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迷宮と精霊の王国 作者:塔ノ沢 渓一

第7話 キャベツと大根とのお別れ

 目を覚ますと、まだ緑が残る木々の間から、濃い色の青空が目の前に広がっていた。
 景色の美しさは異世界ももといた世界も変わらない。
 どこかで見たことのある光景のような気がした。

 頭の後ろに何か柔らかいものが触れている。
 よく見ると、アメリアの毛布だった。

「気がついたみたいよ」

 少し離れたところからリリーの声が聞こえた。
 俺はもぞもぞと起き上がって周りを確かめる。
 少し離れた岩の上にリリーの姿があった。

 体がだるくて動く気にもならずにいると、近くにいたらしいアメリアが険しい表情で近づいてくる。
 そんな顔もかわいいなとぼんやり考える。
 どうも頭が重くて、思考がうまくまとまらなかった。

「もう! すぐ調子に乗るんだから。ああいうことする人には魔法なんて教えてあげないからね。自分がどれだけ危ないことをしたのかわかってるの!?」

「やっぱり、まずかった?」

「やっぱりじゃないでしょう。あの岩を見て。カエデが魔法を使った岩よ」

 俺はアメリアに指示された方に視線を向けるが、魔法を撃ったはずの岩は見つけられなかった。
 代わりに、なんだかやけにどす黒いウニみたいな形をした岩がそこにある。
 まさかあれがさっきの岩なのだろうか。

「ど、どうなったの?」

「全部の魔力がちゃんと炎にならなかったから、岩があんな風になったの。もう、無茶なことしちゃ駄目じゃない。もう少しでカエデがああなるところだったのよ。わかってるの!?」

「うん、ごめん」

「もう魔法は教えてあげないからね。もし魔法を使ってる所を見つけたら、ご飯も作ってあげない。わかった?」

「はい、ごめんなさい」

 昔から俺にはこういう所がある。
 やれば出来るだろうと安易に考えてしまうところだ。
 もうこんな事はやめようと、しっかり反省を心に刻みつけた。

 岩を見れば、いったい何がどうなってこんな事になったのかわからない。
 安易に考えていた力が今ではかなり恐ろしいもののように感じられる。
 一体こんな力を制御して思い通りに使うなんてことが出来るものなのだろうか。

 だいたい削れて丸くなった砂岩のようなものだったのが、焼けたのとは違う、真っ黒い別の何かになって、しかも形はウニのように無数のトゲを突き出した姿になっている。
 それに表面は光沢があり、赤黒い光を放っているのだ。
 ここまで来ると自分がやったという実感すらわかない。

 それにしてもアメリアはまだ俺のことを睨んでいる。
 こういう時はいったいどんな態度をとればいいのだろうか。
 俺は大人しくシュンとしているという道を選んだ。

 それでもアメリアは許してくれそうな気配がなかった。
 俺がシュンとしていればいつまでも睨み続けているし、アメリアの方を向けば顔をそらしてツンとした態度を取る。
 これ見よがしな怒ってますよアピールだ。

 俺はリュックの中から包みを取り出して、彼女の元へと近寄った。

「なに?」

「ご機嫌伺いに参りました。先ほどはとんだ迷惑を掛けてしまい、本当に申し訳なく思っています。それで、その、つまらない物ですが、どうかお納めください」

 俺の態度に、アメリアはちょっと笑いをこらえているような様子になった。
 そこに思いもかけなかったような援護射撃が現れる。

「アメリアも、もう許してあげなさいよ。魔法の事なんて何も知らない素人がやったことなんだから仕方がないじゃない。どちらかと言えば先に説明しなかったアメリアが悪いのよ」

 いくら本当の事でも素人と言われてしまっては俺も面白くない。
 たいたい魔法のことを知ったのはついさっきなのだから素人なんて言われ方をされるのは心外だ。
 それでもリリーの言葉にアメリアは態度を変えた。

「そう、じゃあこれで一度だけは許してあげる。次はないからね」

「それでは、どうかこれをお納めください」

 俺の差し出したアルフォートの包みをアメリアは受け取った。

「これはなんなの?」

「お菓子でございます。中の小包のを開けるとお菓子が入っています」

「その態度はやめて。もう許してあげるって言ったでしょ」

「結局は何事もなかったのにさー。アメリアもちょっと怒りすぎじゃない? 俺、内心ではちょっと怖かったよ。あの怒ったアメリアの顔」

「態度を崩しすぎ! ちゃんと反省しなきゃ駄目でしょ」

「ちゃんと反省してるよ」

 と言って俺は苦笑いを見せる。
 俺のことを心配して怒ってくれているのだから、嫌われたのとは違う。
 昨日夜よりかは全然マシだ。

「それよりお菓子食べてみてよ。おやつの時間にはちょうどいいんじゃないかな。なんか体がだるいから俺はもうちょっと休みたいし」

「そうね。いきなりあんなに力を使ったらどうなるかわかったでしょ。魔力というのは体の維持にも使われるの。だから、あんな風に使うと体まで動かなくなっちゃうのよ」

 俺はさっきの毛布を取ってきて、それを枕にしてアメリアのそばで横になった。
 体がけだるくて、何もする気が起きない。
 体の芯から力が抜けていくような感覚だ。

「ねえ、これとっても美味しいわよ。カエデは食べないの?」

「いいよ。それよりも魔力を分けてくれた方が嬉しいかな。マジで体がつらいんだ」

「しょうがないわね」

 いきなりアメリアの手が俺の手に触れて、そこから暖かい物が伝わってきた。
 なんだかその感じがエロいことを連想させて、下半身に血が集まるのを感じる。
 あーやばい。
 この感じは相当たまってるから、後でどうにかしなくちゃならない。

 そのまま大人しくしていると、体を動かすくらいの気力が沸いてきた。
 気力は沸いてきたが起き上がるわけにもいかず、俺は下半身が収まるまで大人しくしていた。
 大人しくしていると、アメリアの持っているマナと、俺の持っているマナでは少しだけ質が違うのがわかった。

 どちらも同じように魔力に変換できるのだが、その効率に差があるような感じだ。
 もちろん今魔法などを使えば、なにを言われるかわからないので魔力には変えてないが、それでも違いが感じ取れるのである。
 俺は特に気にもとめずに、不思議だなと思いながら体を起こした。

「もう十分休んだの? あんまり無理しちゃ駄目よ」

「何とかなったかな。魔法にはだいぶ懲りたよ」

「そんなこと言って、魔法がなかったら普通の生活も大変なのよ」

「それで、続きは教えてくれる気になったの?」

「ほら、もうそんなこと言ってる。反省するまで駄目よ。毛布はあたしが持っててあげるからこっちに寄越して」

 俺が枕にしていた毛布を渡すと、アメリアは目の前の空間に穴を開けて毛布をしまった。
 まるでペットボトルをライターで炙った時に出来るような穴だ。
 アメリアが手を離すとその穴は自然ともとの何もない空間へと帰る。

 今までどうやって荷物を運んでいたか疑問だったが、こうやって運んでいたのだ。
 この不思議な現象をアメリアは特に意識している風でもなく、実に自然に行った。

「今のも魔法なの?」

「そう。物を持ち運ぶために自分だけの空間を作るの」

「そんな簡単にできる事なの?」

「それは……、商人が使うような大きな空間はとっても難しいわよ。だけどこのくらいなら誰にだって出来るわ。これも生活魔法の一つだもの。カエデには教えてあげないけどね」

「後で教えてよ。この荷物、めちゃくちゃ重たいんだ」

「そうでしょうね。どうして空間を使わないのかずっと不思議だったもん。だけど私の空間は一杯だからもう入らないの。しょうがないからその魔法だけ教えてあげようかな」

「マジでお願いするよ。肩がおかしくなりそうなんだ」

「それじゃあ、かわいそうだから今だけ教えてあげる。まず丸でも四角でもいいから立体をイメージするの。そしたら、そのイメージに名前をつけるの。名前を忘れると、二度と取り出せなくなっちゃうから気をつけてね。そしたらイメージした空間を自分の前まで持ってきて、そこに魔力のゲートを作り出すの。やってみて」

 また魔力を使うのかと俺は少し気が重くなるが、言われたとおりのイメージで丸い球体を頭の中に描く。
 それにボールと名前をつけて、目の前まで持ってくる。
 そこに魔力を集めゲートをイメージするが、魔力の量が足りなくてうまく作り出せない。

 さっきみたいに無気力状態になるのが怖くて、魔力を集めきれない。

「ちょっとマナが足りないかも」

「そう。これは難しいから助けがいると思うわ。リリー、手伝ってあげて」

「もう、私は眠いのよ。どうしてこんなオママゴトに付き合わなくちゃいけないのかしら。嫌になっちゃうわ」

 そう言いながらも、リリーはアメリアの肩から降りてきて、俺の体をよじ登り、パーカーのフードの中に転がり込んだ。
 そしてアメリアの時と同じように、俺の肩に手と頭を乗せる。
 そのまま大人しくしているだけで何かしてくれるという感じはない。

「早く始めなさいよ」

 俺はリリーの要望通り、もう一度、同じイメージでやってみる。
 すると今度は少ない魔力でゲートを形作ることが出来た。
 まるでゲートを作るための必要最低限な魔力の量を、手慣れたことのように割り出されてる感じだった。

 そのまま何事もなく俺の前にボールへの入り口が開かれた。
 俺はそこに手持ちの荷物を全部放り込んだ。
 刀だけは腰に差しておくことにする。

「出来たみたいね。慣れないうちは小さな空間でも必要以上に魔力を使ってしまうから、ゲートはなるべく小さな物にしておくといいわ。空間を開いておくだけでも魔力を消費するから気をつけるのよ」

 それだけ言い残して、リリーはまたアメリアのフードの中に戻っていった。
 実にうらやましい暮らしをしている。

 それからまた歩き出したが、荷物が軽くなったおかげで何とか歩くことが出来た。
 日が傾き始めた頃になって今日はここまでにしましょう、というアメリアの言葉が心底ありがたかった。
 しかしそれで試練は終わらない。

 夕食の材料を取り出すために、もう一度ゲートを開けなければならなかったのだ。
 アメリアはパンとお茶しか持っていないので、暖かいものが食べたければ俺のボールを開くしかない。
 それで、リリーの協力を得て何とかキャベツと大根と芋を取り出す。

 それでもう俺は動く気力もなくなってしまって廃人になったような気持ちで川の流れを眺めていた。
 アメリアに出来上がった夕食を渡されても、それを食べるだけの気力が沸いてこない。
 座り込んでボケッとしていたら、目の前にアメリアの顔が現れた。

「もう、これをやるとリリーに冷やかされるから嫌なんだけど、しょうがないから、もう一度だけ私のマナをあげる」

 それを聞いても動こうともしない俺の手をアメリアが顔を赤くしながら掴んだ。
 その顔があまりにも可愛かったので見とれていたら、もう十分でしょ、と怒られた。
 それでやっと俺はキャベツと大根と異世界の芋が入った煮物のようなものを食べる気になれた。

 もう食べる機会はないだろうに、大根もキャベツもあんまり美味しくなかった。
 キャベツなど煮てしまうと、水っぽいだけの野菜でしかない。
 大根も塩の味しか染みてないので、はっきり言って気持ちの悪い味がした。

 見たこともない野菜を調理させられて、まずいと言われてはアメリアも気の毒なので何も言わないでおいた。
 それでも彼女だって美味しいとは思わなかっただろう。
 夜になると、俺の代わりにアメリアが落ち葉を集めてくれたので、毛布に包まってすぐに横になった。

 横になった瞬間、俺の意識はまるで気絶するみたいに眠りに落ちていった。
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