第33話 地下8階
朝起きると隣の部屋から衣擦れの音が聞こえてくる。
壁が薄いからアメリアの部屋からも明かりが入ってきている。
それでも何をしているかまではわからない。
俺は外に出て顔を洗い歯を磨いてから部屋に戻って装備を身につけた。
それが終わるとアメリアがお湯を沸かしていたので、俺も切り株の椅子に座る。
「寝癖がひどいわよ」
そう言って、アメリアが笑いながら水を付けて寝癖を直してくれた。
俺はまだぼーっとする頭でストーブを眺めていた。
「やっぱり夜になるとちょっと寒いよね。冬になったらヤバそうじゃない?」
「すきま風は何とかしないといけないわね」
朝ご飯を食べてから俺はアメリアをつれて待ち合わせの場所に出た。
昨日の竜人とあった宿屋兼酒場の裏手だ。
そこには約束どおり竜人があくびをしながら俺たちを待っていた。
俺はすぐに地下6階にある地下7階への階段の近くへとゲートを開いた。
竜人はなにも言わずにそのゲートをくぐる。
俺もアメリアもそのあとに続いた。
「おう、ワープゲートまで使えるのか。やるじゃねえか。そんじゃ、さっさと魔物を切り倒しに行こうや」
「その前に自己紹介を……」
とアメリアがおずおずと言った。
どうもアメリアは人見知りする質らしく声が小さい。
「ああ、それもそうだな。俺の名前はダレンだ」
それを受けて俺とアメリアも名乗った。
しかし俺たちの自己紹介などろくすっぽ聞かないで、さっさと敵を倒しに行くぞとダレンは張り切っている。
俺が先導するとダレンは舌なめずりをしながら付いてきた。
しばらくしてアルスタジアが5匹ほど現れた。
ダレンはそのまま真っ直ぐ敵の群れの中に入り込んだ。
そのまま足を止めて斧を敵に向かって振り回す。
その攻撃はアルスタジアの腕に当たって火花を散らせた。
その攻撃が防がれていることを意にも介さずに斧を振り回し続けている。
俺は敵が群がったダレンの回りでアルスタジアの首を落として回った。
「ちくしょう、手応えのねえ奴らだ。こんなに簡単ならもっと早く地下6階まで来ればよかったぜ。おっ、これが噂の鉄塊か」
俺やアメリアの働きなど見ていなかったようで、ダレンは全部自分が倒したつもりでいる。
それならそれでいいだろうと俺はなにも言わなかった。
しかし敵が弱すぎる気もするので、今日はもう少し下を目指してみる。
皆が地下5階を避けるので地下4と地下6は人が多くなる。
人が多くなれば魔石も小さいものが多くなるし、人を避けるのも大変になる。
それに地下7階まではこれまでと魔物の種類が変わらないので、アメリアの魔法では威力が大きすぎてもったいない。
そのまま俺たちは7階を通り8階まで降りた。
ここからはゲイザーという一つ目の魔物が現れる。
こいつが落とす魔結晶は腕の立つ冒険者にとって一番の収入源だ。
ここから先の魔物は魔法のようなものを使ってくるので、腕の立つ冒険者以外は地下7階より下にはあまり行かない。
ゲイザーも精神を疲弊させるような干渉魔法を使ってくる。
目を合わせるとなにか心の中が削れていく感覚がある。
俺はなるべく目を合わせないように、エリアセンスだけで敵を知覚して戦う。
ダレンは体だけじゃなく精神も頑丈に出来ているのか、平気で戦っていた。
しかし頑丈なだけじゃなく、そこそこ攻撃力も高い。
もうちょっと攻撃が当たれば立派な戦力になる。
しばらくして昼時になったので、俺たちは昼休憩を取ることにした。
昼食の間、アメリアとリリーが一生懸命ダレンに足し算と引き算を教えている。
今日は何体倒したかという話になって、そんなことわかるもんかとダレンが言い出してこういうことになった。
足し算と引き算が終わったら、俺がかけ算と割り算でも教えるかと考えて、ふとアメリアたちはかけ算やわり算が出来るのか疑問に思う。
ちょっと聞くのが怖いので触れないことにした。
そのあともまとめて敵が出てきたらアメリアに任せて、細かいのは俺とダレンで始末していった。
しばらくするとダレンも戦いながら口数が多くなってくる。
「俺はいつかハーレムを作るのが夢なんだ。そいつらと一緒にパーティーを作って迷宮に入るんだ。ぐへへへ」
「あまり感心できない夢ね」
リリーの言葉にもダレンに気を悪くした様子はない。
さっきも馬鹿ねえと言われて、そんな台詞は聞き飽きてるぜと返して平気な顔だった。
「今まではどんなに稼いでも金が貯まらなくてな。ここで稼いでいればその金も貯まりそうだ。それにあんたらは腕が立つから、なおのこと好都合だ」
ダレンは俺の腕に関しては良くわかっていないが、アメリアの魔法にはやたらと感心していた。
魔法で敵を吹き飛ばしているのがわかりやすい活躍に映ったのだろう。
しばらく話していて、ダレンは馬鹿と言うよりは細かいことどころか大きな事も気にしない豪快すぎる性格をしているだけだと気がついた。
「奥さんはしっかりした人がいいわよ。特にお金使いが荒い人は堅実な人を選ぶべきだわ。それにお金が必要なら質素な生活が一番よ」
ダレンはそうかも知れねえなといってアメリアの言葉に顔をにやけさせる。
どうも人生設計が既に出来上がっているようで、それほど長くは一緒にやれなさそうだ。
算数が出来ないと貯金も計画的なお金の使い方も出来ないと聞いたことがある。
足し算引き算さえ覚えればお金はすぐに貯まるだろうから、そうなった時はお別れだろう。
午後も午前中と同じように過ごして、俺たちは夜になって探索を切り上げた。
ワープゲートでギルド支部の近くの路地裏に出る。
ダレンは戦利品を持ってギルドの建物に入っていった。
俺たちはギルドの空気が気に入らないんだと言って、この役目を彼に預けている。
それでダレンは金の入った袋を持ってギルドから出てきた。
「パーティーメンバーも一緒に来てくれないとランクが上がらないとか抜かしやがるから、俺ひとりでこんだけ出したことにしといたぜ」
「それでいいですよ」
俺はダレンから金の入った袋を受け取って中身を数え、その1/3をダレンに渡した。
儲けは一人頭254シールだった。
階層を2つも下げただけあって、三人になっても稼ぎはそれほど落ちていない。
「おう、三人で分けたらちょうどこんなもんだな。それじゃ明日も頼むぜ」
まさか一瞬で三等分できたなんて夢にも思っていないダレンは、目分量と判断しても文句もないようだった。
しかしまさかの一言がアメリアの口から出た。
「面倒でもちゃんと分けないとよくないと思うわ。こういうのは揉め事のもとなのよ」
「まさか、ちゃんと三等分したよ」
アメリアは俺の言葉に驚いたような顔になる。
その様子に俺の方が驚いてしまった。
家に帰ってからもご飯を食べ終わるまで計算の仕組みを詳しく聞かれた。
「やっぱりカエデって不思議なところがあるわね。そんなに計算が出来るなら商人なんてどうかしら」
「そうよ。それがいいわ。貴方はその才能を活かして商売を始めなさいよ。アメリアを看板娘にして貴方が店主、私は泥棒が来ないように見張りをやるわ。ぜひ食べ物を扱うお店にしましょう。倉庫でネズミの番も私がやるわ」
「俺はこの世界にある物の相場も知らないんだから無理だよ。それよりはまだ魔法の才能に賭けた方がいいと思うね」
「それならいい召喚士に頼んだ方がいいわ。高いかも知れないけど魔法使いとしてどうなるかは精霊で決まるの」
「そうね。私くらい高位の精霊を見つけられたら冒険者としても成功するかもしれないわ。貴方に合う精霊がどんなものかはまだわからないけどね」
「そっちは、とりあえずリリーよりは愛想のいい精霊が出てくることを期待するしかないね。できれはリリーよりも格の高い精霊に出てきて欲しいよ」
とりあえず性格だけでもリリーよりマシなのを願いたい。
とにかく高位であれば頭もいいそうだから、そこに賭けよう。
リリーに悪意はないのだが一々言葉が突き刺さるようなのは嫌だ。
「私よりなんて軽く言ってくれるわね。変なのが出た時にはたんと馬鹿にしてあげるから覚悟しておきなさい。家の次は貴方の精霊を買うのよね。楽しみだわ」
「よし、街で一番高い召喚士に頼もう。マジでとびきり腕のいいのを探すよ。そしたらリリーがぐうの音も出ないくらいのが呼ばれてくるんじゃないか」
「そう簡単にはいかないわよ。召喚士に呼び出される精霊は貴方に共鳴したものしか呼び出されないのよ。召喚士の腕がよくても、その中で一番優秀そうなのが出てくるだけよ。候補に挙がらないものは、どんな召喚士でも呼び出せないわ。せいぜいまともに口がきけるくらいのを予想しておきなさい」
確かに期待しすぎてて変なのが出てきたら、さぞショックだろう。
見た目の問題は他の依り代に移せば解決できる。
いざとなれば街で拾ってきた動物の死体か何かに移すのでもいい。
それでも猫だけは絶対選ばないようにしようと決めてある。
リリーを見ればわかるが、猫は絶対に人になつかないのだ。
そういう部分で精霊は依り代の性質を受け継いでしまう。
しかし、喋ることも出来なかったらと思うと怖い。
精霊というのは、どんな時でも契約者の味方になってくれる精神的にも大切な存在だ。
それが喋ることも出来ないとなったら、俺は寝込むかも知れない。
迷宮で見かけたエルフの男は小さなトカゲを連れていた。
その精霊も2歳児くらいの喋り方しか出来ていなかった。。
街で見かけた野良の精霊もそうだが、リリーほどしゃべれる精霊というのは少ない。
街角などで人に紛れて生活しているような動物もいるのだ。
最初は何事かと思ったが、それが精霊だとあとでわかった。
畑にも農家が契約している喋って動くカラスみたいな鳥がカカシのかわりをしてたりする。
あまりやらないそうだが、そういうのもありなのかとかなり驚いた。
やはり目標は喋れる哺乳類だろう。
小鳥というのも見た目が癒やされていいかもしれない。
まあやってみるまではわからない。
俺はちょうどいい時間になったので浴場屋にワープゲートを開いた。
そこでお湯を浴びて帰ってきて、アメリアと竈作りをしながら科学の授業をやって寝た。
そろそろ本格的に夜は冷え込むようになってきたので、俺は夜中に何度も寒さに起こされてストーブに薪をくべた。
空いた時間を見て壁にはもう少し板を打ち付けた方がいいようだ。
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