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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第18話 エレストリア王国

 真夜中に目が覚めた。
 たぶん2時か3時くらいだろう。
 昼間あれだけ寝たのだから、そりゃ目も覚めるというものだ。

 俺は真っ暗な中で船室を抜け出した。
 空が曇っているのか星も見えないので、非常に暗くて手探りで進む。
 海に落ちても嫌なので、俺はトイレに行ってから船室に戻った。

 外は寒かったが船室の中はまだマシだ。
 それでもイビキやら何やらでかなりうるさい。
 このうるさい船旅も今日で最後になるはずである。

 王国に着いたら迷宮内で魔物と戦って暮らすことになる。
 アメリアは魔物を見たことがあるそうだが、俺はどんな物か想像も付かない。
 俺は暗闇の中で体育座りをしながら、これからのことに思いを馳せていた。

 すると俺が無意識に展開していたエリアセンスに動く者の気配がある。
 その気配は真っ直ぐに俺の方へと向かって来ている。
 いったい何事かと身構えていると、そいつは俺の隣に来て動きを止めた。

 俺は毛布の下でボールの中に手を入れ、気付かれないようにナイフをとりだした。
 影のシルエットから、そいつが男であることはわかる。
 毛布の下でナイフを両手に構えていると、そいつはしゃがみ込んでなにやらごそごそと動き出した。

 どうやら俺が目当てではないらしいことにひとまず安堵する。
 静かになってしばらくすると、なにやらヒソヒソと話す声が聞こえた。
 俺はエリアセンスの感度を上げて何をしているのか探った。

 すぐに隣の三姉妹のところに誰かが夜這いに来たのだとわかった。
 今までも夜中に動くものの気配を感じて起きたことがあったが、そういうことかと納得する。
 なんだ馬鹿馬鹿しいと思いながらも、俺は感知魔法を解除することが出来ない。

 距離も近いために、2人が何をしているのかまで手に取るようにわかる。
 今、夜這いを受け入れたのは、甲板で俺に話しかけてきた、あの次女だ。
 旦那を戦地に残して来ているというのに、ひどい話である。

 俺はそのまま動くことも出来ずに、2人の様子をうかがっていた。
 結局それから朝までに、3回もの夜這いに遭遇した。
 こんな環境に放り込まれたからといって、動物でもあるまいにと思いながらも俺は自分の処理をしているのだから強くは言えない。

 朝になって明るくなるのを待って、俺は甲板に向かった。
 不浄の魔法で手を洗い、ついでに顔も洗って歯も磨いた。
 何となく人恋しいような気持ちで朝焼けを見ていると、アメリアがリリーを連れてやって来た。

「やっぱり興奮して早く起きちゃったの?」

 俺のように不浄の魔法ではなく、上品に手のひらに水を出して顔を洗うアメリアが言った。
 なるほどそういう風にやるのかと感心しながら、興奮していたのはさっきまでだなと考える。

「昼寝したから眠れなくなっただけだよ。アメリアは王国に着くのが楽しみなの?」

「怖いの半分、楽しみなのが半分くらいかな」

「私はすごく楽しみよ。こっちのネズミは山にいたのよりも太っていて美味しいの。それにネズミを捕ると周りの人がとっても褒めてくれるのよ。今までは嫌がられてばかりだったから、新鮮だわ」

 考えてみれば、ずっと山奥に住んでいて、人が沢山いるような所は初めてなのか。
 俺が田舎から東京の大学に出てきた時のことを思い出した。
 声をかけられて付いていけば大抵はひどい目に遭うのだ。

 そう考えるとアメリアは美人だし、色々と心配になってくる。
 特に親切なところがあるから詐欺に遭ったりしないか心配になる。
 詐欺というのは基本的に相手の親切に付け込むから、親切なアメリアには防ぎようがない。

「アメリア。都会ってのはとても危険なところだから、話しかけられてもついて行っちゃ駄目だよ。それに痴漢とかにあうかもしれないから人混みも避けないとね。肌を露出した服も良くないと思う」

「はいはい、カエデも気をつけないとね」

「いやいや真面目な話だよ。少しでも違和感を感じたら逃げなきゃ駄目だからね。夜、遅い時間に出歩くのもなるべく控えるんだよ。困ってそうな人がいても、あまり話しかけたりしない方がいい。自分から困ってると言い出す人にろくなのはいないと思って間違いないよ」

「もうわかったわよ、お父さん。そんなに心配しなくても、私はそういう所はちゃんとしてるの。カエデの方こそ心配だわ」

「ちゃんとしてるから逆に心配なんだよ。例えばほら、こんな風にされたら動けなくなっちゃうでしょ」

「きゃあ! な、なにかがお尻を触ったわ」

 俺がキネスの魔法でアメリアのお尻の辺りを押すとアメリアが飛び上がった。
 しかし大きな声を出したというのは正解だと思う。

「そうそう、そういう風に大きな声を出すのはいいよ」

「今のはカエデがやったの……」

「そう、今のは俺だったけど、何時もそうだと────」

 ぱんっ、と乾いた音がして頬に痛みが走った。
 見ればアメリアが目に涙を浮かべてこちらを睨んでいる。

「いや、今のは魔法だから俺が触ったわけじゃ……」

「同じよ! もう、すごいびっくりした。ひどい!」

「そうじゃなくて、本当の痴漢にあったら大変だからさ。こうやって予行演習しておくと、いざという時役に立つじゃないか」

「痴漢にならもうあったことがあるわ。ついさっき髪の毛の黒い人にお尻を触られたの」

「それは魔法だったんだから痴漢とは違うよ。いくら何でもぶつことないんじゃないの」

 同じよ、と叫んでアメリアは本気で怒っているようだった。
 俺としては魔法でスカートを動かしただけだから何も下心はない。
 少し釈然としないが、アメリアに嫌われるのは怖いので謝っておくことにした。

「本当にごめん。そんなつもりじゃないよ」

「アメリアは年頃の男の子と話すのも初めてなんだから、カエデが無神経すぎるわよ。それにしてもちょっと心配ね。こんなことで悲鳴を上げるようじゃ、向こうに行ってからが思いやられるわ。カエデと私がしっかりしないとね」

「もう、次にこんな事したら許してあげるかわからないわよ」

「もう懲りたよ。本当にごめんね」

 興奮するアメリアを前に俺はアメリアに下ネタは禁物だと肝に銘じた。
 俺が黄昏れながら朝焼けを見ていると、アメリアは隣でまだ怒った様子でいる。
 本気でアメリアを心配しただけなのに、俺は女の人に嫌われる才能があるなと少し落ち込んだ。

 そんなことを考えていたらアメリアの方も少しずつ落ち着いてきた。

「落ち込んでるの?」

「まあね」

 なんだか気分が落ち込んで喋るのもひどく疲れる。
 今までの女の子たちとアメリアは違うと感じていただけにショックは大きい。

「叩いたことはごめんなさい。びっくりして手が出ちゃったのよ。カエデったら私が恥ずかしがるようなことばかりするんだもん。でもね、それも私のことを気遣ってしてくれた事なのは知ってたの。下着のことだって、落ち込んでた私の為だったんでしょ。本当にごめんね」

「そうよ。アメリアもちょっとひどいわ」

「だって、男の人と話すのって緊張するのよ。それなのに2人して、私の恥ずかしがるようなことばかりするでしょ。しょうがないじゃない」

 そう言われて少し気分が楽になった。
 それに俺と会ってからは色々なことがあって大変だっただろう。
 本当にこんな子が彼女になってくれたら前世の俺も報われるのになと思う。

 しかし付き合ってくれと言ってOKを貰ったことなど今までの人生で一度もない。
 打率は紛うことなき0割0分0厘である。
 もはや打席に立つ勇気すら起きないひどい打率だ。

 だんだんと元気のなくなってきた俺をアメリアが慰めてくれる。
 アメリアのせいだと思わせてもかわいそうなので、俺は無理に明るく振る舞った。
 そんなことをしているうちに、朝霧が晴れてきて遠くの方まで見えるようになった。

「ねえ見て、あのぼんやりと見えてるのがエレストリア王国じゃないかしら。建物のようなものがかすかに見えない?」

「午前中には着きそうだね。俺はもうしばらく船なんて見たくもないよ」

「私も退屈で死にそうだったわ。おかげでカエデの考えた魔法も使えるようになったのよ」

 アメリアはキネスオーブを海の上に浮かべて、そこに雷を発生させてみせた。
 電気がバチバチと海面の上を這い回っている。
 しばらくすると魚が浮いてきたので、俺はキネスを使って持ち上げた。

「魚がいたのね。悪いことしちゃったわ。でも完成してるわよね」

 それを焼いてリリーに渡すと、美味しくないと言いながらも食べた。

「まあ、俺が考えた魔法なんだから成功するさ」

「また、そんなこと言って。でもどうして氷の粉を動かすと電気が発生するの?」

「雲が雷を発生させる仕組みと同じだよ」

 そう言っても、アメリアはさっぱりわからないようだった。
 しかし俺も電荷がどうとかという難しい話はよくわかっていない。
 それをかみ砕いて説明するというのはとても出来そうになかった。

 日が出てきて暑くなってきたので、俺たちは日陰に入って到着を待った。
 見えているのに進むのが遅く、さっきより進んでいるような気がしない。
 最後に船室に行って知り合った人たちに挨拶でもしようかと考えたが、落ち込んだ俺を気遣っているのかアメリアが離れようとしないので、それはやめておくことにした。

 ただ待っているだけでももったいないので、俺は船が着くまでの間に数字を教えて欲しいとアメリアに頼んだ。
 アメリアは甲板の上に水で数字を書いて説明してくれる。
 ありがたいことに、この世界で使われている数字は十進法だった。

 なので10個の数字を覚えるだけで、マスターできることになる。
 俺は一時間もしないうちに全ての数字を覚えることが出来た。

「カエデはって本当に不思議。お店での交渉とかもすごく上手に出来るし、言い訳なんかもすごく上手。ほら、竈を貸して貰った時も、何も問題を起こさずに済ませちゃったでしょ。それなのに数字もわからないし字も読めないなんてすごく変な感じ」

「本当は全部わからないはずなんだけど、何故か言葉だけはわかるんだよね。どうしてなのかな」

「きっと神様が言葉もわからなかったら大変だろうって思ったのよ。あっ、港が見えてきたわ」

 言われて、それまでよりも海鳥の声がはっきりと聞こえていたことに気がついた。
 煉瓦造りだと思われる直線的な人工物がすぐ近くまで来ていた。
 多分そこが港なのだろう。

 船室にいた人たちも続々と甲板に上がってくる。
 もうじき港に船が着くのだ。
 俺がどうやって港に船を止めるのだろうと思っていたら、港で働いていた人たちや船員たちが出てきて、キネスの魔法で船を港に横付けさせた。

 すぐ桟橋に渡し板が渡されて、特別室にいた人たちから港に降りていく。
 俺もアメリアと一緒に桟橋へと降りた。
 港の前には到着した人や荷物を待っているであろう人たちが沢山いた。

 港の倉庫の前は人だかりと馬車でごった返している。
 俺はアメリアの手を引いて、その人混みを抜けた。

「とうとう着いたわね。さ、登録を済ませたら道具をそろえましょう」

 アメリアの笑顔が眩しい。
 俺たちは揃って大通りを目指して歩きだした。
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