第26話 家
今日は買い物の予定しかなかったのでいつもより遅めに宿を出た。
店が開く時間を少し待ってから、目を付けていた店に入る。
最初に木で出来た丸い板に、鉄の輪っかを付けたような盾を買う。
そして膝上まである俺用のブーツも買った。
これは膝の所に鉄板が打ち付けられている、ちょっと高いやつだ。
そして厚手のグローブのような肘まである手甲も買った。
海賊がかぶってそうな革と布の帽子も安かったので買う。
どれも革が新しく、馴染むまでには時間がかかりそうだ。
俺の装備の合計は480シールほどだった。
次の店でアメリア用に厚手の白いPコートのような上着と白地にファーが付いた暖かそうなケープを買う。
黒い革の手袋と布の帽子、革の胸当ても買った。
上着の素材が厚手で柔らかいので尖ったものから以外は守ってくれるだろう。
それだけ買って320シールほどのお金を払う。
「それじゃ、家を建てる場所を決めに行きましょうか」
俺たちは王都を通る川の上流の土地に向かった。
路上販売の通りを抜けると、バラック小屋の建ち並ぶ場所に出る。
その先に畑と小屋がポツポツとある区域があった。
その一番端の所に、良さそうな土地が開いているのを見つける。
木が切られているのは薪にするために誰かが伐採したのだろう。
切り株がそこかしこにあるので、これは引っこ抜かないと家は建たない。
川はこの辺りから細いU字溝のような水路でいくつにも別れて王都に流れている。
近くで畑の片付けをしている人に聞いてみると、これはトイレを流すための水だそうだ。
話し好きで親切なおじさんは、わざわざ自分の作ったトイレも見せてくれた。
これがかなり酷いもので、水路の上に小屋をのっけただけでトイレと言い張っている。
出したものは水路に流すという、これ以上ないくらい原始的なものだった。
魔法があるので上水道というものはこの国に必要ないようで、この水路が下水道というわけである。
この最上流で流した排泄物は王都を通って海までつながっているのだろう。
宿のトイレは水たまりのようなものの上に排泄して、それを水でどこかに流すというものだった。
この水路の下流に行くにつれ、そういった工夫が必要になるのだ。
俺は一つの水路の上にトイレを立てて、その近くに家を建てるのでどうかとアメリアに提案してみた。
アメリアはそれでいいというので、俺たちは家を建てる予定地を棒で線を書いて決めた。
間取りは四角い家の中をT字に区切って、それぞれの部屋と共有の台所にすることにした。
取り合えず、予定地の上にあった切り株をキネスの魔法で引っ張ってみるがびくともしない。
アメリアがキネスオーブで周りの土を掘り返して、それでやっと動き始める。
俺は剣で細い根っこを切り離し、それで何とか引き抜くことができた。
掘り出した切り株は予定地の脇に放り出しておいた。
そのままアメリアと2人で切り株の掘り出しを続ける。
4つほど掘り返したところで昼時になったので中断して手を洗った。
その場でお茶を沸かしていつものパンを食べる。
森の中からは小鳥のさえずりが聞こえ、何とものどかな立地だ。
午後もまた切り株を抜くのに精を出した。
「ふう、疲れたわね。そろそろ帰りましょう。切り株はこれでいいと思うわ。あとは整地して石を買ってきて敷き詰めるの。その上に柱を立てて壁を打ち付けて、屋根を乗せれば完成よ」
「そんないい加減なことで冬が越せるのかな。アメリアの考えは甘すぎると思うよ。こういう針葉樹林帯の冬は寒いからね。少なくとも外の壁は二重にしよう」
「私のこと馬鹿にしてるの?」
「してないって。意見を言っただけじゃないか」
アメリアは最近ちょっとわがままみたいなことを言ったりする。
信用できる人が今まで周りにいなかったから、その反動かなと俺は思っている。
こんな事を言い出すアメリアも十分にかわいい。
「そう、でもちょっとのあいだ住めればいいくらいの家じゃもったいないものね。なるべく長く使えるものにしましょ。宿代を節約できればすごくお金も貯まりやすくなると思うわ。冒険者はね、最初に装備や魔法にお金を使うのがいいそうよ。だから、そのお金で魔法を沢山覚えるの。カエデは装備の方がいいわね。だからいいものを作りましょう」
「いいも悪いも、どうせ出来るのは掘っ立て小屋なんじゃないの。俺としては床は欲しいよね。アメリアの家みたいに床は地面ってのはどうかと思うんだ」
「部屋くらいは板張りにできるかもしれないけど、竈やストーブを置くところはちょっと無理よ。あまりわがままを言わないで地面で我慢出来ない?」
やはりそうなるのかと、ちょっとがっかりした。
素人が作るとなれば床を浮かせるのは難しいと思っていたのだ。
アメリアが住んでいた家も床は切り出したタイルのような石が敷かれていただけだった。
「じゃあ床は我慢するよ。でもこの大きさだとベッドを置いたら部屋の半分は埋まっちゃうよね。テーブルとか椅子を置くスペースもないよ」
「贅沢を言わないの。屋根があるだけでもありがたいと思わないとだめよ。まずは下に敷き詰める石を買うところからね。これはカエデのワープゲートがあれば簡単に済むはずよ」
「石なんて買わずに済ませられないのかな」
「きっとそんなに高くないから買った方がいいわ。私はお父さんが鶏小屋を作るところを見たことがあるの。だから私の言うことを聞いていれば間違いないわ」
鶏小屋ねえ、と思いながら俺はいつもの宿屋の前につながるワープゲートを出した。
まあ1、2年も住めたら大成功くらいの気持ちでいよう。
それだって宿を取るよりはずっと安上がりに済むのだ。
俺たちは宿をとって、二人分のお湯も頼んだ。
暇になったので俺は部屋で買ってきた装備を取りだし、全部身につけてみる。
固い革で出来た籠手はかなり握り込むのに力が必要だった。
これは馴染んでくるまでかなり辛いのではないかと思う。
俺は盾と剣をもって攻撃をする真似をしてみた。
やはり少しぎこちない。
しかもかなり滑るので、どうしようかと思案して俺は水に濡らして滑り止めにしてみた。
それでなんとかまともに剣を振り回せるようになる。
「あら本格的ね。部屋の中で一体何と戦っていたのかしら」
「うるさいと思ったらそんなことをしていたのね。部屋の中でそんな物を振り回して、貴方、頭の病気なんじゃないの。怖いわ。私たちは敵じゃないのよ。剣は納めてくれないかしら」
いつの間にか開いていたドアの隙間から、一人と一匹が俺のことをからかっている。
俺は恥ずかしくなって、装備を全部外して普段着に着替えた。
まったくノックもしないで、マナーがなってない。
俺は2人を招き入れて、今日の分の科学の授業を始める。
が、しかしその前に言っておかなければならないことがある。
「なんだか2人の性格の悪さに似たところがあるような気がするんだよね。精霊って飼い主に似るとか言われることがあるでしょ。最初は正反対の2人だと思ってたけど、最近はいいコンビだなって思うよ。嫌味を言うタイミングも息がぴったり合ってたし」
「飼い主じゃなくて契約者よ。どうして貴方はそんなことも覚えていられないの」
「自分だって私のことをからかうのに、ひどい言い草ね」
「待ちなさいよ。私と似ていると言われたことがどうしてひどいの。アメリアも最近は変わってしまったわね」
「えっ、そ、そんな意味じゃないのよ。ごめんね、リリー」
「ホント、リリーはいい性格してるよな。誰彼構わず噛みついてさ。さっきの嫌味も大したもんだよ」
「失礼しちゃうわ。私は嫌味なんて言ったことがないのよ。思ったことをそのまま言ってるだけだわ。それに私に対してそんなことを言っていいのかしらね。私には人の考えがわかる能力があるのよ。貴方の考えていることも希にわかる時があるわ。精霊にはそういう力があるの」
「普段のアメリアってどんなことを考えてるの?」
「それは話せないの。話したら私はマナの供給を断たれて動けなくなったところを、一本一本、全身の毛をむしられてしまうわ。あの顔を見て、そのことに触れると、もの凄く怖い顔になるの」
アメリアが感情の感じられない目でリリーのことを睨んでいた。
「マジで怖い顔になってるよ……」
「や、やあね。そんなことしないわよ。そんなひどい事したことないじゃない」
「そうなの。じゃあ教えてあげるわ。昔は食べ物のことばかり考えていたわね。あんまり甘い物が好きだから、木の蜜を舐める昆虫の生まれ変わりかと思ったもの。でも最近は……」
リリーがアメリアの膝の上でビクッと震えた。
俺もその瞬間、背筋に悪寒が走るほどの殺気を感じた。
「ごめんなさい。もう言わないわ」
「アメリアはちょっとプライドが高すぎるんじゃないのかな。そんなに怒ったらリリーがかわいそうだよ。もうちょっと肩の力を抜いて生きないと」
「そう、じゃあカエデは普段どんなことを考えているのかおしえて、リリー」
「くだらないことばかり考えていて、口にするのも馬鹿馬鹿しいわ。最近カエデが考えているのはね───」
「きゃあ! ど、どこを触ってるのよ」
俺は自分でも驚くくらいの反射速度でリリーの口を押さえていた。
そしてリリーの体をアメリアの膝の上からひったくる。
きわめて真剣な目でリリーの瞳をのぞき込んだ。
「絶対に言わないでくれ。マジで頼むよ。どんなことに釣られても言っちゃだめだぞ。それ以上のことを俺がしてやるから絶対に言うな」
「ほら、私には逆らえないでしょ。それはそうよね。こんな事アメリアに知られたらどんな目に遭うかわからないわ」
「ちょっと、私に関わることなら教えてくれなくちゃ困るわ」
「そんな大したことじゃないわよ。ちょっとした疑問よね。その疑問に答えてあげると少しだけあるわよ。これが聞けて安心した?」
「う、うん。そうなんだ。ありがとう、リリー。お前ってけっこういい奴だな」
「ちょっと! いったい何を聞いたのよ。カエデ! ちゃんと答えなさい!」
アメリアは俺の方に詰め寄ってきた。
しかし、これを知られたら俺は身の破滅である。
絶対に知られるわけにはいかない。
「そんな大したことじゃないわよ。大げさね。きわめて正当な疑問よ」
「そうそう、大したことじゃないよ。寝ごとを言ったりするのかなーって」
その言葉にアメリアは少し安心した様子だった。
よかった。
これを知られては本当にまずいからな。
それにしてもリリーが教えてくれた情報は貴重だ。
アメリアは体型が幼い感じだからちょっと気になっていたのだ。
そうか、アメリアはちゃんと下の毛も生えてるんだな。
それにしてもリリーの能力は危険なことこの上ない。
あんまり強く考えたりすると思考を読まれるのだろうか。
これからは色々と気をつけようと心に誓った。
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