第42話 アドバイス
「もっと自分の魔力を信頼し、それに意思を預けなければ駄目だ。枷をはめていて、力など発揮されるわけがなかろう」
というのが、クロエが俺にくれたアドバイスだった。
魔力というのは自由にしてしまったら暴走するという印象しかない。
その言葉は、今までこの世界の常識として聞いてきたことに反している。
しかし試みてもみないうちから逆らうわけにも行かない。
俺は言われた通り魔力に自由を与えてみた。
特に変わったこともないなと思いながら、いつも通りコカトリスを倒していると剣が黒ずみ始める。
明らかに魔力が暴走して、剣の性質を変えてしまった結果だ。
俺がクロエの言うことを訝しんでいると、彼女はため息をついた。
「手本を見せるとしよう」
そう言って、クロエは次に現れたコカトリスに向かってまるで散歩でもするみたいに歩み寄った。
俺が危ないぞと注意しなかったのは、その物腰がやけに落ち着いていたからだ。
それに普段のクロエが逆らいがたい雰囲気を持っていたからもあるだろう。
俺たちの見ている前で、クロエはアメリアに貰った靴しか履いてない足でコカトリスの胴体を踏み抜いて見せた。
もう何でもありだなと俺はため息をつく。
鉄の刃が負けるようなものを、ほとんど素足で蹴り抜くというのはどういうことだ。
アメリアとリリーは驚きで声も出ない。
朝から圧倒されっぱなしで、置物のようになっている。
俺がクロエに圧倒されていないのは、この世界の常識に馴染みが薄いからだ。
「それも頭に手を置いただけで出来るようになったりしないのか」
「こういう魔力の使い方の本質的な部分については、イメージではなく意思で操作しなければならん。しかし擬似的に教えることも出来なくはない」
そう言って、クロエが俺の背中に飛びついた。
首にしがみついて、その足を俺の胴体に回す。
いつかアメリアがオーラの使い方を俺に教えてくれた時のようなことをするのだろう。
俺が自分のマナの操作をクロエに任せると、背中にあった重みが消えた。
一粒一粒のマナに指令を出していたような感覚から、全体に統一した目標が生まれたような感覚へと変わる。
魔力に意思を持たせるとはこういうことかと俺は納得した。
すさまじい力が自分の中から湧いてくるのを感じる。
まるで生まれ変わったような気分の良さだ。
「すごいよ、アメリア。俺は新しい魔力の力を知ったかも。これなら迷宮を制覇して大金持ちになる日もそう遠くないよ。この生まれ変わった俺が見てわかるでしょ。どんな感じ?」
俺はその場で2メートルほどもジャンプしてみせる。
今ならオリンピックに出てもすべての競技で金メダルがもらえそうだ。
「相変わらず誘拐犯にしか見えないわよ……」
「……」
俺は無言で、いまだ背中にぶら下がっていたクロエを降ろした。
確かに無骨な冒険者の世界で、クロエは異彩を放ちすぎている。
まさに盗賊に攫われた町娘といった風情だ。
俺はアメリアの手を取って、その感覚を伝えようとした。
すぐにはマナの主導権が渡ってこなかったが、しばらくしてアメリアのマナを動かせるようになる。
それでさっきクロエにやって貰ったように、アメリアのマナを動かした。
「すごい……」
それでやっとアメリアにもその凄さが伝わってくれたようだ。
リリーにも伝わっているだろう。
これまでよりもずっと時間の流れが遅くて、別の世界にいるような感覚になる。
「あとは使いながら馴染ませていくがよい。これでもまだ完全に使いこなした状態ではないのだぞ。調子に乗ってあまり無茶をせぬように気をつけるのだ」
効果が大きくなっただけではなく、今までよりも精神的な負担も少ない。
それからの探索はスピードも早く、負担も少なくなった。
俺はオーラにだけ集中して敵を倒し続けた。
手強かったはずの敵も地下2階の敵を相手にしているように楽だ。
たとえ何体いても俺が飛び込んで暴れるだけで倒せてしまう。
これなら明日はもう少し下に行って大丈夫だ。
クロエもここではもう練習にもならないと言っている。
その日は夜遅くまで迷宮内で過ごすことになった。
それだけやっていてもアメリアには疲れた様子が見られなかった。
なんてことだろう。
精霊一つ手に入れただけで、もはや冒険者として熟練の域にある。
前に聞いた話ではランク7になれば兵士として声が掛かるという。
だとしたら、すでに兵士になるだけの資格があるということになる。
あと二つくらいなら難なく上げることが出来るだろう。
もっともブランドンの件があるので、俺はしばらく王国の軍部に関わるつもりはない。
そんなものに関わらなくても俺たちは迷宮だけで十分に贅沢な暮らしが出来る。
しかし向こうからの要請があった場合はどうだろう。
断れないということもあるかもしれない。
ブランドンの言っていた、兵士が足りないというのは事実だろうと思われる。
あの慎重な男が、そんなところでボロの出るようなことを言うわけがない。
どうしたものかと、俺は気が重くなった。
迷宮を出て家に帰る頃には、手元も見えないほど遅い時間になっていた。
俺が光源の魔法を共有スペースに浮かべると、アメリアが夕食の準備を始める。
俺が椅子に座って食事が出来るのを待っていると、クロエが俺の膝の上に乗ってきた。
「こういうのを団欒というのだな」
その笑顔がやけに輝いている。
これまでこういった生活に縁がなかったのだろうか。
「俺に呼ばれるまではどんな生活をしてたんだ?」
「うーむ、それがまったく覚えておらんのだ」
「まったく?」
「うむ、なにも覚えておらん」
顔を覗き込むと案の定視線が泳いでいる。
どこかの金持ちの娘が死んで、その代わりをやらされていたんじゃないのだろうか。
それとも精霊を憑依させたらすぐに俺の元へと飛ばされてしまったのだろうか。
だとしたら親は娘の身体を失ってさぞ悲しんでいるだろう。
そもそも精霊が憑依した身体というのは成長するのだろうか。
「成長はしないわ。魂がないと成長は止まってしまうの」
俺が尋ねるとリリーがそう答えてくれた。
そういうものか。
だとしたら憑依してすぐに来たというわけでもないのだろう。
だけど呼び出された時は靴さえ履いていなかったのだ。
家の中でも靴を履いて過ごすのが当たり前の世界で、どうして靴を履いていなかったのだろう。
こっちの人が靴を脱ぐのは寝る時くらいである。
俺はちょっと気になってクロエの足をひっくり返した。
「うわっ、めっちゃ汚れてるじゃないか。そんな足で俺のベッドに入ってきたのかよ。こんな事なら風呂に入らせとけばよかった」
ちょっとまてよ……。
俺が世話をするという契約なのだから、俺がクロエの身体を洗うのか?
「今、嫌らしいことを考えたわ」
「うむ、妾にも伝わってきた」
リリーとクロエが勝手に人の心を読んでそんなことを言った。
驚いたり動揺したり、なにか急な心の変化があると読まれてしまうらしい。
まったく迷惑千万な能力だ。
「いや、俺が風呂に入れてやらないと駄目なのかなって思ってさ」
「その必要はない。身体くらい自分で洗えるわ」
「あっ、がっかりした」
「うむ、がっかりしたのう」
「やめてくれよ! 人の心を勝手に解説するな! 知られたくないことだってあるんだよ!」
「ならば今日からは、妾がカエデの身体を洗ってやろう」
「そ、そんなの駄目よ!」
クロエの言葉にアメリアが反応した。
あれ、この反応はもしかして焼き餅じゃないだろうか。
「なにゆえに駄目だのだ。妾はカエデの面倒を見てやらねばならん。そういう契約なのだ」
そんな契約だったかな。
そういえば俺はうわの空で契約の内容なんて聞いていなかった。
肝心なところで抜けている、俺のいつもの癖だ。
「だ、だって……、そんなの不潔だわ……。でも、契約なら……」
不潔とはまた漫画に出てくる委員長みたいなことを言うなと俺は思った。
もしかしてアメリアは本当に俺に焼き餅を焼いているのではないだろうか。
リリーが最近は俺のことばかり考えていると言っていたのだ。
「もしかして焼き餅なのかな? もしそうなら一緒には入らないけど」
「そんなこと出来るわけないでしょ。契約の魔法を交わしたなら、それに従わなければ大変な目に遭うのよ」
「マジ?」
「うむ、契約の魔法には命に関わるものもある。妾が使ったのもそのくらい強力なものだから絶対に反故にしてはならん」
「そんなこと俺は一言も聞いてないし、なにも知らなかったぞ」
「呆れたものだ」
俺は背筋が寒くなった。
あまりにもうかつだった自分を呪いたくなる。
もし変なのと契約してたら大変なことだった。
はっきり言って、俺はファンタジー世界を侮っていた。
これは変な契約書にハンコを押させられるよりよっぽど怖い。
俺は契約書も読まずにハンコを押したことになる。
あの馬小便を四六時中引っ付けて暮らしていた可能性もあったのだ。
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