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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第12話 船旅

 次の日の昼頃、俺たちは目的地である港町に着いた。
 風に運ばれて潮の香りがする。
 人が多く住む町なのに、遠目に見ても海は青く澄んで綺麗だった。

 戦時中だからか、港には貨物船が多く停泊している。
 どれもこれもかなり大きい。
 俺たちが向かう王国から物資を運び込み、帰りには移民を運んでくれると道ですれ違った人からは聞いている。

 人が多いだけあって、アメリアに向けられる蔑視の視線はキツい物があった。
 肌も髪も出してはいないが、その格好から何を隠しているかは一目瞭然である。
 俺は言いくるめて回るわけにもいかずに、叩かれる陰口にひやひやしていた。

 アメリアはうつむいて何も喋らない。
 俺は少しでも慰めになればと思い、リュックの中から秘密兵器を取り出した。
 それをアメリアの耳に入れて、再生のスイッチを押す。

 人前だろうが何だろうが、どこでも自分の世界に引きこもれる魔法の道具ipodである。
 電池も残り少ないので、今日、町中を歩く時に使ってしまえば二度と使えないだろう。
 イヤホンから音漏れするぐらいなので、周りの声も聞こえなくなったはずだ。

 アメリアは不思議そうな様子で、イヤホンを付けたり外したりしていた。
 そんなアメリアをつれて、俺は船の停泊所にあったチケット売り場へとやってきた。
 そこでチケット二枚分の値段を聞くと、アメリアに袖を引っ張られる。

「一人分のお金しかないわ。カエデはお金持ってる?」

「いや、全くの無一文」

 一応、尻ポケットの財布には6千円ほど入っているが、役には立たない。

「なによそれ。それなら、カエデは陸伝いに歩いてきなさい。私とアメリアは船で優雅に向かうわよ」

 そんなリリーの提案をアメリアは慣れた様子で受け流した。

「それじゃ乗り合い馬車にしましょうか。それなら二人分でも足りると思うの」

 さすがに、この状況でアメリアを乗合馬車なんかに乗せるのは賛成できない。
 だとすればお金を作る以外に方法はなかった。
 そこで俺は提案をする。

「その前に、俺の持ち物を売ってみよう。眼鏡と財布とリュック、それに足りなければ服と刀もあるし」

「でも、その刀は大切な物なんじゃないの?」

「まあ、爺ちゃんの形見みたいなものだけど、いざという時は仕方がないよ」

 そう言って、俺は質屋のような物がないか周りの人に聞いて回った。
 それで店舗を構えて商売してる所なら大抵は買い取りもやってくれるらしいことを掴んだ。
 すぐに商店街のような通りで、店構えが立派なところに入る。

「物を売りたい」

「そりゃかまわねえが、後ろに連れてるのはなんだい。ちょっと、そんな怪しげなの連れてるのは感心しないぜ」

「ちょっと火事で火傷して顔を見せられないだけさ。それよりも俺は儲け話を持ってきたんだ。そっちの話をする気がないんなら、他の店に行くことにするけど」

「まあいいだろう。品を見せてみな」

 俺はカウンターの上にリュックと財布と眼鏡を置いた。
 そして眼鏡について説明をする。
 魔法のある世界で役に立つとも思えないが、作りと材質は見たこともないだろう。

「そうだな。この背負い袋はいい物みたいだが、使うやつはいないだろう。それでも見たことない生地だからその値段で買い取る。この皮の小物入れはたいした値段にはならないが、中に見たこともない板きれと紙が入ってるな。これは好事家に売れそうだ。メガネとやらもそんなところにしか売れないだろうな。普通は魔力を使えば物くらい見えるようになる」

 俺は店主の言い値を3割ほど吊り上げてから売った。
 儲かっている店だけあって、それほど無茶な値段提示ではなかったようだ。
 信用があるからこそ客も多く、それなりに儲かっているのだろう。

 売り捌いた値段は1800シールほどだった。
 これだけあれば刀は売らなくても済ませられる。

「すごいわ。これなら特別室を借りてもお釣りが来るわね」

 さっきまで俺を置いていこうと提案していたリリーが現金に喜んでいる。
 港で聞いた値段では、一人用の特別室が900シール、一般のタコ部屋が200シールだ。
 食事は中で買わなければいけないシステムだった。

 ということは俺が異世界から持ち込んだ財産のほとんどは、汚い木製の船代に消えることになるのだ。
 実にむなしい。

「それじゃ、アメリアは一人用の特別室で、俺はタコ部屋にするよ」

「身分をわきまえていて偉いわね。聞いた、アメリア。私たちは特別室だって」

「そんな。そんなの悪いわ。贅沢しすぎよ。それにどうして私だけ特別室なの?」

「タコ部屋じゃ色々隠すのに大変だろ。それにせっかくの船旅なんだから特別室も見てみようよ。それと食堂みたいなのも有るみたいだし、そこでご飯も食べてみようぜ。金なんて向こうに行ってから稼げばいいんだよ」

 俺はアメリアの負担にならないように、わざと軽薄な調子で言った。
 正直、向こうに行ってからの不安はあるが、人生何とかなるものだ。
 もう駄目だと思うことは何度かあったが、本当に駄目になることなど一度もなかった。

「そんなぁ……」

 俺は納得しないアメリアを引き連れて、港のチケット売り場へと戻った。
 ここではいくら交渉しても安くはならなかった。
 しょうがないので、素直に1100シールを払う。

 だいたい普通の人の稼ぎが一日110シールくらいらしい。
 なので100シール1万くらいの感覚だろう。
 実に11万近い出費である

 これで移民を船に乗せるのは合法なのだというから驚くしかない。
 俺は残ったお金でひげ剃りにも使えるという万能ナイフと砥石を買った。
 それ以外に旅で砂埃を避けるためのマントも買う。

 それとサンダルのような物を履いて辛そうだったアメリアに、毛布のお礼として新しいブーツをプレゼントした。
 うるさかったリリーにも串焼きを買って与える。
 これで400シールは使ったので、後は船の中での食事代くらいしか残らない。

 船の出航の時間が迫ったので、俺たちは港に戻り、船の中に乗り込んだ。
 最初に特別室に行ってみると、シーツも綺麗で、布団も柔らかく、花瓶に花まで生けられていた。
 窓からはガラスを通して海が見える。

 そこにアメリアとリリーを残して、俺はタコ部屋の方へいってみた。
 するとそこには地獄の光景が広がっていた。
 木の箱としか言い様のない広い空間が熱気で溢れかえっている。

 床はただの板張りで真っ平らだ。
 壁には閉まりもしない窓が開いているだけだ。
 その区切りすらない場所に人が詰め込まれている。

 後から来たら寝る場所もないぞと暗に告げているような光景だ。
 亜人らしき人も隅っこの方で少しだけいるが、明らかに周りから人が離れていた。
 俺にとって毛皮や鱗に覆われた亜人を見るのはこれが初めてだった。

 鱗に覆われているのはリザードマンといった雰囲気だ。
 あとで知ることになるのだが、それは竜人という種族だった。
 様々な年齢の人たちが思い思いの格好で過ごしている。

 一番多いのは一家総出で国から逃げ出してきた人たちだろうか。
 俺は仕方なく、亜人たちの近くに空いていた一角を陣取り座り込んだ。
 これで約10日を過ごすというのだから、今から背筋が凍る思いだ。

 夜になる前に、男女一緒くたに外に出されて、水浴びの時間がやってくる。
 みな服を脱いで、下着姿になったので俺もそれにならう。
 けっこう若い女の人もいたので、俺は何とも言えない気持ちになった。

 特別室の方ではどんな方式がとられるのか心配になる。
 ローブを着た男が高いところから温めの水を撒きはじめて、みんな石けんで体を洗い始めた。
 俺は石けんを持っていなかったので隣のおっさんに借りた。

 それで体を洗い終わると、もう一度、温めの水が頭の上に撒かれる。
 確かに汚いままじゃノミとかシラミとかあるんだろうが、いくら何でも扱いがひどい。
 それでも俺が文句一つ言わなかったのは、下着の透けた女の子たちに見入っていたからだ。

 こっちの感覚はわからないが、めちゃくちゃ透けまくっているのになぜ平気でいられるのか。
 一応は隠しているのだが、全く隠し切れていない。
 色んな物が見えまくっている。

 最後にちょっとヒリヒリする霧を吹きかけられて入浴の時間は終わった。
 暖かくもない風を起こされて、寒くて死ぬんじゃないかと考えていたら風がやんだ。
 本当にひどい扱いだ。

 それが終わると体も乾いていたので服を着る。
 周りは服を着たら部屋に戻っていくので、俺もそれにならった。
 それにしても、こっちの人がみんな生活魔法を使えることに驚きを隠せない。

 10歳くらいの女の子ですら異空間を呼び出していた。
 この女の子は胸も膨らみ始めているのに、親に全部脱がされていたので、とても気の毒だった。
 俺は釈然としない物を感じたが、まあ文明が発達していないならこんな物かと、無理矢理に自分を納得させる。

 タコ部屋に戻り、夜になるとみな思い思いに食事を始めたので、俺はアメリアの部屋に行った。
 ノックをするとアメリアの機嫌の良さそうな声が聞こえてくる。
 部屋に入ると、下の船室とは違い壁には明かりが灯されていた。

 ランタンのようにも見えるが、その仕組みはよくわからない。

「すごいわ。入浴用のお湯まで届けてくれたのよ。石けんもいい香りがするのをくれたの。そっちはどうだった?」

「甲板に行くように言われて、付いていったら、頭から水をぶっかけられたよ。石けんはなかったから隣のおっさんに借りた。最後に凍死寸前まで寒風を吹きかけられて乾かしてもらった。外は寒いのに部屋の中は熱苦しいし、周りがちょっとうるさいのが少し辛いね」

「あら、そっちは大変なのね。石けんは私のをあげるから使って」

「みんな下着姿で平然としてるんだけど、あんなもんなのかな」

「それはそうよ。だいたい田舎なんてそんなものでしょ。そういうのを気にするのなんて、年頃の女の子くらいね。それも結婚前だけじゃないかしら」

 リリーの言葉に俺は呆れるしかなかった。
 なんとも前時代的だな、異世界よ。
 そんなに緩い世界だとは思わなかった。

「カエデは、そこで周りの人をじろじろと見ていたのね」

「そ、そんなわけないだろ。それよりも食堂に行こうよ」

「そんなに無駄遣いして大丈夫なのかしら。向こうに着いてからも色々と必要になるのよ。こういう所の食堂は高いと思うわ」

「平気平気、何とかなるって。それにまともな食事もしばらくしてなかっただろ」

「まともな食事ってなによ。私はいつもと変わらなかったわ。カエデって相当いいところのお坊ちゃんだったのね。なにも知らないのも、周りの人にやらせてたからなのね」

「そんなんじゃないって、異世界から来た話を信じてくれたんじゃなかったの?」

「信じてるわよ。そこでの話をしているんでしょう。あっ、そういえばカエデに借りてた音の出る魔法具から音がしなくなっちゃったの」

「電池切れだね。それはもう使えないよ」

 俺は渋るアメリアの手を引いて、特別室の並ぶ廊下の先の食堂に入った。
 船員たちはこの国の人間ではないのか、アメリアを見ても態度を変えた様子はない。
 俺たちは窓際の席に着いた。

 窓の外はもう真っ暗だ。
 そこから流れ込んでくる夜風がとても気持ちいい。
 部屋の真ん中にはシャンデリアのようなものまである。

 周りは高そうな服を着た紳士淑女ばかりで、かなり場違いな感じがした。
 それでも俺が来ている服や、アメリアのフリースはこちらの世界の価値観ではかれる様な物ではないから、別に気にすることもないだろう。
 それに華やかさでアメリアに勝る者などいるわけがないのだ。

 俺はテーブルに置いてあったメニューを開いた。
 読めない文字がずらずらと並んでいる。
 値段の数字だけは、桁数と雰囲気で何となくわかるかもしれない。

「全く何が書かれてるかわからないんだけど、アメリアはわかる?」

「わかるわ。一番安いものでも20シールもするわよ」

「じゃあ、その中から油っぽくて暖かいやつで良さそうなのないかな」

「コロコロ鳥のローストっていうのがあるわね。美味しいって有名な鳥よ」

 俺はウエイターを呼んで、そのコロコロ鳥とやらを注文した。
 ウエイターにパンも勧められたので、それも注文する。

「アメリアは同じのでいい?」

「私は海鮮サラダと、パンとスープのセットをお願いします」

 それに俺はお茶を二人分追加で注文した。
 ウエイターはリリーについて何か言いたそうにしたが、そのまま行ってしまった。
 確かに飲食関係としては動物はやめて欲しいだろうな。

「別に遠慮なんかしないで、同じの頼めばよかったのに」

「本当にカエデは浪費家ね。持ち物まで全部売っちゃって、それで作ったお金じゃないの。そんな風に使っちゃっていいの?」

「ま、しょうがなかったからね。迷宮ってのは魔法さえ使えれば金になるんだろ。そんなに心配する必要ないって。俺が迷宮の魔物くらいバッタバッタと倒してやるからさ」

「生活魔法もろくに使えないのに?」

 いたずらっぽい笑みでアメリアがそんなことを言う。
 生活魔法はこれでもほとんど使えるようになったのだ。

「俺ってこう見えてけっこうナイーブだから、あんまり鋭い指摘はやめて」

「ふふ、まあいいわ。カエデは魔法もすごく使えるようになると思うよ。だけどそれには時間がかかると思うの。だからそれまでは、ちゃんと節約しなきゃ駄目でしょ。そういうこともちゃんと考えないとだめなのよ。わかった?」

 諭すようにそんなことを言われて、俺は素直に頷くしかなかった。
 日本から来た俺にとって、パンとお茶だけで過ごすというのはかなり辛い。
 しかしこれからは、この世界の生活水準に合わせていく必要があるのかもしれない。

 俺は出てきた飴色に焼けたコロコロ鳥を薄く切ってアメリアのパンの上にのせた。
 そしたらアメリアも海鮮サラダを俺の皿の上にのせてくれる。
 サラダとは名ばかりの、海の幸の盛り合わせだった。

 一番安いサラダでさえこれほど贅沢なのだから、確かに身分不相応かもしれない。
 俺はもうちょっと安いファミレスみたいな店を想像していただけなのだ。
 出されたお茶もちゃんとカフェインの効いた美味しいお茶だった。

 期待していたコロコロ鳥は鶏肉に香草の風味が付いたような独特の味だった。
 海鮮サラダは普通に海の幸の味がする。
 この世界にもエビのようなものがあるとは知らなかった。

「こんなに贅沢したらバチがあたりそう」

 そんなことを言うアメリアを、俺は田舎者だねとからかった。
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