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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第11話 キネス

「焼けたわよ。味見する?」

 俺とリリーは揃ってうん、と言った。
 そんな俺たちにアメリが一切れずつ渡してくれる。

「今度のは甘くないね」

「蜜がないからね。念のため堅く焼いたものも保存用に作っておくわね」

 そう言ってアメリアはまた作業を始める。
 俺はすることもないので、おばさんの所に行って屋根を借りる交渉をした。
 すると簡単に動物の飼料小屋を貸してもらえることになった。

 そこでお茶をもらって飲んでいると、リリーが来てもうすぐ出来上がると告げた。
 なのでおばさんと竈のある部屋へ向かう。

「あら、掃除までしてくれたのね。それじゃあ、お礼にこのハムをあげるわ。明日は朝早く出るんでしょう? なら挨拶はいいからね」

「おばさんは、ここを離れないんですか? けっこう近くまで傭兵なんかがうろついてて危ないですよ。近くの村も襲われたみたいで」

「ちょっと住み慣れた家を離れるには年を取り過ぎたかしらね。まあ、強盗にあっても何とかなるくらいの蓄えはあるのよ」

 たぶん、お金をどこかに隠しているのだろう。
 それでも命まで取られる危険もあるのだ。
 俺は何もしてやれない以上、それより立ち入ったことは聞かなかった。

 外に出ると空はもう暗くなっている。
 俺たちはすぐに飼料小屋の中へと入った。
 小屋の中は牧草が積まれており、かなり狭い。

 四畳半もないくらいだろうか。
 しかも壁には農作業の道具が掛かっているので、寝るスペースはぎりぎりだ。
 それでも風がないので、外よりは暖かく感じられる。

「だんだん夫婦らしい生活になってきたな。今日は干し草のベッドだね。って何をしてるのかな」

「部屋を分けてるの。少し狭くなるけど我慢してね」

 そう言って、アメリアは器用に干し草を使って、小屋の真ん中に壁を作っている。
 俺はがっかりしながら、ボールから取りだした毛布を右側のスペースに置いた。
 そのあと焼いた魚とハムと焼きたてのパンを食べた。

 そのまますることもないので俺たちは早々に寝てしまった。
 やっぱり、外なのとそうでないのとでは天と地ほども違う。
 外で寝ると朝になってもほとんど体力が回復していなかったので、屋根があるのは本気でありがたい。

 早々に寝てしまったので翌朝は早く目が覚めた。
 目を開けるとアメリアが寝ぼけまなこで髪の毛を梳かしていた。
 濃紺の瞳にプラチナブロンドのその姿は、俺にやたらと劣等感をいだかせる。

 寝ぼけているだろうに、なんでこうも凜々しい感じがするのだろうか。
 見ているだけで、なんかこう体の中から活力が沸いてくる。

「起きてるのには気がついてるわよ。何を盗み見てるのよ」

 その言葉に俺はちょっとドキリとした。

「髪の毛の色とかうらやましいなと思ってさ」

「なに言ってるのよ。男でも女でも黒髪が一番モテるでしょ」

「マジ!?」

「まじよ」

「まいったなあ。もし俺がモテモテで高嶺の人になっても気にせずに声をかけていいからね。俺はそこらへん気さくだからさ」

「はいはい」

 俺がぐうたらしている中、アメリアはお茶を入れてハムを切り分ける。
 すぐに朝食の用意が調った。
 それを食べて、俺たちはすぐに出発した。

 そしてまた街道を二人で歩く。
 アメリアはまだフリースの上着を着てフードを被っていた。
 街道を行く間は、髪と肌を隠している気のようだ。

 俺は手を差し出して、体素のお時間ですよと告げた。

「ねえ、実はもうマナの循環のさせ方もわかってるんじゃないの。昨日も私だけで循環させてた感じじゃなかったわよ」

「チッ、バレたか」

「そう、そうやって人は信用を失っていくのね」

「師匠としてアドバイスするとね。貴方はもう体素の練習だけをしばらくしてた方がいいわよ。私が力を貸してあげるから、今日はずっと魔力を使い続けなさい」

 今日の朝から、なぜかリリーは俺のフードの中で暮らしている。
 どういうわけか歩くたびにフードの中からチャカチャカと音がしていた。

「フードの中に何を入れてるんだ。チャカチャカうるさいけど」

「ドバネズミの骨よ。まだ味が残ってるの」

「ちょ、ちょ、ちょ、アメリア! 取って、取って!」

「やだあ、そんなの私も触れないわ」

 俺はリリーに噛みつかれながらも、その骨を道脇に捨てた。
 アメリアのフードだと好き勝手出来ないと思って俺の方に引っ越してきやがったのか。
 俺のことを下僕かなんかだとでも思っているのか、とんでもない奴だ。

「やっぱりアメリアはペットの躾がないってないよ。ちゃんと人様に迷惑かけないように躾けなきゃ駄目じゃないか。ペットがした悪さは飼い主がした悪さなんだよ」

「そんなこと言われても、魔法使いと使い魔は対等な関係なのよ。躾けるなんて、どうすればいいのかわからないわ」

「そうよ、そうよ。私は飼われてるわけじゃないのよ。食べ物は自分で見つけてくるし、マナをもらって体の活動を維持してはいるけど、その分の働きはちゃんとするの。カエデの方こそアメリアに飼われているようなものじゃない。お魚を捕まえた以外で何か役に立ったの?」

「いや……それを言われると返す言葉もないけど」

「貴方、恩を返したいとか言って付いてきたけど、食べ物をもらって、魔法を教えてもらって、それを私にサポートしてもらって、それ以外じゃお魚を捕まえただけじゃない」

「そ、そんな責めなくてもいいじゃないかよ……」

「リリーもカエデにもらったお菓子を美味しそうに食べてたけどね」

 責められ続ける俺に、アメリアがフォローを入れてくれる。
 逆にそれが心苦しい。

「私を変な目で見たり、アメリアのお尻を眺めたり、貴方は好き放題が過ぎるのよ」

「それはどっちも誤解だって! そのうち役に立つから、それまでは温かい目で見守ってくれよ。それに役に立つためには魔法が必要なんだよ。それをさっさと教えてくれよ」

「そんな態度じゃ教える気も起きないわ。さっき、私から骨を取り上げておいて、よくそんなことが言えるものね」

「ねえねえアメリア聞いて聞いて、貴方の飼ってる猫畜生が俺のことを役立たずの木偶の坊だって侮辱するの。しかも骨一つで機嫌悪くしちゃって心が狭いったらないのよ。心ない言葉にハートがズタズタなの」

「ふふっ。あらあら、ひどいわね」

「なによそれ。私の真似のつもりかしら」

「よし、それじゃあ、ネズミの骨の換わりに、このリボンをあげよう。尻尾出してみな。─────ほら、綺麗だろ」

「まあ、素敵」

 しょせん畜生。
 釣り用の蛍光剤が塗られたピンクの目印を尻尾に結んだだけで嬉しそうだ。
 釣り場から持ち帰ったゴミが思わぬところで役に立った。

「珍しい色ね。とっても素敵よ」

「それじゃ、とっとと次の魔法を教えてくれ。体素の方はそれをやりながらでも出来るだろ」

「いいわ。それじゃあ、そこら辺にある石を手を使わずに移動させなさい。アメリアが得意なキネスの練習ね。あらゆることに応用が効くから覚えておいて損はないはずよ」

「それにしても、アメリアの魔法は万能だよな。生活の役にも立つし、戦いでもかなり強そうだしさ。どうもそこまでの発想が俺には出てこないんだよな」

「へへっ、苦労したんだからね。使う機会はなかったけど」

 アメリアはさらりと重たいことを言う。
 どうしてこんないい子が、そんな酷い扱いを受けるのか俺には心底理解できない。

 それは置いておいて、俺は地面の石ころに集中した。
 魔力を自分から離れさせて、それを操作するというのは難しい。
 まるで、見えない物を使ってジャグリングしろと言われているようなものだ。

 ふんっ、ふんっ、と手を突き出して魔力を送ろうとするが上手くいかない。

「ちゃんと歩きながらやりなさいよ。アメリアを待たせてしまっているじゃない」

 俺は仕方なく石ころを蹴飛ばしながら歩いた。
 どんなに気合いを込めても蹴られる以外で石ころはちっとも動く気配がない。

「対象との間に管のような物を意識して、それで魔力を送り出すのよ」

 それからしばらくやってみるが、どうしてもそんなイメージはわいてこない。
 もしかして俺には魔法の才能がないのかと、少しだけ焦りが生まれる。
 それでも無心で念じてひたすらに動かそうと頑張った。

「駄目ね。もう、アメリアはあんなに先まで行ってしまってるわ。それじゃ、やり方を変えましょう。まずはあそこにいるアメリアをよく見て、そしたら、そのスカートに持ち上がれと念じてみて。その時、スカートと自分との繋がりをイメージしてね」

 俺が言われたとおりやってみると、アメリアのロングスカートがするすると持ち上がり始める。
 違和感を感じたらしいアメリアがそれを両手で押さえて、周りをキョロキョロ見回した。
 なるほど、やっぱり渇望がなんちゃらという奴なのだ。

「ほら、出来たじゃない。こんな事してたなんてアメリアに言っちゃ駄目よ。でも今の気持ちを忘れずに続けることね」

 俺はこれでコツを掴んで、何とか石ころを引きずるくらいは出来るようになった。
 しかしカニ歩きしながら引きずるのが精一杯だ。
 石が正面にあると頭と石との距離が動いてしまうので難しい。

 だからカニ歩きで、石と平行に動かなければ上手くいかない。
 俺はその不自然な動きで前を歩いていたアメリアに追いついた。

「どうだ、俺の上達の早さに驚かないか?」

 そんな軽口を叩きながらも、俺は石と頭の距離を一定に保つために全力だ。
 少しでも油断をすれば石との接続が切れてしまうため、石の動きに頭の方を合わせるしかない。

「見苦しさに戸惑うばかりだわ」

「ホント、打ち解けてきたらキツい言葉が増えてきたよね」

「カエデに会わせて喋っていると、そうなっちゃうの!」

 ひどい言いがかりだ。

「アメリアって実は裏表が激しかったりするんじゃないの。だって相手を虜にして、いいなりにする魔法が使えるって事は、そういう願望があるんでしょ」

「そ、それは、だって、みんなが、あんまり一方的に、私のことを決めつけるから……」

「う、ご、ごめん。この話はやめよう。俺が考えた魔法なんだけどさ、腕に寄生する目玉の生き物を召喚して、そいつと目が合うと動きがとれなくなるとか、目が開くと魔力が大量に供給されるとかどうかな」

「馬鹿ね。干渉の魔法を使うのにそんな変な制限を付けて、匂いとか振動とか、音の跳ね返りとかで敵の位置を知るモンスターが出たらどうするのよ。それに魔力を供給してくれるような便利な生き物が、そうそう見つかるとは思えないわ」

 俺とリリーのやり取りにも、アメリアは顔を曇らせたままだった。
 それを見てると、こっちまで悲しい気持ちになってくる。
 俺はそれをどうにかしてやりたくて、必死に言葉を探した。

「人はね、自分を通してしか世界を見ることが出来ないんだって。だから、ひどい扱いを受けると、どうしても自分に非があるんじゃないかって感じるんだけど、ちゃんと客観的に見たら、正しいことを言ってる人の方が少ないんだよ。だから、俺から見たら、馬鹿な人の言う馬鹿な言葉にアメリアが振り回されているのは、すごく狂って見えるよ」

「それ、慰めてくれてるの?」

「まあね。自分の価値は人からの評価で決まるものじゃないんだよ」

「うん、そうかもね」

 俺は引きずっていた石から意識を離してしまっていたので、もう一度、石に意識を向けた。
 そしてまたカニ歩きでズルズルと小石を引きずり始める。
 片一方からだと体が疲れるので、途中からは反対側から小石を引きずった。

 昼ご飯になる頃にはすっかり疲れが溜まって体がだるい。
 あまりに辛いので、横になりながらご飯を食べる。
 もうけっこう飲んでいるはずなのに、お茶はまだ美味しく感じられない。

「このお茶、なんか複雑な味がするけど美味しくなくない?」

「このお茶はね、全部、私が育てて、私がブレンドしたのよ」

 そう言ってアメリアは、感情のこもらない目で俺のことを睨む。
 怖いんだけど、かわいいとしか感じない不思議な表情だ。

「あー、やっぱり美味しいかも。だんだんこの味がわかるようになってきたよ」

「もう、嘘ばっかり」

「私も美味しくないと思う。だってアメリアは何でもかんでも入れようとするんだもの。ハーブと名の付いてるものなら全部入ってるわ。不思議と体内のマナの流れを整える効果があったから今までなにも言わなかったけど、やっぱりひどい味よね」

「あー、やっぱりちゃんとした味のお茶もあるんだな」

「これはまだ試作の段階なの。これからもっと美味しくなるはずなんだから。それに二人は、そういうだらしない格好で飲み食いしてるから味もわからないのよ」

 図らずも俺とリリーは同じような格好で昼ご飯を食べていた。
 アメリアだけが背筋をぴんと伸ばして、いわゆる女座りで姿勢良く食事している。
 リリーはお茶もパンもすべて一皿にのせて、ぐちゃぐちゃなのを食べていた。

「確かに、あんな食べ方する奴に言われてもな」

 しかも自分でそこら辺からとってきたものまで適当に混ぜてるから見た目はひどい。
 そのとってきた物も、異空間ではなく俺のフードの中にため込んでいるのだから嫌になる。

「あれで味には人一倍うるさいのよ。信じられる?」

「これでも味がわかることの方を褒めて欲しいわね。私の手足で、そんな器用な食べ方が出来ると思ってるのかしら」

 食事が終わると、今度は引きずる石をもう一つ増やされた。
 カニ歩きはもう疲れたので、何とか普通に歩きながら努力する。

「やっぱり、何かご褒美があると上手くいくような気がするんだよね。上手く運べたらアメリアが何かしてくれるとかあったら、きっと頑張れると思うんだ」

「ご褒美って、例えばどんな?」

「キスしてくれるとか、下着をくれるとか」

「あら、いいわね。それならきっと上達も早くなるわ」

「ちょっと! そんなこと無理に決まっているでしょう。自分が何を言っているかわかってるの!? それに何よ、下着を欲しがるとか絶対におかしいわ。私の中のカエデの評価が音を立てて崩れ落ちたわよ」

 その言葉に俺は少なくないショックを受ける。
 なんてこった。
 口は災いの元だ。

「い、いや、それは物の例えでさ。アメリアが身につけてる物って意味だよ。そういうのがあれば上達も早くなるんだけどなあ」

「いいじゃないの下着くらい。沢山持ってるでしょ。町に行ったらもっと大人向けのに買い換えればいいのよ。そしたら今あるのはいらなくなるじゃない」

「そ、それじゃね。て、手をつないであげる。それでどうかな。今朝、そんな事したがってる感じだったじゃない」

 これでもアメリアは顔を赤くしているので、それ以上を望むことは出来そうになかった。
 まあ、それだけでも十分に嬉しいからいい。

「そうそう、そういうのがあると張り合いが出るよね」

「決まったなら、さっさと続けてちょうだい。体素の方が疎かになってるから体が疲れたりするのよ。ちゃんと体素の方にも意識を向けてね」

 相変わらずリリーは耳元で騒いでいてうるさい。
 アメリアはよくこんなのに耐えられるな。
 ともかく、今日中に二つの石を引きずれるようになったら手がつなげるのだ。

 二時間もしないうちに、俺は自分の後ろで石を二個引きずることが出来るようになった。
 もはや見えている必要すらない。
 俺はアメリアと手をつなぎながら歩いていた。

「……あきれた」

「チョロいぜ。師匠、これを浮かせるにはどうしたらいいんだ」

「石にかかっている重力に干渉するイメージよ。これが成功したら、私がアメリアの秘密を一つ教えてあげる」

「そんなの駄目よ!」

 これもすぐにコツを掴み、俺は二個の石を空中で自在に操れるようになる。
 しかし、かんしゃくを起こしたアメリアに阻まれて秘密は聞かせてもらえなかった。
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