第17話 食堂
夢の中にいるような心地で、さっきの出来事を反芻していたら夜になっていた。
俺はリリーとの戦いの疲れもあったのでそのまま寝ることにする。
次の日の朝起きると、いつものごとく隣で三姉妹が着替えをしていた。
しかしもう気にもならない。
俺はぼうっと宙を見て、前日のことを思い出しながらニヤニヤしていた。
思い出しただけで体がぽかぽかしてくる。
この幸福感は一体何だろう。
そうやってぼーっとしていたらリリーがやって来た。
「ちょっと来てもらえないかしら。アメリアが昨日のことを気にしてそわそわしているから一緒にいて落ち着かないの。変に思われたと気にしてるみたい。だから変なところはなかったし、もう覚えてないって言ってもらえないかしら。あの子、ちょっと自己評価が低いのよね」
もう覚えてないとか、それはそれでひどいんじゃないだろうか。
それに昨日の今日で会いに行くのもちょっと気まずいんだよな。
それでも様子が気になったので、俺はリリーに言われるがままアメリアの部屋の前まで来た。
深呼吸で気持ちを落ち着かせてから、静かに扉をノックする。
なんの返事もなく扉は開いた。
そこからアメリアが顔を半分だけ出して、俺を睨んだ。
「よく顔が出せたわね」
「ちょっと昨日のことを謝りたくてさ」
「許す気はないわ」
俺が必死になって頼み込むとアメリアは扉を開けてくれた。
とりあえず入っても良いという事だろうと解釈して、俺は中に入る。
そのまま腕を組んで睨んでいるアメリアを椅子に座らせ、俺はベッドの上に腰掛けた。
「アメリアが怒るのも変な話よ。だって約束したのに騙すなんてひどいじゃない。カエデは頑張っていたわ」
「いや、その約束も半ば無理矢理だったからさ。責めたらかわいそうだよ」
「あら、そう考えると私が悪いような気がしてきたわ。アメリア、ごめんなさいね」
「2人のことは、絶っ対に許さないから」
「本当にごめんね。俺もリリーに呼ばれて、何かあったんじゃないかと思ってさ、ちょっと焦ったんだよ。そしたら着替えてたもんだから本当に驚いてさ。わざとじゃないんだ」
「そのわりに、じっくり見てたじゃない」
「いや、あんまり綺麗で目が離せなかったんだ。なんか固まっちゃってさ。本当にごめん。しょうがないんだよ。男なら誰でもそうなるんだって」
腕を組んで俺を睨むアメリアの顔が赤くなった。
それにしてもよく赤くなる顔だ。
それが恥ずかしかったのかアメリアは俺から視線を外した。
「あんなことして、私がお嫁にいいけなくなったらどうしてくれるの……」
「その時は俺が喜んで引き取ってあげるよ」
「……あっそ」
恥ずかしくてなにも言えなくなると、あっそと言うのがアメリアの癖らしい。
本当に男慣れしてないというか、口説かれ慣れしてないというか。
そこが彼女の良いところだ。
「ところで、言い出しにくいんだけど、私がカエデの妨害をしたらコロコロ鳥を食べさせてくれる約束はどうなったのかしら。私としては成功したんだからぜひとも食べさせて欲しいのよね。だって私には海鮮サラダしか食べさせてくれなかったじゃない。とても心残りなの」
結局その話がしたくてリリーは俺を呼んだのかと気付いた。
なんとなくおかしいと思ったのだ。
「私にあんなひどい事をしておいて、まだそんなことを言ってるのね。無しに決まってるじゃないの」
「そんな! ひどいわ!」
リリーは俺の肩の上でわざとらしい泣き真似を始めた。
手を両目に当ててえーんえーんと言っているが、明らかに涙は流れていない。
あまりの大根役者ぶりが気の毒になるほどだ。
「最初の夜に、カエデにおごってもらったから、今度は私が出してあげようと思ったの。だけど気が変わったわ。2人がかりで私にひどいことをしておいて、よくそんなことが言えるわね」
「それなら、俺がもう一度お金を出すから今夜にでも行こうよ。だからそれで機嫌を直してよ。ホント、これからは真面目に生きるから。最後のチャンスって事でさ。もう二度と変なことは言い出さないよ」
「本当に綺麗だと思ったの……」
「当たり前だよ。妖精かと思ったよ。一生の思い出にするよ」
「そ、そんなのすぐ忘れてくれなきゃイヤよ! へ、変な下着って思ったんでしょ……」
「まさか。よく似合ってたよ。凄くかわいかったし。でも出来るだけ忘れるようにするからさ。本当にごめんね」
「もういいわ。最後に一回だけ許してあげる。次はないからね」
俺はありがとうございます、と言って頭を下げた。
リリーにも頭を下げさせる。
しかしリリーの方はろくに謝る気もないので、まだ許してもらえないようだった。
どちらかと言えば今回のことはリリーが全面的に悪い。
俺は諦めていたし、アメリアのために始めたことなので、あれでも良かった。
まあ、ものすごく感謝しているのも事実だが。
「それで、もう用事は済んだんでしょう。いつまでいるつもりなのよ」
「今日は暇だから、王国に着いてからの話をしようよ」
王国に着いたら、すぐにでも必要な物をそろえて迷宮に入るとアメリアが言った。
俺はもともとそのつもりだったので、特に不満はない。
理由は金銭的な問題で、すぐにでもお金を稼がないと泊まるところが無くなってしまうからだ。
経験から言って野宿をするとなると、次の日に体力が戻らないのがネックになる。
風に吹かれて寝たのでは、一晩寝ても前日の疲れが半分近く残ってしまうのだ。
そんな状態で迷宮に入れば確実に命の危険があるだろう。
だから屋根のあるところに泊まれるうちに仕事を始めなければならないのだ。
しかしアメリアはいくら何でも焦りすぎている。
「そこら辺の店で仕事をもらって、その日をしのいだりも出来るんじゃないのかな。確かに俺も早く迷宮に入りたいけど、情報を集めるのも大切だと思うんだよね」
「そんな簡単に雇ってもらえないわ。カエデは話も上手だし、そういうことが出来るかもしれないけど、私は仕事なんてもらえないと思うの……」
「それなら心配ないらしいよ。俺が船員から聞いた話じゃ、亜人でも何でも王国で差別されるようなことはないってさ。むしろ獣人は素早くて夜目がきくから重宝されるし、竜人は鱗が堅くて丈夫だから、もの凄く優遇されてるんだって。エルフも魔法が得意で数が希少だから似たようなものだって言ってたよ。向こうの国じゃ迷宮で活躍するだけ身分も高くなるから、亜人ってだけで一目置かれるくらいだってさ」
本当はエルフ族の女性は娼館で人気だと聞いたのだが、それは伏せておいた。
亜人の中でもはっきりと種族特性で優遇されているのは竜人くらいという話であったが、アメリアの前なので大げさに言っておく。
そのくらいの方がアメリアもきっと安心できると思ったからだ。
竜人は気性が荒く、体も大きく、しかも鱗があるのでいざという時に強い。
気性が荒いというのは、興奮しやすいと言うことなのだから怖じ気づくこともないのだろう。
俺は魔物というのをまだ見たことがないが、そんな物が身近にいる世界ならそういう種族がありがたがられるのは良くわかる。
それにアメリアがいた国は種族間での争いが多かったというのもあるはずだ。
エレストリア王国は昔から魔物が多いそうなので、種族間の協力が必要だったのだろう
「本当に? そんなことがあるなんて信じられないわ」
「ま、差別なんてそんなものだよ。それよりも、アメリアが守銭奴みたいにお金の心配ばっかしてる方が俺はいやだな」
「カエデが無頓着すぎるのよ。苦労を知らないお坊ちゃんだものね」
アメリアは俺を馬鹿にするような笑いを顔に浮かべる。
どうもアメリアは俺を子供扱いする癖がある。
こう見えて俺は精神年齢で35歳を超えているのというのに酷い扱いだ。
まあ前世で酷い目には遭っているが、苦労していないというのは合ってるかもしれない。
それでも、もうちょっと頼りになるイメージを持ってくれてもいいだろうに。
「お金の話なんてやめましょうよ。細かいこと気にしないで迷宮にいる怪物を倒せばいいんだから、それでいいじゃないの。サクッと稼いで優雅な暮らしをしましょうよ」
「はぁ……2人を見てると、心配している私が損した気分になってきちゃう。じゃあ、お話はここまでね。私は準備をしなくちゃ。このままじゃきっと破滅する2人の道連れにされちゃうのよ」
そう言ってアメリアが異空間の中をごそごそいじり始めたので、俺はリリーを抱えて横になった。
久しぶりに横になるベットの心地は格別だった。
落ち葉の上やら板の上で寝ることが多かったので、体が溶けそうなほど気持ちいい。
しかもアメリアの匂いがするので、気分が落ち着く。
話が終わって2分もたたないうちに、俺は眠りに落ちていた。
そろそろ食堂に行きましょう、というアメリアの声に俺は起こされた。
俺は寝たせいで疲れが出たのか、やたらと重い体を起こした。
寝ぼけまなこを擦りながら窓の外を見ると、空は真っ暗になっていた。
かなり本格的に寝てしまったなと考えながら体を伸ばす。
お腹もかなりすいている。
俺はベットから降りて、アメリアと一緒に食堂へと向かった。
前と同じ席に座り、ぼうっとする頭でぼんやり外を見ていたらウエイターがやって来た。
俺は海鮮サラダと薄切りのパン、それに魚の煮込みとお茶を注文した。
アメリアはコロコロ鳥と果物のシャーベットを注文する。
シャーベットなんて冷蔵庫もないのにどうやって保存するのかと考えたが、この世界には魔法という便利な物があったことを思い出す。
そのまま寝ぼけた頭でアメリアの顔を眺めていた。
「なに?」
ちょっと焦ったようにアメリアが言う。
つい何となく見入ってしまっていたことに気がついて、俺は視線をそらした。
「前にカエデに食べさせてもらったのが美味しくて、次はこれにしようって思ってたの」
「俺も海鮮サラダが美味しかったから、また食べたかったんだ」
そういえばリリーがいない。
二人きりで、まるでデートみたいだ。
急に眠気が晴れてきた。
「こんな贅沢が出来るなんて、家を焼け出されて良かったかもね」
「旅行に連れてってもらったりとかなかったの?」
「小さい頃はあったわ。でもお母さんの具合が悪くなってからはなかったわね」
どうもアメリアの過去の話は空気が重たくなる。
だけどアメリアだってまだまだ若いのだ。
これからでも十分に取り返せる。
アメリアを見ていると、できる限りのことをしてあげたくなるのはなんでだろう。
ただ好きだからと言うよりは、尊敬できるからなのかもしれない。
色々と嫌なこともあったろうに、曲がったりひねくれたりしたところが一つもない。
そんなことを考えていたら、注文した物が運ばれてきた。
俺は薄切りのパンの上にサラダを乗せて、アメリアにコロコロ鳥を少しわけてもらいそれも乗せた。
こうやって食べたら美味いんじゃないかと考えていたのだ。
食べてみると、コンビニで買って食べたアメリカンクラブハウスサンドのような味がした。
とても美味しいので、同じ食べ方をアメリアにも勧めてみる。
彼女も同じようにして食べて、笑顔になった。
「すごい美味しいわね」
「これはあれだね。向こうでサンドイッチの専門店を作ったら流行るかもね。そうだよ。ハンバーガー屋とか良いかもしれない。堅い肉も挽肉にして焼いたら美味しくなるし、俺は歴史に残るコックになるかもしれない」
「いくらなんでも気が早いわよ。これって前の世界の食べ方なの?」
「そう。俺はこの世界で飲食業界の王者になれるかも」
いやまてよ。
あれは単にデフレだから安い店が流行っていただけか。
この中世然とした世界で流行る物は何なのだろう。
「パンにサラダと鶏を挟んだだけでおおげさね」
そこにウエイターがお茶を持ってきた。
そして俺たちの食べ方を見て言ったのだ。
「その食べ方は、俺たちもいつもやるんですよ。美味しいですよね」
その言葉を聞いて俺の夢は儚くも潰えた。
そりゃそうだ。
このくらいの食べ方を発明したくらいで金持ちになれるわけがない。
俺ががっくりしながらお茶を啜っていると、アメリアが小さな異空間を呼び出した。
そこに小さく切ったコロコロ鳥とサラダ、パンを入れる。
リリーへのお土産かな、と考えていると最後にとどめとばかりにお茶まで流し込む。
俺はその光景を見て、リリーがちょっと気の毒になった。
「やあね、そんな顔しないでよ。リリーはこの方が喜ぶの」
「さすがに信じられないね。リリーのこと、まだ恨んでるの?」
「私のことをそんな風に思ってるのね」
俺の言葉にアメリアがちょっと拗ねた。
それでもお茶まで入れることはないような気がする。
まあ、アメリアが嫌がらせでそんなことをするとも思えない。
確かに何時もあんな感じで食べているから、リリーは本当にああいうのが好きなのだろう。
そのあと会計を済ませると、俺の懐には60シールしか残らなかった。
さすがに使いすぎたと反省する。
俺はアメリアを部屋まで送ってから船室に戻った。
心なしか周りがざわついているような気がする。
明日には船が着くだろうから、みんな思うところがあるのだろう。
ざわめく中で、俺はすぐに眠りの続きに入った。
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