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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第29話 達人

 アメリアが俺の腕を掴んだ。
 その手が震えている。
 そんな俺たちを見てブランドンの奴は満足そうに笑った。

「アメリアをどうする気だ」

 自分でも驚くくらい冷めた声だった。
 こんな奴ら人間とも思えない。
 話しているだけで魂まで汚されているような嫌悪感がある。

「もちろん私が十分に楽しんだ後、運良く死なければ娼婦として売られる事になるだろう。そんなことをお前が心配してどうする。お前はここで殺されるんだぞ。命乞いでもしたらどうだ」

 ブランドンが薄ら笑いでアメリアに下卑た視線を向けている。
 隣にいる魔術師の男もどこか楽しそうだ。
 こいつらはこういうこと自体が好きなのだろう。

「お嬢ちゃん、その男から離れな。それとも恋人と一緒にここで死ぬかい?」

 この男たちに緊張の様子は見られない。
 こんな事に手慣れているなんて、本当にふざけてる。
 どうやら、この2人を前にしてワープゲートの魔法を使うのは無理そうだった。

 隙のない2人に睨まれていては、魔法を使うそぶりを見せただけで殺されるだろう。
 さすがのリリーもこの状況に怯えているのか声もない。
 見ればアメリアは泣いていた。

 その目で俺を見てごめんなさいと言っている。
 アメリアが謝る事なんて一つもない。
 親切にしてこんな目に遭うのなら周りが間違っているだけだ。

「もういい。こいつは寝ぼけたような顔しやがって。つまらんから男の方は殺せ。女には傷を付けるなよ」

 ブランドンに命じられて、薄ら笑いの魔道士の男が俺に手の平を向けた。
 そこに魔力の高まりを感じる。
 離れていても、そこに集まる魔力の量の多さがわかる。

「無駄な抵抗はやめておけ。女が怪我をするだけだ。お前に勝ち目はない」

 俺の右側にいた剣士の方がそんなことを言った。
 確かに魔法勝負じゃ勝ち目がない。
 このままじっとしていれば俺はゲイツの魔法によって殺されるだろう。

 その俺とゲイツの間に、アメリアが俺を庇おうとして割って入った。
 こんな時でも自分を見失わない本当に強い子だ。
 そのアメリアを俺は突き飛ばした。

 突き飛ばしたことをあとで謝らないといけない。
 あとこんな状況になってくれたことを神様に感謝しなくてはならない。
 俺だって、ただ間抜けなだけの男じゃない。

「魔法を止めろ。この距離なら俺には絶対に勝てない」

 刀の鯉口はすでに切ってある。
 アメリアを突き飛ばす動作に紛れて腰も落としてあった。
 あとは俺に人を殺すだけの胆力があるかどうかだ。

 俺の言葉に魔法を使おうとしていた男が首をかしげる。
 何を言ってるんだという態度だ。
 魔法は手首を切り落としたくらいじゃ止められないだろう。

 首を狙う必要がある。
 右側に立っている剣士の方を始末したあとは、返す刀で魔道士を狙う。
 魔法など使う暇は与えない。

「やめろゲイツ。こいつの言ってることは本当だ」

 俺が殺気を向けていた右側の剣士が叫んだ。
 男の目は驚愕に見開かれている。

「何を言っている。こいつはただの素人だと報告があったんじゃないのか。どうした。どういうことだか説明してみろ」

 ブランドンの言葉にも剣士の男は俺に向けた視線を外さなかった。
 体も微動だにしていない。
 剣士の男は、そのままの体勢でブランドンの質問に答える。

「確かにそういう報告を受けました。しかしこいつの構えにはヤバいもんがある。こういう構えをする奴は今までにも見たことあるが、絶対、敵には出来ない奴らだった。何十年も戦いのことばかり考えている奴らと同じだ」

「見たことない構えだぜ」

「形のことじゃない。ゲイツ、死にたくなかったら魔法をやめろ。報告をしてきた奴らが見た時は新しい武器の練習中か何かだったんだ。こいつが素人だなんてとんでもない。間違いなく戦いのプロだ」

 日本なら昔は侍の右側には絶対に近寄るなと言われていた。
 こいつらにそんな常識がなくて本当によかった。
 一番危ない剣士の男が俺の右側で腕なんか組んでいたのは幸運だ。

 爺ちゃんの道場に通って、これだけは25年間休まずに続けてきた。
 伝統的な練習方法で、25年間、一日も休まずに続けてきたのだ。
 こいつらがたとえどんな天才でも、この距離で対峙したなら俺に負ける道理はない。

 剣を抜いてもいないこの男の首など、絶対に一発で落とすだけの自信があった。
 俺はここ一番の集中力で剣士の動きに留意しつつ、アメリアに話しかけた。

「アメリア、俺を助けてくれた時の魔法を」

 俺は目の前の男から視線を外さずに言った。
 少しして、視界の外でブランドンとゲイツの倒れる音がした。
 そのあとに光の玉が飛んできて剣士の男に当たった。

 一番危険だったローと呼ばれた剣士の男が地面に転がって、俺は深く息をついた。
 ここでこいつらは殺しておいた方がいいのかもしれない。
 だけどそれをしたくないという、それだけの理由でやめておいた。

 かわりにブランドンの顔を思い切り蹴飛ばしておく。
 鼻の潰れる音がしていい気味だ。
 俺はワープゲートの魔法でいつか洗濯に訪れた森へと繋いだ。

 突き飛ばしてごめんねと言って俺はアメリアを引き起こした。
 そして2人でゲートをくぐって、それを閉じる。
 まだ放心状態のアメリアのフードの中にリリーがいることを確認した。

 ちゃんと逃げられたみたいだ。
 俺は切り倒された丸太を見つけて、その上にアメリアを座らせた。

「いったいどういうこと。あれは何をしたの?」

 アメリアの困ったような瞳が俺のことを見上げる。
 まずは何から説明したものか。

「あれは居合いって言ってね、剣を抜いて攻撃する剣術のようなものなんだ。俺は爺ちゃんに小さい頃から習ってたんだよ。だからあの距離なら俺の攻撃を奴らに防ぐことは出来ないんだ」

「どうしてそれを今まで使わなかったのよ。そんな武術を使えるのに内緒にしていたなんておかしいわ。最初に会った時から、妙に余裕のある物腰が不思議だったのよ。あいつらも貴方のことを戦いのプロだって言ってたわ」

 リリーがアメリアのフードの中から飛び出してきた。
 こいつにはまだ秘密にしておきたかったが仕方ない。

「これが武術だったなんて、俺だってさっき思い出したくらいだよ。戦いに使おうとしたのもこれがはじめてだし。こういう幅の狭い曲がった剣じゃないと使えないんだ。それに鞘から抜いちゃったら素人と変わらないよ。あくまでも最初の一撃だけの武術なんだからね。秘密にしてたのはしょうがないだろ。剣を鞘から抜くのが得意です、なんて言ってたら絶対に馬鹿にされてたからな」

「なによそれ。抜いたらただの素人だなんて、そんな武術おかしいじゃない。どうしてそんな役に立たないものを習っていたのよ。ちょっと色々おかしくて怪しいわ。やっぱり一緒にいるのは危険なのよ」

「ち、違うって。これ以外は本当に素人だよ。剣道も習っていたから、細身の両手剣ならもう少し戦えるかもしれないけどさ」

 剣道の竹刀は左手だけで振っているようなものだから、右手のみの片手剣では勝手が違いすぎる。
 だから力を隠してたわけじゃなくて、本当に素人なのだ。

「じゃあ、さっきの奴らは何を恐れていたのよ。もの凄く貴方のことを怖がっていたわ」

「それは……たぶん、構えの雰囲気じゃないのかな。俺にも覚えがあるんだけど、こう、達人の構えってのは、体のどこにも力が入ってなくて独特の感じがあるんだよ。それをあの男が見たことあったんだと思う」

 俺にも覚えがある。
 爺ちゃんの構えがまさにそれだった。
 長くやってると体から余計な力が抜けていくんだ。

 俺もそんな域に入っていたかと思うと感慨深い。
 体に無駄な力が入っていると思うようには振れなくなるし、動きも遅くなる。
 剣を早く振るために、出来るだけ力を抜かなければならないんだ。

 20年以上もやってきて、それに気がついたのは数年前だ。
 正確さと早さを追求すればスポーツだってなんだって全力で力んだら結果は出ない。
 必要最小限の力で正確に体を動かすことが必要になる。

「アメリア、私はやっぱりカエデが怖いわ。一緒にいるのはやめましょう」

「そんな。カエデは助けてくれたのよ。それにさっきのことだってカエデはずっと反対してたじゃない。何をそんなに怖がっているのよ」

「実はね。さっきのブランドンって男がアメリアを見ていたような汚らわしい目で、最近、私のことを見てくるの。いつか私にもあんなことをしようと考えているんだわ」

「ちょっとまてよ。まったく身に覚えがないぞ。いつそんな目で見たんだよ」

「いつも科学を教えるとか言って、私の体を見てたじゃないの」

「違うって、あれはお前がアメリアの太ももの上に────あっ、ちょ、ちょっと待って……ちょっと待ってよ。そんな目で見ないで、マジで傷つくってば! しょ、しょうがないんだって、男ならしょうがないの」

「あら、また評価を下げたのかしら」

「お前が下げてるんだよ!」

 俺は声を裏返しながら叫んだ。
 もう本当にこういうのはやめて欲しい。

「足くらい見てもいいわ。ありがとう。今日はカエデのお陰で助かったわ。本当に怖くて私もう駄目かと思っちゃった。本当にカエデがいてくれてよかった。それにカエデも無事でいてくれてよかった」

 アメリアがまたぽろぽろと涙をこぼし始めた。
 なんだかアメリアの泣いてるところを見てると俺まで悲しくなってくる。
 俺は見ていられなくなって、アメリアのその小さい頭を胸の中に抱きしめた。

 それで俺はアメリアが泣き止むまでずっとそうしていたのだ。
 日が暮れてきたので、俺たちはとりあえずこれからのことを考えなくてはならない。
 王都はそれなりに広いし、それなりに人口もいる。

 それでもブランドンが本気で探そうと思ったら逃れるすべはないかもしれない。
 この街を去るにしても残るにしても、ギルドと関わればすぐに居場所を見つけられてしまうだろう。
 俺たちがギルドに売っていたものから地下5階で狩りをしていたことまで割り出されているのだ。

 もしここに残るとしたら、代わりの誰かにギルドで売ってもらう必要がある。
 ギルドは迷宮管理組合のようなものだから、冒険者が一般の商店に売るのは御法度だと思われる。
 そうなるとブランドンに顔の割れてない第三者が必要ということだ。

 今まで使っていた宿ももう使えない。
 王都は円形の都市である。
 今までいたところの反対側にある初心者向けの宿に変えるというのはどうだろうか。

 さすがにあの男がそんな子供だましに引っかかるわけないな。
 その一点で、俺はその考えを諦めた。
 ここに残るなら宿屋を使うのは危険すぎる。

 あんな場所に俺たちをわざわざ芝居までうってまで連れ込んだのだ。
 さすがに街の中では派手なことをしてこないだろうと思う。
 あいつは一体何を恐れてそんなことをしたのだろうか。

 とりあえずの問題は迷宮の中にいる時に狙われることだ。
 面倒なことになったものだ。
 今日から数日くらいなら泊まる宿を毎日変えるだけで何とか誤魔化そう。

 そのあとのことはアメリアと相談して決めるしかない。
 なるべく動きを探られないようにしようと方針を立てた。
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