第9話 キネスオーブ
昼頃になって俺たち一行は街道に出た。
しかし目指す先は川の下流なので、まだまだ川に沿って歩かなくてはならない。
なので街道をまたいで、そのまま川沿いを歩くことになる。
街道を越えたところでお昼にすることになった。
一応、街道の近くであることを警戒して火は起こさないようにする。
俺はアメリアたちにポテトチップスと紅茶花伝のロイヤルミルクティーを渡した。
「本当にカエデは食べなくていいの?」
「俺は芋を焼いて食べるからいいよ。魔法の練習にもなるし」
これでもう、もとの世界から持ってきた食べ物は全てなくなってしまった。
やっぱり少し寂しいような気持ちになる。
もとの世界の持ち物が全部なくなった時、本当にこの世界の住人になってしまうような気がするのだ。
俺はそんな雑念を捨てて、平たい石の上にあぐらをかいて目の前に置かれた芋に集中した。
それを淡い魔力で包んで火に変えた。
この持続的にイメージを維持するというのがとても難しい。
そして火力の調節もマナを魔力に変換することで行わなくてはならないので、精神的な負担が大きい。
火が強すぎると芋がすぐに焦げるし、火が小さいと芋に変化が出なくて焼けてるのか心配になる。
それで出来たのが表面だけ焦げて生焼けの芋だった。
俺はそれをしゃりしゃりいわせながら食べた。
「魔法の覚えは早いのに、料理のセンスはいまいちなのね」
俺の焼いた芋を見て、アメリアはそう評した。
「すべてはこれからだよ。そのうち上手に焼いてみせるさ」
「生活魔法が終わったなら、次は私の講義かしら。私を師匠と呼んだら講義を始めてあげてもいいわ」
「よろしくお願いします。師匠」
俺は何のプライドもなく発育の悪い黒猫の体に頭を下げる。
それを見てリリーは満足そうによろしいなどと言っている。
甲高い声なので何の威厳もない。
「まず、魔力には5つの要素があると言われているの。体素、変成、時空、創造、干渉ね。変成というのは発火の魔法のように、魔力から自然的な要素を作り出すものを言うわ。時空といういうのは不浄の魔法や異空間を呼び出すような魔法のことね。干渉はいろいろなものに強制力を働かせたり、見えないものに力を及ぼす時に使われるの。そして一番基本的な体素ね。体を動かすための力にしたり、体を守るための力に変えることができるの。マナにはそれだけで、魔力によって作られたものから身を守る力があるわ。創造というのは魔力以外から要素を集めて実在するものを作り出すことね。これは一番難しいわ。この5つの要素から複数の組み合わせで魔法を作ると途端に難しくなるの」
「俺まだ体素を習ってないけど」
「後でアメリアから教えてもらいなさい」
その言葉に、なぜかアメリアは顔を赤らめる。
俺は訳がわからない。
「つまりファイヤーボールってのは変成と干渉を合わせたような力ってことなわけだ」
「色んなものを動かすのにキネスという魔法があるのね。それが干渉の魔法よ。私がカエデを助けた時に使ったのも精神に干渉してショックを与える魔法をキネスで飛ばしたの。こういう風に、一つの要素で魔法を作ると簡単に使える魔法が出来るわ」
「二つ以上の要素を組み合わせた魔法の習得には大変な時間がかかるわ。それを助けるのも使い魔の役割よ。それと人間にはイメージできるものに限界があるでしょ。心の中に入り込み、それを助けるのも私たちの役目ね。こんなこと教えたくないけど、年齢の割に貴方のマナの量は多いわ」
俺のマナが多いとはどういうことだろう。
転生したから二人分の大きさのマナがあるとかなのだろうか。
まあそれはどうでもいい。
とりあえずこれらを駆使して魔法というものが出来ているわけだ。
そこで俺はちょっと気になったことを聞いてみる。
「それで、アメリアはどんな魔法が使えるの?」
「そういうことを聞いちゃうのね。そういうのって、あんまり人に教えちゃいけないんだよ。だけどねー、どうしようかなー」
どちらかと言えば、アメリアは自慢したがっているように見える。
これは絶対教えてくれる流れだと確信した。
「知りたい、知りたい」
「特別に一つだけ教えてあげるね。絶対に誰にも言っちゃ駄目よ。私の一番得意なのはこれなの」
そう言って、アメリアは手のひらの上に光り輝くバレーボールくらいの玉を作り出した。
それが俺の見ている前でめまぐるしく色を変える。
何とも神々しく光り輝いていた。
「この玉は、相手の精神に干渉したり、炎を帯びてものを焼いたり、風を纏って畑を耕したり、色々なことが出来るの。相手を私の虜にして、何でも言うことを聞かせたりも出来るんだからね。カエデも気をつけなさいよ」
悪い笑顔である。
そして、なんとも悪い魔法だ。
それにしても。
「めっちゃ、かっこええ」
「そうでしょ」
アメリアは得意げに、その小さな胸を張った。
確かに自慢するだけあってすごい魔法だ。
それになんというか、華がある。
俺の使いたがってるファイアーボールなんて泥臭いとしか言いようがない。
「私が考えたのよ」
手柄をとられていると感じたのか、リリーがアメリアの肩から身を乗り出して訴えた。
リリーの奴、以外といいセンスしてるんだな。
「リリー師匠、俺にもこの技を教えてください」
「馬鹿ね。同じ魔法を使えるのが二人いてもしょうがないじゃない。ちゃんと自分の魔法は自分で考えなさいよ。それに魔力というのは渇望に応える力なの。自分の望みにあったものじゃないと上手くいかないわ。アメリアは人の役に立ちたいと思っていたから、この魔法がいいと思ったのよ。使う機会はあまりなかったけどね。貴方にその殊勝な心がけがあるとは思えないわ」
なるほど、そういうことなのか。
よし、俺もアメリアの元気玉に負けないくらいインパクトのある魔法を考えよう。
そうだ、相手を虜にする魔眼なんていいんじゃないか。
いやいや、それでもし失明したりしたら困る。
とにかくそれでアメリアを虜にして……いいやいやそんなことは考えちゃいけない。
「そういえばさ、アメリアはその元気玉を俺に使ったりしたことない?」
「なに言ってるの、そんなことするわけないじゃない。それに、どちらかと言えば、使うと元気がなくなる玉よ」
「アメリアは馬鹿ね。今のは愛の告白よ。もう虜にされちゃってるんだけど、どうしてなのかな、というようなことをあいつは言ってるわけね。どうしてそんなこともわからないのかしら」
え?
ぎくりとして振り返ると、顔を真っ赤にしたアメリアと、アメリアの首に抱きついて盛り上がっているリリーの姿があった。
無意識のうちに本音が出てしまったのを悪魔に見とがめられた。
異世界に来て初のお断りの予感に俺は全身から汗が噴き出すのを感じた。
「それで、アメリア、お返事は? お返事は? 早く聞かせて!」
「……ほ」
「ほ?」
「保留します……」
その言葉を聞いて俺は胸をなで下ろした。
それにしても、会って3日で愛の告白とかどう思われただろうか。
そんなことになってしまったのも、すべてリリーのせいだ。
「なによ。そんなのつまらないじゃない。貴方ももう16歳なのよ。普通ならとっくにお嫁に行ってる歳なんだから、そういうこともちゃんと考えないと駄目じゃない。なに照れてるのよ。もっとしっかり人生設計を考えなさいよ」
アメリアとの間に気まずい沈黙が流れた。
その中でリリーだけはアメリアに対するお説教に熱を上げている。
それにしてもアメリアは16歳なのか。
俺は一体何歳なのだろう。
多分、15か16くらいだと思うんだけどな。
視界の高さはもとの世界と変わらない。
そして俺が身長175を超えたのが15かそこらだったと思う。
だから15歳以下ということは考えにくいはずだ。
まあ確かな年齢など、いくら考えてもわからないだろう。
しばらくして、まだ顔が赤いままのアメリアがおずおずと口を開いた。
「やっぱり、さっきのは何かの間違いよね。リリーの勘違いなんでしょう?」
「えあ、う、その、愛の告白のつもりはなかったんだけど……アメリアのことを好きなのは本当だよ。で、でも返事はずっと後でいいからね。まだ俺も返事を聞く心の準備が出来てないし、その、急すぎるよね。本当にそんなつもりじゃなかったんだ」
「……はい」
そう言って頷いたアメリアの肩からリリーが俺の方へ飛び移ってきた。
飛び移った際に、落ちそうになって俺の腕に思い切り爪を立ててきやがった。
俺がそれを捕まえて肩の上に持って行くと、リリーはパーカーのフードの中に収まった。
「ねえ、カエデ。見事な告白だったわ。それにしても、アメリアはエルフの血が入っているからおっぱいとか小さいのよ。それでもいいの? 人間の血も入っているからエルフの中では大きい方かもしれないけど、それでも成長途中とかじゃなくて、成長しきってあれしかないのよ」
確かにBカップくらいである。
でもそれだけあれば十分ではないか。
「リィーリィー。あんまりお喋りが過ぎると、あとでお仕置きが待ってるわよ」
「それに一番の親友に対してお仕置きとかしちゃうのよ。信じられる? アメリアって怒るととっても怖いの。カエデも気をつけてね」
アメリアの顔が迫力を増してきたので、さすがのリリーも黙った。
俺もまるで自分が怒られてるみたいで緊張する。
「まあまあ、そんなに怒らないでさ。それよりも体素について教えてよ」
俺は場の流れを変えようとして、そう提案した。
なんだか話しかけるだけでも緊張してしまう。
「まあ、カエデったら結構押しが強いのね」
「ん? そうか?」
「リリー、黙らないなら、その舌引っこ抜いちゃうぞ」
「もう喋らない。私は言葉を忘れたただの人形よ。今から人形になるの。だから誰も話しかけないでね」
アメリアは俺のそばまでやってきて、コホンと咳払いをした。
「それでは体素の使い方を教えます。まずはリラックスして自分の中にあるマナを私にすべて私に委ねるようなつもりでいてね。それではいきますよ」
アメリアは俺の手を取った。
びっくりしてアメリアを見やると、いいからじっとしていなさいと目で訴えてくる。
そして俺は言われたとおりアメリアと手をつないで静かに河原を歩いた。
次第にアメリアのやろうとしていることがわかってくる。
俺の中のマナがアメリアに操られて体中に行き渡るのがわかった。
そしてマナが少しずつ魔力に変換されて体の中から力がわいてくるのだ。
「今の状態をしっかりと体で覚えてね。頭でイメージするんじゃなくて、体で覚えないと意味がないの。そうじゃないと使えることにはならないのよ。これはリリーじゃ駄目なの。自分以外の人に教えてもらう必要があるのね。もっとちゃんと私に委ねてくれないと上手く出来ないわ」
そう言われてもかなり難しい。
年頃の、しかも自分が憧れている女の子に自分のすべてをさらけ出すようなことは普通にブレーキがかかってしまう。
俺はあれこれ考えて、自分は赤ちゃんでアメリアは母親なんだと思い込むことにした。
そしたらあっという間に体の中のマナが力強く循環するようになった。
俺はそのままアメリアとつながれた手にしたがって、なにも考えないように過ごした。
体が軽い、周りの景色がよく見える、周りの動きが遅い。
ぼんやりしていても足場の石を踏み外すことはない。
手をつないでいるとアメリアの体の中にあるマナの動きもよくわかる。
量はそれほど多くないのに、一つ一つがしっかりとした意思を持っているかのように動いている。
俺の方は統制もとれていなくて、あちこちで渦を巻いたり無駄な動きが多い。
それを一生懸命に介護して流れさせてやる。
この感覚は昔どこかで感じたことがある。
そうだ。
剣道部にいた頃、あまりに下手で一度も勝てなかった平松君から一本とった時の感覚だ。
ちゃんと体中に神経が行き届いてる感じ。
それがあの時よりも何倍も強く感じられる。
体中をマッサージされているような心地のいい感覚は唐突に終わった。
「はい、今日はここまでね。あんまり長くやると疲れちゃうの。それにしても凄いマナの量ね。もし、ちゃんと全部使えるようになったら、すごい魔法が使えるようになっちゃうかもね」
「師匠よりも?」
「そう、私よりも」
「でも、そんなことあるのかしら。普通、エルフは人間よりもマナが多いのよ。特にアメリアには素質があるわ。それよりも多いなんて、絶対におかしいと思うのよね」
「まあまあ、おふたりさん。そんなに俺の才能に妬かないでよ。俺くらいになると、例えどんなに出世したって、君たちみたいな下々のものにも分け隔てなく接するから、なにも畏まらなくていいからね」
「もう、すぐそうやって調子に乗るんだから。沢山のマナを使いこなすのって、とっっっっても難しいのよ。私だって全ては使いこなせないわ。人間のイメージする力じゃ大きな魔法は難しいんだからね。その点、エルフは違うのよ。それに今は油断したらあたしの虜になっちゃって、何でも言うこと聞くようになっちゃうんだから。忘れたら駄目よ」
アメリアは例の玉を俺の目の前でくるくる回してみせる。
「だからもう虜にはなってるんだけどな」
「あっそ……」
アメリアの反応はおもしろい。
けっこう負けず嫌いなところもあるし、素直で恥ずかしがり屋なところもある。
変にスレたところがないので、一緒にいると安心できる。
「ところで、その元気玉って、何か名前がついてるの?」
「えっ。な、名前なんてないわよ」
「あら、私が付けてあげたじゃない。忘れちゃったの?」
「その名前は却下したでしょ。だからまだ名前はないの」
「どんな名前を付けたわけ?」
俺がその言葉を発した途端、アメリアはかなり怖い顔をこちらに向ける。
しかし、リリーはそんなことで黙るような猫ではない。
「ムドクゲロゲロガエルって名前なの。とっても大きくて美味しいのよ。色もそっくり」
「……いくら何でもあんまりだ。それじゃアメリアがかわいそうすぎる」
「そうでしょ!? リリーったら本当にひどいのよ。この際だから、カエデが何か名前を付けてよ」
「いきなりだと在り来たりなのしか浮かばないけど、キネスオーブなんてどうかな」
「それがいいわ!! きまりね」
「あら、そんなの不公平じゃない。その魔法は私が考えたのよ。私には名前を付ける権利があると思うの。そうじゃない? カエデ」
「じゃあ他にどんな候補があるわけ」
「タイリクダヌキのキ○タマなんてどうかしら。見た目もそっくりで、とっても美味しいの」
「ゲテモノばっか食べてるなあ。さすがに酷すぎるよ」
「だからもうキネスオーブで決まりなの。嫌よ、リリーの考えた名前なんて」
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