第40話 クロエ
今更臆してもしょうがない。
俺は現れた少女の質問に答える。
「特に願いなんてないよ。魔法を使うために精霊の力を借りたいんだ」
「それでは、なにゆえ大地の精霊を呼んだのか申してみるがよい」
俺はアメリアたちを納得させるために考えた理由を述べた。
要は偉大だと感じたからというようなことだ。
「なるほど最近の者にしては良い心がけと言えよう。長いこと待っておったのだぞ。それでは其方を妾の眷族にして進ぜる。力になることを約束しよう」
少女からさしのべられた手に、俺は自分の手を重ねた。
何が出ても契約すると決めたのだ。
どう見てもどっかの金持ちの娘が死んで、それを精霊にしたとしか思えない。
引っかかるものはあるが、今は藁にも縋りたいような心境なのだ。
少女が契約の言葉を述べて俺がはいと答えると、合わせた手に光が生まれた。
俺は少女の瞳に吸い込まれてしまいそうで目が離せなかった。
短い金髪の髪が肩の上でさらさらと揺れている。
13か14くらいにしか見えないのに、その存在感はとてつもない。
柔らかそうな生地のワンピースも風に揺れていた。
少女はこちらに歩み寄って俺の頬に触れた。
濡れていた俺の頬をその手で拭ったのだと気がついた。
その手は温かく柔らかかった。
俺が目を閉じると暖かいものが額に触れる。
召喚士は最初におめでとうございますとだけ言って、いつの間にかいなくなっていた。
祭壇ではまだ薪が燃えている。
俺はあらためて少女を見た。
生命力に溢れた顔をこちらに向けている。
地べたに座っている俺の目線に合わせるために少女がしゃがんだ。
なんてこった。
生地の薄い服が光に透けて、その身体がすべて見えてしまっている。
下に何も着ていないから、その小さな身体を隠すものはないに等しい。
気になったので下を見たら、そこには本当に何も隠すものがなかった。
「どこを見ておる」
「なんで下に何も着てないんだ」
「下に着るというのは下着という奴のことか。そういう体を締め付けるようなものは好まん。頭を使って生きるものは体を締め付けるようなものを着るべきではない」
その言葉は孔子か仏陀の台詞じゃなかっただろうか。
「どうしてそんな言葉を、お前が知ってるんだ」
「なにを言うておる。妾が今考えた」
下着は後でアメリアに借りようと考えて、この状況をあとで説明しなきゃならないことに気が付いた。。
寂しくなって契約してしまいましたなんて、とてもじゃないが言いたくない。
そんなことを考えていたら気分が重くなってきた。
「ところで名前は?」
「クロエと呼ぶがよいぞ」
「俺はカエデだ。これからは一緒に暮らすことになるんだよな」
「あたりまえであろう。妾は其方のマナで生きておるのだ。離れるわけにはいかんぞ。それよりも今日はここで寝るのかの」
「いや、家があるよ」
俺は仕方なく家までのゲートを開いた。
それを二人でくぐる。
家の扉を開けると、共有スペースには誰もいなかった。
もしかして寝たのかなと思っているとアメリアの部屋に明かりが灯った。
仕方がないと覚悟を決めて、俺はアメリアの部屋の扉をノックする。
中からアメリアの声が聞こえたので、俺はその扉を開けた。
「やっと帰ってきたのね。こんな遅くまでどこに行ってたの? 心配したのよ」
「ちょっと精霊と契約しに行ってたんだ」
俺は自分の後ろにいたクロエを前に出した。
クロエの姿を見て部屋の中の1人と1匹が息をのんだ。
まあ、驚くところまでは予想していたのでいい。
「それでさ、服がこんなのしかないから貸してくれないかな。下着もないんだよね」
「ちょっと、貴方。その子を誘拐して来たんじゃないわよね」
リリーが毛布の中から首だけ出してそんなことを言った。
「そんなわけあるか」
「妾は偉大なる大地の精霊クロエである。妾の眷族を侮辱するでない」
その名乗りにアメリアたちは驚いた様子だった。
喋れもしないようなのしか呼び出せないとでも思っていたのだろう。
「それじゃいいわ。服はリリーが選んであげて。カエデはこっちに来て」
アメリアは異空間を開くと俺の腕を引いて部屋を出た。
俺はクロエをリリーに任せて、アメリアに引かれるがまま部屋を出る。
共有スペースの端まで連れてこられると、トーンを落としたアメリアが言った。
「本当に召喚士に呼んでもらった精霊なの? 悪い妖精に騙されてたりしないわよね。おかしいわ、いくらなんでも人間にしか見えないもの。あの歳で妙に色っぽいし、美人過ぎるのも不思議。本当の事を答えて。悪い妖精だったりしたら精気を吸い取られてカエデは死んじゃうのよ」
「ち、違うって。ちゃんと召喚士に頼んで呼んでもらったんだよ。どうしてそんなこと言い出すのさ。ちゃんとした精霊だよ。おかしな所なんかないじゃないか」
「普通は人間を依り代にしたら、あんな風に自然に表情を作ることはできないの。それに呼び出された精霊なのに、まるで生まれたてみたいに綺麗な肌で、服だって真新しく見えるわ。喋り方も目の光りも、とても精霊には見えない」
「それだけ力のある精霊って事だよ。いいことじゃないか」
「契約してない精霊というのはね、ほとんどマナが使えないのが普通なの。どんなに力があっても、何も出来ないものなの。ちゃんとした召喚士でも変なものを呼び出すこともあるのかしら。もういいわ、私が直接聞いてみる」
アメリアは俺を残して部屋に戻ろうとするので、俺はその後を追いかけた。
せっかく契約した精霊なのだから、もうちょっと歓迎して欲しい。
アメリアの部屋ではクロエが着替えの真っ最中だった。
「カエデは入って来ちゃ駄目じゃない」
「かまわん」
アメリアのとがめるような視線を、クロエの一言がかき消した。
そう、クロエは着替えなど見られても気にしないだろう。
精霊とはそういうものだ。
しかしクロエが着ようとしているのはアメリアの下着なので俺は視線をそらす。
部屋の端っこで穴だらけの出来の悪い壁を眺める。
「さっきカエデのことを眷族とか言ってたわよね。どういう意味なの?」
「まあ家族のようなものかの。とは言っても心配はいらん。妾には特にやることもないから、カエデのやりたいことに付き合ってやるつもりでいる」
「そう、ずいぶん人間に近いけど妖精とかじゃないのよね」
「力のある精霊と妖精にそれほどの違いなどなかろう。さらに言えば悪魔と呼ばれる存在ともそれほど違いがあるわけではない」
「カエデの精気を吸ったりしないわよね?」
「そのようなものと一緒にするでないわ。妾は歴とした大地の精霊なのだ。人に害をなすようなことをするわけもない。そもそも地上にいる生き物など、妾の子供のようなものだからの」
それだけの問答を経てアメリアはよくわからないといった様子で首をかしげる。
それにしてもクロエは自分が大地そのものといった言い様だ。
それでも喋り方からいって相当格の高い精霊であることは間違いないだろう。
俺はもうちょっと賞賛されるかと思っていたが、驚かれるばかりでがっかりした。
それにしても色々あって疲れたので、もうかなり眠たくなっている。
「もうそのくらいにしようよ。クロエはちゃんとした精霊だよ。しかも格の高いね。もう夜も遅いし、いい加減に寝よう」
「そう、それならいいんだけど……」
「信じられないわ。人間が精霊を名乗っているだけじゃないの?」
俺はまだ半信半疑の1人と1匹を残して、クロエの手を引き自分の部屋に入った。
そういえばベッドは一つしかないなと思い至る。
さすがに女の子と一つのベッドで寝るというのはどうだろう。
俺には今までそんな経験は一度もない。
そんな俺を残してクロエはベッドの上で横になる。
俺は当たり前のことですよという態度を装ってその隣に横になってみた。
そしたらクロエは毛布の中で俺に抱きついてきた。
その温かさと人間の重さが心地いい。
自然と俺が腕枕をするような体勢になった。
「これからよろしく頼むよ」
「うむ」
会ったばかりだというのに、そばにいるのが当たり前のような感じがするのはなんでだろう。
すごく自然にクロエの行動を受け入れている自分が不思議だった。
本当に男をたらし込む妖精だったらどうし──いや、それならそれでいい。
そんなことを考えているうちに俺は眠りに落ちた。
久しぶりにとても落ち着いた気持ちで眠りにつくことが出来た。
言葉では言い表せないほどの感謝をクロエに感じている。
本当に俺の味方になってくれるその言動に感動すら覚えていた。
次の日は氷を思わせる冷たい目をしたアメリアに起こされた。
その視線の先にあったのは、ワンピースを襟巻きみたいにして俺にしがみついているクロエの姿だった。
いくら少女と言っても十分に女の身体をしているので、軽蔑を受けるのも無理はない。
しかもクロエが露出させているのはアメリアの下着なのだ。
俺は起き上がって、クロエの乱れた服を調える。
そして、俺は言い訳がましい笑顔を浮かべてアメリアに朝の挨拶をしたのだった。
それから起き出したクロエがトイレに行きたいと言いだして、それをアメリアに任せると部屋にリリーが入ってきた。
どうしたのだろうと思っている俺の前で、リリーはベッドの上に飛び乗った。
「昨日のこと気にしてるんじゃないかと思って来たの。アメリアに怒られたでしょ。あれは事情があったのよ。私の身体が発情期に入っちゃって、アメリアに慰めてもらっていたところだったの。だからアメリアはあんなに怒ったのよ。悪気があったわけじゃないからアメリアのことを嫌いにならないでね。私のせいで嫌われたら申し訳ないわ。最近のアメリアは貴方のことばかり考えていたのよ。それが心配だったんだけど、余計な心配だったと最近はわかったの。こんな事を言ってたなんてアメリアには言っちゃ駄目よ」
「な、慰めるって……」
「指でよ。なにを言わせるのよ」
そうか、それでアメリアはあんなに怒ったのか。
肩を見られて怒ったんじゃなくてリリーのために怒ったんだな。
でも俺はリリーにも言いたいことがあったのだ。
「それはいいけど、俺はお前を奴隷にして好き勝手したいなんて願望はないからな」
「そうなの。だけど私もカエデになら、そのくらいのことをされても許せると思えるようになったのよ。でもその気がないならいいわ」
なんだか告白されたみたいなことになって俺はうろたえた。
確かに、リリーだってアメリアのためを思って行動してきたのだ。
世間知らずなりに、同じく世間知らずなアメリアのためを考えて行動した結果だ。
俺に対して警戒が強かった理由もわかってよかった。
人の心がわからないから、今までにもそれで苦労してきたはずなのだ。
だから初めて合う俺に多少構えたとしてもしょうがない。
ペットではなく奴隷を連想させる首輪でさえ躊躇わずに付けてくれたのだ。
そんなリリーに俺はひどいことばかり言ってきたな。
なんで気付いてやれなかったのだろう。
俺はなんだかリリーのことが可愛く思えてきて、その小さな身体を抱きしめた。
「ちょっと、そんな事しちゃ駄目じゃない。発情期だって言ってるでしょ。変な気持ちになって来ちゃうわ」
もしかしたら俺はダレンよりも恵まれた環境にいるんじゃないだろうか。
孤独にさいなまれながら一生を終えるのかと絶望していた昨日の夜からは考えられないほど暖かい気持ちが湧いてくる。
暴れるリリーを抱え込んだまま、俺は二度寝に入るための体勢を整えた。
これで導入部分は終わりです。
丁寧に書こうと思っていたらやたら長くなってしまいました。
次から本編ですが、ある程度書けるまで更新は休もうと思ってます。
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