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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第13話 魔法の練習

 特別室がある階から下に戻ると、地獄の光景が待っていた。
 俺はまた亜人たちの隣に入り込んで毛布にくるまった。
 ぐーすかイビキをかいて寝てる者や、子供の泣き声など、マジでうるさい。

 うるさいせいでろくに寝れず、夜中に何度も目が覚める。
 翌朝は隣の人のガサゴソ荷物を漁る音で目が覚めた。
 俺の隣は戦火から逃げてきたであろう三姉妹だ。

 まだみんなが寝ている間に起きて、着替えをしているところだった。
 気まずかったので寝ているふりをしていたら、色々見えてしまった。
 白い肌に紐で縛るパンツと透ける生地の胸当てを付けていた。

 スカートの中はあんな風になっているのかと、大変参考になった。
 着替えが終わった頃、俺は起き出して甲板に向かった。
 あんな所にいても息苦しいだけなので、海でも眺めていた方がましだ。

 俺は一段高くなっているところに座ると、ポケットからコインを二つ出して、自分の周りでそれをくるくると回す。
 キネスの自主練習のつもりである。
 二つのコインを逆回転で回すのはそれなりに集中力がいる。

 それと同時に、体の中のマナを自分の体の周りを包むように広げる練習もする。
 座禅を組むと一番集中しやすいので、その格好で体内のマナに働きかける。
 上手くマナに包まれていると、暖かくて気持ちがいい。

 これはオーラという魔法の一種だとリリーが言っていた。
 風が吹いても寒くないのが、この練習のいいところだ。
 俺がそれを続けていると、船室で隣だった三姉妹の次女が話しかけてきた。

「魔法の練習かな」

「ええ。貴方の姉妹も戦争から逃げてきたんですか?」

「そうよ。戦争になると若い娘は狙われるから、まずは私たちだけ先に避難することになったの。貴方は珍しい格好をしているわね。その服は見たことがなかったわ」

「まあ、田舎の出身ですからね」

 そう答えると、特にそれ以上追求されることもなかった。
 彼女は朝日に気をとられているようだったので俺は練習を再開する。
 なるほど、どこの家でも若い娘だけは先に逃がそうとするから、あんなに女の人ばっかりだったのだ。

 傭兵たちの話じゃ捕まえて乱暴したり奴隷として売ったりするようなことを言っていたから、そういう危険があるのだろう。

 俺はコインをもう一つ追加して練習を続けた。
 しかしコインが3つになると途端に上手くいかなくなる。
 3つのものを同時に意識するなんて出来るわけがなかった。

 上達も見込めなくなったので、俺はコイン二つを回したまま生活魔法のおさらいを始めた。
 地道な努力に映るかもしれないが、俺は魔法が使えるようになって浮かれているだけだ。
 座禅を組んでマナを操るなんて実に格好いいじゃないか。

 しかし距離と方角が曖昧になってしまったので、水を呼び出すだけでも難しい。

「貴方、昨日、エルフの子と一緒にいなかったかしら。エルフには気をつけなさいね。人の心を惑わす魔法で、人間を使役していた種族よ。あまり深く関わらない方がいいわ。虜にされてからじゃ遅いもの」

「それなら、もう手遅れですよ」

 俺の言葉に彼女は戸惑ったような表情を見せる。
 俺は構わずに魔法のおさらいを続けた。
 しばらくすると彼女は去って行った。

 昼頃になって俺も船室に戻り、床の上で横になった。
 すると新幹線の移動販売みたいな物売りが現れる。
 俺はニシンを味噌で煮込んだようなものを3シールで買って、昨日アメリアから渡されたパンに挟んで食べた。

 こんなものでもかなり美味しい。
 もちろん昨日の料理ほどではない。
 朝食が済んだら、また甲板に出て生活魔法のおさらいを始める。

 そろそろ新しい魔法を教えてもらわないと効率が悪いなと考える。

「ちょっと、カエデったら何してるのよ! って、ごめんなさい。海におしっこしてるのかと勘違いしちゃった。もう、その魔法は人前で練習しちゃ駄目だって言ったじゃない。恥ずかしいわね」

「おしっこならさっき済ませたよ。風に吹かれて気持ちよかったよ」

「あきれた。よくこんなところで出来るわね」

 そうは言っても、この船に付いてるトイレなど、甲板から海に向かってせり出した個室の中で海に落とすという仕組みだから、たいした違いはない。
 あれじゃ見ようと思えば出したものはすべて見られてしまうし、下手したら尻まで見えるだろう。

「そろそろ、新しい魔法を教えてくれないかな。何か練習してないと落ち着かないんだ」

「そうねぇ、新しい魔法といっても、何がいいかしらね」

「人の心を虜にする魔法がいいな」

「そんなの絶対に教えられないわ。カエデは悪用するもの」

 アメリアは何がいいかしらね、と呟いて俺の隣に腰を下ろした。
 風に吹かれて可愛らしいうなじが見える。
 よく見れば耳が少しとがっているようにも見えた。

 抱きしめたい衝動を押さえ込んでいるのを、俺は一緒に考え込んでいるふりをして誤魔化した。

「アメリアにしか悪用しないよ」

「言ってなさい。少し早いような気もするけど、魔力を一カ所に集めるのを覚えてみる? とっても難しいけど大きな魔法を使うには必要なの。こんな感じでね」

 そう言ってアメリアが俺の手を取る。
 アメリアの中のマナが、伸ばした指のすこし先に集まっているのがわかる。
 突然それが前に弾けて、大きな炎に変わった。

 鼻先が少し熱いくらいの大きな炎だった。
 炎が現れた空間を呆気にとられて見ていたら、その先からリリーがやってきた。
 口にはネズミのようなものを3匹も咥えている。

 それを俺たちの前に並べて、リリーが言った。

「あらあら、仲良くしちゃって。そんな暇があるのなら、ネズミを焼くの手伝ってくれないかしら。食物庫の中に沢山いるのを見つけたの。食べきれないほどいるのよ」

 リリーの言葉でアメリアの手が俺から離れる。
 俺は恨みがましい視線をリリーに向けるが、この猫はどこ吹く風である。
 俺は仕方なしにキネスの魔法で三匹のネズミを宙に浮かせた。

 それをアメリアが火で囲って焼き始める。
 すぐにこんがりと焼き上がったのを、リリーが咥えて持ち去った。

「自由に生きてるなぁ。海に落ちたりしたら危なくない?」

「ああ見えて、水の精霊よ。海で溺れたりしないわ。それじゃ、私はもう行くけど、慎重に練習することを約束して。これはとっても危険なの。それと魔力は自分の体から離れたところに集めるのも忘れないで。約束できる?」

 アメリアの真剣なまなざしが、俺の顔をのぞき込んだ。
 俺は目をそらさずに、約束するよ、と返した。
 それだけを言って、アメリアは行ってしまった。

 いったい部屋に帰って一人で何をしているのだろう。
 やはり部屋から出ると周りの視線が気になるのかもしれない。

 俺はまた座禅を組んで、手の先にマナを集める練習を始めた。
 これが出来るようになれば次は本格的な魔法が使えるようになるのだ。
 どんな魔法を覚えるかは、まだ決めきれないでいる。

 俺はそのあと魔力を集める練習をして、疲れきったところで船室へ戻った。
 今までとは比べものにならないほど練習自体にマナを使う。
 集めた魔力は炎に変換しているが、現れる炎全体をイメージの中に作れないと成功しない。
 なのでイメージの限界というものがあり、規模を大きくすることは難しかった。

 船室には歩く場所もないほどの人が詰め込まれていた。
 いつも通り亜人たちの近くに空いてる場所を見つけて座った。

 座ったはいいものの、横になることも出来ず動くことも出来ない。
 まさに拷問のような状態になってしまった。
 それでも壁に寄りかかれる場所を確保した俺はまだ恵まれている方だ。

 することがないのはみんな同じなのか、色々な人から話しかけられる。
 誰も彼も戦争の話題なのだが、俺は知識がないのでさっぱりわからない。
 それにしても蒸し暑いから、体がかゆくなってしょうがない。

 ノミやらシラミやらに似たものがこの世界にもいるのだろう。
 こうなってくると、かなり着替えが欲しくなる。
 10日も同じ服というのは、さすがに考えが足りなさすぎた。
 そのうちタライでも見つけて石けんで洗うことにする。

 まわりの話を聞いていると、俺たちは西の端の方にいたからまだよかったらしい。
 三姉妹などは中央に近く、いったん国の中心部に向かってから出てきたそうである。
 王国にいる親戚の元に向かうそうだ。

 三人ともすでに結婚していて、旦那はまだしばらく残ることになったのを心配している。
 長女は子供を抱えているので大変そうだ。
 避難民だけではなく、船で働いている船員たちの話も聞いてみる。

 そうすると戦争の話題以外にも王国の話題が出てくるので俺は興味を引かれた。
 そっちの方が俺にとって役に立つ情報だ。
 船員たちも船の上では退屈なのか、色々な話を聞かせてくれた。

 そんな話を聞きながら、俺は船の上での二日目を過ごした。
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