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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第10話 釣りと温泉

 次の日も俺は、午前中をアメリアと手をつないで過ごした。
 そして午後になると、魔法は一切使ってはいけないと言い渡される。
 他人にマナを委ねると、今度は自分で使う時に暴走しやすくなるんだそうだ。

 俺は暇になってしまったので、リュックサックの中を漁り、中で引っかかっていた毛針を見つけた。
 このリュックは釣りにもよく使っていたので、あるだろうと当たりを付けていたのだ。
 ナイロン製のラインも20センチ程度のものが見つかった。

 俺はアメリアに糸と刃物を貸してもらって、河原に生えている物から釣り竿に使えそうなものを切り出す。
 そしてアメリアにもらった糸を天井糸にして、簡易のテンカラ道具を完成させた。
 それで歩きながら水面を叩いていく。

 それほど待つこともなく、魚は簡単に釣れた。
 やはり人が入っていないから、魚もスレていない。
 俺が釣った魚をリリーは魔法で焼いて美味しそうに食べた。

 そろそろパンもなくなりそうだというから、これで魚を釣ればちょうどいい。
 焼いて異空間の中に入れておけば数日は持つだろう。

 やっぱり、こういう魚の飛びつくところが見える釣りというのは楽しい。
 釣りの楽しさというのは魚の引きだと勘違いしている人がいるが、そうではない。
 魚釣りの楽しみは、魚がかかった時に出る脳内麻薬にある。

 魚釣りの中毒性というのはギャンブルとよく似ている。
 だからこういう魚が見える釣りは興奮が大きく、格別のおもしろさがある。
 俺が軽快に魚を釣り上げていると、アメリアがやりたいと言い出した。

 俺はアメリアに釣り道具を渡してやった。
 アメリアは5匹も釣らないうちに引っかけて毛針を駄目にしてしまった。
 魚が飛びついてきた時に焦りすぎたのが原因だ。

「ごめんなさい」

「別にいいよ。それにほら、ここからは川の中の石が赤いでしょ。こういう所は釣れないから」

「本当だ。でも、どうして赤いのかしらね」

「それは、石の鉄分が酸化して……、温泉があるのかも」

「温泉?」

 そう訝しむアメリアを置いておいて、俺は石が赤くなり始めたところを色々と探ってみる。
 そうすると、すぐに温泉の出ている場所を見つけた。
 そこの石をどかして穴を掘るとお湯が沸き出してきた。

 少し熱すぎるので、川からも水を引いた。
 今は濁っているけど、少し経てばちゃんとした綺麗なお湯になるだろう。

「せっかくだから入っていかない?」

「入るって、このお湯で体を洗うの?」

「ちゃんとお湯に浸かって体を温めてから体を洗うんだよ。日も出てるから、ちゃんと乾かせば風邪も引かないはずだけど」

「そう、でもカエデがのぞかないって保証はないわよね。心配だな」

「そんなことしないって」

「じゃあ誓える?」

「誓うよ」

 アメリアが手のひらを立てて誓いますかのポーズをしたので、俺もそれを真似た。
 手を出してとアメリアが言うので俺はその手を前に出す。
 その手にアメリアが手を合わせてきた。

「──天と地と精霊にかけて、カエデはアメリアの入浴をのぞかないと誓い、もしそれを破りし時は、一生アメリアの言いなりとなることを誓いますか。これは結婚にも使われる強い魔法よ。覚悟してね」

 俺が誓いますと言うと、手を合わせたところから淡い光が漏れた。
 本当に魔法の力が働いたように見えた。
 効果がありそうな感じがする。

 これってもしかして一生有効なのだろうか。
 アメリアはもういいわよと言って、川の上流の方を指さした。
 そっちに行っていろということだろう。

 俺はその場所から離れて、とりあえず便意と溜まっていたものを片づけた。
 四六時中一緒にいるので、こういう機会でもないとやれないことも多い。
 初めて使った不浄の魔法は病みつきになりそうだった。

 魔法は使ってはいけないと言われていたが、特に暴走したりはなかった。
 相変わらず、風を起こす魔法は使えない。
 俺は用を済ませてから岩の上で日光に照らされながらうとうとしていた。

 しばらくして遠くで呼ばれる声に目を覚ました。
 声の方を見ると、それまでの青い服から紫の服に着替えたアメリアが手を振っていた。
 重たい体を持ち上げて、俺は彼女のもとまで歩いた。

「それじゃあ、ついでに服を洗濯してあげるわ。それ一着しか持っていないんでしょう。今日の天気ならすぐに乾くと思うわ」

 俺は頼むよと言って、岩の陰で服を脱いだ。
 下着だけを残して、それ以外の服を石の上に置くとアメリアが回収する。

「下着はいいの?」

「じ、自分で洗うから……」

「そう。じゃあ、これが石けんね」

 俺は渡された石けんを持って湯に浸かる。
 湯に浸かりながら、手頃な石を使って下着を洗った。
 石けんにもアメリアの香水が入っているらしく、甘い香りがする。

 一瞬、アメリアが浸かっていたお湯を飲もうかという衝動に駆られたが、新しく沸いてきたお湯にほとんど流されてしまっているだろうし、どこで悪魔が見張っているかわからないのでやめておいた。

 湯から上がると、アメリアが炎で服を乾かしていたので、その火で暖まろうとしたら叫ばれてしまい、俺は石の裏で日光浴をした。
 それでも裸でいるとかなり寒い。
 俺はあまりの寒さに命の危険を感じたので、必死の思いでボールを呼び出す魔法を使った。

 一人では一度も成功したことのなかった魔法はあっさりと成功する。
 渇望に応える力とはこういうことかと妙に納得した。
 つまりイメージの精度や魔力の操作と同じくらい、心から欲することが重要なのだ。

 俺は一つ極意を掴んだような気持ちでボールから出した毛布にくるまる。
 今日はもう一つ極意を掴んだような気がしている。
 体素の力で右手を強化し、手近な石を殴ってみる。
 これが全く痛くないのだ。

 この力は物理的なことからも、魔法的なことからも体を守ってくれる。
 これなら迷宮とやらに行ってからも、足手まといになることはないだろう。
 後は、最初に覚える上位魔法をどんなものにするかということだけだ。

「乾いたわよ」

 俺はアメリアから渡された服を着た。
 すっかりアメリアの匂いがする服がとても嬉しい。
 だけど下着だけはまだ湿っていて、かなり気持ちが悪い。

 そのあとで俺たちは川沿いの道を見つけ、それを歩いて行くことになった。
 石ころの上を歩かなくてすむようになったので、ペースは上がるだろう。
 行き先は、川の下流にある港町だった。

 そこから船に乗って移民を受け入れている王国に亡命するという話だ。
 その国では移民を受け入れているだけあって、亜人への差別もない。
 しかも迷宮があるので、職にあぶれることも心配がない。

 まあ、人伝に聞いた話らしいので確かとは言いがたい面もあるが。
 そろそろ夕方になってくるかという頃、アメリアが自分の異空間をのぞき込みながら言った。

「もう今夜の分のパンがないわ。どこかで竈だけでも借りられるといいんだけど」

「この道沿いを歩いてれば民家の一つくらいあるんじゃないの。そこで借りればいいよ。それに今日は疲れが溜まってるから、軒先でも借りて寝たいね」

 俺は何気ないつもりでいっただけだったが、その言葉にアメリアが表情を曇らせる。

「私がいたら多分、それも無理だと思う。だからカエデだけで竈を借りてくれないかな。もし屋根のあるところで寝たいなら、そのまま泊まってくれてもいいわ」

「まあ、そのあたりは何とかなるんじゃないのかな」

 俺はボールを開いて、中からフリースの上着を取りだした。
 それをアメリアに渡す。
 着せてみると袖が長すぎて手が出せていない。

 ちょうどいい大きさだ。
 そしてアメリアにはフードを被らせて、リリーは俺のフードの中に移した。

「これで顔を布かなんかで隠せば外からじゃわからないと思うぜ」

「でも怪しすぎるわ。明らかに肌と髪を隠してるのがわかるじゃない」

「それは俺が何とかするよ」

「この服、いい匂いがするわね」

 この上着は洗ってからまだ一度も着ていない。
 昼間は歩いているので汗が出るくらいだし、夜は早々に寝てしまうのでずっとリュックに入れっぱなしだった。
 だからまだ洗剤の香りが残っていたのだろう。

 そして俺たちは最初の一件目である、牧場兼農家といった感じの家の前までやって来た。
 この世界の礼儀作法はよくわからないが、適当に玄関を開けて中に向かって叫んでみる。
 するとお婆さんとまでは行かないおばさんが顔を出した。

「すいません。今、戦場から避難している途中なんですが、竈を貸してもらえないでしょうか」

「あら、それは大変ね。竈くらいならいいわよ。それにしても随分と見なれない格好をしているわね。後ろにいるのは?」

「ちょっと住んでいた家が火事になりましてね。人前に出すには見苦しい顔をしているんで、こういった格好をさせてるんです。それで、竈はどちらになりますかね」

「それならこっちですよ。道具なんかは勝手に使ってくれていいわ。私はあっちの部屋にいますから、何かあったら声をかけてね」

 そう言って、おばさんは部屋から出て行った。
 そこには竈の他に調理台や延べ棒まで何でもそろっていた。

「見苦しい顔だなんて、よくも言ってくれたわね。それに、なんだか騙しているようで悪いわ」

「でも嘘は言ってないんだぜ。それにアメリア様の頼みを聞けるんだから、むしろ善行を積ませてやってるくらいの気持ちでいなきゃ。それで、俺は何をしたらいい?」

「その言葉覚えておくからね。それじゃ、竈の中に薪を入れて火を付けて。先に暖めておく必要があるの」

 俺は言われた通りに外から薪を持ってきて火を付けた。
 着火の魔法ではなく、それよりも火力の強いオリジナルの魔法でだ。
 火を付けてから竈のふたを閉じた。

 それきりやることもないので、俺は椅子に座ってアメリアがガルプの粉をこねたり叩いたりするのを見ていた。
 やっていることは、パンを作るのと大して変わらない。
 ちょっと違うのはふっくらさせるために、すり下ろした生の芋を入れたくらいだ。

「いやだ、カエデったらアメリアのお尻を眺めてるわよ」

 その言葉にアメリアがもの凄いスピードでこちらを振り向いた。
 しかし、それは完全に悪魔の誤解だ。
 アメリアは可愛すぎて、あんまりそういう感情がわいてこない。

「違う違う、手元を見ていたんだよ。本当に違うから。神聖なアメリア様に、そのような不埒な気持ちは一切ありませんよ」

「じゃあ私がやっていた手順を言える?」

「アメリアって素敵なお尻してるよね。動きも可愛いし」

 冗談で言っただけなのに、粉のついた手で目潰しをされそうになった。
 風呂に入ったばっかなのに、顔中に粉がついてしまった。

「酷くない? リリーは勘違いで俺に対するアメリアの好感度を下げるし、アメリアは冗談を聞かせてもらったのに、俺の顔を粉だらけにするし。だいたいローブを着てるんだから尻の形なんかわかるわけないし」

「次に、そういう冗談を思いつくことがあったら、心の中にしまっておくことね。それに好感度なんて、これ以上下がりようがないわ」

「超、傷ついた」

「ふふっ。じゃあ大人しく、そこで傷心していればいいじゃない」

 パンを竈に入れてしまうと、本当にやることがなくなってしまったので、俺たちは掃除を始めた。
 使ったものはもちろん、使ってないものもお礼の代わりに綺麗にしておいた。
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