第15話 アメリアとの賭
洗濯物が乾いてしまうとアメリアの部屋に居る口実もなくなって、俺は船室に戻った。
外だと寒いのに、ここだと蒸し暑いのだから本当に嫌になる。
窓が開けっ放しなので、夜になると今の時間の外よりも寒くなる。
しかし人が多いというのは、今俺が作り出そうとしている魔法の練習にはちょうどいい。
俺は魔力をどんな形にしたら動いているものを感知できるのか実験をすることにした。
壁際に座って寝たふりをしながら、俺は部屋の中の空間に試行錯誤する。
万一魔力が暴走したらどうしようという考えに、この時は至らなかった。
ひどい話だが、よくよく考えれば周りの人を実験台のモルモットにしたようなものだ。
変なことにならなくてよかった。
晩ご飯は魚肉の燻製のようなものを移動販売で買って食べた。
そのあとは隣に座ったネコ耳の獣人に興味を引かれ、話しかけて寝るまでの時間を過ごした。
ネコ耳だけあって体は大きいのに俊敏さも備えている、かなり戦闘向きの種族のようだ。
戦奴として捕まえられそうになって逃げてきたのだという。
毛皮は熱くないかと尋ねると、夏はほとんど動けなくなるほどへばってしまうそうだ。
逆に冬には強く、体温を奪うような鉄製の鎧も平気だと言っていた。
熱いところが苦手なのに何故か砂漠地帯から来たらしい。
王国では暗いところで目が見える利点を生かして迷宮に入るのだという。
ちょっと卑屈な感じの喋り方をするところに苦労を感じさせる。
寝る前にはみなが着替えを始めたので、俺は寝たふりを決め込んだ。
しかしこうも開けっぴろげに着替えられると、始めほどの刺激はなくなってくる。
何でこんなに興奮しないのだろうと考えているうちに、俺は眠りに落ちていた。
翌朝も早くから目が覚めた。
半ば義務的に隣のお姉さんの着替えを眺めてから甲板に出る。
そこで俺が適当にエリアセンスと名付けた感知魔法を一日中練習した。
途中で一度だけ昼飯のために船室に戻っている。
夕方になると、アメリアが現れなかったのを寂しく思いながら船室に戻った。
船室内でエリアセンスを使うと、大きな動きがあればおおよその方向と距離くらいはわかるようになっていた。
もともと自分から生じた魔力との間にはリンクのようなものがあるので、ここまでは難しくない。
ただ魔力から与えられる情報が膨大すぎるので、それをどのように処理するかがこの魔法のキモだ。
なんと説明するのがわかりやすいか、魔力から送られてくるどの情報に耳を傾けるかが難しいといった感じだろうか。
魔力は空気と融合しているので、粒としてではなくエリアとしての情報が入ってくる。
その細かいエリアの一つに意識を集中すれば、どのような形をした物が動いているのかまでわかる。
練習を続ければ、さらに細かいことまでわかるようになるだろう。
俺は隣の三姉妹の体の形を細かく頭のなかに描けるように練習した。
さすがに下心を原動力にしているので自分でも驚くほど上達する。
その次の日もまた練習に明け暮れた。
もう飽きてしまったのか隣の着替えをのぞく気も起きず、起きてすぐ甲板に向かった。
そのまま一日中甲板の上で魔法の練習を続けた。
一度だけ昼食休みを取った。
この日でちょうど半分の航海を終えたことになる。
翌朝、目が覚めると俺の毛布の中にリリーが入っていた。
「夜這いか?」
「馬鹿なこといわないで。アメリアと同じ部屋にいるのが嫌で貴方の所に来たのよ。魔法の方は進んでいるの。ちょっと今使ってみなさいよ」
俺がリリーの希望通りエリアセンスを展開した。
リリーの助けがあるので、いつもよりもはっきりと周りの動きがわかる。
俺がリリーの体の毛の一本一本まで感じ取れるように意識すると、リリーがやめなさいと言った。
精霊にはそんなことまでわかるのかと驚く。
俺の意識の中に入り込んで手助けするのだから、確かに道理は通っている。
しかし、魔法の精度は上がっても、魔法の規模までは上がらなかった。
「なんでアメリアと一緒の部屋が嫌なんだよ」
「あの子ったら、ずっとめそめそ泣いているのよ。ちょっと周りの人に酷いことを言われたみたい。それでカエデに慰めてくれるように頼みに来たのよ」
「な、なんでそんなこと、もっと早く言ってくれないんだよ」
「こんな事は今までにだって何度もあったの。だけど今回はいつもより落ち込みが激しくて心配になったのよ。とにかく近くで、あの子の気が紛れるようなことをしてくれないかしら」
確かに、それがあるから今まで人里離れた山奥に居たのだ。
人が沢山居るところに出て来れば、こうなることはわかっていた。
なんでもっと早く気がついてやれなかったのかと後悔が押し寄せる。
俺はリリーをひっつかんで、すぐさまアメリアの部屋に向かった。
部屋のドアをノックすると、アメリアの声が聞こえた。
「ちょっと話したいことあるんだけど。いいかな」
「今はひどい顔をしてるから、会いたくないわ」
「ひどい顔は今に始まったことじゃないよ。重要な話があるから開けてよ」
しばらくして、俺の心をひどく惑わせるあの魔性の美貌が扉の隙間に現れた。
目元にはクマができて、泣きはらしたと思われる目は赤くなっていた。
「ひどい顔なんて言うと、二度と口も聞いてあげないわよ」
俺は彼女の手をとって、そのまま部屋の中に入る。
そのままベッドに腰掛けた。
そこで思いつくままに喋り始める。
着地点などろくに考えてもいない。
「俺の魔法に関して重大な発表があるんだ。とうとう、どんな魔法を覚えるか決まったんだよ。だけどそれを覚えるには、アメリアの協力がどうしても必要なんだよね」
「ふーん、やっと決まったのね。それでどんな魔法にするの?」
興味なさそうに見えて、そうでないのがよくわかる。
俺はアメリアが話に乗ってきてくれたことに安心した。
とにかく、つまらないことを考える暇をなくしてしまえばいいのだ。
「それは秘密。だけどちょっとだけ教えると、どんなことでも起こせる凄く強力な魔法だよ。でも完成にはアメリアの協力がないと駄目なんだよなあ」
協力してくれるかなあ、チラッチラッ、という態度を見せる。
人のいい彼女はここで絶対に乗ってくるはずだ。
「協力するわ。どんなことをすればいいの?」
「賭に乗って欲しいんだ。そうね、この船って予定では、あと5日で王国に着くんだよね。だから俺はそれを3日で着かせてみせるよ。もしそれが出来た時は、その……ちょっと言いにくいんだけど……」
「3日なんて、そんなこと絶対に出来るわけないわ」
「いや、アメリアの協力があれば出来るよ」
「だから協力するって言ってるでしょ。何をして欲しいの?」
「もし3日以内で王国に着いたら、アメリアのパンツを見せて欲しいんだ」
「…………私の聞き間違いかしら」
「聞き間違いとかじゃないから。俺は本気だよ。だってアメリアは3日以内になんて着くはずないって思ってるわけでしょ。ならかまわないよね」
「……絶対ムリ」
「なんでよ。いいじゃないの。私の弟子がせっかく魔法を覚えようとしてるのよ。そのくらい協力してくれてもいいと思うわ。それに3日以内なんて賭に勝ったも同然よ」
この時点でアメリアの顔はすでに真っ赤だ。
さすがにこの話に乗せるのは難しいかもしれない。
「それ以外の事でどうにかならないの?」
「駄目なんだね。今、俺が一番見たいと思ってるのはアメリアのパンツだもん。それがなかったら魔法は完成しないよ。渇望がないと意味ないからね」
「あきれた。そんな願望があるなんて知らなかった。また私の中の評価が下がったわよ。それでもいいのね」
「うん、それじゃ誓いの言葉を」
そう言って、俺はアメリアの手をとった。
まだ了承はしていないが、なし崩し的に丸め込んでしまおう。
「3日以内なんて絶対に無理よ」
「天と地と精霊──」
「待って! 誓いの言葉は私がやるわ。──天と地と精霊にかけて、もし船が三日以内に港に着けば、私は……その、下着を、カ、カエデに見せると誓います。もう、恥ずかしい! こんなのおかしいわよ。それとリリーの力を借りるのはなしだからね。どうせ水の精霊の力に頼ろうとしたんでしょ。私にだって、そのくらいはわかるんだからね」
これで後は、精神に干渉する魔法が成功するかどうかだ。
たぶんマナが足りなくて無理だろうけど、俺は本当にアメリアのパンツが見たいから、きっと魔法は成功する。
これは魔法を成功させるためだから、もし俺が勝った時は温情を見せるわけにはいかない。
そう、俺が勝てば見れるのだ。
うわっ、すっごいドキドキする。
「ちょっと、聞いてるの。リリーの力は借りれないのよ。なんでそんなにニヤニヤしてるのよ。もう!」
俺はすぐさまアメリアの部屋を飛び出して甲板に向かった。
後ろでアメリアが俺の悪口を言っているが聞こえない。
俺は甲板の帆柱があるところまでやってきた。
まずは精神を拡大するためのイメージをしなくてはならない。
俺は自分の中にあるイメージ領域に意識を向ける。
これを拡大するようなイメージでいけるだろう。
俺が、さてやるかと考えているとリリーがやって来た。
「アメリアの様子はどう?」
「そわそわしてる。いい傾向よ。それと魔法の最初だけは内緒で力を貸してあげるわ。精神に干渉するなんて危険だもの」
「それは駄目だよ。ずるはアメリアに悪いから」
「とっても危険なのよ。わかってるの」
「わかってるよ。だけど俺には魔力が自分に悪さをするような物には思えなくなってきたんだよね。だから平気だと思う」
「そうかしら。みんな危険だって言ってるわよ」
「ま、大丈夫だって」
「なら詠唱を使うといいわ。イメージを言葉に焼き付けて集中力を高めるの。言葉自体は何でもいいわ」
俺は帆の後ろの空間を確認する。
ここの魔力を展開して、風を起こす魔法の手順でいけるはずだ。
自分の魔力が起こした風の反作用の力を自分自身が受けないことは確認している。
リリーが俺の靴の上に手を乗せていた。
俺に気付かれないように力を貸してくれるつもりだろうか。
意外とかわいいところがある。
「天よ! 地よ! この世の全ての精霊よ! 俺の大いなる野望を叶えるための礎となれ、力を貸せ! 偉大なる野望! 偉大なる野心! そのための風となるのだ!」
俺はすでに固めていたイメージを頭にある魔力に展開した。
そして帆の後ろの広い空間に満たした魔力に風のイメージを乗せる。
自分でも信じられないほどの活力がみなぎってくるのが感じられる。
「ひどい詠唱ね。聞いたこともないわ。でも成功してる」
さっきまで半分たれていた帆は、風をはらんで膨れあがった。
帆柱がギシギシと音を立て、船は海面を滑り始める。
俺は新しい魔法の成功に舞い上がった。
朝日が眩しい。
まるで太陽まで俺の成功を祝ってくれているかのようだ。
俺はそのまま魔法を維持し続けた。
途中でアメリアがやって来たが、そんなことには目もくれない。
ただひたすらに目の前の空間に広がるイメージに魔力を注ぎ込み続けていた。
午後になって体調の異変を感じるが気にせず続けた。
飯も食わなかったので、そんなことをしていれば当然限界はやってくる。
昼を少し回った頃、俺は意識がもうろうとしてきてその場に倒れてしまった。
目を覚ました時、俺はアメリアの部屋のベッドの上にいた。
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