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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第35話 精霊

 それから一週間ほど地下8階をダレンと回る生活を続けた。
 竈は完成して、今は風呂場を作っている。
 ダレンも一桁の足し算からは卒業して、二桁の足し算を習っていた。

「頭がパンクしちまいそうだ。こんな事覚えて何かの役に立つのかよ。いったいこれはなんなんだ。おいカエデ数字ってのはなんなんだ」

「数字というか、数学というのは自然を表記するための言語だそうですよ。だから覚えておいて損はないはずです。お金持ちになれます」

「よくわからねえが、金持ちになれるのか」

「それよりも、今日はそろそろ切り上げることにしましょう。今日は俺の精霊を召喚する予定なんですよ」

「おお、そりゃめでてえな。だけどどうやら精霊ってのは死体を前にして待ってるだけじゃ駄目みたいだぜ」

「ええ、召喚士にお願いして呼んでもらうつもりです」

 ダレンはなるほどなと言って頷いた。
 それで俺たちは地上に戻り、いつも通り換金してから召喚士ギルドへと向かう。
 下調べでは、一番高い召喚コースで2000シールほどかかる。

 その場で呼び出されたものを拒否すれば次の召喚は1200シールほどだ。
 一番高い召喚コースというのは腕のいい召喚士が5人ほどで呼び出しをやってくれる。
 それ自体に精霊の格を上げる効果はないが呼び出せる範囲では力の強い精霊を呼び出しやすくなる。

 これはほとんど無駄な金らしいがゲンを担いで高い方を頼むことにした。
 魔術師協会で聞いても、召喚士たちのやり方に批判の方が大きかった。
 それでも藁にでも縋りたい俺は高いコースを選んだ。

「いい? 精霊が現れたらちゃんと相手の要望を聞いてから契約するのよ。適当に契約したら、あとで向こうの要求が大変だったりするの。身の回りの世話だけで済まないこともあるんだから」

「なるほどね。ちゃんと確認してから契約するよ」

「どんな精霊なら契約するかは決めてあるの?」

「そうね。哺乳類であること、人懐っこい性格であること、大きすぎないこと、性格が大人しいことかな」

「ちゃんと考えてるのね。やっぱり火とか風の精霊にするつもりなの?」

「それはね、大地の精霊でいこうと思ってるんだ」

 どうせ味方にするなら女の子っぽい喋り方をしてくれた方が嬉しい。
 リリーが水の精霊だから冷たい性格をしている可能性も考慮して、俺は大地の精霊で行くことにした。
 しかし女好きとアメリアに思われたくないのでそこは誤魔化しておく。

「なんと言っても大地というのは偉大だからね。だって俺たちが今、宇宙に飛ばされずに一緒にいられるのも大地のお陰だし、空気があって風が起きるのも大地のお陰、水があるのも大地のお陰なんだ。生命が地上にあるのも大地のお陰なんだよ」

「そんな訳のわからない理由で、また私のことを馬鹿にするのね。どうして生命が大地のお陰なのよ。水のお陰だわ。あんまり私のことを馬鹿にすると破門にするわよ」

 俺が考えていた言い訳を述べると、それで馬鹿にされたと感じたリリーが怒り出した。
 俺としてはリリーだけは敵に回せない弱みがある。
 なので取り繕っておくことにした。

「そんな。馬鹿にしてるわけじゃないんだよ。ただ大地の方が偉大な感じがしてね。俺は水にも感謝しながら暮らしてるよ。リリー師匠にはもっと感謝しながら暮らしてるよ」

「それがわかってるならいいわ」

「でも火の方が攻撃に使えて冒険者には向いているし、風はカエデの魔法と相性がいいと思うわ。本当に大地でいいの?」

「いいのいいの。だって精霊の属性なんて────精霊の属性は術者の魔法にそれほど影響ないからね」

 リリーの目が細くなったので、俺は慌てて言い直した。
 魔法のアシストをする役目に置いては精霊の属性など小さなものだ。
 だから俺は大地の精霊でいくことに決めたのだ。

 それに火属性は迷宮で会ったエルフの男が連れていたが、かなりわんぱくで扱いにくそうだった。
 そのイメージでいくと風属性はさらに暴れん坊か、無感動で冷めてるかのどっちかだろうという感じしかしない。
 その点で大地には心配がなくていい。

 上手くごまかせたなと思いながら俺は召喚士ギルドの入り口をくぐった。
 中で受付に一番高いコースを申請した。
 前金で2000シールを払う。

 それで召喚士が5人ほど出てきて、俺たちは街外れの召喚場所へと向かう。
 儀式を行うのであろう神社のような建物がある場所へと案内された。
 そこで石段の上に火が炊かれ、魔方陣を囲むようにして召喚士が並んだ。

「それでは今から精霊を呼び出します。ご希望は大地の精霊ということでよろしいですか」

 その言葉におのずと緊張が高まってくる。
 俺はそれでお願いしますと答えた。
 召喚士たちは皆それなりの年齢で、頼もしい感じがする。

 俺は魔方陣を囲む召喚士の輪に加わるように言われたので、その輪の中に入った。
 精霊に力を貸してくれと念じるように言われたので、その通り念じた。
 あまりに本格的な雰囲気に俺は少し気後れする。

 ここまで大がかりなことをやって変なのが呼ばれた日には目も当てられない。
 俺は必死で力を貸してくれと念じた。
 まるで回り念仏のような召喚士たちの詠唱が始まった。

 5人の詠唱が重なり合って本当に凄いことが起こりそうな雰囲気がある。
 しばらくして魔方陣が輝き始めた。

「力のある存在を感じます。これは期待できますよ」

 召喚士のひとりが俺に言った。
 思わず、お前は詠唱を途中で止めて平気なんかいと突っ込みそうになってしまった。
 上の空ではなく、是非とも全力でやってもらいたい。

 そして魔方陣の光がひときわ強くなり、俺に共鳴したという精霊が現れた。

「ごんにじば~。おでばねーおでばねー、どでもじがらのばるぜいれいなんだお。よどじぐおねごいじまず~。ぜじどもげいやくじでね」

 現れたものを見て、誰もが言葉を無くした。
 現れたものは、そう、わかりやすく言えばヘドロスライムといった感じだ。
 黄ばみがあって、前に馬小屋で見た小便の水たまりに似ている。

 こんなものに精霊が宿ることがあるのだろうか。
 一応喋ってはいるのだが、ほとんど何を言ってるのかわからない。
 そんななりで一体どうやって声を出しているのか、むしろ声が出ていることに奇跡的なものを感じる。

「すいません。チェンジでお願いします」

「ぞんばあ~」

「すみません。精霊様、どうか今回はお引き取りください」

「え゛え゛~」

 召喚士の言葉にヘドロスライムは消えていった。
 ヘドロスライムがいたところは嫌な感じで汚れが残っている。
 本当に馬の小便に憑依した精霊じゃないだろうな。

「おかしいですね。確かな手応えを感じたのですが。これではちょっと我々としても手違いがあったかもしれませんので次は安くしましょう」

 むちゃくちゃ納得できないが、次は800シールの追加料金でもう一度呼んでくれることになった。
 そしてもう一度詠唱が始まる。
 俺はまともな精霊様、まともな精霊様と心の中で繰り返した。

 そして次の召喚で現れたのもヘドロスライムだった。

「おでばおばえがぎにいっだ。おでとげいやぐしでぐれ」

「そういわれても……、悪いけどまたの機会と言うことで……」

「どうじでだよ~」

 そう言いながらヘドロスライムはまた消えていった。
 さすがにもう一度頼むお金は残っていない。
 いくらなんでも、もうちょっとまともに喋れないと俺も嫌だ。

 向こうは俺のことを気に入ってくれたようだが、いくらなんでもだ。
 心は痛んだが、帰ってもらうしかない。
 俺はもうしばらく精霊なんか呼び出したくなかった。

「こんな結果になって申し訳ありませんでした。確かに力のある存在を呼んだはずなのですが、何故かあんな水たまりみたいなものが召喚されて来たのか我々にもわかりません。気を落とさないでください。次こそはきっとすばらしい精霊が現れてくれることでしょう」

 本当にこいつらに悪気はないのかと、俺の中に疑う気持ちが起こる。
 まさか金儲けのために変なのを呼び出してるわけじゃないよな。
 それとも、もしかして俺には魔法の才能がないのだろうか。

「私はあの状態で喋れていることに力の大きさを感じますが、さすがにあれを連れて歩くのは嫌でしょうね。次に期待するしかありません」

 召喚士のひとりが慰めのつもりかそんなことを言う。
 だいたい同じものを二回呼び出しておいて、どうして二回分の金を払わせるのか。
 魔術師協会の言う通り、かなりあくどい商売じゃないのかと思える。

 ああ気が重い。
 後ろにいるアメリアたちの方を振り向くのが嫌だ。
 2人と1匹で一週間掛けて稼いだお金を使って呼び出したのがあんなものだったのだ。

 なにを言われても、どんな罵声を浴びても大人しくしていようと心に誓いながら振り返った。
 そしたらアメリアの肩の上で、今まで見たこともないような笑顔を浮かべたリリーがいた。
 そういえば散々馬鹿にしてたっけかと苦々しい思いでその笑顔の前に立つ。

「ちょっと上手くいかなかったよ」

「ちょっと! ちょっと、ですってアメリア! ちょっとどころじゃなかったわよねえ。ねえねえどんな気持ち? 今まで散々私のこと馬鹿にしておいて、自分の呼び出した精霊が言葉もまともに喋れないなんて、今、どんな気持ちなのかしら!?」

「く」

「く?」

「くやしいれす|(^q^)」

 俺は本気で悔しくてこんなごまかし方しか出来なかった。
 俺は思い上がっていたのだろうか。

「なによその顔! 馬鹿にしてるなら引っ掻くわよ」

 俺の対応にリリーは容赦なく殺気立った。
 アメリアの肩から身を乗り出して俺の頬に手を添える。
 本気で落ち込んでいるというのにリリーは容赦してくれる気がないようだった。
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