第14話 洗濯と新しい魔法
三日目も俺は朝早くから目が覚めた。
もう一度寝付けないかしばらく毛布の中で頑張ってみたが、眠気は訪れなかった。
しばらく頑張ってみて諦める。
それもそうだ。
夜8時頃には寝ているのだから、そんなに寝られるわけがない。
起き上がってぼんやり過ごしていると、また隣の三姉妹が着替えを始める。
ここに来てから女の人の着替えには何度も出くわしているが、今回は下着まで替えていたので色々どころか全部見えてしまった。
大胆にもほどがある。
俺が起きているのをわかっていて、そんな感じなのだ。
俺は狼狽を隠すために甲板へと上がった。
そして、することもないので魔法の練習を始める。
本格的な魔法の練習を始めて、俺は一つ気がついたことがある。
魔法とはイメージというか、自分が引き起こしたい現象をすべて自分の頭の中に描ききらねばならない。
それが不完全だと意識しきれなかった魔力が暴走してしまうのである。
暴走させないためにはイメージの正確さが重要なのだ。
そこで俺が考え出した解決策は、魔力のもつ干渉の力で自分の頭に干渉したらどうかということである。
危険を伴うので試すことも出来ないが、もしそれが成功すれば魔法の規模はかなり大きくできる。
理論上では十分に可能なはずだと俺は考えていた。
それは置いておいて、俺は魔力を一カ所に集める練習を地道に続けた。
集めた魔力をしっかりと意識下において、管理しなければならない。
集めたところで限界を感じたら、集めた魔力を炎に変換する。
魔力を炎に変換すると、やはり魔力の量に魔法の強さが左右されてしまう。
そこで俺は氷の粒子を作り出して、狭い空間の中で高速の反発を引き起こせないか試すことにした。
これで静電気から電気を発生させる雷の原理を用いれば、魔力からのエネルギー変換効率を上げられないかと考えたのである。
動く粒子をすべて把握するのは不可能なので、触れたら反発するようなもので空間を囲むという方針にする。
アメリアのキネスオーブを真似したイメージで練習を始めた。
そしたらアメリアがやってきて何をしているのかと尋ねられる。
俺がこれこれこういう魔法を考えたのだと説明すると、アメリアは面白そうだと言って隣で練習し始めた。
「あの……、俺のアイデアなんすけど……」
「この魔法は師匠に代わり私が完成させます。師匠は違う魔法を練習してください」
俺の真似のつもりか、アメリアはそんなことを言っている。
「いやホントに一生懸命考えたから横取りとかやめて」
「カエデに魔法を教えてくれたのは誰だっけ?」
「アメリア」
「毎日カエデにご飯を作ってくれたり、洗濯してくれるのは?」
「アメリア」
「カエデの命を悪い傭兵から助けたのは」
「もういい。わかったから。その魔法はやるよ。でも成功するかもわからないからな」
「よろしい」
「よろしいじゃないよ。まったく。もうすぐ迷宮だってのに、俺は魔法一つ覚えてないんだぜ」
「そんなに心配しなくてもオーラだけでも戦えるはずよ。カエデは体も大きいし、その方が合ってるんじゃないのかな。結局は武器で戦うのが一番強いそうよ」
「やっぱりそうなんだ。俺も炎なんか一瞬だけ出したって、熱伝導率の問題で、それほどダメージが出るはずないと思ってたんだよ。それよりは電撃の方が相手に致命的なダメージが残ると思ったんだよ」
「ふーん、よくわからないけど色々考えてるのね。でもダメージを与えられる炎の魔法はちゃんとあるのよ。それにしても、あんまり張り切ってるから不安になるわ。迷宮は資源も多いけど危険なところなのよ。死んでしまう人だって少なくないの。誰でもお金が稼げる分、それだけ危険も多いんだから」
「アメリアはどうしてそんな危険な所に入ろうと思ったの?」
「私の取り柄なんて、他の人よりちょっと魔法の素質があるだけだもの。それでも迷宮の探索では竜人族ほど役には立たないんだけどね。それにこれから向かう、エレストリア王国はそこに住む人にとって迷宮はとっても密接なものなの。迷宮と関わらずに生きている人なんてほとんどいないそうよ」
結局は戦争に追われて、そんな生き方しか選べないということか。
ならば俺はその危険を出来るだけ減らしてあげる事くらいしか出来ない。
危険を減らす魔法となれば感知などの情報に関するものだ。
俺はもう一つ考えていた魔法の練習を始めた。
それは魔力を空気に溶け込ませて、広いエリアの情報を得るというものだ。
迷宮内であれば、それほど空気の動きもないだろうからマッチするはずである。
アメリアは海の上にキネスオーブを浮かべて俺の考えた魔法の練習をしている。
その隣で俺は座禅を組んで新しい魔法の練習を始めた。
魔力を集める上位魔法の練習は後回しになるが仕方ない。
俺は魔力を集めるのではなく、出来るだけ引き延ばす練習を開始する。
生活魔法の応用で、その魔力を利用して風を起こしたりしながら空気に溶け込ませるようなイメージを作り出す。
しかし近くにアメリアがいるとどうしても、そちらに意識がいってしまう。
「今日もリリーとは一緒じゃないんだね」
「そうなの。ネズミを捕るのに忙しいらしいのよ。目の届かないとこに居られるとマナの供給が出来なくなっちゃうから、本当は一緒にいた方がいいんだけどね」
「リリーってアメリアのマナで生きてるんだね」
「そうよ。私のマナを使って体を動かしているの。体が死んでも精霊自体には何の影響もないんだけど、やっぱり嫌でしょ。見た目とか性格まで変わっちゃうのは」
「精霊って、ずいぶんあやふやなんだな」
「そうね。それでも個性まではそれほど変わらないってお父さんが言ってたわ。それに高位の精霊ほど自我がしっかりしてるのよ。リリーはどうなのかしらね」
結局、俺たちは無駄話半分、練習半分といったところで午前を過ごした。
船室には戻らなかったので、朝ご飯はパンとハムだけになった。
食べる時にアメリアが隣に座ってきたので、少し緊張してしまう。
「俺、臭くないかな。船室の中が熱かったり寒かったりして、汗かいちゃうんだよね。タライとかあれば洗濯できると思うんだけど」
「洗濯板がないと綺麗にならないわよ。それなら私が洗濯してあげるから部屋に来て。乾くまで、こんなに風の強いところに居たら風邪引いちゃうわよ」
俺はアメリアの部屋まで行って、毛布にくるまり、服を脱いだ。
「下着もよ。お父さんのも洗濯してたし慣れてるから恥ずかしがらなくていいのよ」
そんなことを言われても、汗臭い洗濯物だけでもかなり恥ずかしい。
俺がもじもじしてると、アメリアは毛布の中に手を入れて無理やり脱がせるような仕草をする。
仕方なく、俺は降参の合図をして毛布の中から下着を差し出した。
そして部屋には俺とリリーだけが残されて、アメリアはどこかへ行ってしまった。
相手がリリーなら俺も恥ずかしがる必要はない。
リリーも気兼ねなく俺の毛布の中にまで入ってくる。
「どんな魔法を思いついたのか聞かせて。せっかく習得しても役に立たないものだったらもったいないわ。どんな魔法を練習しようと思ってるの?」
俺は精神に干渉する魔法と、空間で感知する魔法の概要を話した。
それを聞くとリリーは考え込んでしまったので、俺はリリーののどををなでてみる。
すると、もとの世界の猫と同じようにゴロゴロとのどを鳴らし始めた。
喋らなければ普通の猫と何も変わらないものだなと感心する。
俺は昔家で飼っていた猫のことを思い出した。
俺は猫というのは鼻をくっつけて挨拶するのだということを思い出した。
俺が顔を近づけると、リリーの奴は俺のほっぺたを思い切りひっかきやがった。
「どういうつもり。貴方は猫にも欲情するの? それとも何か面白いことでもしようと思ったの? 返答次第によっては、容赦しないわよ」
やっぱり喋り始めると普通の猫ではない。
栄養失調か何かで死んだらしい小さな猫も、喋り始めるた途端に悪魔の風格を漂わせる。
「鼻をくっつけるのって、猫の挨拶じゃなかったか。昔飼ってた猫を思い出して、それをしようと思っただけだよ」
「そう。それは猫同士でないと意味がないの。それと貴方の考えた魔法だけどね。感知する魔法の方は聞いたこともないから役に立つかどうかはわからないけど、悪くはないわね。マナもそれほど使わないし、いいんじゃないかしら。だけど精神に干渉する魔法の方は、使い魔の力に頼った方がいいと思うわ。危険が大きすぎるし、万一、暴走した時には廃人になってしまう可能性もあると思うの。それでも試してみたいなら、相当な願望の力に頼るしかないわね。せめて最初の一回は強い願望を叶えるために使うべきよ」
「強い願望ねぇ」
それも難しい話だな、と考えていたらアメリアが戻ってきた。
一緒の毛布に入っている俺とリリーに怪訝な視線を向ける。
しかし何も言わずに暗い顔で窓際の椅子に腰を下ろした。
「遅かったわね」
「洗濯場が混んでたの。でも洗濯は終わったから、あと3時間くらいで乾くはずよ」
「お疲れ様。その堅い椅子よりも、ベットに座った方が楽なんじゃない?」
「だめよ。未婚の男女が同じベッドの上だなんて、不健全だわ。その傷、リリーが引っ掻いたの?」
「うん」
「治してあげるわ。ちょっとこっち向いて」
アメリアの手が俺の頬の傷の上をなぞった。
それに合わせて傷の痛みが引いていく。
もう一度同じように、傷の上をアメリアの指がなぞった。
「その、魔法って治療ってやつ? それならそろそろ教えてくれないかな」
「そうね、いいわよ。まず集めた魔力を傷口を塞ぐように置いて、それを相手の体の一部になるように念じるの。そうすれば、その魔力が新しい皮膚になるわ」
俺はリリーにつけられた3本の引っ掻き傷の最後の一本の上を指でなぞった。
それと同時に集めた魔力を体の組織が壊れたところに沿わせる。
そして魔力を体に取り込むようにイメージしてみた。
「ちゃんとふさがったわ。なんでもすぐに覚えちゃうのね」
「師匠を追い抜く日もそう遠くないかもな」
「でも、まだまだ先の話になりそうね。これじゃ傷跡が残っちゃうかもしれないわ」
俺の治した傷の上を、アメリアの指がなぞった。
不完全なところを治してくれたのだろう。
そのあとは服が乾くまでアメリアの部屋で過ごした。
枕の匂いを嗅いだり、シーツの匂いを嗅いだり、セクハラまがいなことをしてアメリアをからかって暇をつぶす。
いちいち期待通りの反応をしてくれるので面白い、そしてかわいい。
おんなじつもりで、髭を抜いてみようとリリーをからかったら実にひどい目に遭った。
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