があるのだからしょうがない。
疲れてはいるが、このくらいの仕事ならなんとかなるだろう。
地下1階に行ってみると、まさに人海戦術としか言えないような光景が広がっていた。
年齢も性別もバラバラな20人ほどの集団が横一列になり、シルエットやらノールやらを取り囲んで倒している。
見れば、子供や年寄りまで一緒に戦っているではないか。
俺たちに与えられた任務はこの集団の安全確保である。
地下1階は普段なら誰も近寄らないので、魔物の数だけは多い。
それ故危険なのだが、これだけ人数がいればごり押しでもいけるのだろう。
俺はその包囲から逃れてきたのを適当に倒しながら、怪我をした人には治癒の魔法をかけて回った。
これは監視業務のはずなのだが、農家の人たちも疲れてくると、あんちゃんも倒してくれやということになる。
向こうも、監視についてるのはギルドからそれなりの腕と認められた者であるということを知っているのだ。
疲れた体に鞭打って、なるべく大群がでた時だけは魔法で先制攻撃をすることにした。
あまり魔力を使いすぎると、オーラに回す分がなくなってしまって怪我をする。
それにいざというときのためにも、治癒を使う分くらいは魔力を残しておかなければならない。
農家の人たちの戦い方は、男は剣を持って前に出て女子供はその後ろから槍でというものだった。
なかなか考えられているようで、ちゃんと戦えている。
俺はいつでも助けに入れる位置から、エリアセンスを展開させて危険がないか見張った。
それにしても、戦っているというのに何とも和やかな雰囲気だった。
唄を歌っている爺さんがいるし、それに合いの手を入れながら攻撃してるおっさんもいる。
俺は田舎独特のなんとも言えないのどかな雰囲気を感じていた。
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