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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第20話 トレイン

 朝目が覚めると枕元にお茶が置かれていた。
 アメリアが届けてくれたのだろうと、そのお茶とパンで朝食を済ませる。
 すぐに革の鎧を着てベルトに刀を差した。

 その上から薄手の安っぽいマントを着ける。
 相変わらずコスプレしているみたいで恥ずかしい。
 部屋にあった洗面器の上で顔を洗って歯を磨き部屋を出た。

 アメリアの部屋のドアをノックすると、中から準備を済ませたアメリアが出てくる。
 息が止まるかと思った。
 ブーツから伸びた黒いニーソックスのような物と、黒い皮のショートパンツのあいだに太ももが見えている。

 ピンクのローブの間からそれが見えて、俺は目眩を覚えた。
 昨日までの野暮ったい格好から、急に可愛らしい格好に変わったように感じる。
 そんな俺の変化に、アメリアはなにか変かしらなどと言っている。

 俺は動揺を隠すために、早口で喋った。

「それじゃ出発だね。場所はわかってるから早く行こうよ。今日から俺の伝説が始まるかと思うと、昨日はよく眠れなかったよね。さっさと迷宮での成果を上げよう。やっぱり最初が肝心だと思うから、最初の一匹は俺に倒させてね。とりあえず洞窟の西を目指してシルエットとかいう魔物を倒すことにしようよ」

 最初の1匹を俺が倒すというのは自分を実験台にして敵の危険度を探るためでもある。
 それで安全だとわかればアメリアにも手伝ってもらえばいい。

「それはいいけど、また私の言葉を忘れてるわよ。慎重にやるの。絶対に無茶したら駄目なんだからね。もし変なことばっかりするようなら魔法で言うことを聞かせるわよ」

「大丈夫だって。アメリアは心配性が過ぎるよ」

 俺たちは宿を出て、昨日聞いておいた迷宮の入り口を目指した。
 迷宮内はかなり広く、入り口の数も多い。
 俺たちは宿から一番近い入り口にやって来た。

 リリーがまだアメリアのフードの中で眠っていたので、それを起こした。
 迷宮内の入り口には鉄格子のような扉があって、外と中のどちらからでも開けられるようになっていた。
 朝の早い時間だからなのか、周りに人の気配はない。

 俺たちは鉄格子の扉を開けて迷宮内に降りた。
 アメリアが魔法で明かりの球を作り出して宙に浮かべたので、その明かりを頼りに階段を降りていく。
 緑色をした壁がどこまでも続いていた。

 20メートルほど階段を降りるととてつもなく広い空間が広がっていた。
 天井まで5メートル以上はある。
 地形は平らでいいのだが、柱や壁のようになった部分があるので、視界は良くない。

 俺はボールから剣をとりだしてエリアセンスを展開させた。
 この剣は片手持ち専用なので、俺としてはかなり変な感じがする。
 それに魔力を使っていないとかなり重い。

「ところで西ってどっちの方角なのかな」

「酷いわね。どうして太陽の位置も覚えてないのよ。西はあっちよ。こんなのが仕切ってるんだから呆れちゃうわ。戦いはアメリアと私で頑張りましょうね。キネスオーブは常に出しておいた方がいいわ。なにが起こるかわからないもの」

 俺は西の方角を目指してずんずんと進んだ。
 エリアセンスもあるし、それほど気を遣わなくても大丈夫なはずだ。
 しばらくして暗い影のような物が動いているのを見つけた。

 地面の上ばかり気にしていた俺のエリアセンスには引っかからなかった魔物だ。
 俺は剣を構えて走り寄る。
 暗い影のような物の中から人間の子供くらいの体が現れる。

 俺はためらいもせず、その真っ黒の魔物に斬りかかった。
 かすかな手応えとともに、相手の振り回した手が俺の股間にカウンターとして入る。
 目眩とともに倒れ込みながら、その魔物の胴体へ横凪の一閃を入れる。

 かくして俺は倒れ込んでのたうち回り、魔物は塵へと帰った。
 そんな俺にアメリアたちが駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫? どこか怪我したの?」

「だ、大丈……夫。ぜ、全然平気だよね。こ、このくらいなら。いや、たいしたことない相手だったよ」

「そうなの。苦しんでるように見えるけど。なにかされたんじゃないの?」」

「見てアメリア、魔物が魔石と赤いねばねばした物を落としてるわ」

 何とかアメリアに肩を貸してもらって立ち上がり、リリーの視線の先を見る。
 そこには銀色に光る一円玉をトンカチでつぶしたような物と、噛み終わったガムのような物が残っていた。
 これが話に聞いていた魔石と素材だろう。

 俺はそれを拾い上げて、アイテムボックスと名付けた異空間を開いて中に入れた。
 日用品とは別の異空間で、迷宮内で取れたものを入れる専用にする予定だ。
 俺はちょっと気持ちが悪いので、柱のように生えていた石に体重を預けた。

「今のが迷宮で一番弱い魔物らしいね。その割にはかなり強烈なパンチだったけど、結構いいスタートだったんじゃないのかな」

「なに言ってるのよ。守りを疎かにするから、そんなところを打たれたくらいで、みっともない真似さらすのよ。オーラも全然使えてなかったじゃないの。私が魔法を教えるのに使った時間を返しなさいよ。何も出来てなかったわ」

 これマジで玉とか潰れてないだろうな。
 かなり本気で痛い。
 しかしアメリアに治癒を使ってもらうわけにもいかない。

「少し休む?」

 しかしここでチンタラやっていたら、アメリアに迷惑がかかってしまう。
 とはいえ俺の治癒魔法では少し不安が残る。
 俺は仕方なくリリーに相談があるといって、アメリアから猫を受け取り、岩陰に入った。

 そこでリリーに股間の様子を見てもらう。

「ちょっと血が出てるけど、生殖機能に問題はなさそうね。ついてたじゃない」

「いいから早く治してくれ」

 治癒よりも高度な魔法なのかリリーの光る尻尾が近づくと痛みも消えた。
 リリーに治してもらってから、ズボンをはき直し岩陰から出てアメリアの元にもどる。
 アメリアはちょっと不安そうな顔をしていた。

「一人にされたら心細いわ。一体なんの相談なの?」

「ちょっとチンチンに怪我をしてたから治してあげたわ」

「おい! なんで喋ってるんだよ。黙ってて欲しいことくらいわかれよ!」

「あら、それはごめんなさいね」

 俺は恥ずかしくてアメリアの方を見られなくなってしまった。
 本当に油断も隙も無い猫だ。
 今も、あの子はちょっと気むずかしいわね、などとアメリアに話している。

 まったくもってつまらない油断をした。
 確かにオーラも使っていなかった。
 それにしても腰垂れをかいくぐるようなふざけた動きで、避けようもない。

「倒した魔物の死体が残らないのはなんでなのかな」

「魔物というのはね。生きてるわけじゃないのよ。迷宮内の魔力が作り出す影のような物なの。だから卵から魔物が生まれたりしないし、数が減ることもないの。もっとも、実体を持ってから日にちが浅いと魔石すら残さないのよ。それでも見た目以上に力は強く危険なの。あのくらいの怪我ですんで良かったわ」

 リリーは人の怪我だと思って好き勝手な事を言う。
 こっちはのたうち回るほど痛かったのに。

「さっさと次の獲物を見つけなさいよ。こんなんじゃ芋一つ買えないわ。なんのための感知魔法なのよ。まさかあのくらいで怖じ気づいたんじゃないでしょうね」

 俺はそんなわけあるか、と返した。
 さっきから探っているが、まだどこにも引っかかっていないのだ。
 それにシルエットは地面の上に影のようにくっついているから俺のエリアセンスでは見つけられないかもしれない。

「そんな魔法を覚えていたのね」

「まだ言ってなかったっけ? 敵の位置とか動きとかを探る魔法なんだ。船の上で使えるようになったんだよ。見たことある敵なら種類もわかると思う」

「すごい魔法じゃない。ここでならとっても頼りになりそうね」

「そうだといいんだけど、シルエットは感知できなかったね。色々と難しいよ」

 そんなことを話していたら、遠くの方から誰かが走ってくる気配がした。
 まさしく全力疾走という感じだ。
 尻尾があるから獣人だと思われる。

 俺が声を掛けたにも関わらず、彼はそのまま一直線に走り去っていった。
 どうしたのだろうと思っていたら、彼が走ってきた方向からもの凄い数の気配が迫ってきた。

「やばい。さっきの奴がなにか連れてきたぞ」

「あれはノールよ。逃げると逆に危ないわ」

 猫だから暗闇の物がよく見えるのか、リリーが俺たちに警告する。
 しかし30を超えるほどの数がいるのだ。
 俺は一瞬だけ逡巡してからアメリアたちから離れてノールの来る方へと移動した。

 すぐに大きな毛玉に手足が生えたような魔物の大群がやってくる。
 手には棒きれのような物を持っていた。
 これは厄介そうだ。

 俺は半ば全力ぎみにオーラを体に纏い、その群れの中に切り込んだ。
 足が速くて逃げ切れないというならこうするより他にない。
 アメリアがさっきの獣人ほど早く走れるとも思えないので、しかたのない選択だった。

 オーラで加速する意識の中、俺はノールが振り回す棒きれをかいくぐり狙いも定めずに剣を振り回した。
 俺の周りではキネスオーブが雷をノールに落としている。
 そこで俺がかわし損ねた一撃が脇腹に吸い込まれる。

 しかしたいした痛みは訪れなかった。
 ずしんとした衝撃はあるが、オーラと鎧のおかげでそれほどの痛みはない。
 そのことに余裕を取り戻して、俺はノールを斬り倒しまくった。

 半分も倒さないうちに、さらなる大群の気配を俺は感じ取った。
 今度はノールではないなにかが迫ってきている。
 俺はノールから距離をとるように移動して、アメリアの近くまで来る。

「やばい。他の魔物の群れまで来てる。囲まれる前に逃げよう」

「魔法を唱えるからカエデは少しだけ時間を稼いで。魔法が完成したら来た道を逃げるの」

 俺はわかったと告げて、アメリアの方へ行こうとするノールだけに狙いを絞った。
 ノール自体はたいして強いわけじゃない。
 しかし鎧のないところは打たれた部分が赤くなっている。

 今はアドレナリンのおかげで痛みを感じていないが、後になれば痛むだろう。
 俺がノールを半分よりも減らしたあたりで、後ろから頭のでかい妖怪のような姿の魔物が現れた。

「今よ。こっちに走って」

 俺はすぐさまその場を後にして、アメリアに向かって走った。
 俺がアメリアの後ろに回ったと同時に、アメリアは地面に両手をついて魔法の名前を口にする。

「フォーンフロスト」

 アメリアの手から白く凍った地面がツタのように広がった。
 それに触れたノールが足元から凍り始める。
 次の瞬間、アメリアは光を消して、俺の手を取り走り出した。

「リリー、見える?」

「だめよ。いきなり暗くなったもの。なにも見えないわ」

「俺がわかるよ」

 そう言って俺はアメリアの前に出て手を引いた。
 エリアセンスがあれば壁にぶつかることもない。
 それにしてもどこまで逃げればいいのだろうか。

 果たして魔物には体力のようなものがあるのか疑問である。
 無ければどこまでも追ってくることになる。
 俺たちは全力で逃げて、もう走れないというところで止まり、身を隠せそうな横穴に入った。

 息が整うまで話すことも出来ないほど呼吸が乱れている。
 俺はエリアセンスを限界まで広げて、来た方向の様子をうかがった。
 しかし動くものの気配は感じ取れなかった。

「どうにか逃げ切れたみたいだ」

「もう本当に疲れたわ。凄く怖かった」

「私は逃げる必要がなかったと思うわ。あのくらいならカエデ一人でも倒せたんじゃないかしら。まあ最初だからなにも言わないでおいたけどね。それにしても魔石を一つも拾ってこれなかったのは残念だわ」

 最後に現れたのは見た感じインプという魔物だと思われる。
 投石という飛び道具がある以上、あれを相手にするというのはちょっと無理だ。
 それにしても、あの逃げていた獣人は一人で迷宮に入ったのだろうか。

 初心者が多いという一階層だけあって、酷いとばっちりを受けたものだ。
 俺はさてどうしたものかと考えながら、重い体を起こして壁にもたれかかった。
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