第36話 初級魔法
「ねえねえアメリア聞いて聞いて、散々大口を叩いておいて、馬のおしっこを呼び出した奴がいるのよ。信じられる? 散々私のことを頭が悪いとか心がないとか言っておいて、このざまなのよ」
もう召喚の儀式が終わって家で夕食を食べる段になっているのに、リリーは容赦なく俺のことをからかい続けている。
アメリアはお金のことについても責めずに、俺のことを慰めてくれていた。
だが俺は自分には魔法の才能があると浮かれていただけにダメージが大きい。
なまじっか優秀な召喚士に頼んでしまったので、こうなると言い訳のしようもない。
あれ以上の召喚士はいないというレベルを5人も集めて出てきたのがあれなのだ。
「リリーは俺に魔法の才能があるっていってたじゃないか。それなのにどうしてこうなるんだよ。リリー師匠には見る目がないんじゃないのか。俺のことばっか責めてるけど、リリーも俺に才能があるって言ってたんだぜ」
「魔法の才能はあるわよ。なぜかエルフの血を引くアメリアよりもあるでしょうね。だけど貴方に共鳴したのは馬のおしっこしかいなかったのよ。私の目に狂いがあるわけないじゃない。ただ貴方の性格の方に問題があっただけだわ。だけど結構素敵な精霊だったじゃない。貴方にとっても似合っていたわよ。どうして帰らせちゃったのかしらね。契約すればよかったのに」
リリーはアメリアの肩の上から降りて、俺の膝の上に飛び乗った。
そして俺の顔を覗き込んできて言い放った。
「馬のおしっこと」
俺はたいそう機嫌をよくしているリリーの頬を摘まんだ。
笑顔の猫というのも変な感じだ。
「思い上がっていてすみませんでした。もう二度と師匠のことを馬鹿にしたりしません。いい加減許してください」
これ以上いじられると本当に落ち込んでしまいそうだったので、俺は仕方なくリリーに謝った。
謝ればリリーだってさすがにこれ以上いじめないだろう。
「そうよ。いくらなんでもリリーは言いすぎよ。こんなに落ち込んで、カエデがかわいそうだわ」
「ろうひて顔をふまむのかひら。まあいいわ。もう十分楽しんだから許してあげる」
俺は焼きたてのパンをかじりながら、残りの時間は風呂作りに当てようと考えた。
共有スペースにはアメリアの作ったテーブルが置かれている。
椅子も切り株からちゃんとした物に変わっていた。
その間俺は風呂場作りに精を出していた。
落ち込んでる時は、なにか物作りでもして気分を紛らわせるのがいいと聞いたことがある。
俺は風呂でも作っていれば気分も紛れるだろう。
しかし落ち込んだ俺のなにが興味を引くのか知らないがリリーが俺をつけ回してくる。
たぶん落ち込んでいる俺を見て優越感のようなものを感じているに違いない。
「これがお風呂なの? ただの竈にしか見えないわ」
「こうやって外から火を炊いて水を温めると、この小屋の中も暖まっていい具合になるだろ。この小屋の中でお湯を浴びるんだよ。だけど、この鍋の中には入らないでくれよな。猫のスープが出来ても誰も喜ばない」
既に大きな鍋も買ってきて、竈の上に据え付けてある。
なるべく広く底が浅め鍋を見つけてきて、上にはめ込んだのだ。
小屋の出来はトイレとあまり変わらないが、中が暖まるにはこのくらいの大きさがちょうどいいだろう。
小屋の中が板の隙間から見えないように、すだれのようなものも買ってきて外に立て掛けてある。
あとはこの竈が出来上がれば完成だ。
俺たちの家は林にも近く、薪の方は贅沢に使えるのから風呂くらい余裕なのだ。
火は外から燃やすようにすれば、煙が中に籠もることもない。
床は枕木に板を打ち付けたすのこが敷いてある。
その下にはお湯を流すための溝もちゃんと作ってあった。
我ながら完璧なつくりだ。
こんな工作をしたのは子供の頃にプラモデルを作って以来だが、これが非常に楽しい。
作業をしていると嫌なことも忘れて、いいものを作ろうと夢中になれる。
あとは竈を乾かしてから空焚きを何度かすれば、もういつでも使える状態だ。
粘土が乾くまでの間、俺は小物作りに励んでいた。
桶も椅子も完璧に作ったし、着替えを置いておく棚も壁に付けた。
作業を終えるとちょうどいい時間だったので、浴場には行かずに寝た。
次の日もまた地下8階で宙をふらふら漂うゲイザーの相手だ。
「精霊は駄目りゃったのか、とりゃ残念だな」
ゲイザーの電撃にしびれながらダレンが言った。
敵に囲まれながら話すことに夢中になれる、彼特有の剛胆さだ。
ダレンは最近になって貯金を始めたそうで、質素に暮らしているという。
宿屋にある、あの最低の部屋に泊まっていると言うから驚きだ。
アメリアの影響を少なからず受けているのかも知れない。
ダレンは最近になってやっと俺とアメリアを区別できるようになった。
「そんな悪い部屋じゃねえよ。疲れて死んだように寝る部屋なんてどうでもいいことに最近気がついたんだ。ちょっと寒かったから部屋の中で焚き火をしようとしたら宿の親父が俺にだけ毛布を貸してくれるようになったんだぜ」
もちろんタダだと付け加える。
宿屋の親父も気の毒なものだ。
街外れの安宿に客を選ぶほどの余裕はないのだろう。
その日も夕方頃まで迷宮で過ごした。
俺の魔法剣の習得は振動で止まってしまっている。
地下8階でも冷気と振動だけでなにも困らないからだ。
換金を終えると2人で400シールほどの金が手に入る。
この金を、俺としては魔法剣の進化に充てたい。
「ひとまず精霊は保留にして、魔法を覚え始めない? 装備を買うのでもいいと思うけど、どうかな」
「そうね。カエデは精霊なしでも魔法を覚えられるんだから、初級魔法くらいならそれでもいいと思うわ」
「それなら私とカエデが講習を受けて、それをあとでカエデがアメリアに教えるのが効率的じゃないかしら」
あれからアメリアもワープゲートの魔法を使えるようになった。
俺が最低料金で魔法を覚えてしまったから、相当安くすんだことになる。
前衛の俺が後衛のアメリアよりも先に魔法を覚えるという、ちょっとおかしな状況だがそれが一番安くすむだろう。
「私はそれでいいわよ」
ふてくされた様子もなくアメリアはリリーの意見に賛成した。
俺たちはそのまま家に帰り、俺は乾いた風呂釜に薪を大量にくべて火を付けた。
これで粘土を焼けば風呂は完成する。
火の番をアメリアに任せて、俺はリリーと共に魔術師ギルドへのゲートをくぐった。
受付で一般魔法を教わりたい旨を伝えると、すぐに指導員の魔道士が出てきた。
攻撃魔法ですかと聞かれたのでそうですと答えると、指導員の魔道士は街外れへのゲートを開いた。
魔道士に続いてゲートをくぐると、開けた平地に崖が露出した場所に出た。
崖は魔法の試し打ちをしたであろう後がいくつも付いている。
「今日はどんな魔法の指導をお望みですか」
「そうですね。一般魔法のなかで、良さそうな攻撃魔法があればそれをお願いします」
「一般魔法はまだなにも覚えておられないのですか」
「ワープゲートと光源と治癒は覚えています。攻撃魔法は一つも覚えてません」
「なるほど、変わった順番で覚えたものですね。素質はあるようですから攻撃魔法もすぐに覚えられるでしょう。ではラヴァバレットを教えますよ」
赤く溶けた溶岩を相手に飛ばす召喚魔法だ。
魔道士が俺の前で使ってみせる。
そして魔法のイメージを教えてくれた。
召喚といっても呼び出した岩に熱エネルギーを付加するだけの魔法だった。
そのイメージは既に考えていたものだったので、魔法は一回で成功した。
「ああ、この魔法は既に習得済みでしたか。それでは次にバーストファイアを教えましょう。対象に当たると炎をまき散らす中範囲魔法です。使い勝手がいいですよ」
凝縮した魔力を命中と同時に弾けさせて炎に変える魔法だった。
この魔法もオリジナルで何度か使ったことがあったので、その規模を大きくするだけで成功した。
しかし、この成功で指導員の魔道士は怪訝な表情になる。
「いや、この魔法はオリジナルで何度か練習していたんですよ」
俺は空気を読んで言い訳をしておいた。
それでも魔道士は納得しないようで首をひねりながら次にファイアーボールの魔法を教えてくれた。
それも一回で成功する。
正当なファイヤーボールは爆発も起こすアメリアに教えた魔法のような技だった。
アメリアが使うのを何度も見ていたお陰で、俺は2、3回の練習で習得する。
だけどアメリアの魔法ほどの威力は出ていない。
「随分と凄い才能をお持ちなようで。いやもはや才能と呼んでいいのかというレベルですね。相当魔法を使ってこられたのでしょう」
俺はそうですねと言って誤魔化した。
氷で作り出した槍をキネスの上位魔法で発射するアイスランス、冷気の霧を呼び出すフローズンミスト、魔法壁を作り出すエレメンタルシールド、風に干渉の力を与えて操るレイスファングを二時間の講習で覚えた。
全て覚える頃には、相当の修行を受けてきた物だと考えて魔道士の男は納得したようだった。
特に躓くこともなく、俺は初級の攻撃魔法を一通り習得した。
中級魔法は講習料が高いので、今日は諦める。
上級魔法はそもそも使える人が少なすぎて、最近では講習もないそうだ。
初級魔法は覚えたところであまり戦力になりそうにない。
とりあえず俺は覚えた初級魔法をアレンジして魔法剣を強化することにする。
前衛で戦う俺には魔法をキャストするような時間はあまりない。
持続できる魔法剣のようなものの方が俺には合っている。
俺は講習料金を払ってから、リリーにお礼の串焼きを買って帰った。
かわいそうにリリーは買い食いしたことをアメリアにとがめられていた。
俺に無理を言って買わせたと思われたのだろう。
俺としては大人しくしていてくれたから買っただけだった。
そのあとは風呂用の竈を焼くための火を調整しながらアメリアに魔法を教えて過ごした。
魔法を習ったせいで浴場に行く時間はなく、タオルで体を拭いてその日は眠りについた。
これで風呂は完成するから、もう浴場に行くこともないだろう。
あの刺激的な空間を思い出すとちょっと惜しい思いもある。
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